悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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3章は独立した話なため、話数表記が◯話ではなく全てEp◯となっています


Ep1-お姫様は復讐の道を選ぶ

 

 私は巨人族のお姫様として生まれた。

 巨人族なのに他種族と大して大きさの変わらない異形児だった。それなのに周りの人たちにたくさん愛してもらった。とても大切に育ててもらった。当時はそんな生活がいつまでも続くと思ってた。幸せはいつまでも続くと信じていた。

 

「……いらない」

 

 周りから羨ましがられた綺麗な桜色の髪。それをばっさりとナイフで切り落とす。理由は単純に戦いの場で長い髪は邪魔だから。

 

「絶対に殺してやる」

 

 私の国は一夜にして滅びた。魔王が攻めてきたとか人間の軍隊が戦争を仕掛けたとかではない。たった1人の反乱によって全員が殺された。

 

 国を滅ぼしたのは私のお兄ちゃん。もちろん私としては優しかったお兄ちゃんがこんなことをするなんて信じられなかった。私はお兄ちゃんになぜと問いかけた。

 

「巨人族を皆殺しにすれば魔王様が八将に入れてくれると言ったからだ」

 

 当時の私は難しいことはよく分からなかった。だけど子供ながらに純粋に『どうしてそんなことのために』と思った。それから私の心は憤怒に支配された。私はお兄ちゃんへの復讐のために生きると誓った。

 

「お父さん……お母さん。お兄ちゃんを殺したらすぐに私もそっちに行くから待っててね」

 

 お父さんやお母さんの死体をそのままにして私は国を出る。本当ならきちんと弔ってあげたかった。だけど私の背丈では遺体を運ぶことすら出来ないし、数十メートルもある家族の遺体を埋められるほどの穴を掘る体力もなかった。私には死者を弔うことすら許されなかった。

 

「ねぇこの宝石。いくらで売れる?」

「偽物だな。こりゃ銀貨……」

 

 家を出る時に宝物庫から宝石類をくすねてきた。幸いにも80キロ程度までなら入る亜空間直結の収納袋があったため持ち運びには困らなかった。

 

「ふざけないで」

「ひっ!」

 

 私は店主にナイフを突き立てる。腐っても国の宝物庫にあった宝。銀貨数枚のわけがない。そんなの子供の私でもわかる。

 

「次に舐めたことしたら殺して野犬の餌にしてやる」

「ガキが調子に乗りやがって!」

 

 襲いかかってきた店主を返り討ちにする。いくら異形児の子供といえど腐っても巨人族。たかが人間に遅れを取るわけがない。私は宝石類を全て置き、少なくない額のお金を頂戴してその場を後にした。

 

「さてと」

 

 いつも通り、灰色の雲しか存在しない空を眺めながら今後について考える。14年前に突如として現れた魔王。その魔王が現れると同時に青い空は奪われた。空は常に分厚い雲が覆っている。そして私は青い空という存在を知らない。この目で見たことがない。今じゃ空が青いというのはおとぎ話だ。

 

 今の私には行くあてもなければ肩書きもない。服装なんて革のブーツと手袋に薄汚れた緑のワンピースと風よけの黒いマントというおしゃれさの欠片もなければ気品すら感じさせないもの。でもそれでいい。幸いにも目的だけはある。お兄ちゃんを殺す。お兄ちゃんに復讐する。それだけで充分だった。戦いに可愛さなんていらない。

 

 お兄ちゃんは巨人族の中でも指折りの実力者。それに対して私は剣も握ったことがない温室育ちのお姫様だ。お兄ちゃんを殺したくても物理的に殺せない。

 

 だから私は草木の生い茂る山に篭ってひたすら剣を振った。川の近くにあった使われてない古屋を拠点にひたすら素振りをした。喉が渇けば(にご)った川の水を飲み、腹が減ったらそこらの獣を食べる。本当は焼きたかったけど、火の起こし方なんてわからないから生で食べた。まずかったけどどうでもいい。

 

 暇さえあれば剣を振った。吹雪の日もひたすらに振った。風邪を引こうがお構いなしに振った。嵐だろうが関係なく振った。しかし半年もしたら無駄なことに気づいた。別に素振りが無駄と思ったわけじゃない。ただ単純に気づいてしまったのだ。人間が振るような剣じゃお兄ちゃんには届かない。

 

「巨人族が相手でしたら重さが足りない……それならば戦斧なんてどうでしょうか?」

 

 山に籠り始めて数ヶ月くらい経った頃に出会った妖精さん。私の手に乗るくらいの大きさで背中に4枚の小さな羽を生やした女の子。まるで絵本に出てくる妖精さんみたいだから私は妖精さんと呼んでる。彼女の本当の正体を私は知らない。

 私はそんな妖精さんに鍛えてもらっていた。もっとも鍛えてもらうとは言っても戦い方を教えてくれるわけではない。行き詰まった時にアドバイスと怪我をした時に治療をしてくれるだけである。妖精さんは魔法でどんな怪我でも治した。手を滑らせて、戦斧を落として足を砕いても元通り。熊に襲われて顔が半分吹き飛ぼうが元通り。もちろん治す際は泣き出したくなるほど痛いけど、それは我慢だ。

 

 だから手の皮が擦れて血が出ようが気にも留めずにひたすら振った。重さに耐えきれず筋肉断裂を引き起こそうが振った。真冬の日も素振りをやめず、そのまま凍傷で指が落ちることもあった。それでも私は戦斧の素振りだけはやめなかった。

 

 どうせ怪我なんて治る。気にする必要なんてない。ただ我慢するだけでいい。私が我慢するだけで強くなれる。痛みなんて心底どうでもいい。

 

「ルカさん。基礎は充分ですし次の段階に行ってみてはいかがですか?」

「はい!」

 

 素振りを繰り返して2年が経った。歳にして12から14くらいの時だっただろうか。その頃から実戦を重ねるようになった。この時代は毎日のようにどこかしらで魔王軍との戦争が起きている。魔王は定期的に禍獣(かじゅう)という害を振りまく。それは禍々しい姿をした大樹のような化け物だ。禍獣は魔物を無作為に生み出すため、早急に倒さなければならない。だから人類は多くの犠牲を払いながら禍獣の駆除にあたる。そのせいで戦争は日常的に起こっている。

 

 私は適当な禍獣討伐戦に顔を出す。そして禍獣が生み出した魔物を戦斧で吹き飛ばしていく。いくら戦斧を振ろうが無限に湧いてくる。魔物や人の屍を踏みつけながら前に進んでいく。

 

 何度も斬られた。何度も殴られた。何度も貫かれた。九死に一生を得たことなんて数え切れないほどだ。戦場に行く度に傷が増えていく。斬られたらその場で傷を縫って、すぐに戦場に戻る。痣なんか出来ても無視。そんな無茶ばかりしてたから消えない跡になる傷がどんどん増えていった。もちろん妖精さんに治してもらうけど、すぐに治療してもらえなければ多少の跡は残る。妖精さんは戦場に来ないのだから仕方のないことだ。

 

 人は雄叫びをあげながら剣や斧を振るった。それに対して様々な獣の死体を縫い合わせ、繋ぎ合わせたような醜悪な見た目をした魔物。それが無言で人を殺していく。牙で頭を砕くこともあれば、鍵爪で腸を引き摺り出すこともある。殺し方は多種多様。そんな戦場に私はこっそりと紛れて、何食わぬ顔で横から魔物を戦斧で叩いていく。幸いにも傭兵かなにかだと思われてるため揉めることはなかった。

 

 戦場に行く。寝る。起きたら戦場に行く。ひたすらそれを繰り返していた。死に急いでるわけじゃない。戦いが好きなわけじゃない。生きていくのに必要なわけでもない。

 ただそれが強くなるために効率が良かったから戦場に足を運んだ。だから私は暇さえあれば戦場に顔を出し、敵を葬った。ただ強くなるために。お兄ちゃんに復讐する力を身につけるために。

 

 戦場から戻っても生きられたという安堵もない。殺してしまったという罪悪感もない。血が見れて嬉しいなんて感情は当然ながらあるわけがない。

 あるのは反省だけだ。今の動きは無駄が多い。もっと簡略化した方が効率が良い。そんなことしか考えられない。私にとって戦争は鍛錬の一端でしかなかった。

 

「ひゃひゃ! 美味そうな女!」

 

 いつものように戦場を駆けずり回ってる時だった。私は魔族と出会った。それと会敵(かいてき)したのは赤茶色の土が印象的な荒野だった。いつもと変わらない灰色の空の下で互いに武器を振るう。"それ"は魔物とは比べ物にならないほどに強かった。

 

「ねぇねぇ名前は? 腕折ったら、どんな鳴き声を聞かせてくれる?」

「――っ!」

 

 相手は魔王直属の配下である八将の一角であるショウ。正直言って今までに戦った誰よりも強かった。一瞬でも気を抜けば死ぬと直感で理解出来る。必死に戦斧を振るった。無我夢中だった。

 ひたすら反射で敵の攻撃を受けていく。しかし全ては捌けきれずに鉤爪で貫かれて、身体に穴が空く。痛みで気がおかしくなりそうだ。今すぐにでも叫び出したい。

 

 だけどここは戦場。そんなことしても事態は好転しない。叫ぶ暇があるなら武器を振るえ。泣く暇があるなら思考を回せ。私の心も身体も全部どうでもいい。こいつは敵だ。私が殺さなければならない。こいつだけはなんとしてでも殺す。殺せ。

 

「か、怪物……が……」

 

 やがてショウが倒れた。最後まで立っていたのは私の方だった。最後に勝負を分けたのは執念だったと思う。私はショウの死亡を確認すると同時に倒れ込む。

 流れる血が止まらない。脇腹から臓物が溢れ落ちそうになるのを必死に抑える。緊張が解けたことで意識が朦朧(もうろう)としてくる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私はショウに言葉を返す余裕もないほどに追い詰められた。息を吐くのがやっと。このまま眠って楽になりたいとすら思った。だけどお兄ちゃんへの憎しみが私の意識を繋ぎ止める。ここで死ぬなと私の憤怒が鼓舞する。

 

「まだ……だめ!」

 

 なけなしの力を振り絞り、ポケットから針と糸を出す。臓物を押し込んで、乱雑に脇腹の傷を縫っていく。ここで死ぬわけにはいかない。針で肉を突き刺す。痛みを必死で堪え、傷を塞いでいく。痛い。痛い。痛い。

 

「まだ……お兄ちゃんを……殺してない」

 

 傷口を縫い終えると同時に立ち上がる。血を失いすぎたせいでフラフラする。でも休む暇はない。ここは戦場だ。こんなところに戦えもしないやつがいれば確実に殺される。今はここから離れなければならない。生きなきゃお兄ちゃんへの復讐も果たせない。

 

「あ……れ?」

 

 体から力が抜けた。体が言うことを聞かない。嫌でも察してしまう。もうダメだ。私はここで終わりなんだと。私はもう死ぬんだと。

 

「ああ……そっか……」

 

 生きたかったわけじゃない。ただお兄ちゃんの首に刃を突き立てるまで死にたくなかっただけ。こんな途中で終わりたくなかった。

 

「おい! 死ぬな!」

 

 誰かが駆け寄って私に声をかけてきた。口の中に苦い液体が流し込まれる。少しだけ呼吸が楽になる。朦朧とする意識の中で、視覚が捉えたのは金髪で私より少し年上の若い男の人。

 

「ありが……」

 

 だけどもうお礼を言う体力も残っていなかった。私はこのまま眠るように意識を手放した。

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