悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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48話 ヒートアップ

 

「とても惜しかったですね」

 

 ピエロが天啓を発動させた。それは嬉しい誤算だった。なにせ私は彼には出来ないと思っていた。

 

 しかし残念なことに彼は天啓を知らなすぎた。天啓に必要なのは過集中と感情の爆発。後者にばかり気を取られがちだが、本質的には前者の方が問題だ。過集中というのは長時間持続できるものじゃない。普通ならば1プレーに限定して行うもの。

 それこそサッカーで考えるとわかりやすい。ボールを取ってからシュートを打つまでならば大きな負担にはならない。しかし90分間ずっと過集中を維持すれば、それだけ脳への負担も重くなる。常人ならばまず不可能。平然と天啓の常時発動を前提として考えてるカオリの方がおかしいのだ。

 

 本来の天啓とは技を打つ一瞬や大事な局面だけ発動させるもの。そこを理解していなかったのがピエロの敗因だろう。勝負の決め手となったのはエメラルドが放った飛ぶ刺突。天啓の負荷で集中力を落としたピエロは反応が瞬き1回分ほど遅れた。それが命取りだった。

 

「ただ可能性は感じるで。経験さえ積めばいいところまでいけるやろ」

 

 結果は残せずエメラルドに完敗。まぁ今回は相手があまりに悪かったと言わざるを得ない。むしろ彼の実力でエメラルドに剣を抜かせただけ大金星。

 

 この試合は最初から最後までカオリとエメラルドの一騎打ちでしかない。異端審問官も重機関銃も主役にはなれない。どちらも大局に大きな影響を及ぼすことはないというのが話のオチなのだ。結局勝ち負けは2人の地力で決まる。2人以外はなにも期待されていない。

 

「しかし重機関銃、対戦車ライフル、機械人形。貴方の武器は全てが無意味となりましたが、どんな気持ちですか?」

 

 私は怖がらせた腹いせも兼ねて少しだけルイスを煽る。こんなにも簡単に私の審問官がやられたのだから煽りたくもなるものだ。私の審問官も仕事はしなかったが、貴方の兵器も仕事してませんねくらいは言いたいのだ。しかしルイスは苛立ちの素振りすら見せず、煽りに一切乗ってこなかった。

 

「最初から期待はしてへんよ。まぁ対戦車ライフルだったらカオリの脅威になるかなと思ってたのは否定せえへんけどな」

 

 あまりに反応がつまらないので少しだけ拗ねる。しかし彼女が煽りに乗らない理由も納得できた。"期待していない"は負け惜しみではなく、本音で言ってるのだ。結局のところルイスは最初から重機関銃程度で倒せるとは思っていない。それにいくらカオリに簡単に無力化されたといえど、異端審問官を圧倒したという成果は充分過ぎるもの。ただ1つ気になるのはルイスはどうしてそのようなアピールをしたのか。もちろん自分の武力を示したという意味もあるだろう。だけど私にはそれ以上の狙いがあるように思えてならない。

 そんな私の考えを察したのか、ルイスがぽつりと言葉を漏らした。

 

「……そろそろな。異世界の文明レベルを一段階上げようと思うねん」

「その結果がこの近代兵器ですか」

「せや。そんでうちとしてはヤミ国には世界を牽引するリーダーになってほしいねん。それこそ地球で言うところのアメリカのような……ってすまへん。異世界人のあんたにその喩えは分からへんな」

「なんとなくわかります。異世界人は何人か食べておりますので」

「食べた?」

「ええ。詳細は伏せますが、そのため地球に関してはある程度の知識はあります」

 

 だからこそ重機関銃の概念は知っていた。しかしいくら異世界人でも重機関銃の知識を知っているだけで実際に体験したわけではない。だから私自身も本当の意味で怖さを理解できなかった。それ故に恥ずかしながら少しだけビビってしまったのだ。でも今はカオリのおかげで少しだけ恐怖も和らいだ。カオリがあれは人に攻略出来る武器だと証明してくれたから。

 

「ただアメリカにするには圧倒的な武力と同時に無能な味方の排除も必要や」

「ほう?」

「それで提案なんやけど、この武器で能力の低い貴族を一掃せえへん?」

「随分と過激ですね。さすがに罪を犯してない貴族に武器を向けるのは貴方といえど大変なことになりますよ」

「別に殺すといっても物理的に殺すわけやない。社会的に殺すんよ」

 

 貴族たちは試合に夢中で私達の会話に耳を傾けていない。本当に間抜けだ。そんな間抜けだからこそ殺したくなる。だからこそルイスの話は渡りに船だった。もしルイスの掲げる策が現実的ならば乗ってもいいと思えるほどに。

 

「この重機関銃。貴族に少し売ろうと思うねん」

「正気ですか?」

「この重機関銃1つにつき金貨2万枚。そんで弾丸は完全別売りにして10発で同じく金貨2万枚」

 

 ああ。どんだけこの人は悪い人なのだろうか。彼女の意図を理解して内心でほくそ笑んでしまう。一般的な重機関銃はものによってまちまちであるが、毎分500発から毎分1200発程度発射することが可能とされている。つまるところ銃弾10発では大したことが出来ない。それに金貨2万枚……すなわち屋敷1つ分の代金を払わなければならない。ルイスは断言しないが、それだけで彼女の意図は充分過ぎるほどに伝わった。

 

「なるほど……それはとても素晴らしいですね」

 

 あれらは銃弾の概念を知らない。それこそ適当に鉛でも詰めたら飛ばせるだろう程度の認識。だからこそこの罠に気づかずに買ってしまうのだ。ルイスもそれを理解した上で仕掛けようとしている。

 弾丸の代金まで頭が回らないお馬鹿さん。そんな無能の貴族の力は私も削ぎたい。しかし重い税を課したら反発されて面倒事になるのは確実。だからこそ手を出せなかった。しかし自ら資産を手放すならば話は別だ。使えない武器を買わせるというのは私としても非常に都合が良い。それに古い貴族は他の貴族に遅れを取るのは恥という風習がある。だからこそ必要なくとも見栄のために買う輩もいるだろう。そんな層もいらない。

 

「本当に君たちは悪いことばかり思いつくものだね」

「ふふっ。なんのことですか?」

 

 有能な貴族ならば買うことは恐らくありえない。そもそも異端審問官にすら通用するような武器の所持を国が認める時点でおかしい。必ずなにか裏があると思うだろう。そのような簡単なことにすら気付くのが普通だ。それにも気づかないから食われるのだ。自業自得だろう。

 

「聖女ルイス。その販売は私も手伝わさせていただきますね」

「おおきに。お礼に売上の半分は分けたるよ」

 

 この場にいる貴族は嫌いだ。自分の立場も自覚していない愚者。男爵風情がカオリより上だと思い上がってる気持ち悪さ。この兵器を無条件で喜べるような危機感のなさ。そんな不愉快はここで一掃させてもらおう。

 

「まぁでも動くのは試合が終わってからや。うちもカオリの晴れ舞台はちゃんと見たいで」

 

* * *

 

 エメラルドの出方を伺う。強い感情を湧かし、ロストベリーに桜色の稲妻を纏わせていく。先ほどのピエロの天啓。あれが良い手本となった。そのおかげで天啓の核心を掴めた。

 

「カオリもそのステージに来たんだね」

 

 緊迫した空気が張り詰めていく。エメラルドから目を離さない。一挙手一投足、全てに気を配っていく。

 

「カオリ君。5秒待ってくれるかな?」

「狙いは?」

「警戒しないでいい。氷が邪魔なだけさ」

 

 エメラルドが細剣を振るう。敵意や殺意の類は感じなかったので見逃す。その細剣が振られた瞬間に氷の破片含め、一掃されていった。綺麗な土の地面が剥き出しとなる。慣れた地で俺も戦いやすい舞台だ。

 

「スパイクを取る時間くらいなら待ってもいいけどどうする?」

「安心しろ。もう取ってきた」

「それならよかった。スパイクがあったから負けたなんて言われたら溜まったもんじゃない」

 

 攻撃を仕掛けようにも隙がない。迂闊に仕掛ければ手痛いカウンターを受けるだろう。しかしエメラルドもそれは同じ。それ故に状況は硬直だ。

 

「ブレードは取らなくていいのか?」

「そうしたいけどね。なんか悪い気がしてね」

「悪い?」

「カオリは重機関銃を奪取し、僕が不利となる地形を作った。そのアドバンテージを温情で無くしてもらうのは少し罪悪感を覚えるだろ?」

「それで負けても文句言うなよ」

「大丈夫。僕は負けないから」

 

 それが合図だった。俺は躊躇うことなく踏み込む。先に仕掛けたのは俺だった。このままだと埒が明かない。それに俺は常に天啓を発動させている。時間をかければかけるほど俺の方が不利になっていく。

 

 天啓を使ったことで俺の技は一段階進化している。それこそ今までとは次元が違う。公爵にも届きうるほどの一撃だと自負してる大技で勝負を決めにいった。。

 

「雷撃一閃!」

 

 雷撃一閃と音撃一閃の違いは天啓の有無だけ。しかし天啓を纏った、それは音撃一閃と呼ぶにはおこがましいほどに威力が桁違いだ。

 

 その技を細剣で受けたエメラルドが勢いに負けて半歩下がる。こいつはおかしい。雷撃一閃の速さは重機関銃の弾丸の3倍は速い。それでいてロストベリーの重さは1トン。それほどの質量を平地でのスケート靴というハンデを抱えた状態で受けて僅か半歩しか下がらない。今まで相手してきたやつとは根本的な強さが違いすぎる。

 そもそも細剣は受けには不向きだろ。技量も足腰の強さも体幹も全てが常軌を逸脱している。これはブレード靴を脱がせないで正解だったと心の底から思う。

 

「それにしても随分と傲慢なんだね」

「なんだと?」

「仲間がやられるまで見てるだけ。まるで自分1人で勝てると思ってる――それは傲慢だろ?」

 

 細剣で弾き返され、距離を置かれる。弱いとは微塵も思っていなかった。しかし想像していた10倍は強い。横から回り込むようにして隙を探る。エメラルドは的確に俺の動きを目で追ってくる。

 

「うん。やっぱりブレードが邪魔だ」

 

 距離を詰めて再びロストベリーを振るう。それを今度は右足で受け止めた。正確にはスケート靴のブレード。この攻撃は通り、ブレードが砕けた。俺は舌打ちした。こいつはわざと攻撃を受けてきたのだ。ブレードという重荷を無くすために俺を利用したのだ。

 エメラルドが左足を振るう。その瞬間に飛ぶ斬撃が俺の頬を掠った。それと同時に残りのブレードも砕ける。エメラルドの振りにブレードの方が耐えられなかった――否。耐えられない威力をわざと出して壊したのだ。

 

「さてと。やろうか」

 

 冷や汗をかく。どの攻撃も通用するビジョンが見えない。エメラルドが静かに細剣を払う。それと同時に赤い蝶が舞った。あれが彼の天啓だ。彼も当然のように天啓を使ってくる存在。

 

 思考を回す。この理不尽を相手に勝ち筋を探す。

 

「カオリ。面白いことを1つ教えてあげよう」

「なんだ?」

「僕の振るう細剣はフレア・アップル――打ったのは聖女ルイスだよ」

 

 細剣が払われる。それによって斬撃が飛ばされる。ロストベリーの持ち手で受けるが、攻撃の重さに耐えきれずに2歩下がる。その隙を突くような刺突が弾丸のように飛ばされる。全てが城壁に大穴を開けるような大砲。それが俺の身体を抉っていく。服に血が滲んでいく。気合で致命傷は避けているが、ジワジワと削られていく。一撃を受ける度に距離が離される。ロストベリーの間合いに持ち込めない。

 

「細剣というのは本来横からの攻撃や鍔迫り合いに弱く、強い衝撃を受けると折れるという弱点がある」

 

 赤い蝶を宿した刺突を飛ばしながら講釈を垂れる。表情からは余裕すら感じさせた。どこまでも防戦一方で攻略の糸口が掴めない。こないだ相手したゲイジュが可愛く思えるほどの圧倒的な力。これが世界トップクラスの実力なのかと噛み締める。

 

「しかしフレア・アップルはその弱点を見事に克服した。ロストベリーの真髄が重さならば、フレア・アップルは硬度に真髄がある」

 

 俺と彼ではなにが違うのだ。同じように天啓を扱い、同じ制作者が打った武器を扱う。そもそも彼の強さはなんなのだ。その卓越した技量なのだろうか。それとも体幹の強さなのか。彼は強いがどうして強いか説明がつかない。だから追い詰められていく。

 理屈では説明出来ないから怖い。彼はその域に到達しているのだ。

 

 ――だから攻略のためには強さの理屈を割らなければならない。

 

「いや――」

 

 ふと疑問が浮かんだ。エメラルドと俺は条件が同じだ。それならばエメラルドの出来ることは俺にも出来ることではないか。ただ試すにしても刺突の乱射を攻略しなければそんな余裕すらない。まずはこの刺突を見極めろ。

 

 気付けば自然と身体が動いていた。まるでロストベリーがこうしろと導かんばかりだった。それに従うようにロストベリーを振るっていく。不思議と刺突は全て捌けた。エメラルドと距離が狭まっていく。

 

 再び踏み込んで雷撃一閃を仕掛ける。しかしエメラルドは見ている。彼の足に目を向ける。ロストベリーを囮にし、彼の足を払った。予想外の一撃にエメラルドが体勢を崩す。その瞬間にロストベリーで彼の右肩を砕く。

 

「――っ!!」

 

 その一撃に群衆の大きな歓声があがった。ふと戦いの核心を掴めた気がした。ロストベリーがどう動きたいのか分かる。ロストベリーがなにをさせたいのか伝わってくる。

 

「舐めるな!」

「くっ!」

 

 壊れた右肩を使った刺突が俺の足を貫く。太ももが赤く染まっていく。ようやく見えた勝ち筋が音を立てて崩れていく。

 

百足乱舞(むかでらんぶ)

 

 エメラルドはその隙を見逃さない。刺突による連撃が俺の肉を抉っていく。ロストベリーで受け流そうにも、全て弾くことなど不可能。彼の一突きが重い。その一突きが的確に負けへと誘っていく。

 

「くるみ割り!」

 

 決死の覚悟で距離を詰め、ロストベリーを振り下ろす。エメラルドは後方への軽いステップで俺の一撃を避ける。

 

「狂い裂き」

 

 赤い蝶が舞う。まるで終わりを告げるような蝶だった。それと同時にエメラルドのフレア・アップルから斬撃が放たれる。その一閃が俺の胸を大きく切り裂いた。零れそうになる臓物を必死に筋肉で抑える。死が迫っている。

 この状況でもルカは降りてこない。ルカはまだ終わりだと宣言をしない。その事実が俺を奮い立たせる。まだだ。まだ終わってない。

 

「おりゃああ!」

 

 エメラルドの襟を掴み、そのまま引き付けて頭突きを叩き込む。技でもなんでもない無我夢中の一撃。その攻撃でエメラルドが後ずさる。その隙を俺は見逃さない。そのまま俺はエメラルドの頬を殴り飛ばす。拳は桜色の稲妻を散らし、エメラルドに重い一撃を叩き込んだ。

 

 しかし致命傷には程遠い。エメラルドは即座に血を吐き捨て、そのままフレア・アップルで払い、俺の足を切り裂く。それを再び根性で耐え凌ぎ、ロストベリーを叩きつける。

 

 だがエメラルドはフレア・アップルで俺の一撃を受け止めてくる。

 一進一退の攻防と呼ぶには程遠い戦いだった。誰がどう見てもエメラルドの方が優勢な戦い。こんな戦い方を続けたら先に消耗するのは俺の方だ。しかし他に取れる選択肢がない。エメラルドは的確に致命傷を避けてくる。その上で俺を確実に削ってくる。

 

 血が零れていく。意識が遠のいていく。勝ちが消えていく。全身が重い。思考が回らなくなってくる。苦しい。楽になりたい。

 

 でも負けたくない。

 

 俺は勝ちたい。エメラルドに勝って英雄になりたい。ルイス姉の思い通りにならないと宣言したい。全世界よ。聖女ルイスではなく、俺を見ろ!

 

「無駄な足掻きだよ。カオリ」

 

 エメラルドが距離を詰めてくる。次の一撃は避けきれない。しかも本気の一撃だ。的確に心臓を狙っている。この攻撃を食らえば俺は死ぬだろう。

 

「君は僕には勝てない」

 

 空気が揺らぐ。ルカがこちらに向かっている。ルカが静止した時点で俺の負けは確定する。そうなれば俺はルイスの物として生涯を終える。異端審問官という座を手放し、メイとも一生関わることのない生活。英雄なんていうのは夢のまた夢だ。誰も俺を見なくなる。

 

『大丈夫』

 

 ふとそんな声が聞こえた気がした。その瞬間にルカの動きが止まる。まるでなにかに期待するかのように。

 しかしエメラルドは止まる素振りすら見せない。だけど勝負はまだ終わっていない。目の前の相手がどんなに強大だろうが負けていい理由にはならない。

 

 敗者に未来なんか存在しない。未来が欲しいと言うのならば自分で掴むしかない。だから最後まで戦うしかない。諦めるのは負けが確定してからでも遅くない。

 

『私が貴方を勝たせます』

 

 声が響く。その声が俺を奮い立たせていく。初めて聞いたはずなのに懐かしさを覚える声だった。

 

『精神侵犯』

 

 景色が塗り替わっていく。周囲が赤い薔薇に染まっていく。

 ルイス姉が見せた確殺の一手が、場の空気を一変させる。その機会を俺は見逃さない。

 

「鎧砕き!」

 

 決死の覚悟で放った一撃はエメラルドへと届く。

 彼の肉体を砕き、派手な血飛沫を見せた。

 

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