うちは昔から音楽が嫌いだった。アニメも嫌いだし、漫画も嫌いだ。
別に創作物そのものを否定するわけじゃない。音楽は聴いたら感動するし、アニメも面白いと思う。もちろん漫画だって時間を忘れて読める。特に昔に
それでもうちは創作物は嫌いなのだ。創作物に触れてる時は好きだ。でも終わった後に好きという感情を残すのが嫌いだ。それによって自分の在り方が決まってしまう感じがした。好きな音楽がプレイリストに並ぶと
創作物と宗教はかなり似ている。カルト宗教にハマって多額の献金をした過去の自分。それを直面すると目を覆いたくなるだろう。それと同じ理屈だ。創作物の熱は強い。そういう恥ずかしい行為を簡単にさせてしまうから嫌いだ。特に痛バなんて作ってしまった日は目も当てられない。だから創作物は嫌いだ。
「うちの精神侵犯。つまらへんやろ?」
何かに感動している自分を、もう一人の自分が冷めた目で見つめている。それを意識すると冷静になっていく。その冷静さが熱を冷ましていく。それ故になにも残らない。
そんな自分を象徴するかのように心象世界は真っ白だ。その光景を見て少しだけ安堵する。まだなにもない綺麗で純白な光景。これならば誰かに偏見を持たれることはない。それに少しだけ安堵する。
「俺の邪魔をするな!」
カオリが叫ぶ。最初から邪魔なんかする気はない。するのは邪魔ではなく、
「弱いあんたに選択権はあらへん。あんたはうちに負けるんや」
クローバーを虐めたことで天啓の感覚も思い出した。
それならば次だ。天啓なんていうのは通過点。天啓はあくまで入口だ。この技術には更に上の次元の技がある。天啓によってエフェクトが第三者に見える形で発現することで、人の性質を表に出せることが証明された。ならばそれを応用すれば次の次元の技までいけるという理論が生まれる。その理論を元に自分の性質や持つ世界で全てを塗りつぶす。これは確殺の一手。天啓の終着点の1つである――
うちは静かに呼吸し、言葉を発する。この精神世界の名前を呼ぶ。精神侵犯は発動させて終わりではない。名を呼ばなければ真価は発揮されない。
「
天啓で出るエフェクトはその人の性質。あくまで強い感情が完璧な動作により僅かに漏れているに過ぎない。それに対して精神侵犯は自分の性質を天啓以上に漏らし、周囲の世界を自分色に塗り替える。これは端的に言うならば固有結界というやつだ。
「開門」
うちの言葉で純白の世界が、腹の底に響くような重低音とともに震え出す。石門が内側から押し留めようのない圧力によって、ゆっくりと左右へ分かたれていく。これがうちの精神侵犯なのだ。精神侵犯によってうちの心のなかに住まう怪物を具現化させた。それだけのシンプルなもの。だけどそれで充分だ。
「あ――」
その門の隙間、光さえ届かない深淵のような暗闇から怪物が現れる。怪物は世界すら飲み込まんばかりの■■だ。その■■は勢い良く飛び出し、アレックスを丸呑みした。彼に声を出す暇すら与えずに飲み込んだ。世界が闇に包まれていく。■■の影で闇へと落ちていく。ああ。これ以上はやりすぎだ。これ以上進めたらうちもタダでは済みそうにない。
「閉門」
精神侵犯を解除する。純白の世界も石門も消える。当然ながら世界を滅ぼさんとする厄災の■もいない。目の前には生命の息吹を感じさせる深い緑が広がっている。先ほどまでカオリとアレックスが戦闘していた森林だ。うちらは現実に帰ってきたのだ。
精神侵犯とはそういうものだ。どこまでもいこうが本質的には固有結界。中で起きたことは外に影響が及ぶこともないし、一度発動させてしまえば外からの干渉も不可能。使用者が解除してしまえば痕跡は残らない。これはそういうものなのだ。
「これで
アレックスはもうこの世界にいない。死体すら残さない。全てを■が飲み込んだのだ。彼は二度と戻ってこないのだ。
「てめぇえええ!」
カオリがうちを力強く睨みつけてくる。このままいけばカオリが順当に勝っていただろう。カオリに命の危険があるわけでもない。特に危うさを感じさせるような戦闘でもなかった。うちが介入する必要のない場面だった。それこそ普段のうちならば手を下さなかっただろう。しかし今は少し事情が違う。
うちがエルフ領から帰った時、カオリの顔つきは少し変わっていた。その顔には目を離せば死んでしまいそうな危うさがあった。空っぽだったカオリが自立しようとしている。それは姉として祝福すべきだろう。だけど今は時期が悪すぎる。
特に気掛かりなのが八将の存在。あれは今のカオリじゃ1人で倒せない。ゲイジュの時もメイみたいな無限回復が可能なチートがいたから勝てたようなもの。もし1人で対面したらカオリは確実に殺される。少なくともエメラルドに勝てるくらいになってもらわないと不安で仕方ない。
しかも八将を裏で手引きしてる存在も不透明。もしカオリが異端審問官として戦線に出続けるつもりならば、うちを安心させるくらいの力を見せてもらわなければ姉として認めることが出来ない。
なによりカオリの狂気に近い英雄願望。あれも当然ながら容認できない。あの視野の狭さを肯定するのは姉として許されない。少なくとも姉である以上は弟が間違った方向に行かないように導く義務がある。だからこそカオリはここで徹底的に潰すことにした。それこそ他の道に目を向けるまで何度も潰す。カオリに英雄としての活躍なんかさせない。今回のアレックス戦のような英雄になる機会は全て潰す。そうすると決めた。
それ故に今回はこのような幕引きとすることにしたのだ。
* * *
ルイス姉を睨む。自然と奥歯が砕けるかと思うほど強く噛み締めていた。口から少しだけ血が滲む。あれは俺の獲物だった。アレックスは俺が倒す予定の敵だった。それを横から掻っ攫われた。悔しいを通り越して憎いという感情すら湧いてくる。
「どないしたん?」
ふざけるな。もう少しで天啓の核心が掴めた。あのままアレックスを倒して英雄になるはずだった。ルイス姉は俺が受けるべき
「クソ姉貴がっ!!」
「ん?」
「あれは俺の獲物だ!」
「ああ。それで怒っとるんか。うちが強すぎてすまへん。カオリのために手抜いたるべきやったね」
「っ!!」
そうして勝負は幕を閉じた。こんな終わり方を認められるはずがない。俺とアレックスの勝負はもっと劇的なものでなければならない。互いに全てを出し尽くした上で、俺が正面から打ち破る。そうでなければならない。
こんな結末は不完全燃焼もいいところだ。満足感なんてあるわけがない。残されたのはモヤモヤ感だけだ。ルイス姉のしたことは到底許されることではない。
「――煽ってるのか?」
「当たり前やろ。まさか煽られる覚悟もあらへんのにうちのこと喰おうとしてたん?」
心の底から嫌悪が湧いてくる。勝手に人の心に土足で上がり込み、正論だけを叩きつけて自己満足。自分の物差しで全てを決めつけてくる。あまりに気持ち悪い。吐き気すら覚えてくる。
「文句があるんやったら1つだけ勝負をせえへん?」
「は?」
「ルカを除いた異端審問官全員とうちのエメラルドとの総力戦。細かいルールは追々決めるけど、貴族や商人を集めた派手な舞台を用意したる」
ルイス姉が俺に喧嘩を売ってくる。火を見るよりも明らかな喧嘩。その行為が俺の怒りを逆撫でする。
「そこで異端審問官達を出し抜き、群衆の脳を焼くような活躍をすれば晴れて英雄。その機会くらいは渡したる」
「なにが望みだ?」
俺にだけ都合が良い話なんてあるわけがない。ルイス姉の性格からして相応のなにかを求めてくる。なにも差し出さずに欲しいものだけを取るような姿勢を許さない。
「せやねぇ……負けたらカオリは異端審問官を辞めるっていうのはどうや?」
「は?」
「異端審問官を辞職し、うちの駒として生涯を終える」
「飲むと思ってるのか?」
「もし飲めへんやったらうちはカオリを徹底的に潰すで。うちが先回りしてカオリが受けるはずやった称賛は全部掻っ攫ったる。あんたの望むもんは一生手に入らへん」
もはや拒否権などない。ただの脅迫だ。彼女の立場ならば脅迫すら正義となるだろう。それが聖女という存在だ。どんな非道だろうが聖女のすることならば許される。なぜならば聖女は絶対の聖域なのだから。
「ふざけるな」
「弱いあんたが悪い。弱者に選択肢はあらへん。そんなことも分からへん?」
「わかったよ。そこまで言うんだったらその喧嘩。買ってやる。ここまで言って負けたら大恥だな。ルイス姉」
ここまで言われて降りられるはずがない。もう既に怒りで腸が煮えくり返りそうだ。聖女に赤っ恥をかかせなければ気が済まない。正面からルイス姉のお気に入りであるエメラルドを
「それでええよ。さっさと英雄になれない現実を噛み締めて――死んどき?」
そうしてアレックス討伐戦は終わった。
歯切れの悪い結末だった。最悪の終わり方だった。だけど熱は消えない。むしろ熱は強くなっていく。
俺はルイス姉を喰らって証明する。俺が英雄なのだと証明してやる。
そう強く、心に誓った。