悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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40話 勇者と魔王

 

 動いたのはほぼ同時だった。踏み込む音が響くよりも速く、真紅の剣と金色の剣が交わる。遅れて硬質な音が響いていく。その音は楽器が奏でる音楽のように美しいものだった。しかしこの場にそんなことを楽しむ余裕のある人物は誰もいない。

 

「魔王。仲間の援護はいらないのか?」

「天啓も使えない雑魚は邪魔にしかならないでしょ」

 

 最初の剣戟を制したのは魔王モモだった。モモは金色の剣を弾き、生まれた一瞬の隙を見逃さずに足を滑らすように動かし、重心移動で距離を詰める。踏み込みの時間すら惜しんだのだ。そこから振られる剣は雷のように速く、重い。その一振りに込められた質量と遠心力が、周囲の空気を物理的に押し潰していく。

 

三日月の鬼神(みかづきのきがみ)

 

 その一撃は()に直結するものだった。絶対に殺すと明確な殺意が込められた一振り。少し名の知れた達人程度ならば反応すら出来なかっただろう。だが目の前の存在は勇者カミーラ。魔王を討ち取った伝説の存在にして、歴史において最強の男。この程度に対応できぬならば勇者として有名になることなどない。カミーラは自分の残像を残して、モモの背後を奪う。モモは無防備な背中をカミーラに見せた。間違いなく命取り。この光景を見るものがいれば勝負が決まったと誰もが思うだろう。

 

「ふーん。さすが勇者だね」

 

 モモは涼しい顔でカミーラの一撃を剣の背で受け止める。モモの剣技は人の域を逸脱している。モモの一振りは速すぎるのだ。先ほどの振りもモモにとっては準備運動でしかない。それこそ本気を欠片も出していない。本気のモモの剣技は誰の目に見えない。文字通りの"不可視の剣"。その不可視を可能にしたのが速さ。モモは自分の射程内ならば、どの位置にあろうが常人の思考よりも素早く剣が振れる。それ故に()()()()()()()()()()()ような攻撃すら容易く防ぐ。だからこそモモのことを知らぬ者はこう言う。あの魔王は”剣先をワープさせるスキル”を使うと。

 

 しかしモモのそれはスキルのような異能の力ではない。純粋な技量によって行われる理不尽である。

 

「……あの人に比べたらお前の剣は弱い」

「誰と比較してるのか知らないけど私も同じこと思ってたよ。カミーラ」

 

 魔王モモはカミーラを勇者という肩書きで呼ばず、名前で呼んだ。それは彼女なりの敬意である。魔王モモは幼少期から剣を嗜んでいた。5歳の頃には剣を握り、暇さえあれば素振りをしていた。だが彼女は日本で試合など数えるほどしかしていない。つまるところ対人経験が皆無だった。

 

 彼女はそんな状態で異世界転移した。そして転移するとほぼ同時に、30名を超える野盗に襲われた。本来ならば恐怖で足も動かないだろう。だがモモは瞬きと同時に状況を理解。迷うことなく()()で全員の首を刎ねたのだ。その戦闘時間は僅か7秒だった。素手の幼女に大の大人30名が7秒で皆殺しにされたのだった。

 

 戦闘を終えたモモが思ったことは"弱すぎる"。殺人への忌避感でもなければ混乱でもなく、純粋に相手を弱いと侮蔑したのだ。

 

 そんな理不尽極まりない彼女が魔王になるまで時間はかからなかった。自分の邪魔をする者や気に食わない者を有無を言わせることなく斬った。その結果として彼女は剣の腕だけで1ヶ月足らずで魔王まで上り詰めた。そのような理解の外側に存在する理不尽。だからこそ彼女は魔王なのだ。

 

「カミーラも剣は良いけど動きはお姉ちゃんに比べて単調すぎるね。まぁ私は貴方の剣は好きだけどね」

「口説くなよ。僕は既に心中する相手は決めている」

「重い男は嫌われるよ?」

 

 モモに剣で敵う者はいない。しかし戦闘ならば話は別だ。モモは6歳になる頃、姉代わりである聖女ルイスもとい桜ヶ崎美柑に完膚なきまでに打ちのめされている。それ故に自分が最強などという自惚れは存在しない。

 

 だが、それは勇者カミーラも同じである。かつて魔王を共に倒した仲間であり、恋人だった■■。彼は■■に一度も敵うことはなかった。だからこそ彼自身も自分が一番などとは思っていない。それに彼が勇者として積み上げた戦果は全て■■のもの。彼の功績は歴史が作り出した捏造。本来ならば自分は勇者と呼ばれるに相応しくない。そんな思いすら抱えている。だからこそ勇者カミーラにも慢心はない。

 

 両者共に自身を最強と思っていない。それ故に油断が存在しない。その強みは2人が尊敬する存在は持ち合わせていないもの。それ故に両者は最強にすら匹敵する強者である。

 

「……ただ君の戦い方は彼女よりも綺麗だ」

「ありがとね」

 

 戦闘のギアが一段階上がる。舞う白い花弁の量は増え、青いコウモリの数も増えていく。戦闘は更に激化していく。2人の動きは既に音を超えている。ついてくる影すら置き去りにした剣戟が幾度となく繰り返される。この場にいるギャラリーは速さのあまりなにが行われているのか知覚することすら不可能。両者が剣を振るう度に部屋が揺れ、石壁にヒビが刻まれていく。このまま続けば建物の倒壊は確実だろう。

 

「青龍の天!」

「軽いよ」

「星返し!!」

 

 そんなことを気にも留めずにカミーラは剣を振るっていく。彼はモモと剣を交えながら、魔王ウシカゲと比較していた。魔王ウシカゲとの戦いはこのような楽しいものとは掛け離れたものだった。かつての魔王は人を馬鹿にするような言葉を吐き、笑いながら大切なものを踏み躙る男だった。心は憎悪に染まり、ただ殺意だけが自分を支配する地獄。もし魔王と戦いになるようなことになれば、同じような地獄になると考えていた。その覚悟で彼は魔王モモの元を訪ねたのだ。

 

「うん。今の技はいいね」

 

 彼が剣を振るう度に、剣を通して魔王モモの在り方が流れ込んでくる。魔王モモは誰よりも素直で誠実であり、心の奥底には確固たる正義がある。目的のためならば殺人に躊躇いはないだろう。しかし人としての道が外れることはない。少なくとも理由のない殺しはしない。その在り方は彼が尊敬し、愛した■■と非常に良く似ていた。

 カミーラから微笑みが漏れる。目の前の魔王は馬鹿にする言葉を吐くこともなければ、死者を愚弄することもない。それどころか自身の剣技を真っ向から受け止め、敬意すら払う。彼はこの戦いに対して楽しいという感情が芽吹き出していた。

 

「もしモモが魔王じゃなければ、もう少し心穏やかだったんだけどね」

 

 しかし相手は魔王。その戦いを楽しいと思っていいわけがない。魔王との戦いを勇者が楽しむなどあってはならない。そのようなことをすれば魔王に殺された人たちにも■■にも顔向けが出来ない。だから彼は自分の気持ちから目を逸らす。

 

「私が魔王にならないなんてことはありえないよ。私の在り方が魔王だから」

「残念だ」

 

 魔王の攻撃が続く。彼女の剣技が雨のように勇者に打ち込まれる。それを勇者は必死に受け流していく。その勝負にカミーラは心を踊らせる。この戦いを続けていたいと思った。

 

 ――しかしモモは既に飽きていた。

 

 モモはカミーラから目を逸らし、ひび割れた石壁へと目を向ける。ひび割れた壁。これ以上続ければ建物が壊れてしまう。そうなれば修繕があまりに面倒だ。そんな邪念を走らせる。それだけの余裕がモモにはまだ残っていた。

 

「楽しくなってきたな! 魔王モモ!」

「うん。そうだね」

 

 ここで()()()()()()()()。モモが出したのは本気の3割程度でしかない。この戦いでモモは本気を一度も出していない。

 勇者カミーラでは、その程度しか引き出せなかったのだ。彼はモモが剣を全力で振るに足り得る相手ではなかったのだ。遊ぶには両者ではあまりに実力が違いすぎていた。モモはもう既に勝負を楽しんでいない。ただ退屈していた。

 

 退屈したモモはギアを更に一段階上げる。もう勇者カミーラに興味を示すことはない。これ以上付き合って城を壊される道理もない。そう判断した魔王がやることは1つだった。

 

「桜ヶ崎流剣術弐ノ型”桜散り”」

 

 そこから勝負は一瞬だった。

 真紅の剣が黄金の剣を弾き飛ばす。黄金の剣は弧を描くように宙を舞い、そのまま地面に突き刺さる。勝敗は誰の目から見ても明らかだった。勇者と魔王の戦いは魔王の圧勝であった。

 

「……終わりか」

 

 剣の喪失。それは死だ。いくら試合といえど目の前に無防備の勇者がいる。彼女が魔王である以上は殺すだろうとカミーラは思っていた。カミーラは今までの人生を振り返る。助けたいと思った彼女を助けるどころか役にすら立てなかった人生。常に彼女の足を引っ張ってばかりだった人生。お世辞にも良いとは言えなかった人生。でも終わりがこれなら――

 

 しかしモモはカミーラに剣を突き立てることはなかった。モモはカミーラを無視し、再び玉座に腰かけたのだ。これは勇者を殺す絶好の機会だった。だが魔王モモはそれを見逃したのだ。ここで殺せば魔王の天敵は消える。

 

 魔王として、殺せる勇者を殺さぬなど言語道断だ。

 

 その光景に我慢できず、今まで沈黙を貫いていた四天王が声を荒げた。魔族にとって勇者は主を討つ敵であり、許してはいけない存在だ。だからこそ主である魔王だろうと、その行動を黙認出来なかった。

 

「魔王様! 血迷いましたか!」

「だっる……声を荒げるくらい殺したいなら自分で殺せばいいじゃん」

「だったら殺しますとも!」

「いいよ。絶対に不可能だけど」

 

 魚人の男が勇者に飛びかかる。勇者は視線すら向けることなく、飛びかかってきた魚人の頭を鷲掴みにして地面に叩きつける。その一撃で男は戦意喪失。ただ白目を剥くだけの置物へと変わった。あまりの戦力差に残された四天王は息を呑む。モモが涼しい顔して圧勝したものだから全員が誤解していた。勇者カミーラは言われてるほど強くはない。そんな幻想を抱いていた。

 

 だが、そんなことはない。彼は腐っても勇者だ。四天王程度が倒せる存在ではないし、本来ならば本気の半分も出さずに無傷で完封など不可能なのだ。カミーラが弱いわけではない。魔王モモが異常なのだ。

 

「だから言ったじゃん。貴方達と彼じゃ潜り抜けた修羅場が違いすぎるもん」

 

 彼らは自身の主である魔王に戦慄した。どうしてあのような化け物に()()()すら使わない縛りプレイで互角以上に渡り合えるのかと。それどころか息切れすら起こさないのか。四天王(一般人)にとって魔王モモは理解しようとすることすらおこがましい怪物だ。そのことを改めて魂に刻まれたのだ。

 

「魔王。どういうつもりだ?」

「私は魔王だよ。決まり事とか常識とかに縛られると思わないでほしいな。まだやるなら相手するけど――今度は殺すよ?」

 

 カミーラは剣に視線を向ける。目の前にいるのがどんな理不尽だろうが膝を折っていい理由にはならない。それが勇者としての在り方だ。だが同時に剣を通して魔王モモの在り方を理解した。あれは恐怖ではあるが、邪悪ではない。それを倒す必要があるのかという葛藤。少なくとも彼の目の前で魔王モモは罪を犯していない。魔王モモではなく、少女モモでしかない。だからこそ剣を振る理由がなかった。

 

「やめだ。もう戦う理由がない」

 

 剣から視線を外し、投了の意思を示した。それを見てモモは欠伸をした。モモはどっちでも良かったのだ。だからこそ彼の選択になにも感じていない。

 

「なぁ――どうして魔王を名乗る?」

 

 目の前の魔王を自称する存在に問いかける。彼にとってモモは魔王として見れるものではなかった。モモは全てにおいて魔王ではない。志は魔王のような邪悪ではない。強さは魔王なんていう器では収まらないほどに高い。あれが魔王を名乗っている現状に違和感があったのだ。だがモモは答えない。カミーラがモモの存在を疑問に思うと同時に、モモも彼の存在に疑念を抱いていた。

 

「その前に私の質問に答えて」

 

 モモが懐からモニュメントを2つ取り出して転がす。そのモニュメントはモモが八将を名乗る外道を殺した際に落としたものだ。当然ながら魔王モモも八将の存在は理解している。これが死人であることも把握の上だ。

 

「これの復活と貴方の現れたタイミング。偶然で片付けるにはおかしいと思うんだよね」

 

 八将は勇者カミーラと敵対した魔王ウシカゲの駒だった。その八将が現れたタイミングで、過去である勇者カミーラまでも現れた。因果関係がないと考えるほうが不自然だ。少なくともモモはそう見ていた。

 

「でも貴方は彼らと違う。彼らみたいな死者じゃなくて、今を生きている生者――どうして人である貴方が数千年も生きてる?」

「なんで不思議に思うんだ?」

「え?」

「魔王ウシカゲの復活が迫るんだから僕が現れるのは当たり前じゃないか」

 

 その返答に、今まで眉を動かすことすらなかった魔王は初めて動揺を見せた。

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