悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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37話 英雄願望の終着

 

 俺ことアレックスはレッド帝国という国で伯爵になりそこねた貴族の下に生まれた。

 

親父は俺を自分の半身とでも思っているのか伯爵にしようと必死だった。遊ぶどころか同年代の友達と話すことすら許されない。寝ても起きても勉学を叩き込まれる。少しでも不出来だと雪の降る日だろうが裸で外に投げ出された。

 

 地獄のような生活の中で唯一許された娯楽が本だった。俺が夢中になったのは勇者カミーラが魔王を倒すありふれた御伽話(おとぎばなし)

 勇者カミーラは仲間と共に魔王に仕える八将を討ち、さらに四天王まで討った英雄だ。道中で仲間との死別や意見の相違でぶつかり合いながらも遂には魔王を討ち取り、世界に平和をもたらした伝説の英雄。

 

 俺はそれに憧れた。自分もそうなりたいと思った。この生活は勇者になるための試練だ。そうやって自分に言い聞かせたから厳しい教育にも耐えることができた。俺は自分を英雄だと思い込むことで地獄を乗り越えた。

 

 その地獄が終わったのは18歳になった時だった。親父が脱税の容疑で捕まり、死罪となった。そして俺は犯罪者の息子として貴族の地位を追われ、平民へと落ちた。当然ながら犯罪者の血縁者が伯爵になどなれるわけがない。伯爵になることが唯一の意味だった俺は世界に絶望した。

 

 俺の中で勇者というのは伯爵のことであり、伯爵の資格を失ったならば勇者になれないと本気で思っていたからだ。生きる意味すら見失った俺は死のうかと本気で思った。でも俺に光を見せてくれた女性がいた。

 

 絶望の最中で出会ったシンシアという女性。彼女は教会の牧師さんで飲まず食わずで気を失った俺を見つけ、俺の面倒を見てくれた。俺の話を真摯に聞き、俺のために泣いてくれるような女性だった。

 

 それから俺は教会で彼女の手伝いをしながら暮らすことになった。その教会は孤児院を経営しており、仕事は少なくなく、忙しい日々だった。だけど人生で一番幸せな時間だった。

 彼女の笑顔が嫌な記憶もすべて吹き飛ばしてくれた。このまま生涯を終えてもいいとすら思えた。しかし幸せは長く続くものじゃない。

 

「あ……ああ……」

 

 シンシアが理不尽に殺された。俺が買い出しのために街へと出かけ、教会を離れた。その時に野盗が押し入ったのだ。どこにでもあるありふれた悲劇。しかし俺には耐え難いものだった。

 

 聖堂には男の匂いが充満していた。なにをされてどのように殺されたのか嫌でもわかった。呆然と立ち尽くす中で子供の叫ぶ声が聞こえた。大急ぎで声のした方へと向かうと服を乱雑に破られ、体中を痣だらけにした少女の上に全裸の男が覆い被さるように乗っていた。

 

「い、嫌!」

「黙れ。殺すぞ」

 

 その少女は俺とシンシアで面倒を見ていた少女だった。その少女が襲われている。考えるより先に身体が動いていた。少女を助けなければならないと思った。

 

「きさまぁああああああああ」

 

 しかし俺は弱かった。生まれてから一度も喧嘩というものをしたことがない。当然のように俺は野盗に返り討ちにされた。野盗は俺に暴行を加える。

 そんな時に俺はスキルの存在を思い出した。俺に与えられた()()()()のスキル。なにかを捧げれば永続的に身体能力を向上させるというシンプルなスキル。俺は少女を助けたいの一心で初めてスキルを使った。

 最初に捧げたのは慈悲だった。慈悲を捧げることで殺人への忌避感を薄くした。それでも足りなかったので、今度は愛を捧げた。

 

 後から聞いた話だが、野盗は元は名の知れた冒険者だったらしい。それこそ竜を単独で倒すような強者だった。そんな存在に鍛えたこともない俺なんかが勝てるわけがない。

 

 しかし負けるわけにはいかなかった。だから俺は重ねて道徳を捧げた。倫理を捧げた。この教会での幸せな日々を捧げた。

 

 ――そして化物になった。

 

 何度も代償強化を重ねた末に俺は男を倒した。まるで自分が自分でないかのようだった。その時の俺にあったのは使命感だけ。俺は安心させようと奥の方で震える少女に声をかけようとした。しかし少女は俺に感謝を述べることはなかった。

 

「来ないで! やだ!」

 

 俺は助けた少女に拒絶された。いつもはアレックスお兄ちゃんと慕ってくれていた少女。彼女が俺を突き放す。それが俺には痛かった。

 怒りを鎮めるために少女を殴ろうと手を振り上げ、そのまま少女を叩き殺した。

 

 自分のした行為に対してなんとも思えなかった。それが代償強化によって支払わされた対価だった。俺は悪いことを悪いことだと思えなくなっていた。理屈では理解できても感情で共感できなくなっていたのだ。慈悲を捨て、愛を捨て、道徳も倫理も失うと人はこうなってしまうのだ。

 

 それから俺は少女の記憶を捧げた。彼女のことを思い出すと心のどこかが痛むから。それが嫌で少女のことを忘れるために代償強化を使用した。だから今では名前すら思い出せない。ただの少女でしかない。

 

 朧げな記憶から犯した女や殺した子供の話をして楽しそうに笑う野盗の姿が蘇る。あいつらはなんで幸せそうだったのだろうか。俺はこんなにも満たされないのにどうしてあいつらは満たされていたのだろうか。

 

 きっと"奪っていた"からだ。この世界で幸せになるには"奪う"しかない。俺は今まで"奪う"という行為をしてこなかった。人のために働き、隣人を愛せば幸せになれるなどまやかしだ。俺は今まで教会で神様の教えに沿ってきた。だけど幸せどころか不幸になった。きっとこの世界では奪うことでしか幸せになれない。ここはそういう世界なのだろう。

 

「……幸せになりたい」

 

 ぽつりと言葉が漏れた。それからの俺は思いつく限りの犯罪をした。あの野盗に少しでも近づくために。自分が幸せになるために。

 欲情したわけでもないのに女を犯した。特に理由はなかったが子供を殺した。お金には困ってなかったが街に薬物を流行らせた。なんとなくクソみたいな教えをした教会に火をつけた。犯罪をしたら幸せになれる。したくなくとも幸せになるためには犯罪をしなければならないという考えに俺は憑りつかれていた。

 

 だけど当然ながら満たされるわけがなかった。

 

 その生活は幸せとはかけ離れたものだった。シンシアと過ごした教会の日々のような充実感がない。俺はそれがどうしてなのか分からなかった。

 

「……勇者になりてぇな」

 

 犯罪を繰り返す中でそんな考えに至った。犯罪をするようになって3年。その頃には多額の懸賞金をかけられて指名手配されていた。そんな時に唐突に幼少期の願望を思い出したのだ。俺は勇者になりたかった。今ならば誰かに邪魔をされることもない。やりたいことができる。ならば勇者を目指そう。勇者みたいに1人で世界を変えられる力を身につけよう。

 

 それから俺はがむしゃらに修行した。全ては強くなるためだった。そして修行を積んで8年ほど過ぎた頃。俺は1人の酔っ払いに打ちのめされた。

 

「なんて日だ!」

 

 その酔っ払いの年齢は10代後半だろうか。俺が実力試しに辻斬りをしていた時に出会った。彼は木の枝だけで俺の剣を捌き、そのまま押し倒した。

 

「クソみてぇな娼館で外れ女を引かされた上に通り魔とか最悪にもほどがある!」

 

 酒に酔い潰れた彼は自分のことしか話さなかった。まるで俺など眼中にないと言いたげだった。事実として彼の眼中に俺はいなかったのだろう。

 代償強化を使おうと考えた。しかしすぐに無駄だと悟った。この怪物には俺の全部を捧げても届かない。全てが無駄に終わると直感的に理解してしまった。

 

「お前の通り魔は黙ってやる。だから金をよこせ。俺のことは誰にもチクるなよ」

「あ……ぁ……」

「チクったらこの剣聖ロシェがお前を裸吊りにしてやる! 覚えとけよ!」

 

 俺は財布を奪われて見逃された。あまりに惨めだった。この時に俺は勇者になれないと悟った。俺は生涯をかけてもあの男に並べる気がしなかったのだから。

 

 しかし勇者という憧れは消えなかった。だから俺は夢を妥協した。俺が勇者になれないならば誰かを勇者にすればいい。才能のある子供を攫って、戦闘技術を仕込んで俺の代わりに勇者となってもらおう。そして俺は勇者の師として歴史に名を残す。俺の中でそんな野望が生まれた。

 

 そうと決めた時に俺の目に飛び込んできたのがアリシアだった。スラム街育ち、盗みで生計を立てていた餓鬼。しかし凡人ではない。彼女は自身を捕まえようとした衛兵3名をあっさりとナイフで刺し殺して返り討ちにした。彼女は暗殺の天才だった。

 

 そんな彼女ならばきちんと仕込めば勇者になる。だから俺は彼女を拾って6年ほどかけて色々と仕込んだ。ナイフの扱い方から体の動かし方に正面戦闘のやり方。俺は彼女ならば勇者になれると本気で信じていた。その時の生活は少しだけ楽しかった。今にして思えば、これが幸せというやつだったのだろう。

 

 唐突にレッド帝国とヤミ国という小国の戦争が始まった。俺はアリシアを試すべく、こっそりと戦場に忍び込んだ。ここでたくさん殺して経験を積ませるつもりだった。だけどそんな目論見は目の前で崩れ去った。

 

「嘘だろ……」

 

 ヤミ国は戦争なのに軍を派遣しなかった。ヤミ国が出したのはルカと名乗る桜色の髪をした女を1人派遣しただけだった。それに対してレッド帝国は約1万の兵士を派遣した。たった1人で1万の軍を相手にするなど出来るはずがない。その時はそう思っていた。

 

「煌」

 

 女が指をはじく。その瞬間に大地が抉れ、1万の人間が全て吹き飛んだ。それこそ死体すら残らなかった。勝負にすらなっていない。あまりに人外としか言いようがない。そして女は退屈そうに欠伸をして、そのまま近くの砦を制圧した。

 俺の積み上げてきた常識が書き換わっていく。俺の積み上げたものが無価値だと突きつけられる。あれは人が勝てるものじゃない。アリシアでもあのルカという女には勝てない。

 

 ――アリシアは無価値だ。

 

「……お父さん?」

「アリシア。お前もういらねぇよ」

 

 あの女の侵攻をレッド帝国は止めることが出来なかった。彼女1人に要所をいくつも落とされていく。いくら兵を派遣しようと数秒で全て消し飛ばされる。この戦いを境に戦争のルールが変わるのが直感的にわかった。今まで戦争というのは多くの兵を派遣した方が勝つゲームだった。しかし彼女のせいでその前提が崩れた。数万の兵士などいらない。ただ最強が1人いればいい。これからは量より質の時代になるのだ。

 

 その現実を理解させられた。俺は育てる個体を間違えた。アリシアじゃルカには敵わない。アリシアにはルカのように戦争のルールを変える影響力もない。ああいう規格外な存在じゃなければ勇者にはなれない。

 

 俺はアリシアを捨てた。だって勇者になれないとかなんの価値もないだろ?

 

 ルカに勝てる存在。それが勇者だ。俺はそれを育てなければならない。それが俺の生まれてきた意味だ。そのためには小手先の技術だけじゃだめだ。優れたフィジカルに最強クラスのスキルが必要だ。そうじゃなきゃあれには遠く及ばない。

 

 気配を消すのと切断のスキルではルカを超えられるわけがない。だからアリシアはゴミだ。

 

 そして死にかけた最中。俺は遂にルカに匹敵する男を見つけた。それがカオリだ。

 

 彼ならばきっとルカを超える。あれはまだ未完成だ。カオリも強いがルカには届かない。だから未完成であり、俺が教育する余地がある。

 しかしあれは俺の教育など受ける気はないだろう。俺はここから生きて帰れない。きっとここでカオリに殺される。

 

 それならば俺はカオリの経験値となろう。俺の持てる全てをカオリにぶつける。そしてカオリに成長を促す。それこそが俺の役割。生まれてきた意味なのだ。

 

 俺の全てを注ぎ、全力で彼の前に立ち塞がろう。彼の経験値となるために。

 

 ああ。昂ってくる。不思議と心は凪いでいるのに感情が爆発しそうなくらいに溢れてくる。今までかつてないくらいの全能感が俺を満たしていく。

 

「カオリィィィィィィィ!!」

 

 声を張り上げる。青い三日月が俺の周りを飛び交う。俺は全てを投げ打って戦ってやる。未来も過去も全てを捧げてやる。だからカオリ。お前は俺のために英雄になれ!!

 

「代償強化!! 記憶!! 人格!! 快楽!!」

 

* * *

 

 俺は昂っていた。アレックスから発生してる青い三日月。あれは俺が前に出した桜色の稲妻と同じ現象だ。不思議とそんな確信があった。俺の求めていた地点にアレックスがいる。これを超えたら俺は英雄に一歩近づける。ここが最終局面。俺は気を引き締める。

 

「アレックス! 俺がお前をここで討つ!!」

 

 俺は高らかに叫ぶ。俺の中で既にアレックスに対する怒りは消えていた。アレックスは俺が思ってたよりもずっと弱かった。彼の攻撃は俺の記憶にあったものよりも遥かに軽く、動きは単調であまりに読みやすい。

 その現実が俺の熱を冷ました。この程度の相手に本気で怒るのが馬鹿馬鹿しくなった。しかしアレックスは俺のどんな攻撃にも対応してきた。俺に喰らいついてきた。それが俺の中に再び熱を産んだ。

 

 アレックスは許してはいけない外道だ。でも彼と武器を交える度に彼の熱が伝わってくる。その熱が俺を強くさせていく。彼の熱に俺もあてられたのだ。

 

 彼のスキルはなにかを捧げることで身体能力を底上げするというものだった。そして最後に全てを捧げた。もう彼は全て忘れてしまった。彼を動かしているのは使命感だけだ。そんな彼に言葉が届くことはない。

 あとは俺が彼の全力を叩き潰し、彼の生涯に引導を渡すだけだ。

 

 彼をまっすぐ見る。世界がスローモーションになる。この状況なのに俺は今までにないくらいに落ち着いている。全神経が研ぎ澄まされていく。アレックスを倒す。そのことだけに集中していた。だけど熱だけが消えない。熱は俺の中で渦巻いている。

 

 全身から桜色の稲妻が迸る。あの時の感覚が思い出される。今はこの上なく絶好調。それこそなんでも出来る気すらしてくる。ここからだ。これからが本番で――

 

「――精神侵犯」

 

 そんな時だった。とろける甘さの奥で、焦げのような微かな苦みを忍ばせた声が耳の奥へと流れ込んだ。まるでチョコレートを彷彿とさせるような声は聞き慣れた声だった。

 

 その声と同時に世界が白一色に染まっていく。色彩という概念が消滅し、果てのない無機質な白に埋め尽くされる。足元から地平の彼方、そして仰ぎ見る天上に至るまでもが白。境界線という概念は存在しない。どこまでが地で、どこからが空なのかすらも分からない。その異様な光景に俺とアレックスの足が止まる。

 

「なん……だ?」

 

 その白き虚無の中心に1つ。圧倒的な質量を持って鎮座している門があった。その門は見上げるほど大きな石造りの門だった。天を突くほどに巨大な古びた石門。 その重厚な石の表面には、気が遠くなるような歳月を感じさせる無数の細かな傷と意味を持たない幾何学的な紋様が刻まれていた。

 

 目の前の光景に理解が追いつかない。いくら思考を回しても答えが出ない。ただ本能が告げている。あの門が開けば世界が終わると。

 

 コツンコツンと誰かの足音がする。その足音は当然ながら俺のものでもなければアレックスのものでもない。

 

「そこまでや」

 

 声がする。その声がする方には銀髪のエルフがいた。富を象徴するような黄金色の瞳と剣のような鋭い輝きを放つ銀髪。そんな彼女――ルイス姉が俺達の元に向かって歩いてくる。

 

「お片付けの時間やで」

 

 本物の理不尽が不敵に笑った。まるで俺達を嘲笑うかのうように。

 

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