悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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3章 戦乙女の追想曲
Ep0-悲劇のプロローグ


 今から8年くらい前に私は数千年の眠りから目を覚ました。

 硬い岩肌と冷えた空気。恐らく場所は洞窟だろう。

 

 生を実感して私は少しだけ絶望する。まだ終われないのかと。

 

 私は復讐のために私を好きだと叫ぶ青年の声も無視して1人で突っ走った。私の仇は魔王に仕える四天王の1人だった。もちろん諸悪の根源は魔王だし、魔王も殺すつもりだった。

 そのためだけに全てを捧げた。だけど仇であった四天王は討てど魔王は倒せなかった。私が目を覚ました時には全て終わっていた。

 

 私が残した戦果といえば四天王の首2つだけ。それだけで下半身と右半分を失い、そのまま力尽きた。私の復讐は途中で終わった。私の全てを捧げても全ての元凶である魔王には遠く及ばなかった。私はなにもできなかった。私の人生など無意味だった。

 

 ただ死を待つだけの敗北者。そんな私を誰かが冷凍保存して命を繋いだ。その結果として私は死ぬに死ねなかった。ずっと終わらないような夢を見てるようだった。光届かぬ水の中で時間の感覚すら分からず、ただそこにいるだけのような感覚。生きてるのか死んでるのかすら分からなかった。それどころか思考すらろくにできない。いま生きてる場所が本当に現世なのか死後の世界なのかすら分からない。

 

「ルカ。ようやく目が覚めたのですね」

 

 青い髪の幼女が私に声をかける。ずっと私を気にかけてくれた人。最後まで私の傍にいて、誰よりも信頼できる人。きっと彼女は私が目を覚ますまでずっと待ってくれていたのだろう。

 

「……無事に生きていて安心しました」

「ねぇメイ。世界はどうなったの?」

「見てみますか?」

 

◆ ◆ ◆

 

 それから私は平和になった世界を1人で旅をした。失った体はメイに治療してもらったおかげで元通りとなった。

 そんな世界で私を好きだと叫んだ(カミーラ)は宣言通りに魔王を倒したと聞いた。きっと彼の望んだ平和な世界が目の前にあるのだろうと思っていた。

 

 旅をしながら今度は普通の女の子として生きたい。心の底からそう思った。

 もう痛いのも苦しいのも嫌だ。誰かを失うことも嫌だ。ただ人並みの幸せが欲しい。それが叶うならばなんだっていい。

 

 だけどそれは叶わなかった。どうやら私みたいなやつは幸せになる権利がないらしい。それを世界は認めないみたいだ。だって私は罪人だから。

 

「……そっか」

 

 こないだの話。私に良くしてくれた人たちが死んだ。魔王との戦争が終わっても世界は平和になんかならない。人は当たり前のように死んでいく。

 領土や資源を求めて国同士が戦争をする。魔王のいた頃と変わったのは規模だけで本質はなにも変わらない。

 

「畜生。殺してやる……レッド帝国の連中なんて……」

 

 残された子供が墓の前で泣き叫ぶ。私の知人の子供だ。その知人は戦争で死んだ。もしも私が動けば結果は変わっていただろう。人間の兵数千人くらいなら数秒もあれば軽く滅ぼせる。色々な言い訳をして戦わなかったことを少し後悔する。私はもう戦いなんてしたくなかった。戦えば折角手に入れた血が流れない生活が崩れてしまうと思ったから。

 

 だけど違った。私が戦わずとも血は自然と流れていく。不幸はそこら中に溢れてる。

 

「やめなよ。復讐なんか」

「綺麗事を!」

「君のお母さんはそんなこと望まないから」

「知ったようなことを言うな!」

 

 私は復讐した。その結果として後悔した。別に殺したことに後悔したわけじゃない。ただ復讐したことを後悔した。復讐なんていう時間の無駄遣いをきっと彼の母親は望まないだろう。

 

「だって事実じゃん」

 

 人は口を揃えて復讐は前に進むために必要だとか復讐はしたらスッキリするとか叫ぶ。だけど復讐なんかしたことで前に進めるようになるわけでもないし、スッキリもしない。復讐の先にあるのは虚しさだけ。なぜそんなことが言えるのかって? そんなのは私がそうだったから。

 こんなにつまらなくてなにも残らないものに人生費やしたなんて馬鹿みたいと私は本気で思った。結局のところ奪われた時点で終わりだ。復讐なんてなにも生まない。ただの暴力でマイナスはプラスに転じない。

 

「まぁ好きにしたらいいんじゃないかな」

 

 もし大切な人を奪われたらどうすればいいのかと聞かれたら私は無理矢理でも笑顔を作り、自分を誤魔化して感情に蓋をして普通に生きていけばいいと答える。そっちの方がよっぽど有意義だ。もしそれが出来ないと駄駄を捏ねるならば私は次に自殺を勧める。いつまでも引きずるようなら奪われた時点でマイナスしかない人生なんだからさっさと降りた方が利口。冷たいようだけどそれが現実だ。

 

 だから本来は復讐なんてことになる前に悪い芽は摘まなくちゃならない。

 

「ぶっ殺してやるより先に"復讐"なんて世間体を気にした言葉が出てくる時点で向いてないと思うけどね」

 

 私はそれだけ言い残し、その場を後にした。私の大切な人を奪ったレッド帝国についてはムカつく。私は基本的に復讐は嫌いだ。だけど最近気づいたことがある。私は復讐そのものではなく復讐という言葉が嫌いなのだ。復讐なんて格好つけて言うからこそ人は復讐という行為に希望を持ってしまう。

 

 本当に殺したいならば復讐なんて飾った言葉はいらない。シンプルに殺したいから殺すで事足りる。私は二度と復讐なんかしない。大切な人が奪われても復讐に走ることは絶対にない。しかし犯人は殺す。ただその気持ちはゴキブリを叩き潰すのとなにも変わらない。憎いから殺すのではない。視界にいれたくないから殺すのだ。

 

 虫を殺すのに復讐なんて大袈裟に騒ぐ輩がいないのと同じ理屈。だから私は今さっき村を焼いたレッド帝国の兵士数百人を一人残らず、殺してきた。そうしたいと思ったから。あいつらが生きてるのが心の底から気持ち悪いと思ったから。

 

「それで気が済みましたか?」

「はい」

 

 私を起こし、体を完全に治してくれた方の元に顔をだす。約1年半の旅だった。この旅で分かったことは魔王が討伐された後も平和なんて存在しないということ。どこもかしこも戦争ばかり。そのおかげで決心がついた。

 

「メイ」

「なんですか?」

「もしも貴方の言うとおりに動けば世界は本当に平和になる?」

「いいえ。全てが私の手で完全に管理され、大規模な戦争や内乱が起きづらくなるだけです。誰も死なない世界にも憎しみが存在しない世界にもならない」

 

 その答えを聞いて安心する。飾らない言葉を使うからこそ信用できた。彼女ならば私は使われてもいいと思えた。彼女に任せるのが恐らく一番マシだ。どうせ私が私の思うままに動いても世界は良くならない。

 

「そのために私が必要なの?」

「はい。ルカには数十万の死体を積んでもらうことになりますし……」

「うん。いいよ。あなたの道に私の力が必要なら自由に使いなよ。言われたことはなんでもするよ。国どころか全世界を相手にしてもいい。どうせ私が勝つし」

 

 いまさら殺しに抵抗なんてない。もう死を待つだけの身だ。少しでも世界のためになるならば自由に使ってくれ。それこそ歴史に名を残す大悪党になろうとも構わない。私は道具でしかない。これは私という罪人に課せられた贖罪だ。贖罪のために私は道具として人を殺す。そのために死体を積む。私が罪人だからやらなければならない。

 

「でも1つだけお願い」

「どうぞ」

「――」

 

 そうして私はヤミ国の誇る最高戦力の一角になった。それから私はヤミ国の名を背負い、多くの国と戦争をした。この時代の人は私の敵ではなかった。数万の兵も指を弾くだけで全てが消し飛ぶ。王都ですら私が単身で乗り込み、そのまま制圧することも簡単だった。戦争を通じて魔王の時代から明確な脅威が消え、人の戦闘力が劣化してるのが肌で感じられた。

 

 しかし私が今回語りたいのはそんな弱い者いじめの話ではない。ただ私が個人で無双して戦争終わらせてヤミ国が人間領を統一しましたなんていう話は語る気はない。私TUEEEなんて話はもう散々してきた。今さら誰も求めないだろう。それに私の大切な記憶じゃない。だってそこにカミーラはいないのだから。

 

 これから話すのはもっと昔の話。

 私ことルカ・エリアスが四天王と相打ちになるまでの話。ただ愚かな女が復讐の末に全て失っただけの話。その重く苦しく救いの欠片もない話。

 誰も幸せにならない地獄のような話をしよう。死と悪意が蔓延する地獄の話を。

 これは私が魔王に負けた話だ。そして私が魔王を殺さなければならない理由の話であり、魔王は必ず倒さなければならない敵であるという話。そしてどこまでも重々しくて、陰鬱で救いがない暗い話。

 

 ……でも、それは私にとって大切な記憶だ。

 

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