悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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36話 絶対の支配者

 

 あまりにつまらない展開に欠伸する。 カオリは予定調和的な戦闘しかしない。アレックスは可能性の欠片すら感じさせない雑魚。クローバーは剣が上手いだけで華がない。そしてフォーに関しては論外。

 

 もう全員のスペックは大体分かったし、興味もない。

 しかし少しだけ腹立たしさすら覚えそうになる。この程度でうちを殺せると舐められたことが腹立たしい。こんな雑魚の寄せ集めでどう考えたら、うちの首が獲れるというのだ。あまりに戦力が足りていない。全員がうちを舐めてるようで不愉快。そんなにうちは安い女だと思われてるのだろうか。

 

「フォー。もう下がってええで」

「しかし!」

「あんたの役割は終わりや。もう出来ることなんてないやろ」

 

 うちが戦闘することは滅多にない。そのせいでみんなうちのことを非戦闘員だと思い込んでいる。だけどうちが戦闘しないのは出来ないからじゃない。そんなことをする必要がないからだ。

 うちらの陣営にも強いのはたくさんいる。それこそホワイトドールやエメラルドといったうちが戦闘を期待している面子。基本的に戦闘は彼らだけで事足りる。

 

 しかし、そんな彼らですら誰もうちに勝つことは出来ない。理由は単純明快でうちの方が強いから。うちらの陣営で一番強いのがうちなのだ。それを誰も理解していない。

 

「うち。待ってあげとるんやけど、仕掛けへんでええの?」

「抜かせ!」

 

 クローバーは分身で数的不利を押し付けてくる。恐らくあの分身は身体能力の衰えというものはないだろう。つまり純粋な手数増強というわけだ。まぁ面倒で厄介なスキルだ。なにせ4人に増えられるだけで前後と左右の4方向から攻撃が飛んでくるということ。まぁ戦闘においては理想的なスキルだ。

 

 ――で?

 

「遅すぎやろ」

 

 静かに刀を振るってクローバーの右下腕を斬り飛ばす。たしかに数は厄介だ。しかし元が雑魚ならば話にすらならない。この程度が何人に増えようが怖くもない。もしもルカ辺りが分身を持っていたら話は大きく変わっただろう。

 

「どんなに強いスキルを持っていても使い手が悪ければ腐るもんやねぇ」

 

 しかし今の試し振りはあまりにお粗末だった。この程度が相手だから大きな問題にならなかった。だが相手がちゃんと強ければ大きな隙になっていたくらいの雑な振りだ。自分で点数をつけるなら20点程度。赤点もいいところだ。

 

 身体を動かしてないせいで振りが普段より遅くなっている。明らかに戦闘の感覚を忘れているのがわかる。本当に嫌になってくる。ちょっとのブランクで劣化する自分の腕に心底苛つく。たかがブランクを作ったくらいで落ちる技術ならば、持ち合わせていないのと同じだ。

 

 しかし落としてしまったものは仕方ない。あと2振りで感覚を全て取り戻そう。心の中でそんな目標を掲げる。この目標がうちの集中力を高めていく。大丈夫だ。きっと出来る。

 

「この化け物が!! お前はいったいなんなのだ!!」

 

 静かに深呼吸する。息を吸うと同時に世界がスローモーションになる。

 

 人にはゾーンと呼ばれる過集中状態がある。目の前のことに集中し、全神経が研ぎ澄まされ、パフォーマンスが数倍に引き上げられた状態。本来ならばゾーンに感情を持ち込んではいけない。感情はノイズにしかならない。感情が消失し、精神が凪いで、初めてゾーンに入ることが出来る。ゾーンに入った人は音どころか時間の流れすら感じず、他のことが全く目に入らなくなる。それがゾーンだ。そこまでは簡単に入れる。ゾーン程度は意識的に入れなければ、()()にならない。

 ゾーンなんていうのは特別視するようなものじゃない。出来て当たり前の技。それこそ呼吸のように扱えて、当たり前なのだ。

 

「っ!」

 

 再び刀を振るう。今度は左上腕を落とす。クローバーは反応すら出来ていない。だけど()()は発動しない。まだ感覚が戻らない。さすがに7()()もまともな戦闘をしてなければ感覚は鈍るか。

 

 残されたのは1振り。もう次はない。ここでミスれば自分で決めたことすら成し遂げられない愚か者。そんな在り方は自分自身が認めない。

 

「ふぅ……」

 

 さらに深く全神経を研ぎ澄ます。

 感情を強く意識する。ここまで劣化した自分への腹立たしさ。その怒りを武器に乗せていく。音も聞こえなければ、視界にもなにも映らない。それが腹立たしい。過集中で周りが見えなくなるのは戦闘において致命傷だ。その苛立ちも全て武器に乗せる。そしてゾーンの先……天啓へと至る。

 

「桜ヶ崎流剣術。基本の型」

 

 うちの腕から黒炎が噴く。ようやく全盛に戻れた。この炎は別にスキルを使用したわけでもないし、熱を持つわけでもない。それどころか実体すらない。この黒い炎こそが"天啓"と呼ばれる現象。強者へと至ったことへの証明だ。

 

「桜舞」

 

 静かに舞うように剣を振るう。周囲を囲っていた1()2()()ものクローバー。それら全ての皮膚を丁寧に斬り裂いていく。ダメージにしつつも殺さないくらいの絶妙な力加減。それが息をするように出来る。これがうちの求めていた動き。頭の中で思い描いた動きが全て出来る。天啓がうちを理想へと導いた。

 

「い、今のは……」

「天啓も知らへんで強者気取りとか――随分とぬるい人生送っとったんやな」

 

 この天啓に求められる要素はゾーンとは逆だ。強い感情に呼応し、その感情が第三者に見えるエフェクトとして現れる。しかし感情が強いだけでは天啓は発生しない。天啓を発動させるのは自分のパフォーマンスを極限まで引き出すのが最低条件。

 

 つまりゾーンの状態で強い感情を爆発させるという矛盾じみたことを行うだけでいい。それが天啓を発生させる条件。その矛盾を超越した先にある武の最高到達点。天啓を纏った攻撃はその人の持つポテンシャルをフルで発揮させたもの。運命による上振れを意図的に発生させる技。

 天啓は誰でも出来る技。出自も努力も才能も関係ない技術。誰でも平等に扱える理不尽なのだ。

 

「い、いや……助け!!」

「命乞いはせんでええよ。最初から殺す気はあらへんし」

 

 刀に殺気を込めて一振り。それで意識を刈り取ってクローバーを無力化していく。四天王というからどんなものかと思ったが、取るに足りない相手だった。

 戦闘を一段落させたうちはカオリの方に視線を向ける。

 

 やはりカオリだけはこの中だと群を抜いて強い。

その背景にあるのは天啓の体験の有無だろう。カオリは八将ゲイジュを相手に桜色の稲妻を走らせたと聞いている。

 その稲妻こそがカオリの天啓だろう。カオリはあの戦いで偶然にも天啓を発動させてしまった。しかしまだ足りない。それを意図的に出せないようでは、カオリの思い描く理想に到達することは決してありえない。

 

「フォー。あとは任せたで」

 

 うちはカオリ達の方に向かって歩いていく。少し嫌がらせをするために。

 

* * *

 

 俺のスキルは代償強化。そのスキルは文字通り代償を払うことで身体能力を強化するというもの。どんなに代償を払おうが強化が持続できるのは眠るまで。そして強化幅は代償にしたものの重さで変わる。俺は寿命60年という全てを賭けた。俺の年齢を考えれば60年も寿命を捧げれば、数ヶ月にはポックリ逝ってしまうかもしれない。死と生のギリギリの賭けだ。

 

 目の前にいる男は異端審問官カオリ。聖女の養子にしてメイ第二王女様のお気に入りで知られる男。野菜戦争で会った時は有象無象の雑魚でしかなかった。

 

 あれからまだ半年も経っていない。それなのにこの強さ。あまりにゾクゾクする。

 

「音撃一閃!」

 

 カオリの技を盾で受け流す。現在進行形で手合わせしているが、あれは明らかにおかしい。どんなに動いても息切れどころか汗すらかいていない。

 基礎体力が人間のそれではないとしか言いようがない。あんな重い戦斧を振り回しながら、駆け回るなど普通ならば少しは疲れるものだろう。しかしカオリは別だ。その程度はウォーキングですよと言いたげに涼しい顔をしている。ありえない。まさしく理不尽の権化。

 

 それに比べて俺は寿命60年を捧げてなお、受けるのに精一杯。カオリの攻撃を一度捌くだけで息が上がりそうになる。強化した肉体でも直撃を貰えば確実に致命傷。まだだ。まだ足りない。

 

「代償強化。味覚!」

 

 ギアを一段階上げていく。大丈夫だ。まだ奥の手は隠している。こんなにピンチなのにどうしてだろうか。不思議と今までないほどに俺は高揚していた。

 

 カオリが選べる選択肢はあまりに多い。基本的な棍術と剣術に加えて格闘術。技で言うならば戦斧の振りが見えないほど速く斬り裂いてくる"くるみ割り"。純粋に重さを押し付けてくる"鎧砕き"。そして縮地(しゅくち)を絡めて一気に間合いを詰め、目にも留まらぬ速さで居合斬りの要領で切り掛かってくる"音撃一閃"。

 

 一番対応が楽なのはくるみ割りではあるが、くるみ割りは速さ故に技を発動した後の隙があまりに少ない。下手に反撃しようものならば鎧砕きに繋げられて即死だ。

 鎧砕きの後が一番隙は生まれるが、カオリもそれを分かっているのか鎧砕きを俺に対してほとんど使用してこない。ただ使えるということが俺の選択肢を狭めている。

 

 そして一番厄介なのは音撃一閃。どんなに距離を離そうが、音速で距離を詰められ、距離というアドバンテージをゼロにリセットした上で反応してくる。そのため回避は不可能に近い。そのくせ当たれば即死。さらに使われてから反応してたら間に合わない。それ故に来る瞬間を予測して、すぐに受け流す準備をするのは必至。

 

 ただ幸いにも音撃一閃の後は僅かに隙が生まれる。そこが本来ならば弱点となる。だが隙を突く余裕なんてない。俺が音撃一閃を捌いた後に息を整えてる間にカオリはすぐに体勢を立て直す。もし俺がもっと強く、軽々と避けられるならば、そこが攻略チャンスだったのだろう。今の俺では隙を活かせない。

 

 そもそも論だ。あんなに重い戦斧を棍のように軽々と振り回してるのが人の域を大きく外れているのだ。あまりに人間離れしてると言わざるを得ない。戦斧を棒のように振るいましょうなどという教育をしたイカれ野郎の顔が見てみたい。

 

「くるみ割り!」

「くそっ!」

 

 こんな攻防を繰り返してたらこっちが先に体力が尽きて殺される。その事実が俺を焦らせる。早くどうにかしないといけない。そんな考えが俺のペースを乱してくる。焦ったら殺される。

 落ち着けと自分に言い聞かすが、体力が減っていくにつれて自分の声が自分に届かなくなっていくことが身をもってわかる。俺は本気すら出していないこいつに勝てないのだ。

 

「……代償強化! 痛覚! 恐怖!」

 

 身体能力を更にブーストさせていく。考えを改めろ。ノイズになるものは全て捨てろ。代償強化はデメリットだけじゃない。いらないものを全て削ぎ落とせる。痛覚を捨てれば攻撃を受けても怯まなくなる。恐怖がなくなれば躊躇いが消える。そういうものを的確に捨てていけ。

 

悪逆閃光(あくぎゃくせんこう)!」

 

 突きがカオリの頬を掠る。俺の攻撃がようやくカオリに届いた。ここまで多くのものを捧げてようやく掠り傷1つだ。俺はそれに少しだけ喜びを覚えた。それが命取りだった。たった一瞬だ。それこそ瞬きも出来ないくらいの一瞬だった。その一瞬の気の緩みが致命傷になる。

 

 俺はカオリを見失ったのだ。カオリを捕捉しようと首を振る。しかし遅い。

 

 気付けば背後に回られていた。反応が間に合わず右腕が深く抉られる。

 

 ――まだ大丈夫だ。腕は繋がってる。痛覚も先ほど失ったから気にするようなものでもない。そもそも今は俺の身体のことはどうでもいい。問題はカオリの動きだ。

 

 カオリは先ほど一瞬だけ気配が消えた。そのせいで見失った。間違いなくアリシアの技だ。アリシアに比べて精度は落ちるとはいえ、誰にでも出来るわけではない。それこそアリシアの才能があってこそだ。それなのにカオリは難なく使いこなしてきた。

 

 完全にしてやられた。カオリは意図的に攻撃を被弾し、俺の油断を誘いだした。あの突きは当たったわけではない。当てさせられたのだ。

 

「あぁ……」

 

 今になって気づく。ベースは別物だが、カオリの動きには僅かに俺がアリシアに教えた息遣いや体の使い方が混じっている。疲れづらく、なおかつ次の手を読みづらくする動き。力でゴリ押すのではなく、ヒラヒラと舞う紙のような動き。それが僅かに混じっている。しかし軸はそれの対極にある力で押すスタイル。その本来ならば水と油で交わらない2つのスタイルを融合させて自分のものとして確立している。

 

――まさしく天才だ。

 

 フィジカルもあり、戦闘センスも神がかっている。まるで戦いのためだけに生まれてきたような存在。戦女神に愛されているのではないかとすら思えてくる。そうだ。カオリこそが俺の求めていた英雄だったのだ。彼こそが英雄に相応しい。俺の脳を焼く英雄だ。

 

「なぁカオリ」

 

 攻防の中でカオリに尋ねる。彼は天才だ。しかし彼の攻撃から嫌というほど伝わる。こんなものではまだ足りないという叫び声が武器から聞こえる。

 

「お前はこれ以上なにを望む?」

 

 カオリの目指す場所。それに興味が湧いた。カオリは俺の戯言を無視することなく、ただ一言力強く答えた。

 

「全てを凌駕する英雄」

 

 その答えを聞いて俺の心の中にある感情が芽生えた。彼の強さの糧になれるならば命をくれてやっても惜しくない。

 

 ――俺はここで死ぬと決めた。

 

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