悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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少しの間だけテストで投稿時間を深夜帯にします!



46話 重機関銃

 

 上空には魔石を持った鳥が飛び回っている。なんでも映像撮影の魔術と投影魔術を上手いこと組み合わせて貴族達に中継しているらしい。それによって俺達の戦闘は観客席にいる群衆や貴族達の見世物となっているのだ。

 

 そんな中で笛が鳴り響く。その音が戦闘開始の合図だった。

 

 改めてルールを振り返る。今回は四方八方が氷の壁に囲まれ、全てが氷で作られた都市が舞台だ。当然ながら壁の外に出れば敗北扱い。もし降参したいならば壁の外に出ろと言われた。そして俺達のスタート位置は都市の最東部であり、エメラルドは最西部だ。そこから隠れて不意打ちを狙うも良しだし、正面から戦闘を仕掛けるも良し。手段はなんでもいいのでエメラルドを戦闘不能にすることが勝利条件。

 

「始まったな」

「とりあえず作戦通りにまずはイタチ先輩とトト先輩で……」

 

 距離を考えれば、本格的な戦闘になるまではまだ時間があるだろう。この時の俺はそんな高を括っていた。だがそんな幻想はすぐに崩れ去ることになった。

 

「は?」

 

 唐突に耳をつんざくような轟音が響き渡った。大きな雷が空を裂くかのような音が、次々に続いて氷の建物を粉砕していく。目の前の光景が理解できなかった。俺は反射的にロストベリーを構え、ピエロを庇うように飛んでくる攻撃を防いでいく。

 

 その攻撃は鉄の塊を高速で大量に飛ばすだけの単純なもの。しかし俺はそんなことを行う兵器を知っている。重機関銃だ。

 あの聖女はあろうことか、この異世界に現代兵器を生み出し、この総力戦に持ち込んできたのだ。あまりに常軌を逸脱している。いったい倫理はどうなっているのかと叫びだしたくなる思いをグッと堪えていく。

 

「――っ!」

 

 これは戦いにすらならない。一方的な蹂躙にしかならない。あまりに規格が違う。俺はどこかでファンタジー世界の決闘のようなものをイメージしていた。しかしそんな生温いものではない。これは模擬戦争なのだ。紛うことなき戦争なのだ。ルールで禁止されていなければなんでもあり。相手の前提を嘲笑うかのように粉砕していくゲームなのだ。

 

「カオリ!」

「俺の後ろに隠れろ!」

 

 ロストベリーを手で回転させ、弾丸を弾いていく。次第に皆が銃弾の雨を防ぐように俺の背後に隠れていく。俺は弾きながら思考する。

 このような虐殺を前提とした兵器を持ち込むなど想定外もいいところ。あんなのがある以上はバラけるなどあまりに危険すぎる。つまり作戦は完全に崩れた2人3小隊は自殺行為。俺は必死に脳を回し、作戦を白紙から練り直していく。あまりに認識が甘すぎた。どうして考えられなかった。なぜ素直に相手がエメラルド1人だと思い込んでしまったのだ。あの姉が素直にルールを守るわけがないではないか!

 

「イタチ! 次に来ても受けられるか!?」 

「少しきついにゃ」

「それならエメラルドの懐に入れ! あれの精度は雑だ!」

 

 必死に彼らが生き残る道を模索する。恐らく近くにエメラルドがいる時は巻き込む危険を考慮し、撃ってこないだろう。あれは威力が高すぎて迂闊に扱えないはずだ。そのため皮肉なことにエメラルドの傍が一番の安全地帯となっている。それに今の攻撃を受けて理解した。

 

 あの重機関銃は威力こそ大きいが怖い武器ではない。弾丸程度ならば見てから避けても遅くないし、今の俺のフィジカルならば掠り傷に抑えられる。これはどこまでいこうが掃除道具であり、俺に対しては脅威とはならない。だが異端審問官達は違う。重機関銃は彼らの命を確実に散らす。ならばやることは1つしかない。部隊の練り直し。潜伏を前提としてるアリシアとフォーはそのままでいい。ピエロには安全地帯となるエメラルドの懐に入ってもらうためにトト先輩とイタチ先輩のグループに編入させる。

 そして俺の仕事は1つしかない。

 

「俺は重機関銃を無力化する。それまでにエメラルドを消耗させてくれ!」

 

* * *

 

「重機関銃。このくらいの街なら端から端まで届くし、氷の壁程度なら簡単に粉砕するで」

 

 私は言葉を失った。重機関銃の説明は聞いていたし、どういうものかも理解してるつもりだった。だがここまで圧倒的な武力とは想像もしていなかった。剣や弓とは次元が違う。私には体験が欠けていた。その武器の恐ろしさを本当の意味で理解出来ていなかったのだ。

 これは死の概念が纏わりついている。あんなのは人が立ち向かっていいものではない。こんなのが流行れば量より質だった戦争が、再び質より量の時代に戻ってしまう。

 

「機人族のような兵隊はルール違反じゃないのかい?」

「あれは機械人形や。中に人はおらへん」

 

 この試合に聖女が持ち込んだ兵器は3つだけだった。重機関銃、対戦車ミサイル、そしてそれらを操る完全自立式機械人形。

 機械人形は自我がない。あるのは敵味方を識別する機構だけだ。それ故にエメラルド1人のルールには牴触していない。これは合法なのだ。ロボットは人とはカウントされない。そのルールの穴を突いたのだ。

 

 貴族共は彼女が見せた武器の意味も満足に理解出来ず、威力にだけ見惚れて歓声を上げている。どこまでこいつらは愚鈍(ぐどん)なのだ。なぜ自身が使うことばかり考え、使われることを考慮出来ていないのだ。本当に見ていて気分が悪い。

 

「1つ興味で聞きたいんだけど、ルカには通用するのかな?」

「無理や。あれの肌は対戦車ライフルどころか弾道ミサイルでも傷すら付けられへんと思うで」

「なるほど」

「さすがにうちもルカを殺せる兵器は作れへん。そもそも道具くらいで殺せるなら公爵にはなれへんやろ」

 

 土煙が晴れる。その先にあるのは粉砕された氷晶都市。その中で人影が見えた。幸いにも異端審問官の全員が無事だった。その事実に心の底から安堵する。いくらルカが審判をしているとはいえ、怖くて満足に見られない。このままだと本当に死人が出てしまう。目の前の聖女はいったいなにを考えているのだ。もはや勝利を願う以前に全員が無事であることに対しての祈りしかなかった。ああ。どうか早く終わってください。

 

「そう怖がらへんでええよ。うちのカオリならこんくらいは簡単に対応できるやろ――ただの余興や」

 

* * *

 

 僕ことイタチは異端審問官だ。数少ない獣人族であり、種族の立場を確固たるものにするために異端審問官となった。その身体能力の高さを活かして異端審問官として上り詰め、獣人族が世間に認められる存在になる。僕は獣人族の旗印になりたかった。

 

 しかし現実は甘くない。僕は井の中の蛙だった。それを思い知らされた。

 エメラルドが持ち出した武器に未だに冷や汗が止まらない。街は既に粉砕され、氷で出来た瓦礫の山まみれ。地面の氷も割れて、土が剥き出しになっている。たった数秒で全てが破壊されてる。あの鉄の雨が去った今でも死という恐怖が肌にこびりついている。僕達の2週間の努力など無意味だと嘲笑うかのようだった。

 

「イタチ。集中しろ」

 

 なにも役に立たない。自分の弱さが嫌になってくる。恐らくエメラルドも規格外に強い。あの理不尽な嵐を涼しい顔して受け流したカオリ。その彼が強いと評している。恐らく僕達の理解も及ばないような化け物。それこそ勝負になればいい方。下手すれば数秒も稼げないかもしれない。

 僕はどこまでいこうが凡人でしかなかった。獣人族の英雄になんかなれない。ただの有象無象としかなれない。

 

「……棄権したいにゃ」

 

 思わず本音が漏れる。戦いにおいて量は意味をなさない。ルカを見ていれば嫌だって分かる現実だ。ルカが現れてから世界が変わった。ルカは指を弾いて地形もろとも大軍を消し去る。魔女マリーは氷塊を落とし、数秒で大軍を潰す。そして聖女ルイスは理解できない兵器で全てを破壊する。聖女ルイスは公爵になるという話を小耳に挟んだ。この国における公爵は個人で国家転覆すら可能な怪物揃い。

 

 今ならば彼女が公爵になるのも納得してしまう。

 

 結局のところ僕達はなにをしても無意味。世界を動かすのは公爵のような怪物。もう人が介入できるような次元じゃない。そもそも敵うと思ってる方が間違いだった。僕はあまりに世間知らずだった。

 

「なぁイタチ」

「ピエロ?」

「ここから僕がエメラルドを倒したら格好良いと思わないか?」

「え?」

 

 耳を疑った。彼はこの光景を見て、まだ勝てると思ってるのだ。理解できない。ピエロは頭がおかしい。前々からどこかおかしなやつだと思っていた。でもこんな命を無駄に捨てるような真似をするような馬鹿ではなかった。

 

「まだ棄権は早い。僕の勇姿を目に刻んでからにしても遅くない」

 

 ピエロが鎌を構える。それは黒と緑の2色で構成された気味の悪い鎌だった。カオリに負けたから新調した”キシメア”という武器。前にカオリが倒したとされるデュラハン・ナイトメアの甲冑片。それを高値で競り落とし、その素材を使って有り金を全てはたいて雇った鍛冶師に打たせたオーダーメイドの一級品。だけどあのような理不尽に武器なんて無意味だ。

 

「大丈夫。キシメアも勝てると言っている」

 

 エメラルドが視界に入る。彼は僕達を待っているかのようだった。彼の周りの氷だけが割れていない。それを見て、ピエロだけが我先にと言わんばかりに飛び出してきた。

 

「なんだ。カオリじゃないのか」

 

 ピエロが距離を詰め、鎌を振り下ろす。だがエメラルドはピクリとも動かない。それどころか籠手すらつけていない腕で鎌を受け止めていた。これはカオリと同じ技だ。”優れた戦士は鋼程度を斬るのが絶対条件”とされている。それならば鋼を鉄で受け止めることも出来るはずというカオリが提唱した頭のおかしい理論。その理論と同じだ。言うならばエメラルドは"手刀で鋼は斬れる。それなら鋼の剣は素手で受けられる"みたいな理屈で動いている。

 

 だからエメラルドの肌は並大抵の刃を通すことはない。しかし精度の次元が違う。ピエロは腐っても異端審問官。実力は折り紙付きだ。そんな彼の技を簡単に防いでいる。それがおかしいのだ。

 

「カオリの出番はないよ。僕が君に勝つから」

 

 ふとエメラルドの靴に目が向かった。彼の靴を見て驚愕した。彼の靴についていたのはブレードだった。彼はブレードのついた靴でピエロが全体重を乗せた一撃にピクリとも動くことなく、涼しい顔して受け止めたのだ。体幹が強いとかそんな次元を超越している。こいつは人が相手していい生物ではない。なにかがおかしい。

 

「それなら剣を抜かせてくれるくらい強いことを期待するよ」

 

 ピエロを押し返し、その勢いで氷上を滑っていく。氷を削る鋭い音が鼓膜を揺らした。彼は氷上で踊るように滑っていく。ただ距離を取っているだけのように見えた。そんな彼をピエロは追いかけようとするが追いつけない。ピエロの靴は滑らないようにするため、スパイクをつけている。だからこそ機動力は普段以上に落ちている。それに対してエメラルドは真逆。滑るように加工したブレード靴。

 

「まずは腕試し」

 

 滑走で得たスピードを、ミリ単位の鋭いエッジへと一点に集中させていく。氷に深く溝を刻むほどブレードが沈み込んでいく。その次の瞬間、強靭な足首のバネによって跳ね返された。氷を蹴り飛ばす音は鋭く短い破裂音を響かせた。

 

「イタチ!」

 

 彼は見上げるほどに高く飛んだ。空中で足をピンと前に伸ばす。まるで剣を構えるようだった。僕には彼がなにをしたいのかもわからなかった。ただ美しさに思わず見惚れてしまった。それが命取りになるとも知らずに。

 

「――っ!」

 

 ――その瞬間に僕の右腕が落ちた。

 

 氷の地に紅が落ちていく。痛みで地面に蹲る。顔を上げる。周囲の物が次々と一刀両断されていく。ピエロとトトは必死に武器を振っている。なにかから逃れようと。

 今になってようやく状況が理解出来た。あの回転ジャンプで周囲一帯に斬撃を飛ばしているのだ。全範囲を巻き込み、誰も寄せ付けない無差別攻撃。回避と移動と攻撃の全てを両立した一手。やっていることの理屈は理解出来る。しかしそれは机上の空論。本来ならば出来るわけがない。その本来ならば出来ないことを出来てしまうのが目の前の存在なのだ!

 

 次の瞬間、僕の目の前に音も立てずに白が降りた。白い修道服に桃色の髪をした女性。彼女は僕の前に立って涼しい顔して爪で不可視の刃を的確に弾いていた。僕は彼女の背中に守られるしかなかった。

 

「……ルカ」

「イタチ。これ試合じゃなきゃ死んでるからね」

 

 ルカは全てにおいて規格外だ。僕たちにとってエメラルドの攻撃は全てが致命傷。避けるのにすら精一杯となる一撃だった。しかしルカにとってはそよ風でしかない。あれほど強いエメラルドですら本物の理不尽には遠く及んでいない。

 

 ――それがルカという絶対的な強者なのだ。

 

 ルカの背中から隠れながら戦場を見る。エメラルドは見事な着氷を決め、そのまま滑っていく。そんな彼を仕留めんとばかりにトトが指先から熱線を飛ばす。彼のスキルは熱の光線を飛ばすというシンプルなもの。その熱線は当たれば鋼すら貫く確殺の一手。そんな技を一切のリスクを負うことなく、連射出来るのが彼。そのスキルによる強さでトトは異端審問官の2席まで上り詰めたのだ。

 

 だがエメラルドは汗すらかかずに熱線を回避していた。僕達の攻撃が全て通用していない。絶望が心を支配していく。あの重機関銃だけでもどうしようもない。それなのにエメラルド個人を相手にすら手も足も出させてもらえない。

 

「お?」

 

 そんな時だった。ピエロの鎌から緑の氷結晶が舞った。ルカの口角が少しだけ上がる。

 

「へぇ……この土壇場で天啓に至ったんだ」

 

 そして戦闘は激化していく。僕がついていけない次元の戦いへとなっていく。

 

 

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