悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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53話 慌ただしい日々は過ぎ去って

 

 時間の流れは早いものだ。既に総力戦が終わってから月日は流れ、まもなく年末に差し掛かろうとしている。あれから特になにか起きるわけでもなく、異端審問官としての仕事を消化する日々。そして今日もいつも通り異端審問官の仕事だ。

 

「ヒャッハー! 俺様の最強スキル"スーパー剣術"を見せてやるぜ!」

 

 深夜。大通りで酔っ払いが暴れていると緊急の通報が入った。そして現在は人手が足りておらず、緊急対応として異端審問官である俺が駆り出されることになった。

 

 今日は城に多くの貴族が集まり、メイの誕生日会が開かれている。そちらの護衛に人が当てられてるせいで見回りしてる兵も少なくなっており、異端審問官まで仕事が回ってくる。

 

 俺は眠い目をこすりながら赤いモヒカン頭の男に視線を向ける。モヒカン男は虹色に光る剣を自慢気に掲げて振り回していた。それこそゲーミングソードとでも表現が相応しいような派手な剣。

 

 正直言って意味が分からない。剣を光らせるなど隠密性を殺し、無駄に目立つだけではないか。曲芸ならまだしも実戦で使うようなものとは到底思えない。俺はそんなことを考えながら竹刀を抜く。

 

 基本的に仕事でロストベリーを使うことは稀だ。荒事の大半は殺害ではなく捕縛が求められる。ロストベリーでは少し威力が高すぎて殺してしまう。だから獣が相手でもなければ竹刀を使うことが大半となる。

 

「これで天下は俺のも……」

「仕事を増やすなよ」

 

 竹刀を抜くと同時に踏み込んで駆け出す。障害物を避け、音を置き去りにして男との距離を詰めていく。男は俺の接近に気づき、戦闘に入ろうとするが遅い。剣を振り上げるよりも俺の振りの方が速い。

 

「ぐへべばぼっ」

 

 竹刀で一気に払い除けて吹き飛ばして仕事を終える。俺は痙攣(けいれん)してるモヒカン男を見て少し憂鬱になった。別にこいつに同情したわけではない。

 単純にこの後の仕事のことを考えて憂鬱になったのだ。これからこいつを縛り上げて中央教会に連行。そこで事情を話して身柄を引き渡す。そのあとに報告書の作成。それこそ現場に訪れた時には酔っ払いなんていませんでした。虚偽通報でしたと言いたくなる程度には面倒くさい。

 

「そもそもこの程度は軍が対応しろよ。こんなことまで異端審問官がやってたらキリがねぇだろ」

 

 星空の下でぼやく。せっかく仕事が一段落したと思ったのにこれだ。軍も教会も困ったことがあれば、なんでもかんでも異端審問官に回せばいいと思ってる節があるからタチが悪い。そもそも異端審問官は俺を含めて7名。明らかに人数が足りていない。しかもルカはメイの護衛したり、常人離れした脚力を頼られて伝書鳩の真似事を任されたりする関係上で政治の仕事をすることはあっても、異端審問官の仕事をするのは稀だ。

 

「はぁ……」

 

 ため息を漏らす。俺もメイの誕生日会には行きたかった。しかしメイに来るなと強く強く拒否されたので、こうして悲しくて仕事をしてるわけだ。異端審問官としても名が知れ、聖女の弟という地位もある。立場的にも出席で問題ないと思うわけだが、いったいなにが駄目だったのか。

 そんなことを考えながらモヒカン男の受け渡しを終え、職務室へと戻る。職務室では珍しいことにルカが詰めており、暇を持て余していた。

 

「ただの酔っ払い対処がそんなに面倒だった?」

「世間はクリスマスだって言うのに俺は1人でなにをやってるんだろうなと思っただけだよ」

 

 今日は12月25日。日本では恋人の日と揶揄(やゆ)されている日だ。それなのに俺はメイから除け者にされて仕事である。その現実にはため息を漏らしたくもなるだろう。もっともそのことをルカに分かってもらおうというのも酷な話か。

 

「クリスマス? なにそれ?」

「俺の故郷であった行事だよ」

「へぇー」

「まぁ宗教行事だし、ここじゃ異端扱いだろうけどな」

 

 何気にメイはクリスマス生まれである。もっともだからどうというわけでもないし、この世界にクリスマスの概念がない以上は気にする人もいないだろうが。

 

「なぁスーパー剣術ってなんだと思う?」

「なにそれ?」

「さっき対応した酔っ払いが持っていたスキル」

 

 結局のところスキルを使われる前に無力化してしまったので詳細は不明。だが剣術ではなく、スーパー剣術と言われてしまうとなにがスーパーなのか気になってしまう。普通の剣術とどこが違うのだろうか。

 

「スーパー剣術は凄いんだよ。普通の剣術と違って使うと剣が光るんよ」

「へぇー。だから剣が光ってたのか……もしかして、それだけ?」

「うん」

「しょーもな」

 

 まぁ光るのは強いか。閃光みたいな目眩ましになるわけだし、あって腐るものではない。しかしスーパーと言うほどのものではない気がする。なんていうかスーパー剣術という大層な名前で光るだけというのは肩透かしを食らう。あと冷静になった考えると非常に馬鹿っぽく思えてくる。それにただ光るだけならまだしもゲーミング発光なのが解せない。

 

「そもそも剣術とか槍術みたいな武術系のスキルってどうなの?」

「大外れでしょ」

「てっきり剣がめちゃくちゃ強くなるとかだと思ったけど……」

「大体普通の人が3年分素振りしたくらいの経験値がスキルを獲得した瞬間に得られる。そんなスキルだよ」

「それって強くないか?」

「でも5年修行した人には勝てないし、才能がある人にも勝てない。まぁ素人が護身用として手に入れるなら便利だけど……それ止まりだよね」

 

 裏を返せば3年でも成果が出ないような才能無しには完全な死にスキル。なんていうか剣術を得られるというよりはその場で経験値を得られるようなイメージだ。技量があっても呼吸や間合いの取り方も身についていない。それがどこまでやれるのかって話だ。

 

 ただ強者であれば恩恵も少ないだろうな。ゲームで考えるならばレベル1に経験値を1万ぶちこんだら、レベル20まで上がって強くなる。しかしレベル80に1万の経験値を入れても大して上がることはないだろう。その感覚で考えるならば非常に微妙なスキルと思わざるを得ない。

 

「結局のところ武術系のスキルはただの時間短縮。それなら出来ることが増えるスキルの方が強いよ」

「たしかに」

「でもスーパー剣術は凄いよ。だって剣が光るんだもん! 虹色に発光するんだよ!」

 

 もうスーパー剣術という名前を捨ててゲーミング剣術にでも名前を変えた方がいいだろう。ていうか冷静に考えれば虹色発光なら閃光としても使えそうにない。本当にどこがスーパーなんだ。それこそルカが茶化すレベルでの外れスキルだ。

 

「ちなみにスーパーの上にアルティメット剣術っていうのもあるらしいよ。私も文献資料でしか見たことがないけどね」

「へぇ。今度はどうなるんだ?」

「剣を振ったり抜いたりする度に格好良い音がなるよ!」

「……いらねぇだろ」

 

 心の底からそう思った。あまりに馬鹿馬鹿しい。上位になる度にどんどん実用性が落ちている気がしてならない。本当にこんなのスキルが発生してしまったら気の毒で仕方ない。

 

「でもアルティメット剣術はみんなの憧れなんだよ?」

「どうして?」

「大衆小説"アルティメット剣術に目覚めた俺。そのチートスキルで世界征服して美少女ハーレム作ります!"が大ヒットしたからね」

「ほんとしょーもないな。ていうかどうしてこっちの世界もなろう系に侵食されてるんだよ」

「なろう系がなんなのか知らないけど意外と面白いよ。名前から想像できないくらい泥臭い熱い展開だし、この外れスキルで成り上がってく様が応援したくなるんだよ」

 

 しかし小説の題材にされるくらいの外れスキルってことではないか。もし異世界に来て、こんなスキルが芽生えていたら目も当てられなかった。それこそ絶望して数日は確実に寝込んでいたと断言できる。

 

「それにしても宗教色の強いこの国でよくこんな創作が許されたな」

 

 宗教国家で創作の発展は難しい。それは宗教で色々とタブーがあるからというのもあるが、それ以上に正解が最初から決まっているという側面の方が強いからだ。聖書に書かれている以外の解釈は認められない。例えばボウショク教ならば"個人の幸福追求権"が根幹に置かれている。そのため創作であろうが"個人での幸せを追い求めると破滅する"みたいなテーマの小説でも書こうものならば異端とされてもおかしくない。

 

 その環境が表現を萎縮(いしゅく)させ、そのようなものは生まれないだろうと心の何処かで思っていた。

 

「所詮は創作だし、そこまで目くじらを立てる必要なくない? それにボウショク教の教えは指標であって義務じゃないからね」

「なるほどね」

「この国の創作文化は聖女ルイスが昔からメイ第二王女様と連携して、力を入れてるから強いよ」

 

 まぁルイス姉とメイが関与してるなら、そこら辺は対策済みというわけだろう。2人なら俺が懸念する問題点くらいは気づいてるし、既に潰してるはずだ。

 

「それはそうと最近は少し治安が悪くないか?」

 

 話を切り替え、俺がちょっと気になっていたことをそれとなく聞く。最近の王都は俺達が忙しくなるくらいに治安が悪化している。特に思い当たる節もないため少しだけ不安を覚えた。

 

「降臨祭が近づいてるからね。地方から多くの人が王都に来てる影響だよ」

「あーそういうこと」

 

 ルカの一言で全てが腑に落ちた。そこを考慮していなかった自分が少しだけ恥ずかしくなる。降臨祭というは年明けから5日ほど開催されるボウショク教でもっとも大きな祭りだ。そのため地方から多くの人が王都に集まるのだ。そして人が増えれば当然ながら、それだけ治安も悪化する。当然の帰結だ。それこそ降臨祭の前後1週間は当然のように強制で夜勤が入るくらいには忙しくなる。

 

 今年の降臨祭で行われる大きなイベントは珍しいことに2つ。1つ目は毎年恒例のボウショク様の降臨。この国で崇められてる神様が実際に現れ、神の力で不治の病や欠損した部位を治癒したりするそうだ。

 それとこれは完全に余談だがメイの治癒はボウショク様の力を借り受けたものとして扱われている。そのためメイは第二王女であると同時にボウショク教の巫女様のような立ち位置でもあったのだ。

 

 そして2つ目は聖女ルイスの公爵授与式。なにせ降臨祭はヤミ国最大の行事であり、多くの貴族も集まる。それ故に遠方の貴族達の負担を減らすべく、降臨祭と同時に開催してしまおうという流れになったそうだ。特に後者のせいで普段では降臨祭に興味を示さない層も多く訪れるだろう。なにせルイス姉は顔だけは非常に良い。だから一目見たいというアイドル的な人気もあるのだ。そのせいでいつも以上に忙しい。

 

「これからもっと忙しくなるし、気張っていこうね」

 

 * * *

 

 カオリは私が勧めた大衆小説に読み(ふけ)っている。お前は報告書の仕事があるだろとツッコミを入れたくなるが、まぁ彼は優秀だしどうにかなるのだろう。それにどうにかならなかったとしても、メイはカオリにはゲロ甘なので許されてしまうのだろう。

 

「ふぅ……」

 

 そんなカオリを横目で見ながら蜂蜜を溶かした甘いミルクを口に運ぶ。異端審問官の仕事はいつも以上に忙しいが、平和だ。

 カオリが異世界に来てから私が見える範囲の世界は平和になった。 それこそは私の出番がないくらいには平和だ。

 

 グループ国を落として人間領は統一。聖女ルイスが帰化したことで私が頑張る必要もなくなった。敵はいないのに味方は強い。そりゃ平和になるに決まってる。

 

「こんな時間がずっと続けばいいのにな」

 

 私の傍には常に敵がいた。敵がいない環境に違和感を覚えてしまうほどに、私は地獄に慣れ親しんでいる。

 私の望んでいた平和。でも心にポッカリと穴の空いたような虚しさを覚える。この平和がいらないわけじゃない。だけどこんな平和より昔の方が良かったと心のどこかで思う。

 

「……会いたいよ。カミーラ」

 

 ふと言葉が無意識に漏れる。今の私は幸せなはずだ。

 美味しいものを毎日のように食べられる。お洒落をするくらいの余裕がある生活。私を気に掛けてくれる人もいる。私を慕ってくれてる後輩もいる。まさしく幸せそのもの。でも一番いてほしい人だけがいない。それが心に大きな穴を空ける。

 

 私は彼のいない天国よりも彼といる地獄の方が心地良かった。天国に来て初めて、そのことを自覚する。この天国にいるから失ったことに気づいてしまう。もう二度と戻らないことに気づいてしまう。

 

 蓋が外れたように、色々な感情が溢れてくる。もう終わったはずなのに未練が私の中に少しだけ残ってる。

 

 この天国が息苦しい。全てが満たされて不満がない。だから私の記憶の中からカミーラが薄れていくんじゃないかと不安を覚えてしまう。忘れたくないという想いすら消えそうになる。それが嫌だった。

 

 今はまだカミーラへの想いが溢れて苦しい。だけどそれはいつまで続くのか分からない。それを無くしてしまうのが怖い。

 

「カオリ。少しだけ散歩行ってくるね」

「ああ」

 

 私は職務室を後にする。そして夜の街を目的もなく歩きながら回想に(ふけ)る。自分の魂に刻むように過去を思い出していく。

 

 カミーラと私の物語を。誰も救われない地獄のような陰鬱な物語を。





 これで2章は終わりとなります!
 そして3章は全てルカの回想となります。プロローグ部分含めて全21話の大体10万文字となっています。もちろん「さっさとカオリの話を見せてくれ。本編を進めてくれ」と考える方も大変多いと思います。私もそう思う側なので痛いほど気持ちはわかります。そのため本来でしたら3章は一気に投稿して読む時間を考慮した上で来週から4章といく予定だったのですが、最近は私の生活環境が一変したのもあり、思ってた以上に執筆の時間が取れていません。

 そのため4章をまだ書き終えていませんので……どうかご勘弁ください。それこそ少しの休載くらいに思っていただけると嬉しく思います。
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