悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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幕間

 

 人の首を刎ねる。音も立てずに静かに刎ねた。痛みを感じる暇すら与えずに殺した。その落ちた首を私の主人である幼女が拾う。

 幼女はヤシの実でも扱うかのように頭を割り、その生首を(さかづき)のようにして()()()を喉に流していく。私はそんなグロテスクな光景を横目で見ながら、足で死体をぐちゃぐちゃに叩き潰す。

 野犬が食べられるくらいのサイズになるまで踏み潰す。彼がいたという痕跡を一切残さないためだ。残すとあとで面倒なことになる。

 

「良い仕事ぶりだな。ルカ」

 

 幼女は先ほど()()()()()()男に姿を変貌させ、私に話しかける。その光景に驚きはない。私は彼女のスキルがそういうものだと知っているから。

 

「わー完全に同じじゃん!」

 

 ここまで全て予定通りに事が進んでいる。今回の作戦は成り代わることが目的だった。

 そのため本物を殺して変化のスキルを持つ彼女が成り済ます必要があった。同じ人が生きていると色々と面倒なことになりかねない。だから殺す必要があった。なにせ死人は喋れないのだから。

 

「本当に嫌なおっさんって感じ! 改めて見ると変化のスキルって本当にすごいね!」

 

 今回の作戦の肝であるメイ第二王女様。年齢にして8歳である彼女は私の主人でもあると同時に()()のスキルを持っている。そのようなスキルを持ってるからこそ王族でありながら、最前線に出向くことが多い。

 メイ第二王女様がスキルで先ほど殺したクヤーク団長の顔と身体になり、グループ国の内政に口出しする。これが私達が行おうとしている内部工作だった。

 そして私に与えられた仕事はクヤーク団長に成りすました彼女の護衛と補助。さすがに第二王女である彼女に万が一のことがあったら大変だ。だからヤミ国で最強である私が渋々仕事を引き受けることになった。

 

「しかしお前は随分と可愛い顔をしている。このまま戦争難民として扱われるには惜しい」

 

 クヤーク団長の姿をしたメイ第二王女様が私の(あご)を掴んで下衆(げす)な視線を向ける。クヤーク団長のモノマネをする姿を見て変な笑いが出そうになる。それにしても嫌なセクハラ親父を完璧に再現。その演技力の高さに思わず拍手を送りたくなる。ここまで完璧なら絶対にバレないだろう。本当にどこでその演技力を身につけたのか気になって仕方がない。

 

「私の騎士団に来るがいい。慰め(なぐさめ)者としてな」

「メイ第二王女様! 完璧です!」

「……どこの誰が聞いてるかわからないのでちゃんとロールプレイしてください。それと名前を出すのは絶対に厳禁ですよ」

 

 

 そこからは滞りなく順調に事を進めていく。

 当然ながら私が騎士団に入ろうにも正攻法で上手くいくわけがない。普通に考えて内通者とか色々と疑われる。

 そこでメイ第二王女様が成りすましたクヤーク団長の出番となる。クヤーク団長はあれでも国の騎士団のトップだ。彼の一存であれば騎士団に入ることは容易い。だから私にはクヤーク団長に顔を気に入られ、コネで入団した戦争難民という設定が与えられた。

 

 そしてクヤーク団長は自分の女を常に側に置きたいがために私を副団長へと任命する。

 もちろんまともな国ならば、そんなに上手くいくはずがない。しかし軍部も政府も腐敗したこの国ではそのくらいではお咎めなしだった。ここまですんなりいったことに対してはガバガバ過ぎて正気を疑いたくなったほどだ。

 

 また当然ながらクヤーク団長の愛人という設定である以上、肉体関係は避けられない。そういう行為がないのはあまりに不自然だ。だからこそクヤーク団長は定期的に私の寝室に上がり込んだ。私はそれを表向きは拒否するふりをしつつ、受け入れる。

 

「クヤーク団長。本日も勇者カミーラの姿で頼みますね」

「仕方ないな」

 

 だけど拒否感もなければ、嫌悪もない。そうなることは想定内だし、そもそもこの方向で計画したのが私だ。私がクヤーク団長の愛人という設定を選び、メイ第二王女様にそう振る舞うように()()()した。

 

 なにせメイ第二王女様は顔も肉体も自由自在であり演技も一流。下手な女性向けの売春宿に行くよりも全然良い。だから私はメイ第二王女様に作戦中は定期的に私を抱くことを条件として飲ませた。そんなわけだから嫌なわけがない。むしろ最高の気分だ。これがあるからこそ仕事を引き受けたと言っても過言ではないほどのメインディッシュだ。

 

 クヤーク団長が寝室に上がり込むと同時に期待感と興奮で息が荒くなる。正直言ってこれがなければ私はこんな拘束時間の長い面倒な仕事なんか引き受けていない。私は欲望のままにクヤーク団長を押し倒していく。

 

「はやく化けてくださいよ。それだけが楽しみなんですから」

「……少しは我慢を覚えなさい」

 

 私を抱く度にクヤーク団長の評判が落ちていく。権力で女を好き勝手にするクズ。パワハラで鬱憤(うっぷん)を晴らすクソ野郎。そのくせに満足に自分の仕事もしない無能。そんな言葉が私の耳に入るくらいに彼の評判は地に落ちていった。誰も私とクヤーク団長の本当の関係を知らない。

 

 そしてクヤーク団長が順調に評判を落としていく中で私は好感度を上げていく。ちょっとだけ部下に優しくしたり、仕事を代わりにやってあげる。また場合によってはクヤーク団長の愚痴を聞いてあげたりする。そういう積み重ねでクヤーク団長とは裏腹に私の株は上がっていった。このまま作戦は順調に進んでいく。

 

 ――そう思っていた。

 

「それでどうしてあの青年を拾ったのですか?」

 

 だけどイレギュラーが起きた。そのイレギュラーは勇者召喚だ。ただ勇者召喚が行われることは知っていたし、それに問題があったわけではない。むしろ私達がわざわざ裏工作なんて面倒なことをしてるのは勇者召喚の観察をしたかったからというのが背景になる。

 今回問題があったのは勇者召喚そのものよりもカオリの存在だ。なにせ当初の予定では勇者は全員()()つもりだったのだから。

 

「それは……」

 

 異界の勇者を召喚した当日。メイ第二王女様は私の家に土足で上がり込んできた。傍にいたカオリの目を気にすることなく、私の寝室に入ってくる。当然のことだ。だってあまりに計画と違う。私は本来の計画を無視してカオリを助けてしまったのだから。

 

「……顔が良かったからですかね」

「それだけですか?」

 

 嘘偽りのない本音で答えていく。カオリの顔が良いのは本当だ。彼の顔の良さは群を抜いていた。だけど当然ながらそれだけが理由なわけじゃない。

 

「カオリだけはあの場で私に警戒しました」

 

 彼だけが私に警戒を向けた。カオリは正確にその場の戦力を見抜いたのだ。そして彼は不自然なくらいに冷静だった。自分の立場を弁えている。浮かれることもなければ過度に怯えることもない。

 もしも私が同じ立場だとしたら、あそこまで冷静さを保てる自信はない。だからこそ価値がある。あれをここで失うのは損だと反射的に思った。だから計画を無視して助けてしまった。

 

「顔が良くて能力もある。そんなの目をかけたくなるに決まってるじゃないですか」

 

 だから彼を見極めるために家に招いた。もしも期待に沿わないようであれば殺すつもりだった。だけど彼の一言だけが予想外だった。その言葉があったからこそ私は彼に刃を向けられなくなった。

 

「彼。私に言ったんです」

「?」

「パンケーキを食べたいって」

 

 その一言でメイ第二王女様も全て察したようだった。カオリは恐らく深く考えないで言ったであろうパンケーキ。その言葉は私にとってはとても重いものだった。それだけで庇護しなければならないと思うほどに。もしパンケーキと言わなければ私は彼にここまで入れ込むことはなかった。

 パンケーキを望んだからこそ私は彼に手を出せなくなった。それこそメイ第二王女様がカオリに手を出そうとしたらどっちにつくかわからないほどに。

 

「……そういうことでしたらカオリの処遇は一任します」

「クヤーク団長!」

「困ったことがあったら言ってくださいね。こちらでもサポートしますので」

「ありがとうございます!」

 

 それから私はカオリの面倒を見ることになった。都合が良いことに彼はメイ第二王女様が私を強引に抱いたことに憤慨(ふんがい)し、この国への怒りを抱いていた。だからこそ彼を守りやすかった。

 

 もしかしたら彼女があの場で強引に私に手を出したのは、グループ国を嫌悪させるという狙いがあったのかもしれない。たしかにカオリとの話し合いは難航していたし、あそこでメイ第二王女様が乱入してくれなければ話がどう転んでいたか分からない。なによりも彼女はそういう計算をした上で動く人だ。きっと今の状況も手のひらの上なのだろう。

 

 私がヤミ国の駒として動くのは信仰心があるからでもなければ、義理があるからでもない。ただ単純にメイ第二王女様が指導者として一番優れていると感じたから。私は自分が正しいと思うがままに動いて一度ろくでもない結末を迎えている。だから私はメイ第二王女様の指示でしか動かない。それが一番上手くいく方法だと信じてるから。

 

 

 カオリが来てから数週間が経った。カオリには色々と簡単な仕事をこなしてもらって、この世界に馴染んでもらうことに専念した。彼は意外と素直で気持ちの良い青年だ。だからこそ私だけ隠し事して騙してることに少しだけ申し訳なさを覚えた。それこそ出された料理を残してしまうような申し訳なさを抱いていた。

 

 次第に作戦も大詰めとなっていく。私がカオリを保護したせいで、色々と変更があって少し時間がかかってしまった。その調整をしてくれたメイ第二王女様には頭も上がらない。

 

「まず最初にマリー伯爵が国全土を潰すほどの質量を持つ氷塊で脅しをかけます」

 

 メイ第二王女様の口から最終日の流れが伝えられていく。もうこの作戦も終わりを迎える。少しだけ不安になる。このことをカオリが知ったらどう思うだろうか。きっと幻滅して怒るんだろうなぁ……

 

「はい」

「そしたら私ことクヤーク団長は鳥になって逃げ、ヤミ国の軍隊と合流です」

「その時に私は団長が逃げたと言い広めつつ、勇者の捕縛。後に勇者フウガをメイ第二王女様に引き渡し、王都に戻って民を煽り、反乱を起こすということで間違いないですか?」

「ええ」

 

 この国の王様の支持率は高くない。それでいて軍部が腐っているのは国民達も周知の事実。権力者というものへの不満も溜まっている。さらに国の軍の最高責任者は逃げ出した。ここまでカードが揃えば間違いなく反乱は起こる。そうなるように工作を仕掛けたのだから、なってもらわなきゃ困る。

 

「反乱を煽る際は加わった者はヤミ国の民として扱う。それ以外は全員奴隷と言っていただいて大丈夫です」

「反乱に加わった者でボウショク教に改宗しない者がいたらどうします?」

「……奴隷以外に使い道がありますか?」

 

 滅ぼすだけでいいならば1日作業だ。しかしそれだと民はついてこない。だから裏から手引きしようという話になった。そのため私達は侵略者としてではなく、共に戦う仲間という仮面を被らなければならない。

 

 だが簡単に敵国を信用するなど不可能。それならば信頼出来る人間が敵国に加担すればいい。だから私は国民のマスコットになり、信頼できる立ち位置を獲得する必要があった。最初からそういう作戦だった。

 

「この国の兵士はなにもしない権力を振りかざし、好き勝手に女を抱くだけの無能な私ではなく真摯になって話を聞き、仕事を助けて国のために本気で動くルカさんを支持しています」

「だから兵士が私についてくれば、それに民も流される。そして気付けば私たちに取り込まれているってことですね」

「はい。そして私達の国で暮らすことに最初は不満こそあるでしょうが、恋人や家族と一緒に温かい家と美味しいご飯。それに楽ではないがキツくもない仕事を与えれば自然と牙も抜かれるというものです」

 

 そこら辺はいつも通り。強引な改宗に最初こそ文句を言うが現状に満足させてしまえば大体の者は文句を言わない。それにヤミ国の生活水準は周辺国とは比べ物にならないほど高い。ヤミ国での平民の暮らしが一般的な国の貴族の暮らしに匹敵する。貴族の生活にグレードアップして、なんの不安もなく暮らせるとなれば文句を言う理由はない。

 

「それとカオリの件は貴方に一任しましたので、彼はお好きになさってください」

「ありがとうございます。それと1つ興味本位で聞きたいんですけど、勇者フウガはどう扱う予定ですか?」

 

 勇者召喚された風のスキルを持ち、グループ国が勇者として扱った男。それが勇者フウガだ。 彼も当然ながら殺す予定だった。彼が殺せないのは王様が目をつけていたから。殺せないわけではないが、殺すデメリットの方が大きいので生かしておいた。だけどこうなったら混乱に生じて殺すという選択肢も現実味を帯びてくる。

 

 私は彼にそこまで魅力は感じない。あれは中途半端に強いスキルだけが与えられた子供。勇者としての中身が伴っていない。そのくせ周りからは勇者様だと崇められ、それが当然だと思い込んでいる。あまりに扱いにくい上に不愉快。恐らくヤミ国が与える普通の生活程度では不満を抱き、面倒なことになる。だから私個人として殺害には肯定的だ。

 

 私は彼が嫌いだ。勇者を騙る彼が。

 

「正直言うと私もいりませんね」

「ですよね」

 

 グループ国は人を見る目がない。スキルが弱くても強者が使えば、そのスキルは強く見えてしまう。結局のところスキルというのは使い手次第だ。強力なスキルを持っても弱いやつは弱いし、逆も然りだ。真に見るべきはスキル以上にスキル無しでもどこまで強いのかというところ。それを理解していないからこうなる。

 

「一通り尋問を終えたら適当に追放でもしますよ」

「殺さないんですか?」

「せっかくですから無血開城(むけつかいじょう)してみたいではありませんか」

 

 

 翌日。予定した通りに戦争が始まった。当初の計画通りメイ第二王女様はすぐに逃げ出した。私は真面目に対応してるフリをして兵士たちを戦場に派遣していく。ただ相手が動きを見せるまでは敵対はせず、あくまで牽制に留めておくと言い聞かす。

 

 指示を一通り出し終えた後に勇者フウガを無力化する。勇者フウガが弱いことは知っていたから、数秒程度で切り上げることが出来た。当然ながらメイ第二王女様の希望する無血開城を実現するために彼は敢えて生かした。私はあくまで駒だから私情は持ち込まない。

 勇者フウガの捕縛を終えた私は彼の身柄を軍に引き渡し、そのままカオリの元に向かって彼と合流した。

 

「1つ。提案があります」

「提案?」

「ヤミ国に降伏いたしましょう。幸いにもヤミ国は降伏をすれば今後の生活は保証すると言っています。私がそうするように話はつけてきました」

 

 私は手のひらを返したように降伏を勧める。クヤーク団長が不在の今では私が軍の最高責任者。だからこそ私の言葉に縋るしかない。私はそれっぽい演説を繰り返して、大衆を煽っていく。

 

「この国の愚王は最後まで降伏をしないでしょう! そうなれば罪のない人達の血が無駄に流れます! だから我々で愚王を討つのです!」

 

 言葉には細心の注意を払う。今回の目的はあくまで無血開城。敵味方問わず1人として死者を出してはいけない。

 

「ただ、武器を持って戦ってほしいわけではありません。どうか静観を貫いてください。ヤミ国の軍に道を譲ってくださるだけで構いません!それだけで貴方達を助けます!」

 

 それから王や主要な大臣を捕らえるまでに数時間もかからなかった。作戦は呆気なく成功した。グループ国の兵士や民間人を後方に下げ、ピエロを中心とした精鋭揃いの部隊で城を落とした。国に残ってた兵の大半は私が無力化させていたこともあって簡単だった。

 

 戦争を終えると同時に私達の勝利が誰の目にも分かるようにグループ国の王様を十字架にかける。服も全て剥ぎ、権威を示す象徴を全て奪い去った。こいつはただの肥えたおっさんであると示すように裸で(はりつけ)にした。

 

 そんな男の隣でクヤーク団長の姿から普段の幼女の姿に戻したメイ第二王女様が演説を始める。この戦争は最初から最後までメイ第二王女様の描いたシナリオ通りに進んでいった。結局のところ全てが彼女の筋書き通りだったわけだ。

 私がカオリ君に肩入れしたことを除いて。

 

「グループ国は今日を持って滅びました」

 

 メイ第二王女様は誰でも理解出来るように簡潔に今の状況を伝える。装飾もされていない簡単な言葉で事実だけを伝える。

 

「あなた達には2つの選択肢があります。1つはボウショク教に下り、ヤミ国の民となる。その場合は衣食住に加え、親しい人たちとの暮らしと仕事を与えることを約束しましょう」

 

 一切の前置きもなく、未来の話をする。何名か文句を言いたそうな輩もいるが、そこはヤミ国の兵が一睨みすることで黙らせる。

 

「従わないようでしたら奴隷としましょう。若い女は娼館(しょうかん)送り。それ以外は死ぬまで炭鉱や畑での肉体仕事となります。明日までに好きな方を選びなさい」

 

 選択肢などない2択。それでも自分の信ずる神を捨てられず、奴隷の道を選ぶ者はいる。その場合は一切の容赦はしない。

 ヤミ国は宗教国家。そこに建前でもボウショク教の教えに従いますと言えない輩は面倒事を生む。

 

 それがこの国の考え方だ。宗教国家において教義というのは法律だ。法に従えぬと公言する輩と共存など出来るわけがない。信仰心などがほしいわけではない。ただ郷に入っては郷に従えを実践しろというだけの話。少なくとも私達はそのように考えている。

 

「そういえばカオリはボウショク教への入信に異を唱えましたか?」

 

 演説を終えたメイ第二王女様が私に声をかけてくる。彼女なりにも一応はカオリを気にかけているらしい。

 

「肉や酒、それに賭け事や娯楽が禁止されるなら御免だと言ってました」

 

 メイ第二王女様がゲラゲラと笑う。ボウショク教の教えは『まずは自分が幸福であれ』だ。そのため食事への制限はないし、服装を強いることもない。むしろ自由な食事と服装が幸せだと感じるならば推奨するくらいだ。なにせ自分が幸せでなければ隣人に優しくすることなど難しいとボウショク様はお考えなのだから。

 

「あと寿司が食べられないのは抵抗を覚えるとも言ってましたよ」

「そうですか」

 

 ボウショク教の聖書にある一説。火を通さず食べれば大の大人が泣き叫ぶほどの腹痛に襲われ、最悪は死に至ると。書き方としてはお腹が痛くなるからやめようねくらいのニュアンスである。その話を聞いて、私も思わず吹き出してツッコミを入れそうになったほどだ。

 この状況で食の心配をするのだから面白いと心底思う。もっともそのような軽口をたたいてくれるのも、彼が私のことを信用してるからなのだろうが。

 

「そもそも言わなきゃ分かりませんし、隠れてやればいいのに……」

「メイ第二王女様の立場でそれ言っていいのですか?」

「私は意外と寛容ですよ。それにルカさんもちょっと生肉食べたくらいでとやかく言いませんよね?」

「まぁそうですが……」

 

 実際のところボウショク教はその辺りはかなり緩い。異端審問官である私ですら、被害者が特にいないようであれば目を瞑るくらいだ。

 

「それならこっそりやればいい的なことを言って後押しすればいいんじゃないですかね。ボウショク教はそんな融通の利かないような硬い宗教でもありませんし」

「えー。他の宗教は全て禁止してるのにそれ言います?」

 

 ただメイ第二王女様の言い分には少し異を唱えたい。たしかにボウショク教は寛容だ。それこそ妊娠を目的としない遊びでの性行為を肯定するくらいには寛容だ。もっと言うならば信者に礼拝も求めなければ、献金を求めるようなこともしない。教義を破らない限りは好きにしなさいのスタンスだ。

 

 しかし異教にだけはこの上なく手厳しい。他の宗教を信仰するならば問答無用で異端扱いで奴隷送り。話し合いの席につくよりも先に武器を手にとる。それがボウショク教だ。

 

「それをしないと私の可愛い信者が面倒事に巻き込まれるじゃないですか。ボウショク教は邪教であるとか言われて、何度焼かれそうになったことか……」

「先手必勝というやつですか」

「そうです。手を出される前に手を出せ。特に危険がないようでしたらスルーしてもいいんですよ。しかし悲しいことにボウショク教に害のない宗教など私は見たことありませんが」

「死んだ先に幸福があると考える宗教と生きてる時に幸福でなければ意味がないと考える私達じゃ馬が合わないでしょう」

「どうして他の宗教は我慢を美徳とするのでしょうかね?」

「さぁ?」

 

 ああ。面倒な地雷を踏んでしまった。メイ第二王女様の長い愚痴が始まる。私は面倒なことになったと思いつつも、それを聞く。こうなってしまうと本当に面倒くさい。

 

「別に私も自分で勝手にやる分には文句を言う気はないのですが、それを他者にまで押し付けるから嫌なんですよ。お前達は肉を食うから悪とか化粧するなんて最悪とか言うからムカついて焼きたくなる。だから実際に焼いて回っている。それだけの話だというのに」

 

 ヤミ国が他の宗教を禁止にしてる理由。そこには他の神を認めないとか、解釈が違うみたいな理由はない。単純に宗教の存在が嫌いなのだ。宗教国家という形を取りながら宗教が嫌いと言うのは矛盾してるだろう。

 しかし宗教を焼くのに嫌い以上の理由なんてない。それだけで焼く理由としては充分過ぎたのだ。

 

「ただ、グループ国を制圧したのでこれで人間領は統一。もはや人間領の全域でボウショク教を除く全ての宗教が異端。我慢を良しとし、他者に強制するクソ共を大手を振って焼けます。今まで散々人に石を投げたんですから、今度は投げられていればいいんですよ」

 

 このグループ国が人間領では最後の国だった。この日を持って人間領は全てヤミ国が統治することになった。まさしく歴史に残る快挙だ。ただメイ第二王女様はそのことを喜ばない。彼女はそのことに大して興味がないのだろう。

 

「これからどうします?」

「当面は内政に力を入れますよ。ただ同時にエルフに圧力をかけつつ……」

「魔王復活についてはどうお考えで?」

与太話(よたばなし)でしょう。一応調べますが」

「もし復活したら……」

「全力で潰します。それ以外の選択肢などあるわけがない」

 

 グループ国との戦争もとい人間領統一は終わった。ようやく面倒で拘束時間も長く、退屈でつまんない仕事も終わる。私はメイ第二王女様の話を適当に聞き流しながら、国に戻った時のことを考える。

 

 これだけ拘束されたのだからきっと休みも多いだろう。少なくとも見積もっても2週間は貰えるはずだ。服屋で可愛い服を買って、お洒落して商業施設を歩いたり、劇場に寄って演劇を見るのもいいかもしれない。

 その時はカオリ君に声をかけて、彼と一緒に回るのも楽しいだろう。それにこんなに空けたのだから聖女系列のお店の新作もたくさん出てるし、それも見たい。

 

 そんなことを考えながら長くて面倒な仕事を終えた私はいつもの日常へと帰っていく。

 

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