悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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45話 総力戦

 

 総力戦が間もなく始まろうとしていた。俺は更衣室で軍服に着替える。

 黒を軸にして、差し色としてピンク色の金属であしらわれたケープ。ダブルブレストが特徴的な襟。肩から胸にかけて垂らされた編み紐。左右の腰、尻、太もも横の計6つのポケットが取り付けられた黒のカーゴパンツ。

 

 この軍服はルカが用意した異端審問官としての俺だけの衣装だ。

 彼女が用意してくれた服を羽織った俺は鏡に目を向ける。そこから受ける印象は威厳と気品のある凛々しさ。どこか重々しいそれは見る者の背筋を伸ばさせるような厳格さが含まれていた。少なくとも親しみやすさは一切ない。他人と壁を作るようなものだった。しかし不思議と様になっている。個人性を抑えるはずの軍服は俺の主張を強め、印象に残るキャラクターへと仕立て上げていた。

 

「……意外とセンスがあるな」

 

 それに桜色の金属があるおかげでロストベリーの色合いと怖いくらいにマッチしている。ルカがロストベリーを意識して色を選んだのが伝わってくる。桜色と黒色。その組み合わせは一歩間違えれば地雷系のようなファッションとなりかねない。しかし不思議とそのような印象は一切受けない。

 それはひとえにピンクの持つ幼さや可愛らしさを完璧に掻き消しているからだろう。このピンクはどこか冷たさを潜ませており、神秘性と儚さを感じさせた。誰かに媚びる色ではなく、個を象徴するような色。力強さすら覚える桃色だ。

 

 俺は更衣室を後にして舞台へと上がる。先輩たちは既に正装に着替え終えている。どうやら俺が一番最後だったらしい。

 

「悪い。遅くなった」

「なんか随分と格好良くなったな」

「さすがに晴れ舞台で普段通りってわけにはいかないからな」

 

 当然ながら服の素材も一級品だ。この服には粉末にしたタングタートルの甲羅が練り込まれており、竜の爪ですら引き裂けない。戦闘という場所においても一切の妥協がない。

 

「総指揮官カオリ様」

「その呼び方はやめてくれ。むず痒くなる」

「それと作戦は……」

「そのままでいく。俺とピエロ、トト先輩とイタチ先輩……そしてフォーとアリシアの2名3部隊構成のままだ」

「はい」

「配置と役割の変更もない。この2週間で積み上げたものを見せてやれ」

 

 観客席に目を向ける。群衆の視線が俺に緊張を覚えさせる。ここで負ければ、この格好良い衣装に袖を通すことも二度とない。異端審問官を辞めてルイス姉の駒として一生を終える。この戦いだけはなんとしても負けられない。

 

「……怖気づかないで来たみたいだね。異端審問官ども」

「エメラルド」

「そう睨むなよ。これから仲間になるんだからさ」

「勝つのは俺達だ」

「ははっ。面白い冗談だ」

 

 それだけ言うとエメラルドはどこかに行った。恐らく持ち場についたのだろう。俺は空を見る。上ではルカが巨大なカラスに乗って、退屈そうにこちらを見ている。ルカはこの試合における審判役だ。もっとも審判といっても即死に直結するような攻撃が行われ、それを彼女が回避不可と判断した時点で介入するのが役割。ルカがいるからこそどんなに派手な攻撃をしても死人が出ないことが保証されている。そして当然ながらルカに庇われた時点で負け扱いとなる。

 

「この造りならば空を制することが出来れば情報のアドバンテージを確保できますね」

「ああ。しかし飛行行為の全般は禁止だ」

「跳躍ならセーフじゃにゃいか?」

「セーフかもしれないが、位置を相手に知られることにもなる。一長一短だな」

 

 こちらが跳躍して情報を確保するよりも相手に跳躍され、情報が抜かれることを懸念すべきだろうな。この地形は有利ではなく不利に働くものだ。少なくとも俺はそう睨んでいる。

 

「俺達も持ち場につくぞ」

 

 エメラルドとの勝負に備えていく。ここまできたら俺達に出来ることは全力を出し切るだけだ。

 

 * * *

 

「あれが新しい審問官様?」

「周りとはオーラが違うな……」

「顔が良いわね。うちの娘と婚約させようかしら」

 

 私の耳に低俗な会話が入ってくる。一部の貴族がカオリを見定めているのだ。この場にいる貴族は数名の子爵を除き、大半が男爵に過ぎない。ようするに成金だ。そもそも子爵以上の貴族は大変忙しく、2週間前に急遽決まった催し事に顔を出すのは困難。だから使者こそ出しているものの、当人がその場に出向くことはない。この場にいる子爵は偶然時間が空いたか、もしくは聖女ルイスの存在を想像以上に重く置いているかのどちらかである。

 

「……あまりにレベルが低い」

 

 思わず言葉が漏れてしまう。誰もカオリの立場を理解していない。カオリはただの異端審問官というわけではない。聖女の弟君だ。そのため政治的な立ち位置としては公爵令息に一番近い立場。腐っても男爵風情が見定めていいような存在ではない。むしろ男爵程度では見定められる側だ。

 

 それに現在の公爵は全員が婚約しておらず、兄弟すらいない平民上がり。だからこそカオリの立場は重い。彼らも我が国に吸収される前は古臭い貴族階級制度で過ごしていただろう。その事実上の公爵令息であることの重みが分からないなどありえないはずだ。

 

「仕方ないさ。彼らだって敗戦前は伯爵や侯爵としてチヤホヤされていた身。まだその感覚が抜けていないのさ」

「いい加減に自分達が男爵程度であることを弁えてほしいものです」

 

 マリー公爵が私の愚痴に同調する。彼女は公爵でありながら、伯爵として領土の統治も行っている本物の貴族だ。彼女との出会いは昨日のことのように覚えている。

 彼女はどこにでもいる商人だった。その商人が唐突に私の元を訪ね、こう言ったのだ。"兵を数百名ほど貸してくれないだろうか。そしたら一国落とし、献上してみせよう"と。あまりに荒唐無稽で面白い話だったので興味を惹かれた。だから生け捕りにしていた山賊300名を彼女に渡した。

 

 そしたら彼女はその山賊を教育し、兵士として叩き上げて本当に国を落としたのだ。そして落とした国の領土を我が国に献上した。この功績が認められ、彼女には伯爵の地位が与えられた。また同時に個人で国家転覆が可能である証明として公爵の認定も受けることになった。それ故に彼女は唯一の公爵でありながら、伯爵という存在。公爵でありながら実務能力を持つ"本物の貴族"なのだ。

 

「しかし急なお願いにも関わらず、対応していただいたことに改めて感謝致します。マリー公爵様」

「いいのさ。私が不在でも回るようにきちんと教育しているからね」

「そうですか」

 

 彼女がカオリに目を向ける。はたしてマリー公爵はなにを考えているのだろうか。私の目を持ってしても相変わらず腹の底が見えない。そもそもいまだに伯爵の地位を望んだ理由も不透明。彼女の真意は読めない。

 

「それにしても彼。あの聖女ルイスはどこに魅力を覚えて、彼を弟として引き取ったんだろうね。やはり顔なのかな?」

「彼女の名誉のために、それは違うと否定しておきますね」

「そうかい」

「気になるようでしたら、あそこで退屈そうにしてらっしゃる聖女ルイスに声をかけたらいかがですか?」

 

 ルイス。この催しの主催者である彼女は肘掛けに肩肘をついて視線を舞台に向けている。カオリ含む異端審問官達と彼女の護衛による模擬戦争……そして彼女が作り出した新兵器のお披露目会。

 彼女が披露する新兵器の詳細は事前に聞いている。あれは戦争の形を根本から変えてしまうほどの威力がある。これは模擬戦争というが聖女ルイスが保有する武力を見せつけ、自分の発言力をより確固たるものにするためのものだ。

 

「あとでそうさせてもらうさ」

 

 そんな会話をしてるとルイスが私達に気づいたのか、こちらに視線を向ける。そして私達を見つけるなり、少しだけ笑顔になって手を振る。どうやら彼女は相当退屈していたらしい。私達は彼女の誘いに乗るように隣の席に腰掛ける。

 

「あんたの国の貴族。あまりにレベルが低すぎん?」

「こんな唐突に決められた催し事に来られる時点で暇を持て余してる無能の証明ですから」

 

 もっとも一部の例外はいる。それこそ偶然休みと被っているとか能力が高すぎて時間の捻出が出来てしまうような層だ。それらがここにいる一部の子爵であり、彼らには私も相応の敬意は払っている。

 

「酷い言い草だ。私がまるで無能みたいじゃないか」

「マリーちゃんもお久やねぇ。仕事の方は大丈夫なんか?」

「大丈夫だとも。私くらい優秀だとどうとでもなるものさ」

 

 マリー伯爵と聖女ルイス。意外とこの2人は仲が良かったりする。それこそ事実として彼女が帰化する前はマリー伯爵を通して、私に連絡をしていたくらいだ。恐らく真っ先にカオリを顔の良さで引き取ったと言ったのも、彼女がルッキズムであることを知っているからなのだろう。

 

()勇者フウガはどうしたのですか?」

「一般席で見とるで。この貴族席の空気は彼には少し重いやろ」

 

 なるほど。彼のことを見ないと思ったらそういう背景だったか。彼のことは大嫌いなので嫌味の1つでも言いたかったから残念で仕方ない。

 

「それより見てや! うちのカオリめっちゃ格好良ない?」

 

 しかし今日の聖女ルイスのテンションが高くて、話していて少しだけ疲れる。たしかにルイスの言う通り、カオリが衣装も相まって普段以上に格好良いのは事実。

 

 長身だからこそ軍服が良く似合っている。軍服という衣装が彼の気品と権威を高めている。不思議と彼に任せておけばどうにかなるという根拠のない安心感が生まれる。安い言葉で言うところの頼りがい。それがあるからこそ彼の背中に身体を預けたくなる。

 

 その安心感から生まれる力強さも魅力だ。もしもあの衣装のカオリにベッドに優しく押し倒され、手首を押さえられた状態で”お前は俺のものだ”なんて囁かれた日には脳が沸騰しそうになるほどに興奮するだろう。全ての線が鋭く、あらゆる装飾に意味を感じさせるデザインだからこそ曖昧さがない。その曖昧な部分がないからこそ強さを感じさせてくれる。今のカオリは衣装も相まって一切の迷いがなく、自分の信念を持っているように見える。

 だからこそ全てを委ねたくなるような高揚感を覚えてしまう。もちろん服が全てというわけではない。まず前提としてカオリは非常に顔面が良い。その顔面の良さを引き立てているのが彼の衣装だ。主役はカオリであって、服ではない。理屈ではそう分かっているのだが、軍服とカオリの化学反応があまりに暴力的過ぎたのだ。それ故に私は先ほどからいつも以上にカオリを目で追ってしまう。それこそ1秒でも長く視界に捉えたいの一心で。

 

「たしかに顔は良いね。顔が良いだけで終わらないか不安なものだね」

「それはあらへんから安心してええよ」

 

 ああ。もしもこの衣装のカオリに片膝をついて"俺のお姫様。貴方にこの勝利を献上する"なんて言われてしまった日にはどうなってしまうのだろうか。先ほどから見てるだけで卑しい妄想が止まらなくなる。早くカオリの試合が見たい。カオリの活躍をこの目に収めたい。この試合の開始が待ち遠しい。この数分が数時間のように長く感じる。

 

「……メイちゃんはどっちが勝つと思う?」

「カオリに決まってるでしょう。私のカオリがなんで負けるのですか?」

「感情論抜きで話してや。少し自分の世界に入り過ぎや」

「そうですね……」

 

 正直言って勝率は限りなく0に近い。エメラルドだけでも苦戦は必須なのに、ルイスの持ち込む新兵器があまりに凶悪。私は総力戦の開始前から詳細を把握しているが、公平性の観点から彼らには新兵器の詳細な情報は一切伝えていない。そのため彼らは確実に試合開始と同時に作戦の練り直しを余儀なくされる。

 

「正直言って勝つのは非常に難しいと思います」

 

 それに加えてエメラルドは天啓を使いこなしてるのに対し、こちらは誰一人として天啓を会得していない。カオリは天啓に片足を踏み込みつつあるが会得までは至っていない。この戦いの中でカオリがどのくらい体力を残した状態で天啓を身につけられるか。それが勝負の分かれ目となるだろう。

 

「エメラルドがカオリ達の対策をしてないとは思えない。もしも初見ならば勝ちの目はあったかもしれませんが……今回に限ってはそういうわけではない。ただでさえ不利なのに情報のアドバンテージすら確保出来ていない」

「せやね」

「だからこそ、この試合には希望がない」

 

 嘘偽りのない本音だ。私だって何度か戦場に立っているのだから分析くらい出来る。戦争で物を言うのは数ではなく質だ。その質で大きく劣ってるからこそ、エメラルドに分がある。そして質をひっくり返すような材料も残っていない。奇跡が起こらなければ勝てないだろう。

 

「……一応は冷静に見れとるんやね」

「ただ思うのです。この状況から勝負をひっくり返し勝ちを収めたら、それは紛うことなき英雄」

 

 私は心のどこかでカオリが英雄になることを期待している。誰も勝てないと思ってる場面をひっくり返すからこそ格好良い。そんな私の予想を裏切る格好良さが見せてほしい。そんな願望をカオリには抱いている。

 

「カオリなら私に面白いものを見せてくれるんじゃないかと」

「君たちは相当カオリを高く評価してるみたいだね。それじゃあ私も期待させてもらうよ」

 

 間もなく試合開始のコングが鳴る。私は静かに舞台に目を向ける。はたしてカオリは私の予想を超え、英雄になってくれるのか。そんな期待を込めて試合を観戦する。

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