悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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50話 英雄の切符

 

 戦いが終わると同時に鳥に化け、大急ぎでカオリの元に駆けつけて治癒のスキルを使う。

 

「ルカ。なに考えてるんですか?」

 

 ありえない。一歩間違えれば確実に死んでいたほどの重症だ。本来ならばもっと早くルカが介入すべきだった。今回死ななかったのはあくまで結果論だ。

 

「あそこで止めるのは野暮ですよ。2人の熱をメイ第二王女様は感じなかったのですか?」

「……」

「それに命の保証がされてるような安全圏に身を置いて、私やルイスと並べるようになると思いますか?」

 

 あっけらかんと語るルカ。そこには反省の色がなかった。ルカの言う言葉はどこまでも正しく、甘えが一切存在しない。誰よりも現実を見てる人の言葉だった。

 

「それじゃあ私は仕事も終わりましたし、少し自由にしますね。もしなにかあったら呼んでくださいね」

 

 もしもルカが今回の総力戦に参加していたら勝負にすらならなかっただろう。あのエメラルドも数秒で無力化された。それが出来てしまうのがルカという存在だ。この死闘ですらルカから見れば、()()()()()でしかない。

 カオリが目指そうとしてるのはそういう世界の存在なのだ。

 

 私は地面に転がるロストベリーへと視線を向ける。この勝負でカオリは大きな偉業をなした。それは武器による精神侵犯だ。

 優れた武器には自我が宿る。しかしここまでの強固な自我を持つという話は聞いたこともない。恐らく武器に精神侵犯させることなどルイスにも不可能だ。

 

「……理屈の存在しない力ですか」

 

 ロストベリーとの強固な絆。それはカオリだけが持つ確固たる武器だ。カオリがロストベリーという武器の可能性を開花させた。今のロストベリーは伝説にすら名を残すような神器へと進化した。

 

「さて。これからどうなることやら」

 

 この戦いでカオリは英雄の切符を獲得した。それを活かすも殺すもカオリ次第だろう。私はその行く末を静かに眺めさせてもらおう。

 

 願わくばルカを超え、彼女の役割を喰らうことを祈って。

 

* * *

 

 唐突に目を覚ます。時計に目を向けると、エメラルドとの戦いから半日も経っていなかった。それにも関わらず既に怪我は完治していた。恐らくメイの力だ。

 

「やぁカオリ。目が覚めたかい?」

 

 エメラルドが俺に声をかける。

 

「……お前も怪我は大丈夫なのか?」

「もちろん。メイ第二王女様の治癒のおかげさ」

 

 メイの言っていた基礎を学ぶか必殺技を覚えるかの話。あれの正解は人それぞれだ。そしてアリシアは必殺技を鍛えるべきだった。基礎が彼女を腐らせた。基礎に重きを置いた立ち回りが彼女の可能性を潰していた。アレックスはアリシアの総合力を上げて、誰でも殺せる英雄にしたかったのだろう。不得意を潰していく。その育て方がアリシアと非常に相性が悪かった。アリシアを見なかった彼には、その才能を扱いきれなかった。

 

「……カオリは1人で勝とうとは思わなかったのか?」

「何度も思ったよ」

 

 最初から戦いの展開は全て決めていた。たしかにアリシアは切断のスキルを使っても鋼鉄を斬れない。しかし鋼鉄を斬る必要はない。アリシアの武器は気配遮断。あの能力は理屈では説明できないものだ。

 この世界で英雄になるには条件がある。それは理屈では説明出来ない力を持つこと。ルカの圧倒的な身体能力、ルイス姉の天才性。俺の知る英雄は理解が出来ない存在だ。ここまでの過程で痛いほど、それを実感させられた。

 

 そしてアリシアにはその能力……言うならば英雄の切符があった。

 

 ナイフを突き立てられないから人を殺せない。それならばナイフで人を斬らなければいい。人を殺すのはナイフだけではない。そのことに気づいた俺はアリシアに賭けることにした。

 

 しかし当然ながらエメラルドほどの強者は気配遮断程度で誤魔化すのは不可能。だからアリシアに気付けなくなるほどにエメラルドを弱らせる必要があった。彼女が強者の皮膚を切り裂けないことは百も承知。

 

「……彼女は戦士にはなれない。弱すぎる」

「なる必要もねぇだろ。そういう正解の押しつけが彼女を殺した」

 

 アリシアの天職は戦士ではなく暗殺者。卑怯な手を使わせてこそ彼女は輝く。ナイフの技術や天啓も彼女には必要ない。それらの要素は彼女を潰す。彼女は不意を突く狡猾ささえあれば輝ける。だから毒の短剣を持たせた。そして短剣で斬るのではなく、傷口に刺すという動きを教え込んだ。

 

「――アリシアに気付けなかったのがそんなに不思議か?」

「ああ」

 

 しかしアリシアが戦えないのは火を見るよりも明らか。だからこそ周りの補助が必要だ。アリシアは周りが補助しなければ輝くことはない。

 そこでもう1人のチートを加えることにした。異端審問官はメイが選んだだけあり、才能の原石が集まっている。

 

「フォー四席だよ」

 

 彼がアリシアに気づく度にフォーのスキルで時間を巻き戻すように言っておいた。失敗した場合はアリシアがアクションを起こす前に、その趣旨を簡単な合図で伝えて軌道修正させる。フォーがいたからエメラルドは最後までアリシアに気づけなかった。

 

 フォーもアリシアと同じく、正面から戦うような駒ではない。彼の適性は援護にある。彼のスキルで人の試行回数を無限に増やさせる。そのため彼は誰かと組ませることで真価を発揮する。

 彼も戦闘ができなければならない。そんな当たり前に囚われたから才能が輝かなかった。恐らくルイス姉も彼の才能には気づいていた。その上で自分の才能の活かし方に気づけなかったからこそ、興味を無くした。ルイス姉はそういう人だ。だからこそ彼には強化合宿ではアリシアを活かす動きを叩き込ませた。

 

「トト先輩が援護しつつ、基礎戦闘力の高いイタチ先輩とピエロでお前の手札を明かす。その上で最も強い俺がお前を追い詰め、アリシア先輩へとバトンを繋ぐ。そういう作戦だった」

 

 それを踏まえても勝てたのは奇跡のようなものだ。今回の功労者は間違いなくロストベリーだろう。あの精神侵犯がなければアリシアの奇襲が成功しなかった。あれがあったからこそエメラルドを削り切ることが出来た。

 もしもピエロの天啓がなければ俺も天啓へと至れなかった。これは決して俺だけの勝利じゃない。全員が全力を尽くした上で蜘蛛の糸を手繰り寄せたような勝利だ。

 

「……最初から自分1人で勝とうと思わなかったのか?」

「何度も思ったし、そうするつもりだった」

 

 俺は英雄になりたかった。英雄になり、あの熱を感じたいと思った。しかしそれ以上に負けたくないという思いの方が強かった。メイに恥じない自分でいたいという思いの方が強かった。だから今回は英雄になれない可能性を許容した。

 

 アリシアが出る前に俺がエメラルドを倒す。それが理想だった。だけど俺が通用しなかったとしても勝ちは残す。これは俺だけの勝負じゃない。チーム戦なのだ。だからこそアリシアを最後の一撃として置いた。

 エメラルドの雷のスキルを見た。あそこまで追い詰められた彼。そんな彼の前で有利を確約した精神侵犯の解除による僅かな思考の停止。

 

 あの場面では俺が決着をつけるよりも最後の一撃をアリシアに任せる方が合理的だった。だからアリシアを選んだ。アリシアは俺よりも可能性を示したのだ。

 

「試合は俺達の勝ちだけど勝負はお前の勝ちだ。エメラルド」

「いいや……僕の完敗さ」

 

 エメラルドと握手する。そうして俺達の総力戦は幕を閉じた。

 

◆ ◆ ◆

 

「カオリ! カオリ!」

 

 閉会式。そこでは多くの歓声が飛び交った。視界の端から端までを埋め尽くす観衆が自分の名前を叫び、拳を突き上げている。最後の勝利で俺は英雄になることは諦めた。だけど俺の思惑とは裏腹に観衆は俺を英雄として認めた。

 

 だけど、その光景はどこか現実味を欠いていた。まるで分厚い水の底から地上を眺めているような奇妙な感覚。この場には確かな熱があった。鳴り響く音は、物理的な圧力となって全身を震わせる。その熱狂は自分という一人の人間を飲み込み、塗りつぶしていく。

 

「……期待外れだな」

 

 しかし俺は満たされなかった。その光景をどこか冷めた目で見ている。

 ゲイジュを倒した時のような熱気は確かに感じる。しかし俺の心の中の熱にはならない。観客は興奮し、俺の名前を叫んでいる。その歓声が俺の心を打つことはない。

 

「こんなものが欲しかったのか。俺は」

 

 ふと言葉が漏れた。この称賛に一切の関心が持てなかった。

 全員が俺を見ている。聖女の弟ではなく、異端審問官としての俺を見ている。俺の望むものが与えられた。しかし不思議と興奮というものがない。

 まるで豚から称賛を浴びてるようだった。こいつらにどう思われようが俺の価値には影響しない。俺の価値が向上することもないし、価値が落ちることもない。なによりもこいつらに認められたところでルイス姉と俺との距離が縮まるわけでもない。

 

 あの時の俺はどうしてあそこまで興奮していたのだ。どうしてこのようなものに価値を覚えたのか。なんでこんな安いものに酔いしれることが出来たのか。

 

 ――ああ。俺が変わってしまったのか。

 

 あの時の満足感は聖女の弟というレッテルが剥がれたことに対してのものだった。英雄になることで聖女の弟として自立出来ると思っていた。俺が変わってしまったのだ。だけど俺は今回の総力戦を通して、自分で自分を肯定出来るようになってしまった。だからこそ彼らの称賛には価値を感じない。

 

 そうして俺は適当な世辞を言って閉会式を締めた。

 これで俺がルイス姉の駒になるということもなくなった。俺が欲しかった称賛を獲得した。欲しいものは全て手に入れた完全勝利。だけどなにも満たされていない。

 

「カオリ。随分と不満そうですね」

 

 控室の横長椅子で休んでいたところにメイが声をかけてくる。メイの言う通り不満だ。俺は勝てば、あの時の熱を感じられると思っていた。しかし蓋を開けてみればこれだ。満足など出来るわけがない。

 

「こんなところに顔出してていいのか?」

「はい。私の仕事は終わりましたから」

 

 メイが俺の隣に座る。なんでも知っている彼女ならば俺の求める答えを教えてくれるだろうか。どうすればこの飢えを満たせるか知っているだろうか。

 

「しかし観客からの称賛をなんの価値もないと切り捨てる――本当に傲慢だこと」

 

 メイは相変わらず俺の心でも読んでるかのようなコメントを飛ばしてくる。それに関して今更なにかを思うことはない。ルイス姉も似たようなもんだし、そういうものだと既に割り切っている。

 

「事実だろ」

「それでは……もしも価値のあるものからの評価を得ればカオリは満足しますか?」

 

 俺は一瞬だけメイの言っている意味が分からなかった。だけどその意味をすぐに理解することになる。メイが俺の袖を優しく掴む。俺はメイの方を振り返った。するとメイは微笑みを浮かべ、目を細めた。体を寄せ、距離が縮まっていく。彼女の息が俺の頬にかかるほど近くなる。

 

「メイ?」

「もしも嫌だと言うのならば拒否してください。貴方ならば、それが可能でしょう?」

 

 メイと目が合った瞬間、彼女の唇が俺の唇に不意に触れた。

 柔らかい唇だった。温かく、どこか甘いキスだった、メイの行為に気づき、衝撃が脳を駆ける。俺はメイの意図が分からなかった。しかし意図を確かめる間もなく、メイの唇は俺から離れた。

 

「ありがとうございます。私の英雄様」

 

 心臓がドクンと跳ねる。メイが発した"英雄"の一言には不思議な力があった。全身に熱が駆け巡る。キスという行為に満腹感にも近いような感覚を覚える。まるで俺の魂がそれを望んでいたと言わんばかりに。

 

 あのメイが俺を見ている。俺に注目している。その事実が俺の心に確かな熱を宿していく。ゲイジュとの戦いで覚えた時のような強い熱。メイから認められたという事実が俺を満たしていく。このキスで俺は自覚した。

 

「どうしました?」

 

 不思議と熱が生まれた。今のキスでなんとなくだが分かった気がした。大事なのは量じゃなくて質なのだ。多くの人に英雄として認めてもらうのでは満たされない。それは安酒を浴びるほど飲んで満足するようなものだ。そんなもので満足など出来るわけがない。

 

 酔いたいならば高い酒に手を出さなければならない。俺が価値のあると思う人物に評価されなければならない。そうでなければ俺の求めるものは得られない。俺の求める勝利の美酒にはなり得ない。どんなに量を積んでも安酒は美酒にはなれない。

 

「――俺はメイの英雄になりたい」

 

 英雄という道の先に望んだものがないのはわかった。きっとこれからどんなに偉業を成し遂げても俺は満足しないだろう。この程度の興奮では当然ながら満足しない。だからこそより大きな敵、より劇的な勝利を求めたくなる。そうすれば満たされるのではないかと期待したくなる。今回の歓声が足りなかったから熱にならなかった。だからもっと大きなことをしなければならない。そう思いたくなるだろう。

 

 だけど、それは違うということがハッキリとわかった。その先に俺の求めるものはない。どこまでいこうが提供されるのは安酒でしかない。安酒の量を積んでも満足感は変わらない。それは無駄な労力だ。どんなに大きなことを成し遂げても俺は満たされない。

 

「メイ」

「はい」

 

 このままルイス姉やルカを凌駕したいという思いもある。だけど、あいつらが浴びてる光も安酒に過ぎない。どうでもいい観客からの称賛という無価値な安酒。そんなもの奪ったところで満足しないだろう。

 

 あの時の俺が間違っていたとは言わない。しかし視野が狭まっていた。だから得ているものが安酒だということに気付けなかった。安酒でも量を積めば満足すると思い込んでいた。だけど実際は違う。安酒の量を増やしても満足感は変わらない。それに満足させるものは酒だけじゃない。それこそ俺が気づいていないだけで料理や経験でも同じように酔いしれるかもしれない。称賛や熱だけが全てではないのだ。

 

「俺を見ていてくれ」

 

 有象無象からの称賛よりもメイの一言の方が価値がある。それが俺を満たしていく。

 

 ああ。俺はメイが好きだったのだ。自分でも無自覚なうちに恋をしていたのだ。

 俺はメイの言葉でなければ満足できない。メイでなければ俺は満たされない。

 

「もちろん。期待していますよ」

 

 ルイス姉やルカを超えてメイを夢中にさせたい。あの2人よりも目が離せない存在になりたい。そのために俺は全てを捧げる。

 

 そう、俺は心に誓った。

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