悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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43話 挑戦に向けて

 

 あれからメイによって異端審問官全員に緊急招集がかかった。恐らく内容は再来週に開かれる総力戦についてだろう。俺達は雑談しながら、メイの到着を待つ。

 

「そういえばアリシア先輩って職場復帰したんだな」

「トトのおかげにゃ。ルカとカオリの2人は反省するにゃ」

「なんも悪いことしてないだろ?」

「……もう少し言葉を選ぶべきにゃ。寄り添いを持つべきにゃ」

「寄り添われたところでムカつくだけだろ」

 

 そんな会話をしてると扉が開き、メイが入ってくる。そしてメイが入るなり全員が席につく。このような光景を見てるとメイがまるで先生のように思えてくる。もっとも俺はほとんど学校に通ってないのでイメージでしかないが。

 

「皆様は既に存じていると思いますが、聖女ルイスの私兵を相手とした総力戦もとい模擬戦争が2週間後に開催されます」

 

 もしも負ければ俺は異端審問官を辞めてルイス姉の駒。英雄になる道も閉ざされる。なんとしてでも負けられない戦い。そのことを意識すると自然と緊張してしまう。

 

「そして本日は正式なルールが決まりましたので、その説明をしたく緊急招集をかけさせていただきました」

 

 再び扉が開く。入ってきたのは主催者であるルイス姉と執事であるエメラルド。透き通るようなプラチナブロンドの髪、水晶のように澄んだ青い瞳。まるでどこかの王子様かと疑いたくなるような美形。そんな彼こそが俺が倒さなければならない敵なのだ。

 

「あれが聖女ルイス……初めて見たにゃ」

「……可愛い」

 

 だが一部の異端審問官の注目は敵であるエメラルドよりもルイス姉の方に向けられる。意外と異端審問官でもルイス姉に会ったことのある人の方が少ないのだ。

 なにせルイス姉は滅多に表舞台に出ることがない。そのうえで誰かの指示に従うような存在でもないため、会おうと思って会えるような存在じゃない。天の上にいる人であり、名の知れた貴族ですら言葉を交わすことなく生涯を終えるくらいだ。身近過ぎるせいで忘れがちだが、ルイス姉はそういう存在なのだ。

 

 そして肝心のルイス姉は異端審問官達に一切の興味を示さない。俺の方に視線を向けると気怠そうにルールの説明を始めた。それも自己紹介すら省略して。

 

「戦場はマリー伯爵によって作成される氷晶都市を予定しとる。内容は総力戦で武器の持ち込みは自由。そこであんたらはルカ以外の全員総出でここにいるエメラルドを倒してもらう。倒しきれへんかったら負け。簡単やろ?」

 

 エメラルドを戦闘不能にすることだけが勝利条件。簡単というが、その簡単が難しい。ある程度強くなった今だからこそ痛いほどに分かる。エメラルドは桁違いに強い。もちろんルカやルイス姉に比べたら劣るだろう。しかし今の俺達くらいならば赤子を相手にするように倒せるだろう。それほどの実力差がある。

 

「なんか質問とかあったらメイちゃんから聞いてな。そんじゃうちは帰るで」

「聖女ルイス。せっかく顔を出したのですから、なにか一言くらいあってもよろしいのではないですか?」

 

 メイの一言でルイス姉の足が止まる。そして振り返ると同時に冷めた視線を向ける。

 

「あんたらに勝ち目はない。せいぜい見世物として大恥を晒しとき」

 

 それだけ言うとルイス姉はエメラルドを連れて、この場を後にした。説明のために来たというよりは挑発にきたといった印象の方が強い。ルイス姉の言葉によって闘争心が煽られる。あの余裕そうな笑みを崩したいという強い衝動に駆られる。

 

「アリシア先輩」

「これからはアリシアでいいですよ。貴方には先輩と呼ばれたくないので」

「そうか……ところでエメラルドはどのくらい強かった?」

「カオリの100倍強いし、100倍性格が良いです」

 

 なんとなくアリシアに話を振ったが当たりが相当強い。俺に対しての当たりが強い。どうやら引きこもった時のことをまだ引きずっているようだ。どうやら俺は言葉選びを間違えたらしい。

 

「なぁルカ。アリシアの態度はどう思うよ?」

「興味ないー。引きこもって迷惑かけて謝罪も出来ない人のことなんか知ーらない」

「空気が悪いのにゃ。2人ともさっさと謝るのにゃ」

「どうして?」

 

 メイがパンパンと手を叩く。その音で空気が静まり返る。そういえばまだメイの話の途中だった。ルイス姉が帰ったことで不思議と終わった気になっていた。

 

「メイ第二王女様。まだなにかあるんですか?」

「はい。ここからが大事です」

 

 不思議と空気に緊張が走る。そんな中でメイが静かに口を開き、強烈な否定の言葉を吐いた。

 

「――最近の異端審問官はルカとカオリを除き、あまりに戦闘力が低い」

 

 メイの語った言葉。それは俺も少しだけ感じていたことだった。なにせ誰一人としてエメラルドどころかゲイジュに勝てるビジョンすら見えてこない。

 この程度でヤミ国の精鋭扱い。その事実に違和感があるのだ。もしかしたら俺の勘違いかもしれないと思っていた。しかしメイも指摘するということは俺の勘違いというわけではないのだろう。異端審問官はルカが飛び抜けて強いだけであり、他は俺よりも弱い。それは事実なのだ。

 

「誰一人として未だに天啓すら使えず、その概念すら知らない。挙句の果てに強くなる意識すら欠けている。はっきり言って論外です」

 

 まるで俺まで怒られてるみたいで胃がキュッとなる。しかし話し方が本当に学校の先生だ。これは偏見だが言い回しが意識だけが高い進学校に似ている。そんな気がする。

 

「今回の総力戦には異端審問官の戦力向上も兼ねて開催されたもの。そのため当日までは通常業務は休止し、戦闘力の向上に努めてください」

「あれってそういう意図もあったんだ」

「……そうでなきゃ引き受けませんよ」

 

 ルカがポンと手を叩いて、納得した素振りを見せる。しかし修行に専念できるというのは俺としてもありがたい。今の俺ではエメラルドに勝てないし、どうしたものかと頭を悩ませていたところだ。2週間もあればきっとなにかを掴めるはずだ。

 

「さて。修行するにあたって1つ助言をします。強くなりたいならば読書――特に武術書とか読むのはやめなさい」

 

 俺は少し首を傾げる。本を読むなというのはどういうことだろうか。修行の基本は本で理論を吸収し、それを実践して技として身につけるというもののはずだ。そうでなくとも本によって見解が広まり、戦闘に幅が生まれる。本を読む理由はあれど、本を読まない理由はないはずだ。

 俺と同じ疑念を抱いたのか、アリシアが手を挙げて質問する。

 

「読書が禁止とはどういうことでしょうか? なにが問題なのでしょう?」

「本というのは非常に言葉が上手いです。だからこそ正しいと錯覚してしまうし、それ通りでなければならないという強迫観念が芽生えてしまいます」

 

 ああ。それに関してはなんとなくだが思い当たる節がある。昔に絵を描いてた時に絵師が語る創作論を見た。その内容は正しく聞こえるし、説得力もあった。しかし共感は出来なかった。それなのに創作論の通りでなければならないという感覚に陥った。そして騙されたと思って創作論を実際に試したところ上手い絵は描けた。そのはずなのに何故か、その絵が伸びることはなかった。俺自身も上手いと思う絵になったが、俺の心を掻き立てるような絵ではなくなっていたのだ。恐らくファンも同じような感じだったのだろう。

 

「それが毒なのです。例えば派手な必殺技が大事と基礎が大事という意見がありましたら、どちらが正解だと思いますか?」

 

 俺個人としては基礎のほうが大事という思いの方が強い。必殺技を覚えるためには基礎を疎かにしたら難しいだろう。しかしそれは正論であって正解なのだろうか。正論ならば後者だが、正解ならばどうなるのだろうか。

 

「やはり基礎ですか?」

「いいえ。正解は人によりけりです。自身の戦闘スタイルや適正、性格によって正解というのは形を変わります。正解というのは人の中にしかありません。少なくとも本の中には存在しない。」

 

 なるほど。例えばの話となるが必殺技を覚えることを目標としてる人に基礎を押し付ければ、モチベーションが上がらずに鍛錬そのものを辞める可能性もある。たしかに効率の観点ならば基礎だ。だがその人を伸ばすという意味合いでは話は大きく変わってくる。これはそういう話なのだ。

 

「読書で色々と見解を深めるのも結構。他者の反応を気にしてもいい。しかしそんなので生まれるのは天才の下位互換でしかない――つまり全く怖くない」

 

 だからこそ正解は自分の中にしかない。自分を見つめた先にしか本当の武器はない。それを極めた先にあるのは代用品。代用品ならばルカやエメラルドで事足りるという話にしかならない。だからいつまで経っても通用しない。強者に通用させるためには本に書かれたものではなく、自分だけの理論が必要になる。

 

「貴方達が超えなければならないのはエメラルドという戦闘の天才。同じ土俵で戦っても勝ち目は無い。それが読書を禁止する理由です」

「……よくわかりました。ありがとうございます」

 

 メイの言いたいことは理解できた。そうなるとエメラルド戦において鍵となるのは個の確立。各々が自分の得意を昇華し、それを活かした立ち回りをすることで詰めていくことが求められる。総合力で勝てないからこそ勝てる分野を見つけ、そこを突かなければならないのだ。個を追求する上で本はノイズなのだ。だからこそ今回の修行においては目を通すことが推奨されていない。

 

「それと今回の作戦総指揮はカオリに一任します」

「え?」

「恐らくカオリがこの中で一番指揮官としての適性がありますから」

 

 俺が総指揮を任された。それと同時に解散となり、各々が散っていく。俺はこの場に残って少しだけ頭を悩ませる。今回の総力戦。メイから総指揮を任された以上は俺が作戦を練らなければならない。そして俺の判断が勝敗に直結する。

 全てが俺に委ねられている。その現実を受け止め、思考を切り替える。なにをするかではない。なにをしなければならないのかを考えるのだ。

 

「……難しいな」

 

 思考して気づく。今回の一番の課題は舞台……すなわちフィールドだ。

 氷の都市ということは足元も全てが氷。そうなればまず普段とは戦闘の勝手が大きく変わる。まず踏ん張りは効かず、技を出すのが非常に困難となるだろう。スパイクを付ければ踏ん張りに関しては解決するだろうが、今度は滑りづらくなる。滑りにくいのは利点に思えるかもしれないが、当然ながらそんなことはない。なにせ動きを止めた時の衝撃を一切逃がせないため、膝や腰への負担が大きくなる。それにステップのような動きも不可能。俺の音撃一閃も満足に使用出来ない。

 

「メイ。相当まずくないか?」

「さすがカオリ。気づくのがお早いですね」

 

 技量を上げる以前に2週間を全て使って氷の地面という環境に慣らすべきだろう。そうでなければ戦いの舞台にすら立てないと悟る。

 しかし俺達は一度も集団戦というものはしていない。つまり連携というものが最低値なのだ。俺達は2週間で氷への慣らしで終えると同時に連携の強化。その上でエメラルドに通用するまで技量も上げなければならない。どう考えても時間が足りない。

 

「近場で氷の大地とかあったりしないか?」

「今は12月ですし……少し北上すればあると思います。あとで調べて教えますね」

「ありがとう!」

「そうだ。移動は異端審問官で飼ってる大カラスを使っていいからね。あの子なら6人くらい乗せられるしね」

 

 それから俺は全員を集め、今後の指示を出していく。もう時間がない以上は明日には動き出さないとまずい。そのため今夜までに最低限の荷造りをし、大カラスで氷がある地へと移動しなければならない。そこでの練習期間は10日と言ったところだろう。氷の上ならば普段使わない筋肉の酷使も予想される。

 

 疲労だけではなく筋肉痛を治す事も考えたいし、舞台の下見も行いたい。だからこそ3日は残さなければならない。

 

「それでは今日はとりあえず解散。夜にここで再集合だ」

 

 そうして話し合いを終え、皆が準備のために一度家へと戻っていく。そして俺も準備しようと家に戻ろうとした時だった。メイが俺に声をかけてくる。

 

「改めて思うんですが、カオリって本当にニートだったんですか?」

 

 内容は他愛のない雑談だ。メイに言われて日本でニートしていたことを思い出した。もはや懐かしすぎてニートであることすら忘れていた。

 

「ああ。ルイス姉の手伝いしかしてねぇし、学校にも通ってなかったからな」

「なんていうか違和感があるんですよ。そもそもカオリならばニートにならずともやっていけたし、そういう性格でもないでしょう?」

 

 たしかにそうだ。俺は満足に社会も知らないニートだった。そのニートだった俺がここまで順応しているのだ。これは端から見たら驚かれるだろう。しかしそんなことは出来て当然であり、なんの自慢にもならない。それにモモもルイス姉こと美柑姉はもっと出来るのだから。

 

「やっていけたかもしれないけど、やる必要もなかったからな」

「たしかに聖女ルイスが姉ではそうなりますね」

 

 そもそも俺の家族は誰一人として学校には通っていない。ルイス姉もモモも小学校から不登校である。俺だけは小学校も最初のうちは通っていたが、家の事情で途中からは半不登校。当然ながら中学では完全に不登校。高校に限っては入学すらしてない。そんな家庭だった。

 

「……いくら使ってもなくならない金の山を渡されてみろ。なにもやる気が起きなくなるし、ニートになるなって方が難しいだろ」

「たしかに」

 

 メイがくすくすと笑いながら共感する。なにかするわけではなく、モモと怠惰に日々を消化する自堕落な生活。あの日々が恋しくないというのは嘘になるが、戻りたいとは思わない。あの時の生活には熱がない。この熱がない生活なんていうのは御免だ。

 

「当時の俺は主体性がなかったんだよ」

 

 あの時の俺にはなにもなかった。なにもする気がなかったし、する意味が見出せなかった。俺のすることは全てがルイス姉どころかモモの下位互換でしかなかった。ルイス姉もモモも俺が出来ることは全て出来てしまう。俺がなにかしても呪いのように”ルイス姉ならばもっと上手くやれる”や”モモならもっと早く終わらせる”という考えが過ぎっていく。自分のすることに意味を見出せなかった。なにかする意味が分からなくなった。

 

 その上でしたいことがあるわけでもないし、何者かになりたいわけでもない。それが俺を腐らせた。その結果のニートだ。そんな俺をルイス姉もモモも良しと受け入れた。それに甘んじたし、反抗する動機もなかった。モモが才能の片鱗を見せた時にプライドは捨てた。なんと思われようが気にならなくなった。それが俺という人間だった。

 

「メイには感謝してる」

「私。なにかしましたっけ?」

「きっかけをくれた。そのきっかけで俺は熱を覚えて、前を向けるようになった。ありがとう」

「それは私のおかげではありません。カオリ自身の成果です。私に感謝を覚える必要なんてありませんよ」

 

 こうして本気でルイス姉を越えようとしたのは生まれて初めてだ。

 もしもここでエメラルドを倒せばなにかが変わる気がしている。あの時の俺とは違う。捨ててしまったプライドも戻っている。英雄になりたいという熱もある。ここでルイス姉の思惑を超え、下位互換という意識から脱却したい。俺は聖女の弟ではなく、()()()()()()()()()になりたい。

 

「そうだ。あとで少しピエロを呼んできてくれませんか?」

「なにかあるのか?」

「ちょうど良い機会ですので、カオリとピエロのお二人に天啓の条件についてお話しようかと」

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