4話 異世界で――
ふと夢を見る。妹であるモモの夢だ。モモは賢いから1人でも生きていけるだろうし、その類の不安は欠片もない。俺はそれほどまでにモモを信頼している。だけど少しだけ気掛かりなのも事実だ。モモを孤独にしてしまった申し訳なさや兄としての責任を果たせない罪悪感が胸に突き刺さる。生活に困らないにしろ、モモの心は別問題だ。
それになによりも俺自身も少しだけモモの存在が恋しい。本来ならば俺は今もモモとくだらない映画を見たり、遊園地で遊んだりといった普通の幸せの中にいるはずだった。だけどもうそれは叶わない。
「モモ……」
あれから俺はヤミ国の教会で過ごしていた。敵国の軍に所属していたことに関してはルカの口添えもあって無罪放免。それどころか拉致被害者として扱われ、ヤミ国が自立への全面的な支援をしてくれる運びとなった。
手錠をかけられることもなければ、行動が制限されることもない。まさか戦争に負けてここまで高待遇になるとは思いもしていなかった。少なくとも牢暮らしを覚悟していた身としては未だに現実を受け止めきれていないというのが本音だ。
「カオリ? 浮かない顔してどうした?」
「少し残してきた家族の事を考えてセンチメンタルになってた。考えても仕方ねぇのにな」
グループ国で勇者召喚され、勇者として扱われたフウガ。彼もヤミ国に保護され、こうして俺と共に過ごす運びとなった。そして同室だったこともあり、意気投合して彼とは友達になった。
勇者として扱われたのは黒髪マッシュでホストをしてそうな男でもなければ、明らかにチャラそうな金髪の不良でもなかった。当然ながらスーツを着たOLさんでもなく、黒髪中背の学生だった。そのことがヤミ国に来て初めて明らかになった。
そんな彼の名前が
「なぁフウガはこれからどうする?」
「僕は勇者だから魔王と戦うって言ったんだけど。国がいらないんだってよ。だから模索中って感じ」
あの戦争でフウガはルカさんと戦い、手も足も出せず無力化されたと彼の口から聞いた。それこそ擦り傷1つ負わせることもなければ、負うこともなく地面に寝かされたそうだ。気がつけば剣を抜く前に視界には一面の青空。ルカは勇者として扱われたフウガですら手も足も出ないほどに強いらしい。
「……ルカがいるような世界で勇者の役割ってなんなんだよ」
それこそフウガが勇者としての自信を無くすほどに一方的な勝負だったと聞かされた。俺もルカは強いとは思っていたが、ここまでとは想像はしていなかった。だから勇者であるフウガが簡単に負けたというのは驚きのほうが強いくらいだ。
「さぁな」
勇者召喚された5名。そのうち保護出来たのは俺とフウガだけ。他の3名はどうなったのか消息を掴めずにいる。ヤミ国も国を挙げて捜索してくれているが、進展は一切なし。挙句の果てには国の見立てでは恐らく死んでいるとすら言われた。そこに関しては俺も同じ見解だった。
「くそっ……元の世界に返せよ」
「帰還方法が分からないんだから仕方ないだろ。それに悪いのはヤミ国の奴らじゃないだろ」
俺は意図的に地球のことは考えないようにしてた。当然ながら帰りたくないというわけではない。モモのこともあるし、お世話になった
――きっと俺の心は折れてしまうから。
「せっかく異世界に来て人生変わると思ったのに……なんだよ。これ」
「まぁでもやりてぇことやればいいだろ。それこそ戦いから遠ざかって料理人なり医者なりなんだっていいと国も言ってくれたし、その支援もしてくれるって言ってただろ」
就きたい仕事を言えば、その仕事をするために必要なことを教えると国が言っている。日本ですら専門知識を学ぶのに金がかかるのに、ここでは無償。さらには就労支援まで約束されている。
交友関係がリセットされ、娯楽文化の衰退した世界で暮らすという痛い部分はあるが、やりたいことが出来るというのは人によってはそれを差し引いてもプラスに傾くくらい大きな魅力だろう。
「そういうカオリはどうするんだよ?」
「俺は……」
その問いかけになにも返せない。
俺は恵まれた環境にいた。それこそやりたいと思えば大体のことが出来る環境だった。だからこそ将来のことなど深く考えたことがなかった。やりたいことがないからニートになった。なにかに情熱を持つこともなければ、意味を見出すことも出来なかった。それが俺だった。
だからこそ将来なにになりたいかという問いに直面すると頭を悩ませる。本音を言うと異世界で生きていく自分が想像出来ない。社会に馴染んでいる自分の姿のイメージが湧かない。
「朝食の時間ですよ~」
フウガの質問への答えを考えていると牧師さんに扉を軽く叩かれ、朝食の案内をされる。朝食は少し塩っぽいドーナツとベーコン。それに鮮度抜群のサラダ。味は文句なしに美味い。それこそ日本で出しても通用するレベルだろう。
「それと今日の午後は空けておいてくださいね」
「なにかあるんですか?」
「メイ第二王女様が少し面談をしたいそうです」
メイ第二王女。この国に来てから何度か聞いた名前だ。今回の一件の総責任者であり、俺たちの待遇を決めた人物。フウガの方を見ると彼女の名前を聞いて、表情に少しだけ曇りが見える。彼女となにかあったのだろうか。
「礼服とか持ってませんし、礼儀作法も知らないんですけど大丈夫ですかね?」
「メイ第二王女様はその辺は寛容ですし、なにより貴方達の境遇を理解していますので問題ないかと。もちろん異世界からの召喚者ということも含めて把握されております」
◆
朝食を終えて自由時間となる。フウガは外に散歩に行くといったので、俺は部屋に戻って本の続きを読む。いま読んでる本は勇者カミーラと魔王ウシカゲの物語だ。それはこの世界でもっとも有名な
現代では、その御伽話の影響で勇者は魔王を倒す者に与えられる肩書きとなった。だからこそグループ国は勇者召喚という言葉を使った。勇者カミーラに次ぐ次代の勇者を呼びましたという事実で国民を安心させるため。そして間もなく復活する魔王に備えるものであり、ヤミ国に対抗するためのものではありませんというポーズを取るために。
もっとも魔王復活は根拠もない噂だし、ヤミ国でもグループ国が勝手に言ってるだけとして扱っている。魔王復活を真面目に信じている者などいない。その話にはヤミ国どころかエルフの国ですら冷めた視線を送っていると教会の人が言っていた。
「ああ。もう時間か」
時報の鐘が鳴る。俺は本に栞を挟んで自室を後にして、軽く身支度を整える。
それから間もなくメイ第二王女が来訪した。やってきたのは8歳くらいの幼女。その幼女は海のような青髪と対照的に、炎を連想させる赤い瞳をしていた。
そんな幼女にはその容姿からは考えられないほどにしっかりした雰囲気があった。彼女は権威を振りかざすこともなく、穏やかな表情を静かに浮かべていた。その中でも特に特徴的なのは二点だった。まず一点目は周囲の人たちが緊張で
二点目は王族でありながら、護衛を1人しか連れていないこと。その護衛も甲冑で身を包んだりと威圧感を与えるような姿をしているわけではない。特に武器など持っていない純白のワンピースを着た桃色髪の女性が隣に
ルカ・エリアス。この国の異端審問官の一席であり、俺がお世話になった人だ。
「カオリ君。お久ー。元気してる?」
ルカさんは俺を見るなり、笑顔で手を振ってくる。そんな彼女を見てメイ第二王女様は呆れながら彼女に声をかけた。
「ルカ。私はもう1人の方と面談してきますね」
「2人っきりで平気ですか?」
「……数百メートル程度離れたところでルカさんの射程内でしょう」
「まぁねー。周囲は私が警戒してるからのんびりどうぞ」
メイ第二王女様はフウガを連れて、近くの空き部屋へと入っていった。この場に残ったのはルカと俺だけ。俺は
「ルカさん。あんな子供が仕事できるんですか?」
「この国の誰よりもできるよ。少なくともメイ第二王女様がいないと半年で国が滅ぶというくらいには彼女に依存してる」
「またまた……」
「冗談じゃなくて本気ね。私もメイ第二王女様がいるから、この国のために働いている部分あるし」
「え?」
「話せばわかる。なにがあってもあれを子供と思わない方が良いよ」
本音を言えば半信半疑だ。どんなにすごいと言えど妹のモモと同じ歳くらいの子供。現代日本でいうところの小学校低学年くらいの子。そんな人物になにができるというのか。しかしルカが話せば分かると言うくらいだし、期待させてもらおう。判断を下すのは話してからでも遅くないはずだ。
「……そういえばクヤーク団長。どうなったんですか?」
「生死不明。彼1人が逃亡に成功」
「え!?」
ルカさんにセクハラやパワハラばかりしていたクズ。俺の中では一番苛つく人物。その末路が気になったので、なんとなく聞いてみた。しかし蓋を開けてみれば多くの関係者が処分された中で彼だけがなんのお咎めもなし。その事実に少しだけ腹が立つ。いや、かなり腹が立っている。さすがにあれが逃げ切り勝ちというのは許せない。
「まぁどうせどっかで野垂れ死んでるよ」
「それでいいんですか?」
「うん」
しかしルカさんは彼にそこまで怒りを抱いていないようだった。あそこまで好き勝手にされてたのに怒りすら湧かない彼女を俺は少し理解出来なかった。まぁでもルカさんがそれでいいと言っているならば、それ以上は俺が口出しすることでもないのだろう。
「フウガ君の面談も終わったみたいだし、カオリ君も話しておいで」
しばらくルカと他愛のない話をしていると話を終えたフウガが出てきて、メイ第二王女様の元に行くように言われる。俺はそれに従って彼女のいる個室に行く。しかし、いざ王族と話すとなると緊張する。
もし不敬を働いたら、その場で処刑などされてしまうのだろうか。そんな考えが脳裏に過ぎる。
「初めましてですね。カオリさん」
「は、初めまして……」
「貴方のことはルカさんから伺っていますよ」
彼女は丁寧に挨拶をして、俺に座るように促す。俺は恐る恐る椅子に腰かける。そんな俺を見てメイ第二王女様は緊張をほぐすかのようににこやかに微笑みかける。
「今の生活に不満はございませんか? 出来る部分でしたらこちらで対応いたしますので」
「特にはないですね」
「それはなによりです。慣れない文化や食事でこれから戸惑うことも多いと思いますので、どんな些細なことでも構いませんからご相談くださいね」
メイ第二王女様と社交辞令のような会話を数言だけ交わす。それだけなのに先ほどから鳥肌が止まらない。目の前にいるのはただの子供。それなのに今まで会ってきた人の誰よりも大きく、強大に見え、自然と姿勢を正してしまう。
本能が彼女の方が上だと訴えかけてくる。生き物として次元が違う。そう評せざるを得なかった。それほどまでに異質なのだ。
「……ほんとに些細なことなのですが1つ」
「なんですか?」
「少し退屈ですね」
「退屈ですか……」
なにも言わないのも失礼だと思い、無理やり言葉を捻りだす。口に出した後で後悔する。明らかに話題選びを間違えた。ここはお世辞でもいいから不便はありませんというべきだった。俺は馬鹿なのか。どうしてありのまま正直に言ってしまった。
現代は娯楽文化に溢れていた。それこそ映画やゲームもあったし、隙間時間にはSNSも出来た。それらがないこの世界は正直言って暇すぎるのは本音なのは否定しない。だからと言ってこうもはっきり言うなんてありえないだろ。
「先ほども似たようなことを言われました。たしかにカオリさん達の世界に比べ、こちらの娯楽文化は大きく劣っていると聞いており、私もそこは痛感しております」
「まぁしかしメイ第二王女様に言っても仕方ないですよね」
「そうですね。たしかに娯楽文化の不足はこの国の課題でもありますので早急に対処はしたいと考えていますよ。もっとも
扉が開き、牧師さんからショートケーキと紅茶が差し入れられた。俺は少しそれに虚を突かれた。王族との面談というからもっと硬いものをイメージしていたため、お茶菓子が出されるなど思ってもいなかったからだ。
「良いお菓子でもあった方が会話は弾むでしょう」
「ありがとうございます」
俺は彼女が特に怒っていないことに安堵する。しかし本当に彼女がなにを考えてるのか一切読めない。今ならルカさんが言っていた言葉の意味がよくわかる。これは明らかに子供ではない。
「とりあえず本題に入りましょうか」
「そうですね」
「カオリさんは将来どうしたいですか?」
「将来と言われても……」
言葉に詰まる。頭が真っ白になって考えがなにも思いつかない。なにかを喋ろうとするが言葉がなにも出てこない。
そんな俺をフォローするかのようにメイ第二王女様は言葉を吐いた。
「難しいようでしたら半月後にどのような生活をしていたいのかというところからお考えになるとよろしいですよ」
「半月後?」
「漠然とした未来よりちょっと先の方がイメージしやすいでしょう?」
その言葉が俺の思考を少しだけクリアにした。
ここまで至れり尽くせりな待遇。文句などあるわけがない。だけど不思議と俺はグループ国での生活の方が楽しかった気がした。あの国の飯はまずいし、扱いも悪い。しかし今よりも張り合いはあったし、日々は充実していた。
俺は率直に感じたままのことをメイ第二王女様に話す。なんでもかんでも素直に言えばいいわけじゃないと理性は理解している。
しかし不思議と彼女の前だと思っているままに言葉が出てしまうのだ。無意識で油断させられてしまうのだ。
「……まぁ正直な話をすると地球に帰りたいですかね」
「なるほど。しかしこちらでも帰還方法を探していますが、明日明後日に帰れますという話ではありません」
「そうですよね」
「なので帰還方法が確立されるまで、どのように生活をしたいか教えてくださると助かります。私達としましても目的が明確でないと支援の施しようがありませんので」
たしかにそうだ。帰れるにしても5年先かもしれないし、10年先かもしれない。俺にもそれまでの生活があるわけであり、生きていく以上はそのことについて考えなければならない。
「さてさて。ここまでの話を
「はい」
「たしかにこのままここで過ごせばなんの不安もない生活を送れるでしょう。それ故に自身の成長を感じられず、
「そうだと思います」
メイ第二王女様は俺が
そんな彼女の言葉を聞いていると本当にそうなのではないかと思ってしまう。
「私もカオリがご自身でも仰っていた通り、人生において張り合いが大切だと思います。しかし兵士、商人、芸術家。ありとあらゆる仕事に張り合いはありますが……どれも張り合うものは違います。カオリさんはどの土俵で成長したいですか?」
なにで張り合うか。自分でも不思議なことにその言葉で俺はピエロに負けた時のことを思い出した。俺は喧嘩には自信がある方だった。しかし
それにグループ国での生活にはルカさんがいた。あの時はひたすらルカさんのことを考えていた。彼女の力になりたい。彼女に並びたい。そんな気持ちで彼女を追っかけていたあの生活には張り合いがあり、環境こそ悪かったが正直楽しいものだった。
俺はまた彼女の背中を追いたい。そしてピエロを負かしたい。まだ弱い炎かもしれない。だけどそれを消したくない。その炎を強くしたい。自分にもやりたいことがあると言えるようになりたい。この熱を消したくない。
「武術」
「ほう?」
当然だけど武が好きなわけではない。武人になりたいというわけでもない。だけど俺の熱になったのは武だ。悔しいという熱は武から生まれた。ルカさんに認められるには武が必要だ。そこまで決まれば、自ずと道筋が見えてくる。
「俺は異端審問官になりたい」
「……なぜ?」
「ルカさんと働きたい……そしてピエロを超えたい」
不純な動機だと思う。だけどしたいことが他にない。他に熱を覚えたものがない。俺はその感じた熱を大切にしたい。そんな思いが俺の口を動かした。
「なるほど。しかし異端審問官は大変な仕事ですが……」
「覚悟の上です」
「それでしたら見学しましょうか。私の方で予定を組ませていただきますね」
そこから話はトントン拍子に進んで、面談は終わった。
後日、彼女から異端審問会の見学の許可が降りたとの一報が入ってくる。異端審問官になる。その目標が決まり、停滞していた俺の人生が少しだけ動き出した気がした。