誰も私を見てくれない。だって私は武器なのだから。武器はどこまでいこうが道具でしかない。道具が感情を持つなどと考える狂人はいない。
誰も私を握ってくれない。だって私は重いから。私は道具としての活躍も出来ない。このまま客への見世物として腐っていくのだろう。そんな諦めに近い感情が渦巻いている。私は武器として、あまりに欠陥品だった。
誰でもいいから私を握ってほしい。この冷たい身体に温もりを感じさせてください。お願いします。そのためなら私はなんだってします。それ以上のことは望みません。だからどうか――お願いします。私に武器としての活躍をさせてください。
そんな願いが通じたように身体に熱が走る。人の熱が走った。私は運命だと思った。いいや、これが運命だ。
「愛してる♡」
そんな言葉が漏れた。口がないのだから言葉として外に出るわけがない。誰にも届くことのない声だ。私の心が掻き立てられる。顔も知らないし、声も分からない貴方。
それでも私を見つけてくれた。私に意味を与えてくれた。貴方様が私を握る度に強い感情がダイレクトに伝わってくる。私への期待の感情だ。貴方様は私を武器として見ている。
貴方様が望む。貴方様が勝利を望む。それならばこの私――ロストベリーが武器として貴方様を勝利へと導きましょう。安心なさい。貴方様が不安に思うことはありません。怖がる必要もありません。私が貴方様を勝たせますから。
貴方様が殺しを望むなら私が武器として
だけど貴方様の負けは許しません。途中で膝を折ることも許しません。私を信じなさい。貴方様が折れる必要なんてございません。だって私がいるのですから。この私を見くびらないでください。最後まで足掻きなさい。その足掻きを私は絶対に無駄に致しません。私は武器として、必ず貴方様の期待に応えましょう。
貴方様の熱をください。貴方様の感情を私に叩き込んでください。それだけで構いません。それさえあれば私は戦えます。
目の前の敵を倒したい? たしかに敵は強大で苦戦は必至ですわね。でも大丈夫です。貴方様には私がいます。貴方様は私の主としてドンと構えなさい。
全て分かっています。貴方様の求めるものも私がなにをすべきかも。貴方様の期待を裏切るような真似は致しません。
――でも他の武器は使わないでくださいね。不愉快で気がおかしくなりますので。私が貴方様だけのものであるように貴方様は私だけのものですから。
それでは
『――精神侵犯。
さぁ貴方様。舞台は整えました。あとは勝つだけでございますわ。
* * *
「重いな……」
「化け物が!」
俺の渾身の一撃を正面から受けた。それでもエメラルドは倒れる素振りすら見せない。その強靭なフィジカルを前にして本当に生物なのかと疑いたくなる。
風が吹く。それと同時に甘い薔薇の匂いが広がる。
地平線まで埋め尽くす紅薔薇の海。その紅は凝固しかけた鮮血を思わせるような昏い赤。足元には花弁の死骸と生物のように
「桜ヶ崎流剣……」
エメラルドが力強く踏み込む。それと同時に赤い花弁が蝶の群れのごとく舞い狂う。胃もたれしそうになるほど甘い毒の匂いが
「くるみ割り!」
俺は再びエメラルドに一撃を叩きつける。それと同時に薔薇が歓喜の表情を見せるように花開いていく。まるで待ち焦がれていた主人が帰ってきたと言わんばかりの喜び。自分を見てほしいといわんばかりの主張が薔薇の美しさを駆り立てていく。
この充満した美しき地は、俺のためだけに作られた舞台だ。
俺の武器が――ロストベリーが精神侵犯を発動させたのだと直感的に理解する。今まで以上にロストベリーが滾っているのが伝わる。俺ならば勝てると信じて、最高の舞台を整えてくれた。これは俺のための舞台。俺のステージなのだ。
『勝ちますわよ』
そんな声が聞こえた。ここまでお膳立てされて負けたら恥さらしもいいところだ。不思議とこの空間の性質が分かる。これがもたらすのはロストベリーが認めた人物以外の平衡感覚の消失。俺にはなんの影響もないが、エメラルドは違う。その影響をダイレクトに受けている。
この薔薇の持つ毒も美しさも執着も全てが俺の味方。怖がることはなにもない。この薔薇はロストベリーそのものなのだから。
「雷撃一閃!」
追撃をかけんとばかりに桜色の稲妻を走らせる。エメラルドは苦悶の表情を浮かべながらも、細剣で攻撃を受け止める。しかし先ほどのような余裕はない。俺の一撃の重さに耐えられていない。この精神侵犯が大きく状況を変えた。今までの不利を覆した。
しかし俺も長く持たない。これが正真正銘の最終局面。ここで倒せなければ俺が負ける。これは俺がエメラルドを削りきれるか、それともエメラルドが耐え忍べるかどうかの勝負だ。負けられない。負けたくない!
「奥の手を持ってるのが自分だけだと思うなよ! カオリ!」
エメラルドの叫びと同時に空から雷が落ちる。その雷は俺の肉体を貫いた。今までに感じたことがないほどの熱。その熱が全身を焼いていく。今すぐにでも倒れたくなる。その甘えを勝利への執着で掻き消す。あともう少しだ。もう少しでエメラルドを倒せる。
この雷はエメラルドのスキルだ。あいつはこの場面までスキルを隠し持っていた。だが裏を返せばスキルを使うまで追い込まれている。確実に勝ちに近づいている。ここで折れてたまるか。なんとしてでも勝つ!
――もう勝ち筋は見えている。
「ロストベリー! 頼む!」
『……わかりました。貴方様が望むならば』
ロストベリーからは僅かな困惑が伝わる。だけどこれでいい。俺はロストベリーを投擲した。俺の身体はもって数十秒が関の山だ。それ以上は持たない。ならばもっとも確実な一手……一番予想しない一撃を叩き込む。
「雷貫無界《らいかんむかい》!」
桜色の稲妻を迸らせながら、飛んでいく一撃。それをエメラルドは全身を使って避けた。ロストベリーを失うことも辞さない覚悟した一撃は避けられた。
エメラルドを前にして俺は丸腰となった。もう彼の斬撃を受ける手段もない。絶体絶命の危機。ここで飛ぶ刺突を打たれたら俺は確実に負ける。火を見るよりも明らかなピンチ。
だけどそれは計算のうちだ。少しだけエメラルドの思考のリソースを割かせるだけでよかった。今の投擲は避けられる前提だ。それで勝負が決まるなんて思っていない。本命は次だ。これは次の一手を確実に決めるための博打だ。
「いけっ!!」
叫びと同時に精神侵犯を解除させる。景色が元の戦場へと戻る。割れた氷とむき出しの土。精神侵犯は俺にとって明らかに優位なもの。解除する利点など一切ない。だからこそ否応でもエメラルドは困惑する。どんな意図があるのかと思考を回してしまう。
――その隙がほしかった。
「失礼」
そしてアリシアが飛び出し、エメラルドの腹に短剣を突き立てた。
* * *
「なぁアリシア。少し頼みがあるんだけどいいか?」
「は?」
強化合宿初日にカオリが声をかけてきた。私が嫌いな男。自分が嫌われてるという自覚を持ちながら、声をかけてくるとはどういう神経をしているのだ。理解が出来ない。
「頼みですか?」
「ああ。この試合でのトドメをアリシアに委ねたい」
カオリはとても頭が悪いらしい。私はお父さんにも勝てない雑魚だ。手練れが相手ならば肌を傷つけることも出来やしない。だから使い物にならないし、カオリのような英雄になることもない。お父さんに認められることもない。
「アリシアの気配遮断を頼りたい」
こいつはなにを言っているのだろうか。私の人生も苦悩も全て無価値と切り捨てたくせによくいけしゃあしゃあとこのようなことを言えるものだと思う。私を情報源として見てないと思えば、今度は道具扱いか。
本当に呆れる。それにどうして手を貸さなければならないのか。こんな私のような弱者の痛みに想像力を働かせる必要すら感じていない傲慢男に。
「私はどうせ貢献出来ませんから私抜きでやればいいじゃないですか」
そもそも私はナイフも突き立てられない弱者だ。無価値で弱者な私を勘定に入れるなど正気の沙汰とは思えない。ただ私の尊厳を傷つけただけの不遜な男。私のことを見てもいない男。
「そうかなぁ……俺はこの戦いで一番の鍵になるのはアリシアだと思うけどな」
「どこをどうみたら、そうお思いになられるのですか?」
その言葉に少しだけ耳を疑った。カオリは大嫌いだが、彼の能力だけは評価している。それこそ観察眼や戦闘力も折り紙付きだ。それにあの性格からしてお世辞を言うとは思えなかった。
「俺に少し作戦があるんだ。その作戦を聞いてからどうするか決めろよ」
「作戦?」
「たしかにエメラルドはアリシアが正面戦闘して敵う相手じゃない。しかし純粋な殺しならどうだ?」
「殺しですか……」
お父さんに教わったのはナイフ術が中心だった。正面戦闘におけるナイフで敵を倒す術を叩き込まれた。そのおかげで私は異端審問官になれたし、殺しには滅法強くなった。しかしそれ以上でもそれ以下でもない。そんなのはエメラルドに通じるような武器ではない。
「相手を倒すなら正面から戦闘をする必要もない。寝込みを襲って無防備なところに首を突き立てればいい」
「まさか試合前に暗殺をする気ですか?」
「そこまで落ちぶれてねぇし――恐らく不可能だ」
「カオリは私になにをさせたいのですか?」
「俺がエメラルドを弱らせて気を引く。その隙を突いて、毒殺してほしい」
毒。今まで考えたこともない概念だった。どうしてこんな単純なことに気づかなかったのだろうか。人を殺すならナイフに固執する必要はない。ナイフを使わずとも人を殺せる。私の中には人を殺すのはナイフだという変な先入観があった。
「別にお前が俺のことをどう思おうが勝手だけどさ」
「……」
「アレックスに逃した魚は大きいぞと言いたいと思わないのか?」
お父さんは死んだ。そのことは報告書を読んで知っている。あれは恐らく天国には行けていないだろう。地獄に落ちただろう。お父さんは罪を犯しすぎた。仕方のないことだ。
「地獄にも届くと思いますか?」
「アリシアの殺しの才能ならいけるだろ」
カオリも嫌いだ。お父さんも大嫌いだ。私を無価値と決めつけたやつらが憎い。だからこそ証明したい。私が無価値じゃないと。私を過小評価するな。間違ってたのはお前らだと言いたい。
「それで協力してくれるか?」
「……いいですよ。今回限りなら手を貸しましょう」
私はカオリを利用してでも、自分を捨てたアレックスを完全に否定したい。お父さんを地獄まで追いかけて後悔させてやる。そのためならば大嫌いな男の手を借りることも苦ではない。だから私はカオリに従うこととした。
* * *
アリシアの手に握られているのは紫色の短剣。その短剣はエメラルドの剥き出しの内臓へと深々と突き刺さった。エメラルドがアリシアを払い除ける。そして俺にトドメを刺さんとばかりに距離を詰めてきた。
しかし彼の足が止まった。彼の全身に力が入らなくなった。
「な……にが……」
「悪いな。俺……いいや、
アリシアが足を止めたエメラルドに近づき、そのまま短剣を振り上げる。この一撃が決まれば確実にエメラルドは死ぬだろう。
「そこまでだよ」
しかし短剣が振り下ろされることはなかった。
アリシアの手をルカが止めた。
”生死に直結するような攻撃が行われ、それを彼女が回避不可と判断した時点で介入する”がこの総力戦におけるルール。つまりルカが止めたということはアリシアの一撃は生死に直結し、なおかつ回避不能と判断されたのだ。
「この勝負。異端審問官の勝ちだよ」
その宣言と同時に一気に観衆が沸き立った。
「うおおおおおおおおおお!!」
そして俺達は歓声に包まれた。
それと同時に俺も意識を失った。