モモは懐疑的な目を向ける。魔王ウシカゲ――先代の魔王は既に亡きものだ。少なくともモモはそう認識していた。だからこそ復活という言葉を信じられなかった。そして魔王ウシカゲの復活が共通認識であるかのように語る勇者カミーラのことも理解出来なかった。
モモは即座に思考を切り替え、目の前にいる勇者カミーラを分析する。彼女の観察眼はメイや聖女ルイスすらも凌駕する。それこそ一言聞けば全てが理解出来てしまう。その観察眼は言葉の表面的な情報だけでなく、表情や音から相手の心理状態を見抜く。それらの情報を基に背景事情や価値観を統計と推論で補い、最後には消去法を用いて完璧に相手の心を見通していく。
それ故にモモを前に隠し事は何人たりとも不可能だ。
「……はぁ。そういうこと」
勇者カミーラの顔を見る。そこには魔王ウシカゲの復活を知らないことへの僅かな戸惑いがあった。既にモモの中には彼の情報は充分過ぎた。剣を交えて理解した彼の価値観。戦闘中に彼の発した言葉。それら全てがモモにとっては推察の材料。
どのような先入観を抱いているのか。なにが彼の中で当たり前の共通認識になっているのか。それら全てをモモは理解した。そこまでに瞬きするほどの時間どころかカミーラの声がモモの耳に届くまでの時間すら要さなかった。
「まず1つ言うね。私は魔王ウシカゲの復活なんて知らないし、世間では貴方が倒したものとして扱われてる」
「え?」
モモの瞳は全ての嘘を見抜き、真実を明らかにするだけに留まらない。前提情報さえ揃えば未来すら完璧に見通す千里眼の域に到達していた。それは誰にも真似することがモモだけが持ち合わす、理屈が通じない武器。
だからこそモモにとってこれからの会話は全て予定調和でしかない。もう彼の持つ情報も大体の事情も全て割れていた。だがモモは自身の瞳を絶対視していない。それ故に言葉を求める。
「貴方の認識と
「つまり……」
「とりあえず時間をあげるからさ。書面にまとめてもらって、報告って形でいいかな?」
「あ、ああ……」
「もちろんこの城に滞在許可は出すし、部屋も用意させるからさ。後日改めて話し合いしよっか?」
* * *
「過去から魔王ウシカゲを追ってきたとどう書いたものか……」
勇者カミーラは案内された客室で頭を抱えていた。魔王モモから命じられた報告書の作成。しかしそのようなことは彼が生きた時代でしたことなどなかった。そんな余裕なんてない時代だった。だからこそ悩むのだ。どのような形式で書き、どんな言葉ならば正確に伝わるだろうか。彼は言葉選びに苦戦していた。
「それに魔王モモか」
彼は改めて魔王モモについて考える。目の前の存在は断罪すべき悪ではないが気味が悪かった。見た目はどこからどうみても幼児。それこそ大人の庇護下にいるべき幼児。だからこそ気持ちが悪い。
あれは幼児とは思えないほどに
だが、もしも政治に長けた者がこの場面を見ていれば、彼以上に確実に恐怖していただろう。なにせモモは報告という形をとらせることで、情報を精査する主と提供する従という上下関係を悟らせることなく構築していたのだから。
当然ながらモモはそれを理解した上で行っている。あの場でモモはカミーラに悟られることなく毒を盛っていたのだ。モモの戦闘力は当然ながら群を抜いて高いし、それが一番の武器だと思われがちだ。しかし真に恐ろしいのは政治力の方だ。
「もしあの時代の魔王がウシカゲではなくモモだったら……」
カミーラが独り言を無意識で漏らす。魔王ウシカゲは殺さなければならない絶対的な悪だった。ウシカゲは破壊しか持ち合わせてない畜生であり、暴力を持て余した子どもの域を出なかった。事実として彼の力を強大と思ったことはあっても、カミーラが彼自身を怖いと思ったことは一度もない。
それに対してモモは別だ。知性と意志を持って世界を塗り替えてくる。あれは力がなくても怖い。魔王という肩書きを抜きにしても、単純にモモという1人の人間で見ても怖いのだ。
「勇者カミーラ。少しいいか?」
「ああ。いいよ」
扉を叩く音がする。それに対してカミーラは二つ返事で快諾した。しかしカミーラに油断はない。常に剣を抜ける位置に手を置き、なにが起きてもいいような警戒をしている。
「夜分遅くに失礼する。私は四天王ダイヤだ」
彼の元を訪ねたのは仮面で顔を隠したエルフの剣士だった。カミーラも彼の事は強く印象に残っていた。彼は現代に来て、まだ日が浅い。それこそ国の勢力図すら把握していない。彼は魔王モモの話を聞いて、迷うことなく勇者として見極めるために彼女の元を目指した。そんな彼ですらエルフと魔族が犬猿の仲ということは知っていた。
だからこそ違和感があったのだ。四天王という立場にエルフがいることに。
「魔王様からの伝令かい?」
「いいや。私が個人的に君の話を聞きたかった」
「どうして?」
「君のファンだからだよ」
カミーラは少し暗い顔を見せる。世間では勇者として扱われている。でも真に勇者となるのは■■の方だったと思っている。彼の残した戦果の大半は■■によるものだ。もしも■■がいなければカミーラは魔王ウシカゲの顔すら拝めずに死んでいただろう。誇張表現抜きに勇者の挙げた戦果の9割は■■のものだ。それなのに世間は彼を勇者だというし、■■も彼を勇者と呼んだ。だからこそカミーラは■■を差し置き、英雄として扱われることに罪悪感があったのだ。
「……どうした?」
「いいや。なんでもないよ」
しかし既に■■はいない。それに■■もカミーラが勇者であることを望んでいた。それならば勇者としての仮面を被り、勇者として振る舞おう。そうすると決めたはずだ。カミーラは自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
「それでなにが聞きたい?」
「やはり当時の仲間のことを聞きたいな! 英雄譚でも貴方のことばかりで仲間には触れられていない! でも貴方にも素晴らしい仲間がいたはずだ!」
「いたよ。エクスにララ……そしてメイと
口に出して思い出す。カミーラですら手も足も出ず、ほぼ1人で魔王軍を壊滅させた
「僕は
カミーラの中で色々な感情が蠢いていく。彼女を守れなかった悔しさ。全てを彼女に押し付けることしかなかった不甲斐なさ。そして彼女の栄誉すら守れないみっともなさ。彼女のことを思い出す度に勇者としての仮面を剥がしていく。勇者として振る舞うと決めた。でも彼女のことを思うほどに、カミーラは勇者になれなくなっていく。
「英雄譚で語られるような素晴らしい英雄なんかじゃない。真の英雄は
「でも私が憧れたのはルカではない。貴方だ」
「……
しかしカミーラは勇者であることを降りない。彼は
「君。人肉は食べたことあるかい?」
「え?」
「医療用の薬物で廃人となった仲間を見たことは?」
「ないな」
「僕がしてきた旅はそういう旅だったよ。英雄譚で語られるような綺麗な話じゃない。血で血を洗うような地獄」
カミーラの目から涙が溢れ出す。もしも自分がもっと強ければ
「……僕は魔王ウシカゲを倒せなかった。彼を前にして剣すら抜けなかった」
「……」
「魔王ウシカゲを未来に飛ばして束の間の平和を得ただけ。それなのに皆が僕を勇者だと呼ぶ。いったいこんな出来損ないのどこが勇者なんだろうね」
もっと勇者に相応しい人はいるとカミーラは語る。
「やはり人とは話すまでわからないものだな」
ダイヤが仮面を外し、カミーラに寄り添う。仮面の下に隠されていたのは美形だった。透き通るような
「……私の名前はフレイム。ここに来る前は十二座で、国からの指示で魔族に侵略戦争を仕掛けた馬鹿な男だ」
「え?」
「魔王は悪だ。魔族とは分かり合えない。自分の目で見てもいないのに、そんな教えを信じたんだ。最低だろ?」
彼は笑いながら呟く。しかし目は笑っていない。彼は自分のことを悔い、自分を責めていた。だからこそ魔王モモに忠誠を誓った。彼の目から見て魔王モモは正義だった。彼が初めて覚えた正義だった。自分は正義にはなれない。最低な悪でしかない。
だからこそ魔王モモの正義を遂行するための剣となりたい。その一心で捕虜の身で四天王に志願した。フレイムは自分が正義にはなれずとも、正義の手伝いがしたいと思ったのだ。その正義のために国を売り、魔族に――魔王モモに与したのだ。
「そして私は再び最低なことをした。ただ読んだだけの英雄譚を真実だと思い、幻想を君に押し付けた。私は君を1人の人ではなく、勇者として見てしまっていた。そのことに関して謝罪させていただけないだろうか?」
フレイムは膝をつき、勇者カミーラを1人の人として彼の目をまっすぐと見る。そこにあるのは僅かな自己嫌悪と仲間意識だった。カミーラもなりたかったものになれなかった存在。自分と同じなのだと理解した。だからこそ放っておけなかった。
「私は人肉を食べたこともないし、仲間が薬物で廃人になったところを見たことはない」
「ごめん。嫌がらせで言ったわけじゃないんだ……」
「しかし無罪の人を焼いた罪悪感は知っている。大切な物を失って絶望する者の気持ちは分かる」
カミーラの抱える痛みをフレイムは分からない。だが少しでも分かりたいと思った。分かってあげたいと思ったのだ。カミーラはフレイムが理想とするような英雄ではなかった。だが尊敬できる人物であることに変わりはなかった。
「私は勇者カミーラのことではなく、カミーラの事を知りたい。だからもっと君の話を聞かせてほしい」
* * *
勇者カミーラから報告書を受け取る。それを見て魔王モモがため息を漏らす。報告書の内容をまとめると”仲間が持っていた時間操作スキルで魔王ウシカゲを未来に飛ばしました。自分も魔王ウシカゲが現れる1年後に送ってもらいました”というものである。最低限の情報は書かれているが、あまりにお粗末だった。
しかし戦いしか知らない彼にそこまで求めるのは酷だと判断し、魔王モモは呆れながらも話を進める。
「それで勇者カミーラが来た時から計算すると来年の11月末くらいに魔王ウシカゲが復活ってことでいいんだよね?」
「その通りです」
その報告を受けて魔王モモは今後の方針を考える。その話をまとめると八将の復活と魔王ウシカゲは無関係……もしくは魔王ウシカゲが現れることを知っている者の犯行だろう。少なくとも今から1年間は魔王ウシカゲに備えて戦力を整えなきゃならない。
「ねぇ勇者カミーラ……いや。今は四天王ハートだったね」
「はい」
勇者カミーラはあれから魔王ウシカゲの復活に備えるべく、魔王モモに仕える道を選んだ。その結果として彼は四天王の地位が与えられた。そのことにカミーラは不満はない。むしろ勇者の重荷が降り、清々しい気分だった。
「私は魔王ウシカゲを共存不可能な悪だと認定し、迎え撃つべく戦力増強に全力を尽くすことを決定する。そのために力を貸せ」
「もちろんです。この勇者のなり損ないを心行くまでお使いください。魔王様」
そして魔王モモは勇者カミーラを手駒に加え、魔王ウシカゲとの敵対を決めたのであった。