エメラルド。うちの専属執事にして護衛と
歴史を漁ってたら見つけた勇魔時代に行われたとされる巨人の姫プロジェクト。それは魔王に対抗すべく、遺伝子を改造して巨人を人間サイズに圧縮することで筋密度を上げ、世界でもっとも強い戦士を作るというプロジェクトだった。詳細な資料はほとんど残っておらず、成功したかどうかすら不透明だが、概要や遺物を見れば大体どのようなアプローチでやろうとしたのかが分かる。
だからうちは巨人の姫を第1世代と仮定して、それを軸に現代で巨人の姫プロジェクトを再始動させた。まず肉体の生成の練習として、意思すら持たず臓器移植用の素体として扱うことを目的とした第2世代を作成。そして次に遺伝子に留まらず才能までも設計して完璧な人であることを目的とした第3世代を作成した。エメラルドはそんな第3世代のうちの1人だった。戦闘だけに留まらず勉学や家事といった分野も含めて最高峰の才能を与えた。人類が理論上到達しうる最高到達点がエメラルドだ。
「さすがにこれは予想外やわぁ……」
カオリに勝たせる気なんてなかった。エメラルドにカオリは絶対に勝てないと思っていた。エメラルドは人が勝てるような設計にしていない。全ての才能を与え、うちが直々に教育して完璧にするのが第3世代。遺伝子も環境も最高レベルなのだから負ける道理がないはずなのだ。しかしカオリは勝ってしまった。
だけど敗因は分かってる。エメラルドは雷のスキルを温存しすぎた。もっと早く雷を使っていればエメラルドが勝っていた。あの子の戦闘スタイルは雷と飛ぶ刺突による完封。しかし手の内を晒すことを嫌い、斬撃だけで対応しようとした。だから負けた。もっともそんなこと言っても負け惜しみであり、言い訳にしかならない。
「やっぱり鬼ってほんまバグや。やってられへん」
自分も鬼だったからこそ理解している。鬼だけは種族としての基礎力が根本的に違いすぎる。基本的に人は鬼に勝てるようなものじゃない。
どんなに遺伝子を弄ろうが、種族差はひっくり返せない。カオリはまだ鬼として目覚めきっていないから、この程度で済んでいる。だが確実にカオリも鬼として目覚めつつある。鬼だからこそ異様な速度で強くなっている。
「……ただ、もうちょい頑張ってほしかったもんやね」
第3世代はエメラルド含めて5名で研究は打ち止めとなった。理由は赤子から育てる関係上、単純に費用対効果に見合わないと判断したから。そのため第3世代はエメラルド含めて造られたのは5名のみ。恐らく後にも先にも第3世代が造られることはないだろう。なにせ既に第3世代のアプローチは止めて、ホムンクルス計画は第4世代に突入しているのだから。
正直言ってエメラルドが負けたのは少し苛立っている。しかしそれは彼が第3世代のホムンクルスだからというのは関係ない。期待通りに動かないから不機嫌なわけではない。うちが不機嫌なのはもっと単純明快で自分が手間暇かけて育てた子が負けたから。それ以上でもそれ以下でもない。
親というのは子が負ければどうしても不機嫌になるものなのだ。なにせうちはエメラルドを
「お嬢……」
エメラルドがふらふらとした足取りでうちの元にやってくる。傷は既に完治している。メイちゃんが治したのだろう。そしてうちの顔を見るなり、倒れ込むように胸に飛び込む。
「……セクハラなんやけど?」
彼のすすり泣く声が聞こえる。うちの声など既に耳に入っていないのだろう。身体は大人になり、多少精神年齢が上がろうが、まだ12歳。そんなに完璧に振る舞えるわけがないか。
「それで泣くほど悔しかったん?」
「僕……もっと強くなりたい……」
「そっか」
「お嬢に恥をかかせないくらい……だから……」
「ええよ。今日だけは甘えさせたる」
優しく彼の髪を撫でる。彼は確かに負けた。しかしこの経験は無駄にはならない。なにせ彼は本気で挑み、自分の限界を出し尽くした。それが腐るなんてことはない。間違いなくエメラルドの大きな糧になるだろう。トータルで見たらプラス。それにカオリにも良い経験となった。充分に採算は取れている。今回の総力戦はうちから見ても大成功だった。
「今日のあんたはよう頑張ったで」
しかし現実は非情だ。エメラルドがカオリに勝てる日は二度とこないだろう。鬼とはそういうものだ。
これからカオリはもっと強くなる。うちの手でも負えへんくらいの怪物になるだろう。ルカと肩を並べ、個人で世界の在り方を変えられるようになるだろう。もうカオリには誰も追いつけない。
* * *
対抗戦も無事に終わり、俺達は祝賀会に招かれた。
その祝賀会は観客にいた貴族連中が参加するものであり非常に疲れるものだった。なにせ縁談を持ちかけられたり、スピーチをさせられたり、慣れない踊りをさせられたりと貴族の夜会で起こるであろう定番イベントを一気に体験させられたわけだ。正直言ってもう一度エメラルドと戦闘した方が楽と思えるくらいにはしんどい。どうやら俺にはそっち方面の適性は皆無らしい。
「みんなカオリのこと探してたで」
そんな俺をルイス姉が見つけて、声をかけてくる。俺は祝賀会の会場からくすねてきた酒瓶から直に酒を飲みながらルイス姉の方を見る。ルイス姉はこういう場だというのに着飾ることなく、普段通りの服装をしている。まるで自分こそがルール。自分に合わせろと言わんばかりに。俺もルイス姉くらい割り切れたら少しはこういう会も楽しめたのだろう。
「勝手に探させとけ」
「うちにも酒。くれへん?」
「自分の収納スキルで取り出せばいいだろ」
「つれへんなぁ」
文句を言いつつもルイス姉は虚空からワイングラスと酒瓶を取り出し、自分で注いでいく。こうして見てると本当に便利なスキルで羨ましくなってくる。俺の身体能力強化は戦闘でこそ輝くがルイス姉と違い、日常生活を彩るようなものではない。だからこそ少しだけ羨ましい。
「しかし武器が精神侵犯を行うなんて初めて見たで」
「俺のロストベリーは特別だからな」
「打ったのはうちやけどな」
「それだけは本当に感謝してる」
「他にも感謝することたくさんあるやろ」
飲んでいた酒瓶が空になる。それを察したルイス姉が俺に酒瓶を渡すように手を差し出す。俺はルイス姉の言葉に甘えて酒瓶を渡すと、それは跡形も無く消えた。本当に収納のスキルは便利だ。こんな使い方も出来るならゴミ箱いらずではないか。もしも欲しいスキルを聞かれる機会があれば、迷うことなく収納スキルと答えよう。
「そういえば貴族から縁談も色々と持ちかけられたんやろ。何人か味見くらいならしてもええんちゃう?」
「味見って……」
「貴族の娘やし容姿だけはそれなりに整っとるやろ。まぁ中身はつまらへんのばっかやろうし、婚約する価値はあらへんと思うけどな」
「普通に大問題になるだろ」
「うちの名前出せばええやろ。そしたらみんな泣き寝入りしてくれるで」
ルイス姉はたまに俺がドン引きするほど黒いことを言う。人を人と見ていないような発言が飛び出すからヒヤヒヤしてしまう。
「そういうのは興味ねぇよ」
「さすがに性欲が死にすぎやろ。それはそれで不健全やと思うで」
「知るか。どいつもこいつも好みじゃねぇんだよ」
顔は整ってるなと思う人もいるし、世間一般では可愛いと思う容姿の人も見てきた。しかしそういうことをしたいという欲は湧いてこない。俺の目にはそれは魅力的に見えなかった。俺が異世界に来て異性として魅力的だと思った相手は2人しかいない。その1人は目の前にいるルイス姉。ルイス姉は容姿だけは本当に可愛いのだ。初めて見たときは目が離せなくなるほどに魅力的に見てた。もっとも中身がルイス姉で分かると同時に邪な感情は全て吹き飛んでしまったわけだが。
そしてもう1人はメイ。実は俺は最初にメイと会った時から少しだけ惹かれていた。容姿は子どもそのものだ。それなのに内面は子どもとはかけ離れたもの。大人すら絶句するほどの現実主義で誰よりも賢い。
「……ロリコン」
「うるせぇ」
見た目が幼そうなほど好き。それは否定しない。だけど子どもを恋愛対象として見ることは出来ない。そんな気は当然ながら湧かない。しかし中身が子どもではないならば話は大きく変わる。それは見た目が幼いだけの大人だ。そういう人が好きなのだ。
「薄い尻に平らな胸。そんで自分の半分くらいの背丈しかない娘。それがカオリの好みやもんな。カオリの買うエロゲはそういう子がメインヒロインのもんばっかやもんな」
「なんで知ってるんだよ。ていうかセクハラだろ」
「セクハラ言うけど、知られる方が悪いで。まぁうちはなんでも知っとるけどな」
冗談に聞こえないから怖い。俺の性癖に限らずルイス姉は言葉通りなんでも知っている。そう思わせるだけの実績があるのだ。彼女が言う冗談は冗談にならず、脅しとしかならない。
「ルイス姉を相手にして隠し通せるなんて思ってねぇけど、気付いても言わない配慮くらいしてもいいんじゃないか?」
「嫌や。今のうちは機嫌が悪いから少しからかいたいねん」
「ほんと性格が最悪だよ」
「せや。それとカオリに1つ言わへんといけないことがあるんよ」
ルイス姉が唐突に思い出したように言う。空気感からして重い話ではないのだろう。俺はさっさと話せと言わんばかりに会話の主導権をルイス姉へと譲る。
「うちな。正式に公爵になりそうやわ」
「だろうな。ルイス姉で公爵になれないなら誰がなるんだよって話だよ」
この総力戦で重機関銃を見せて兵力を知らしめた。個人の戦闘力も精神侵犯を行使出来るほどに高い。それだけに飽き足らず個人で経済報復すら可能にする財力とインフラを兼ね備えた存在。誰がどう見ても個人で国家転覆が可能だ。選ばれない方が不自然だ。
「せやからカオリの立場も上がるで」
「……たしかに」
聖女は誰もが知る有名人であり、恐れられている。しかし同時に聖女は爵位を持たない平民である。そのため貴族という観点だけで見れば貴族は最底辺と言わざるを得ない。その図式が正式に公爵として認められたことで大きく変わるのだ。どの観点から見てもルイス姉の方が上という状況になってしまうのだ。
「断りたかったんやけど、さすがにこの国の公爵認定は避けられへん」
「だろうな」
この国では個人で国家転覆が可能な存在に公爵が与えられる。公爵は爵位であると同時に国が脅威として認めた証でもある。周囲にこの人は危険であると知らしめるのが公爵という爵位なのだ。熊がどんなに危険じゃないとアピールしようが、危険という肩書きからは逃れられない。それと同じ理屈で公爵からは降りられない。公爵を受け取らないというのは不満があるから敵対すると公言するに等しい。
公爵にはなんの義務も責務も背負わされることがない。だからこそ断る理由がない。それ故に断ることが敵対に直結する。公爵になるのは危害を加えませんと宣言するようなもの。建前でもそう言えない存在を国家は認めない。受け取ることに一切のデメリットが存在しないからこそ、受け取らないという逃げ道が塞がれている。
特権と自由を差し出し、あなたの存在を認めますので平和にやってきましょうと提案に"んー拒否する"で返してしまうのは話し合う余地が一切なく、戦争を希望すると受け取られるのだ。だからエルフ領で爵位を拒み続け、平民に居座り続けたルイス姉であろうとも公爵の爵位は受け取るしかない。
「……カオリはまだ英雄になりたいん?」
ルイス姉が俺に問いかける。この一連の騒動の発端は俺の英雄願望だった。あの熱に浮かされて始まった物語だった。そして最後には熱を感じられなくなって終わった。
もちろんルイス姉に思うことはあるが、あの時に覚えた憎悪にも等しい感情は消えた。エメラルドを倒したことで満足してしまったのだ。そしてルイス姉を超えたところで俺が望むものは手に入らないのもわかった。なにがなんでも喰いたいという思いは衝動は既に消えていた。
「いいや。もう興味ないな」
「そっか」
この戦いは俺にとって大きな転換点だった。エメラルドと戦う前に色々なことを考えた。英雄になりたいだけじゃない。どうすれば勝てるのかっていうのも必死に考えた。
エメラルドのことも考えたし、仲間である異端審問官のことも考えた。俺が負けた時のこともルイス姉のことも考えた。その経験が俺の視野を広げた。英雄とは違う在り方を無意識で意識したのだろう。英雄以外の道を知ったからこそ純粋に称賛を喜べない。あのような称賛で満足したくないと思った。あそこで終わりたくないと思った。だから俺は満足できなかったのだと思う。
俺は1人でエメラルドを倒せなかった。だから俺自身が自分を認めない。俺自身が認めてない状態で浴びる称賛はいらない。それに気づかせてくれたきっかけをくれたのがルイス姉だ。ルイス姉が俺に喧嘩を売らなければ俺の可能性は潰えていた。
「ルイス姉……ありがとな」
「ええよ。姉として当然のことをしただけやし」
俺は心の底から感謝する。この機会を与えてくれたルイス姉に感謝した。
そうして俺達の姉弟喧嘩は幕を閉じた。
「ただカオリ。異端審問官は続けられへんかもな」
「え?」
「うちがどうこうする気はあらへんよ。ただ今後はモモが本格的に政治に絡むことになるで」
総力戦を終えた。しかしこのまま異端審問官としての日常に戻れるわけではない。俺達はメイからモモへの親書の受け渡しという仕事を任されている。
「うちらはこれから政治の最前線で動く。それもヤミ国と魔族とエルフの三者が交わる大混乱の舞台。しばらくしたら異端審問官としての仕事は出来へん」
聖女と魔王。両者の身内である俺が関わらないわけにはいかない。それこそ異端審問官の仕事をさせておくような状況ではなくなっているということだろう。これからは国を挙げた本格的な戦いになる。それは武力をぶつけ合う戦争かもしれないし、互いに牽制し合う政争……最悪の場合は冷戦かもしれない。
魔王モモに意見できるという立場が俺に異端審問官で止まることを許さない。
「少なくとも異端審問官としての仕事は今回の総力戦が最後やと思うで。ちゃんとなにが起きてもええように備えといてな」
「わかった」
「それにカオリが目指す先……メイの隣という肩書きに異端審問官じゃ足りへん。もっと上を取らへんとな」
「上?」
「そんなの――公爵しかあらへんやろ」
俺は先に進むと決めてしまった。それ故に異端審問官のままでいるわけにはいかない。もっと上に行かなければメイと釣り合わない。だから俺は上を目指さなければならない。
「望む未来は待ってても来えへんよ。自分で貪欲に掴みにいかへんとだめやで」
それだけ言うとルイス姉は欠伸をしながらどこかへと行ってしまった。
静かに風が吹く。この生活の終わりを告げるかのような風が。