跳躍して戦場を一望する。すると重機関銃は自立式の機械人形に持たせることで運用されていることが確認できた。
機械は人ではないからエメラルドだけというルールには抵触しないという理屈だろう。ルイス姉と戦うというのならば、そういうルールの裏を突いてくることも視野に入れて動くべきだった。これは俺の落ち度だった。
しかしざっと見たところ機械人形の数は約25機ほど。場所は観客席手前、氷の壁の上だ。この都市は四方八方が氷の壁に囲まれている。その地形を利用し、上からの一方的な攻撃を仕掛けたのだ。だがそれは同時に弱点ともなる。
「……舐められたものだな」
正面から弾丸が飛んでくる。それをロストベリーで弾き返すが、威力の重さに少しだけ手が痺れる。俺はこの場にいる機械人形の配置を頭に叩き込む。機関銃を持たされた機械人形が20機であり、ライフルを持っているのが5機。
今の狙撃はライフルを装備した機械人形によるものだ。距離にして1キロ前後は離れてるはずなのに、的確に撃ち抜いてきた。それに威力から考えるに与えられているライフルは対戦車ライフル。その高威力の攻撃をこの精度で行ってくる。これは本当に戦争の形を変えることになるだろう。
しかし種さえ割れれば怖くもなんともない。氷を蹴り、そのまま一気に距離を詰めていく。この2週間で氷上での動きのコツは掴んだ。1キロくらいならば氷という不利があろうが8秒で詰められる。
「くるみ割り!」
ロストベリーを振り下ろし、一撃で機械人形を粉砕する。所詮は機械の肉体だ。そこまで硬いわけではない。
顔を上げると同時に機械人形と目が合う。機械人形は俺目掛けて、重機関銃をぶっ放す。その弾丸を全て避けながら距離を詰めて再び機械人形を壊す。氷の壁には障害物は存在しない。だからこそ怖くない。重機関銃は最初こそ驚いたが、実際は大した武器ではない。それこそ弾速も威力も対応が容易。ただ弾丸の雨を掻い潜って距離を詰めるだけで攻略が出来る。
そのまま機械人形と距離を詰めていき、ロストベリーで頭を粉砕する。1つ壊すと同時に即座に次の機械人形へと標的を変える。そこからは流れ作業だ。降り注ぐ弾丸の雨を避け、射程内に入ると同時に壊す。壊したら別の機械人形へと向かう。
「さてと」
そうして俺は数分足らずで機械人形を全て無力化させていった。その討伐に大した苦労はなかった。一段落させた俺は下の戦場に視線を向ける。そこではちょうどピエロ達がエメラルドと接敵してるところだった。
エメラルドの戦闘スタイルや癖を注意深く観察する。スケート靴で氷という地形を活かして機動力を確保した戦い方だ。
「うおっ。セクスタプル・アクセルかよ」
そして彼は見事な6回転ジャンプを見せてくる。あれほどの才能ならばフィギュアスケートに出たらオリンピックすら総ナメだろう。だがフィギュアスケートがスポーツとして確立されていない以上は彼のしたことが神業だと分かる人は一握りだろう。
「……なるほどね」
彼を中心に建物が崩れていく。これは飛ぶ斬撃だ。振りではなく回転力を使って斬撃を飛ばしているのだ。刃は当然ながら足のブレード。彼の技能は飛び抜けておかしい。少なくとも俺が出来るような技ではない。
だが彼の戦闘スタイルは理解できたし、癖も読めた。あれは距離を詰められることを嫌ってるやつの動きだ。恐らく彼の得意は飛ぶ斬撃。それこそ普段は腰のレイピアから大砲のように突きを飛ばしているのだろう。相手のリーチに入ることなく一方的な攻撃を仕掛ける。
だが間合いに入れば勝ちというわけでもない。飛ぶ斬撃による遠距離攻撃を得意としてるだけで近接戦闘が出来ないと判断するのは早計だ。あれはルイス姉の護衛も兼ねた執事。そんな分かりきった弱点は確実に潰している。そうでなければピエロの攻撃を腕で受け止めたことの説明がつかない。
あくまで近距離戦は出来ないわけではないが不得手止まり。近距離に持ち込んだから確実に勝てるというわけでもない。
「なんでも出来る天才タイプか」
エメラルドは氷を活かした戦い方であり、もしも氷を砕けば彼の機動力は奪える。その上で俺も動きやすくなる。そうするのが一番合理的だ。
――普通ならばそう考えるだろう。
しかし普段の環境で氷がある方が稀だ。それ故に彼が日常的に氷を活かした戦いをしているとは思えない。恐らく彼も氷がない方が強いタイプだ。もちろん根拠がないわけじゃない。一番の根拠は彼のブレードは着脱式であること。それは氷がない環境での戦いも視野に入れてるからだ。少なくとも氷を砕いたからといって劇的に有利になるわけじゃない。むしろ逆に転ぶ可能性のほうが高い。機動力は奪えるだろうが、技の重さは確実に上がる。
だから俺の選ぶ選択は1つだ。
「氷。砕くか」
氷を砕くのは確実にエメラルドにとって優位に働く。しかし同時に俺の行動が制限される方が痛い。エメラルドの弱体化を狙うわけではない。自分の不利を取っ払うために氷は砕くべきだ。少なくともエメラルドの方が俺よりも氷を使いこなしてる。
俺は奪った重機関銃を静かに構える。この威力ならば氷を砕き、地面を剥き出しに出来る。
まだ動く時ではない。
彼と戦う以上はもっと情報が必要だ。もっとエメラルドの手札を明らかにした上で臨みたい。それ故に仕掛けるのはピエロとエメラルドの戦闘が終わってからだ。ピエロにはここで捨て駒になってもらう。
* * *
不思議と今までに感じたことのない全能感に満たされていた。世界が全てスローモーションに見える。そのおかげで一切捉えることすら適わなかったエメラルドの動きが目で辛うじて追えるくらいにはなった。
「……これが天啓」
僕はエメラルドを見て、勝てる気がした。エメラルドへの挑戦がカオリの言っていたフローへと誘った。彼はルカのような理不尽じゃない。ルカに比べたらあまりに可愛らしい。優れた剣技もスケートの技量は凄いものだ。スケート靴で僕の鎌を受けて後退りすらしない体幹は理解出来ない領域にある。でもルカならばこんな小技は使わない。そういう小技に頼る時点で怖くない。
それになによりも負けると挑めば勝てるものも勝てなくなる。負けると思って挑むものに勝利の女神は微笑まない。
「まさか六席の君が一番最初に覚醒するとは予想外」
上からエメラルドが現れる。彼の動きは見えている。彼のブレードを静かにキシメアで受け止める。キシメアから怯えの感情が伝わってくる。彼は意外と怖がりだ。だから僕は彼に向けて心の中で声をかける。"怖がらなくていい。僕がいる"と。
「いくよ。キシメア」
エメラルドを弾き飛ばす。そのまま後ろに滑って距離を離されていく。焦って深追いはしない。彼には機動力で勝てない。僕が狙えるのは彼が攻撃を仕掛けたタイミングだけだ。
「トト! 失格!」
審判であるルカの声が響いた。エメラルドは僕が追えないことを理解し、他の審問官を狙いにいったようだ。恐らく僕の心をかき乱す目的もあったのだろう。しかしそれには乗らない。
静かに感情を武器に乗せていく。神経を研ぎ澄まして彼が現れるのを待つ。西側には僕とカオリしかいない。先にカオリを潰しにいったのかもしれない。しかしそれならば好都合。カオリとの交戦中に背後から狙えばいい。
東に行くことはないだろう。東は氷が割れており、彼のスタイルが活かせない。この戦い方は氷が割れていない西側だけで行えるものだ。そして氷を割れば彼は東に向かい、アリシア達を襲うだろう。だからこそ氷は割ってはいけない。少なくともカオリが出るまでは持ちこたえなければならない。
一向に待てど、エメラルドは仕掛けてこない。しかし焦らない。焦りこそが彼の狙いなのだ。
僕は英雄になりたい。英雄にならなければならない。英雄だからこそ彼に勝てるのだ。静かにキシメアを構える。武器は最高級の一級品。僕のコンディションは絶好調。負ける道理などない。土俵は同じだ。
「――死舞」
鎌を大きく振るう。飛ぶ斬撃はエメラルドの専売特許じゃない。僕にだって出来るものだ。あの時にカオリに負けてから僕は必死に鍛錬した。その成果がこれだ。
飛ばした斬撃は広範囲に広がり、周囲を薙ぎ払う。威力は今までのものとは桁違い。オリハルコンすらも切り裂き、何人たりとも立つことは叶わない。これが天啓の乗った斬撃なのだ。天啓を使えるのと天啓が使えないのでは世界が違う。今ならばその意味が痛いほどに分かった。
「……やるね」
その一撃に対して、エメラルドは腰の細剣を抜いて受け止めた。しかし彼の美しい銀の細剣は刃毀れすら起こしていない。その事実が技量の高さを物語っていた。
「誇りなよ。君は剣を抜くに値する男だ」
反射で鎌を振った。なにか理由があったわけではない。ただキシメアが振れと叫んだ。その声に従った。
「――っ!」
空気に押し潰されるような感じがした。エメラルドによって放たれた飛ぶ刺突。その重さに身体が軋み、尻もちをつく。その瞬間にエメラルドは転移でもしたかのように目の前に現れる。彼の剣先が僕に向けられる。駄目だ。速すぎる。間に合わ――
「そこまで。ピエロは失格ね」
ふわりと白が降ってきた。終わりを告げる白。ルカが彼の剣先を指先で摘み、動きを留めている。
「――え?」
「今の間違いなく死んでたから」
「まだ僕は!」
「ピエロは負けたんだよ」
膝をつく。声を荒げる。悔しさで胸が張り裂けそうになる。そんな僕にルカは気にも留めない。僕は負けたのだ。なにをされたのかすらも分からずに負かされたのだ。
「ごめんね。動きを止めちゃって」
「すまない。熱が入りすぎて加減を忘れた」
「いいよ。そのために私が審判してるんだから気にせず全力でやっちゃっていいよ」
勝ちたかった。勝って英雄になりたかった。2人に少しでも僕を見てほしかった。このカオリだけが期待されてる試合をひっくり返したかった。勝てると思った。天啓まで発動させた。それなのになんの結果も残せない。そんなのは嫌だ。僕はまだ戦える。傷すらついていない。それなのに退場させられる。そのことが悔しい。2人は僕なんか気にも留めずに会話を進めていく。僕は何の爪痕も残せなかった。
「――貴方じゃカオリ相手に手加減なんて無理だから」
そんな僕を置き去りにするように鉄の雨が降り注いだ。理不尽に命を奪う音。重く、硬く、暴力的なまでの金属的な打撃音が連続して響いていく。開戦と同時に僕達を襲った死が襲いかかった。ルカは涼しい顔して指だけで、水滴を弾くかのように鉄弾の軌道を逸らしていく。この威力を持ってしても痛がる素振りすら見せない。そしてエメラルドも同様だ。自分に被弾しないように細剣で全て弾いていた。
鉄弾は氷の床を砕いていく。地面の土をむき出しにしていく。2人の周りだけが無傷だ。そこだけが別世界のように傷がついていない。まるで結界が彼らを守っているようだった。その現実が僕に弱さを突きつける。僕はまだこのステージに立てていないと言っているようだった。
「さてと。私は戻るね」
ルカが僕を抱えて飛ぶ。彼女は重機関銃に撃たれたことを気にも留めていなかった。音が止むと同時にカオリが降り立つ。その瞬間に一気に歓声が上がった。
「やっぱりこんな武器は効かねぇか。エメラルド」
「待ってたよ。カオリ」
エメラルドの口角が上がる。僕には見せなかった表情を見せる。僕はその光景を遠目で見ていることしか出来なかった。