悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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39話 次の舞台へ

 

 アレックスは戦死。十二座のガゴウは逃走。そして捕虜となったのは四天王クローバーと十二座のセラフィニの2名。そのうちセラフィニは失明しており、クローバーは腕を全て落とされるほどの重傷。それが今回の事件の顛末だった。

 

「本当にルイスは良い仕事をしますね」

 

 重傷者2名に関しては、私の治癒で治せるので問題ない。むしろ恩を売れるので都合が良い。そしてアレックスに関しては生きていられても面倒なので殺してくれたのは大助かり。まさしく理想的な結末だ。

 

「ただハイ・ポーションの存在。それだけが不愉快ですね」

 

 ただ難点があるとしたらアレックスの使った道具だ。カオリはアレックスが回復薬で四肢欠損を治したと語った。その回復薬は間違いなくハイ・ポーションだ。

 ハイ・ポーションは欠損すら治し、ありとあらゆる外傷に効く万能薬。しかし市場に出回ることはない。理由は単純明快で麻薬の一種だから。

 

 それを一滴でも飲めば数時間後に震えと幻覚といった禁断症状が現れ、それが半月は続く。その禁断症状を無くす方法は再びハイ・ポーションを摂取するしかない。ハイ・ポーションは使う度に脳が壊れ、量によっては一度ですら自分の在り方すら見失う。それ故にどんな重傷だろうが使用は許可していない。これは人を助ける薬なんかではない。人を殺す毒なのだ。

 

 失った手足が戻るほどの薬で後遺症が一切ないというのは夢物語。それほどの治癒力はもはや快楽。人に使ってまともでいられるわけがない。あくまで私の治癒が特別なだけなのだ。失った四肢が治るのは当たり前なんかじゃない。本来は起こり得ないはずの奇跡。そのような奇跡には代償が必ず付き纏う。

 

 私は少しだけ頭を抱える。ハイ・ポーションがあるという事実は認められない。その事実を確認してしまった以上は製造元を突き止め、徹底的に潰さなければならない。アレックスは最後に面倒な仕事を増やしてくれたものだ。

 

 この仕事は誰に振れば確実に解決してくれるか。聖女ルイスと取引をして解決を頼むか……それとも教皇陛下にお願いするか。ただ教皇陛下は今の時期は降臨祭の準備で忙しい身。あまり仕事は増やしたくない。しかしこれ以上は聖女ルイスに貸しも作りたくない。そうなると少し不安はあるが異端審問官に振るのが一番合理的で……

 

「ああ。そうだ」

 

 聖女ルイスが自分の私兵と異端審問官で対抗戦という名の模擬戦争をしたいと言っていたことを思い出す。それを飲む条件として、この仕事を押し付けよう。そういう建前があるならば聖女ルイスを使える。

 

 その事に気付いた私は伸びをする。面倒な仕事も解決の目処が見えてきた。まぁ対抗戦に関しては不安なところはあるが、今の異端審問官ならカオリがいるしどうにかなるだろう。どうにかしてもらわなければ困る。

 

「さてと」

 

 次の仕事に目を向ける。今度はお父様や教皇陛下に提出するアレックス討伐戦の報告書の作成。もっとも報告書というが、実際は捕虜をどのように扱い、今回の功労者にどのような褒美を渡すのか。そんな今後の展開についてまとめた書類。その上でお二人から許可を頂き、私が実行に移す。こういう今後の計画を練る仕事は好きだし、心が躍る。でもテンションが上がってるのはそれだけじゃない。

 

 「四天王の捕虜――これでようやく魔王の尻尾が掴めそうです」

 

 アレックスの討伐。それだけなら取るに足らない小さな事件。ただ魔族の四天王を捕虜にしたとなると話は大きく変わってくる。クローバーの存在が今回の一番の成果と言っても過言ではない。これでようやく魔王に対して事を動かせる。

 魔王ウシカゲとは違う第二の魔王。その正体は大体の見当はついている。恐らくカオリとルイスの妹君。今までは推察の域を出ず、確信を持てなかった。あくまで直感でしかない。だからこそ言葉にすることはなかった。しかしクローバーの存在で、私の直感通りなのかようやく確かめられる。

 

 ああ。やっと楽しくなってきた。

 これから世界はどうなっていくのだろうか。

 

* * *

 

 あれから俺はルカに相談していた。ルイス姉に宣戦布告したは良いが、今のままでは勝てないことくらい自分でも分かる。あのエメラルドに通用するほどの武器が必要なのだ。

 

「それで天啓を教えてほしいってわけね」

「ああ」

「ごめんね。私は天啓使えないんだ」

 

 俺は耳を疑う。まるで虚を突かれたようだった。俺の知る限り、ルカは世界最強だ。遥か高みにいる存在。

 彼女が天啓を使えない。その事実が受け入れられない。なにか喋ろうとするが、言葉が出てこない。天啓を体験したからこそ分かる。天啓を使えるのと使えないのとでは雲泥の差だ。それこそ徒歩とスポーツカーで競争するようなもの。その天啓が使えない? ルカほどの存在が使えない?

 

 ありえない。だって彼女は最強で――

 

「ていうか天啓みたいな小細工を前提にするのはどうかと思うよ」

「小細工?」

「だってそうでしょ? 天啓を使える人も何人か相手したけどさ――大したことなかったもん」

 

 あっけらかんと言うルカ。その一言で理解してしまった。彼女だけは生物としての次元が根本から違うのだ。恐らくルカから見ればルイス姉ですら格下。それこそ敵として眼中にない。天啓すら通用しないほどの理不尽。理屈すら超越した戦闘力。

 

 初めてルカの核に触れた気がした。ルカほどの存在なのに天啓を使えないのはおかしいという前提が違う。天啓を使わずに他者を寄せ付けない戦闘力があるからルカはおかしいのだ。だから誰も彼女が世界最強であることを疑えない。彼女はあまりに出鱈目だから。

 

「まぁ私も昔は使えたけどね。今じゃ天啓使わなきゃいけなくなるほど危うくなることもないし、それほどの熱も帯びないから無理。せめてそのくらい感情を駆り立てるような相手がいたらいいんだけどね」

「それならアドバイスとかは……」

「難しいかな。昔過ぎて天啓という言葉も忘れてたくらいだからね」

 

 頭の中が整理されていく。今までの常識が崩されていく。だけど根幹にはルカの最初の教えが生きている。戦闘は理不尽の押し付け合い。その理不尽が色々な形で示される。ルカのような純粋なフィジカル、ルイス姉の精神侵犯みたいな理解不能な技。理不尽の形は1つじゃない。なんとなくだが理解できた。なにかに縛られる必要がない。もっと自由に考えていい。自分だけの理不尽を構築すればいい。それが武器となる。

 

「まぁ天啓で底上げ出来るのも事実だし無駄とは言わないよ。私も天啓使えなくなってから全盛期の1割も出せないのも事実。まぁ1割で事足りるんだけどね

 

 方向性が定まっていく。今までバラバラだったピースが埋まっていく。自分の在り方が構築されていく。

 

「あ――」

 

 メイの宿題が答えだ。メイは最初から答えを示していた。彼女だけは俺が突き当たる壁を見越し、その鍵を与えていた。楽して得た力と生まれながらにして持った力の違い。つまり理屈のある力と理屈のない力。ルカのフィジカルやルイス姉の精神侵犯。あれらに理屈は通用しない。怪物に近い人物は理屈を持ち合わせていない。これがメイの言っていた中身。

 

「カオリ君。異端審問官の仕事は楽しい?」

「ああ」

 

 この仕事をしてると自分の成長が感じられる。少し前の自分よりも今の自分の方が強いと胸を張って言える。前に進んでいるという実感がある。ここにいれば俺は成長出来る。絶対に手放したくない。今はまだメイの駒として動きたい。ルイス姉の駒ではなく、メイの駒でありたい。そして最後には英雄になりたい。全てを凌駕する英雄となり、あの時の熱を再び感じたい。

 

「それなら負けられないね」

 

 そうだ。俺は負けてはいけない。負けたら全て終わりだ。俺はなんとしてでもエメラルドに勝つ。死んでも勝たなければならないのだ。誰でもない俺のために。

 

「まぁ頑張りなよ。自分の未来くらいは自分で掴まないとね」

 

* * *

 

 縦に長い石造りの部屋。その奥には絢爛(けんらん)な装飾のされた玉座があった。

 そこに腰掛けるのは白髪の幼女。彼女は片方の肘を金細工の肘掛けに突き、頬を無造作に手のひらへ預ける。半分閉じられた瞳は、何かに焦点が合うことはない。ただ豪華な絨毯の紋様をただぼんやりと眺めていた。

 その幼女こそが現在の魔王であった。

 

「お前が魔王か」

 

 その幼女を見て金髪の男が言葉を漏らす。その男は非常に顔の整った男だった。黄金の剣を持ち、白銀の鎧を身に纏った男。高潔さと清潔感が擬人化したような男だった。彼は澄んだ空のように青い目で幼女を捉える。

 

「貴様!立場を弁えろ!」

 

 魔王が腰掛ける玉座の横にいる男の1人が声を荒げる。その男は四天王の1人であった。それに同調するかのように他の四天王達も男に罵声を浴びせる。

 

「魔王様。貴方の出る幕ではありません」

 

 仮面で顔を隠したエルフが腰に携帯した日本刀を抜く。背丈が3メートルを超える大豚のような男が威嚇するように指を鳴らす。魚の鱗と尖った鼻にエラを持つ異形の男は大槍を回し、自分の武をアピールした。

 そんな3名に魔王は呆れながら冷たく言った。。

 

「やめなよ。どうせ貴方達じゃ勝てないし」

「それはどういう意味で……」

「貴方達じゃ弱すぎて勝負にならないって言ってるの」

「しかし魔王様! 我ら四天王は……」

「黙りなよ。貴方達如きが私に意見していいと思ってるわけ?」

 

 魔王は玉座から降り、静かに剣を抜く。その剣は血のような真紅の剣だった。それに合わせて男も剣を抜く。男の持つ剣は太陽の如く輝く金色の剣。赤の剣と金の剣が互いに向き合う。まるで剣が威嚇でもするかのように。

 

「貴方。勇者カミーラでしょ?」

「ああ」

「驚いた。死人と相まみえることになるなんて思ってもなかったよ」

 

 男の名はカミーラ。数千年間に現れた魔王を討ち、知らぬ人などいない大英雄。御伽噺の世界の住人であり、過去の人物。それが魔王の前に立ちふさがる。

 

「僕は君と戦いにきたわけじゃない。話をするためにきた」

「なにが聞きたいの?」

「なぜ君のような子供が魔王を名乗るのか。魔王になってなにをしたいのか」

 

 そんな彼の目の前にいるのは魔王。しかし勇者である彼に戦意はなかった。勇者カミーラにとって魔王は敵ではないのだ。彼の敵は魔王ではなく、ウシカゲという個人。

 

 彼は魔王を殺すためにきたわけではない。なにせ目の前にいる魔王モモは未だに悪行らしき悪行をしていない。人々を殺しまわるわけでもなければエルフに戦争を仕掛けるわけでもない。

 ただ魔王を名乗り、魔王と呼ばれているだけ。少なくとも今のところモモが名乗る魔王は魔族の王という意味こそ持つが、人類の敵という意味は持っていないのだ。だが勇者として魔王の肩書きを無視することは出来なかった。それ故に彼は話して見極めるため、魔王の城を訪れた。

 

「まどろっこしいね。あなたが知りたいのは私が人類の敵か否かでしょ?」

「そうだ」

「だったら戦うしかないでしょ」

「貴様は人類の敵なのか?」

「そういうのは興味ない。ただ相手の真意を知りたいというのなら言葉を交わすより剣を交えた方が早いし、信用できるでしょ」

 

 しかし魔王モモは話し合いに応じない。モモは魔王である以前に剣士だった。そして目の前にいるのは勇者といえど剣士の端くれ。それならばすることは1つなのだ。剣士同士ならば言葉よりも技をぶつけた方が手っ取り早い。少なくともモモはそう判断した。

 

「……基本ノ型・桜舞《さくらまい》」

「先祖返り」

 

 魔王の剣から白い花弁が舞う。それと同時に勇者カミーラの剣からは蝙蝠が飛び出す。両者が出したそれらはどちらも実態を伴わない。その人自身の持つ性質がエフェクトとして現れただけのもの。すなわち天啓である。この場において天啓は大した意味を持たない。しかしそれが出来るという事実が2人が強者なのだと証明する。

 

「見せてあげるよ。桜ヶ崎流剣術の真髄を」

「勇者を舐めるな! 魔王!」

 

 そして戦いの火蓋は切って落とされる。

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