悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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44話 強化合宿

 

 強化合宿が始まって既に3日が経った。この期間で俺は全員の連携は無理だと諦めた。そのため2人1組の3部隊編成という策を取ることにした。

 

 当日は全員でまとめてエメラルドを相手するのではなく、相手するのは1組に限定させる腹積もりだ。もちろん理想は6人全員で挑むこと。しかし人数を増やせばお見合い……すなわち誰が攻めるか迷い、勇み足になるリスクが高くなる。

 そういった連携不足による問題はこの短期間で解消するのは困難。相手は1人である以上、必ず密集が発生してしまう。高度な連携が取れなければ有利どころか不利に働く可能性の方が高い。

 だからこその2人1組の採用。そうすることで全員の連携ではなく、1人との連携に専念すれば良くなる。これがこの短期間で仕上げるには一番現実的だと判断したのだ。

 

「……なるほど」

 

 俺は皆から受け取ったレポートに目を通していく。基本的には鍛錬はペアで各々自由にやってもらい、その内容を夜間のうちにレポートとして俺に提出という形にさせてもらった。そして行き詰まってることがあれば俺が直接アドバイスをして改善させていく。もちろん俺が直接見たいところだが、こちらもペアであるピエロとの連携を強化しなければならないためそんな余裕はない。

 それにレポートには現在の課題把握とそのアプローチを言語化させることで意識させるという狙いもある。それを行うのと行わないのでは効率が雲泥の差となる。

 

「やはり課題は氷だな」

 

 当日の流れは既に決めている。まずはトト先輩とイタチ先輩のペアが攻撃を仕掛け、なるべくエメラルドの手の内を明らかにしつつ、消耗を狙う。そして消耗したところを俺とピエロの2人で潰す。その腹積もりだ。

 またフォーとアリシアのペアには別の役割を与えた。保険に近い役割だが必ず出番は来るだろうし、不思議と2人の動きに勝敗が左右されるような気がしていた。だから2人は少し特殊な鍛錬をしてもらっている。

 だが氷という不慣れな地でどこまで出来るかが不安だ。本音を言えば俺は他の審問官にそこまで大きな期待はしていない。もしも不慣れな地でなければ、少しは期待出来ただろう。しかしこの地面では期待することも難しい。審問官はあくまで刺さればラッキーくらいの認識だ。

 

 この試合で一番の鍵となるのは俺の個人技。

 もちろん彼らが活躍するに越したことはないが、活躍しなくても大きな支障はないように作戦を練る。

 

「んー。どうしたものか」

 

 しかし氷には俺も苦戦している。なにせ戦闘の勝手が根本から違う。それこそ踏み込みを使う技の発動すら適わない。その場で素振り技やカウンター技は問題ないが、音撃一閃を筆頭に決定打となる技は軒並み使えない。

 

「なぁピエロ」

「ん?」

「氷を逆に活かすこととか出来ないかな?」

「摩擦があるから加速の維持はしやすい」

「だけど踏み込みを使えないから最高速への到達が遅れるよな」

「そこが問題。でもそれさえ解決すれば有利に働く」

 

 一番の課題は踏み込みだ。普段から踏み込みに頼っているからこそ氷が不利に働いている。もしも踏み込みを使わない戦い方を会得すれば、この地形は有利に働くというわけか。

 

「それに僕は氷を問題視していない。厚さ次第にもなるけど、最悪は砕けばいいと考えている」

 

 たしかにそうだ。氷晶都市だからといって素直に氷という場に乗る必要はない。幸いにも今回は武器の持ち込みは自由。それならば氷を破壊出来るようなものを持ち込み、リセットしてしまうのもありなのだが。

 

「だけど1つ忘れてはいけないことがある」

「それは?」

「相手も条件が同じということだ。エメラルドも氷に適応しなければならない」

「迂闊に砕くと相手も強くなるということか」

「うん」

 

 氷に適応出来るならば、そうした方がいい。だがそれはエメラルドより氷上での戦闘の練度を上げられるという前提があってこそのもの。

 俺達は決断を迫られているのだ。エメラルドにも不利になるであろう氷の舞台を選び、そこで氷という地をアドバンテージとするか。それとも氷を無くし、互いに慣れた足元による正面戦闘に持ち込むか。この氷を敵と見るか味方と見るかという判断が迫られている。

 

 

 翌日。俺はロストベリーを持って訓練に励む。とりあえず氷のことは頭の片隅に追いやり、今は別の課題に専念することとした。氷を砕くという手段が生まれた以上は優先度が変わった。氷への適応よりも天啓の会得の方が優先度は高い。

 

「くるみ割り!」

 

 怒りを奮い立たせ、ロストベリーを素早く振るう。しかし相変わらず桜色の稲妻は走らない。メイから天啓の詳細を聞いた。天啓の条件はゾーン下で強い感情を出すことだと語っていた。ゾーンには意識的に入れるようになったが、そこで感情を爆発させられない。感情が武器に乗らないのだ。

 

「……駄目だな」

 

 それに対してピエロは逆だ。彼の場合は演技を得意としてることもあり、感情という課題はクリアしている。しかしゾーンに入ることが出来ない。ゾーンにさえ入れば天啓はすぐに獲得出来るだろう。そういう背景があったからこそメイもピエロに天啓の話を聞かせたのだ.

 

 ゾーンというのは心理学で言うところのフローだ。それに入る基本的な条件は過集中。過集中になるためには明確な目標が必要だ。そして目標は難しすぎても簡単すぎてもいけない。自分が達成できるかどうかのギリギリ。それへの挑戦が熱を高め、フローへと誘うと言われている。

 

 天啓の会得はゾーンの状態での感情爆発もしくは感情を爆発させた状態でのゾーンへの突入。俺がやろうとしてるのは後者であり、ピエロがやろうとしてるのは前者だ。それこそ俺の場合は挑戦を決めずとも、集中すると決めたらゾーンに入れるタイプだ。言うならば意識してゾーンに入れてしまう。だからこそピエロへのアドバイスが難しいのだ。

 

「……そもそも天啓自体が才能に依存するものか?」

 

 ルイス姉もモモも当然のように意識してゾーンに入れるタイプだった。それ故に2人ともが天啓を使えた。冷静に考えればゾーンは本人の意志だけでスイッチのように切り替えられるようなものではない。それこそ出来る方が異常。そんな異常者にだけ許された専売特許が天啓なのではないか。

 ふとそんな仮説が浮かんでしまった。もしもそうだとすると、天啓自体が強者であることの証明。天啓が発動したから強いわけではない。強いから天啓が発動する。そして俺はゾーンに入ろうと思えば入れる異常者側。それなのにルイス姉とモモに届かないのは感情が足りていないから。しかし感情がないわけじゃない。

 

「ああ。そういうことか」

 

 メイの読書禁止。それがヒントになる。常に理性が自分を制御しているからこそ感情が爆発できない。論理的で冷静な分析で紐解こうとしてしまうのがいけない。既存の理論への依存が課題だ。俺はこれを理屈で解決しようとしている。それが俺の視野を狭める毒になっている。メイの言っていた"読書が毒"と同じ状態になっているのだ。既にゾーンには自覚的に入れる。ゾーンに入る前に感情に耳を傾け、頭を回さない。もっと獣のように欲求で動けばいい。それが今の俺に求められているものなのだ。

 

 感情を爆発させ、ゾーンに入る。その上で感情の熱だけを残して理性を残す。恐らくモモとルイス姉はそうしていたのだ。熱を持ったまま思考を回す。熱を出す瞬間は思考を捨てる。大事なのはその意識だ。

 

「なぁピエロ」

「どうした?」

「ピエロは自分すら騙すほどの演技が出来るよな?」

 

 異端審問官になる時の実技試験。その時の事を思い出した。ピエロは自分すら騙す演技で自分の憎悪を煽り、それを力と変えた。今の俺がやりたいことと同じことだ。あれが答えなのだ。俺はあれをやらなければならないのだ。

 

「ああ」

「そのコツとかないか?」

 

 コツというが理論は求めていない。むしろ理論は毒だ。理屈で固めてしまえば感情の爆発から遠ざかる。俺が求めているのは抽象的な感覚だ。少しでも方向性が分かればいい。

 

「僕は演技が苦手だ」

「苦手?」

「演技をしてるんじゃなくて本物の感情をぶつけてるだけ。ただ自分を騙してるに過ぎない」

 

 今の一言で理解した。彼は感情を抱いたから行動するのではない。行動のために感情を作り出す。必要な感情を理論で組み立て、それを自分に植え付ける。怒りたいと思えば、怒るであろう事柄を思い描く。その思い描いたものを自分の体験であるかのように錯覚させ、偽物の感情を出力する。つまり彼にあるのは"感情の模倣"。もっと分かりやすく言うならば激しい思い込み。物語に本気で感情移入しているようなもの。

 

「ありがとう!」

「あ、ああ……」

 

 なんとなくだが方向性が見えてきた。俺はピエロのやり方は出来ない。だからこそ彼のやり方を自分なりのやり方に再構築する。俺はピエロみたいに体験したことがないことを自分の事のように思う。その才能はない。それならば自分の体験したことを振り返ればいい。天啓が発動した時のことを詳細に思い出し、それを再現する。それが俺の天啓の発動法だ。

 

「やっほー。頑張ってる?」

 

 そんな訓練の最中に空からルカがやってきた。彼女は今回の合宿には参加していない。王都に残り、俺達が合宿で空けているせいで溜まっていく審問官としての仕事を対応してくれているのだ。

 

「なんとかな。それで差し入れかなんか持ってきてくれたのか?」

「そういうわけじゃないよ。ただ舞台が完成したから下見したいかなって思って声をかけにきたんだよ」

「まじか!」

「来る?」

「行く!」

 

 実際に地理を把握出来る。それは戦いにおいて大きなアドバンテージだ。その誘いに乗らない手はなかった。そして俺はピエロ達に断りを入れ、ルカに戦いの舞台となる氷晶都市へと連れていってもらうのだった。

 

 

 ルカに連れてこられたのは、王都から近くの荒野だった。なにもない荒野。そんな荒野には既に先客がいた。メイと三角帽子に黒いドレスを着た見知らぬ女性だった。

 

「君とは初めましてだね。カオリ君」

「俺のこと知ってるんですか?」

「ちょっとした有名人だからね」

「メイ。彼女は……」

「魔女マリー。公爵の1人ですよ」

「その紹介はよしたまえ。そこのピンクゴリラと違って戦闘なんてからっきし。公爵なんていうのは過大評価さ」

 

 ピンクゴリラと呼ばれ、ルカが少し眉を顰める。たしかに彼女は強いといった印象は受けない。だがメイが過大評価するとも思えない。少なくとも彼女には公爵として認められるだけの技能が確実にあるのだ。しかしルカをピンクゴリラ呼ばわり出来る胆力は公爵の域に踏み込んでいる気がする。

 

「メイ。本当に彼女は戦えないのか?」

「……たしかに彼女は戦闘力だけならば皆無でしょう。しかし殲滅力という一点においては飛び抜けて高いですよ」

「それじゃあギャラリーも揃ったことだし、そろそろ仕事に取り掛かってもいいかな」

「お願いします」

 

 そう言うと彼女は握っていた杖を掲げた。その瞬間、空に大きな氷塊が浮かぶ。いや大きいなんて言葉では済まない。その氷塊は山そのものだった。氷塊が出現すると同時に温度が一気に数度下がる。メイが殲滅力だけは飛び抜けて高いと言った理由が痛いほど分かる。この氷塊を落とすだけで大軍を殺せてしまう。戦闘は出来ないが殲滅が出来るのが彼女なのだ。

 

「ああ――」

 

 思わず息を飲む。俺はこの光景を知っている。グループ国で見た光景と同じだ。あの時に見た氷塊。それは彼女が起こしたものだった。文字通りの国家転覆。それを可能にする能力。この殲滅力があるからこそ、戦闘力がなくとも彼女は公爵なのだ。

 

「ここからが神業さ。見ていたまえ」

 

 氷の塊は形を変えていく。まるで粘土を捏ねるかのように形が変わっていく。最初は円形の板になり、その上から氷の家が生えてくる。彼女は街を作っていた。氷晶都市という言葉。その意味がようやく出来た。文字通りの氷晶で出来た都市。魔女マリーによって作られた、その街が俺達の戦闘の舞台となるのだ。

 完成した街は慎重に置かれる。崩さないように慎重にゆっくりと置かれていく。

 

「ちなみに彼女の生み出す氷は不溶氷。竜の炎でも溶けないから色々なところで重宝されていたりするよ」

「まぁ溶けないだけで砕けるんだけどね」

「そういえば建物には全て屋根がないんですね」

「私がお願いしたんだよ。審判する上で不便だしね」

「なるほど」

 

 これが公爵の力。これほどのことが出来るならば戦闘が出来ずとも公爵になる理由も納得はいくし、個人で国家転覆が可能というのも現実味を帯びてくる。だが同時に疑問にも思う。恐らく氷のスキルなのだろうが、スキルだけでここまでの出力を持つものなのだろうか。

 

「それじゃあ私は疲れたし、王都でゆっくりと休ませてもらうよ」

「ありがとうございます。宿は私の方で手配しておきますね」

「それとカオリ君」

「なんですか?」

「君の活躍を楽しみにしているよ」

 

 魔女マリーは社交辞令のようなことを言って、メイと共にその場を後にした。

 それから俺は許可を貰い、地図を作りながら氷晶都市を探索する。都市と言っても造りはシンプルだ。家っぽいものと広場が規則的に並んでいるだけのもの。だが同時に死角となる部分も多い。それこそ不意打ちを警戒せねばならないだろう。

 

「氷はかなり分厚いな」

 

 厚さにして大体20センチ前後の青氷。それこそロストベリーを背負って乗っても底が抜けないくらいには硬い。もちろん壊そうと思えば壊せるだろうが、不意に壊れることはないだろう。

 氷の特徴を中心に気付いたことがあればメモを取っていく。そして一通り氷晶都市の観察を終え、この場を後にした。

 

 それから俺達は鍛錬に励み、気がつけばあっという間に総力戦の当日となった。

 

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