悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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Ep3-悪趣味な敵軍

 

 努力は報われない。どんなに努力しても死ぬ時は死ぬ。だけど努力は少しだけ生存率を上げてくれる。

 だけど努力は誰にでも出来るものじゃない。努力とは贅沢なものだ。寝る場所に飲む物、食べる物……そのうえで命の保証がされ、心に生きること以外のことを考えられるほどのゆとりがなければ努力なんて出来ない。

 私は妖精さんがいて、どんな傷も治る環境だから努力ができた。妖精さんがいなければ努力という手段すら私は持てなかった。だから今では心の底から妖精さんに感謝している。

 

「とりあえず打倒四天王ロキでいこうと思う。どっちにしろ魔王を倒すなら四天王の撃破は必須だ」

「ありがとう」

 

 アリスとの戦いから数日経った頃。私たちは朝食を食べながら今後の話をしていた。もっとも朝食と言っても豪勢なもんじゃない。禍獣が生み出した魔物の肉だ。毒素を消すために焦げるまで火を通してから食べる。当然ながら美味しくはない。だけど味覚も麻痺した現在は慣れた。

 

「だけど現状だと四天王が相手ならば勝ちの目はゼロだと思う」

「同感」

 

 四天王と会敵したわけではない。でも悪い話は色々と聞いているし、逸話も嫌というほど流れてくる。漠然(ばくぜん)と八将くらいなら瞬殺出来ないと相手にならないだろうという確信があった。少なくとも殺せる手段を用意してからでなければ自殺でしかならない。

 

「理由は不明だが四天王や魔王が魔族領から出てくることはない」

「人類領に入ってくるのは禍獣と魔族……八将だけだよね」

「ああ。だから人類はまだ継続出来ている」

 

 認識のすり合わせを行う。私が生きてきた中で魔王の名前こそ聞くが、魔王の直接的な被害の話を聞くのは稀である。もっとも私の耳に入るのは人類領に限った話だ。魔族領ではどうなっているのか不透明だ。

 

「俺達は敵のことをあまりに知らない――だから魔族領に足を運ぶべきだと思う」

「正論だけど危険が大きすぎる。少なくとも2人は私たちと同等以上の実力者が欲しい」

 

 魔族領にはなにがあるか分からない。なにも成し遂げられずに死ぬ可能性すらある。死ねばなにも残らない。憤怒すら残せない。そんな無駄なことをするつもりはない。

 

「ねぇ。カミーラの師匠とかに頼れないの?」

「俺の師は死んだ。そういうルカはどうだ?」

「怪我を治してくれる妖精さんはいたけど師と呼べる人なんていないよ。私は独学だし」

「独学であの強さとか化け物かよ……」

 

 何年も戦場を駆けているがカミーラ以上に強いと感じた人には会ったことはない。それは戦場を駆けていたカミーラも同じはずだ。私に心当たりがないのだからカミーラにもあるはずがない。それを理解して少しため息も漏らす。この調子では仲間集めなんてしてたらいつまで経っても魔王に辿り着けそうにない。少なくとも停滞した現状を打破するために賭けをすべき頃合いか。あまり乗り気にならないが仕方ない。それ以外に手段がない。

 

「3日だけ。魔族領と人類領の境界辺りに滞在しよう」

「わかった」

 

 幸いにも地理は頭に叩き込んである。大陸を横断するようにある山脈を越えれば魔族領だ。しかし山脈には竜と呼ばれる魔物とは別の脅威がいるため山脈越えは非推奨。そのため魔族領に入るならば、東西の果てにある海岸沿いのわずかな平地を経由するのが一般的となる。だが当然ながら魔族領と地続きなため、なにが起こるか分からない。

 

「行くなら西側からだね」

「どうして?」

「私の故郷の傍だから勝手が分かる」

「おおー!」

 

 そうして私達の旅が始まった。馬車をひたすら西へと走らせていく。途中で街に寄って物資の補給。もし近場で禍獣によって生み出された戦場があれば、足を運んで手を貸す。

 

 「……あと2年くらいで決着つけたいな」

 

 道中でぼそっと漏らしたカミーラの言葉。それに耳を疑う。僅か2年でどうにかなるような相手じゃない。しかも2年という具体的な年月を口に出した意味が分からない。

 

「なんで2年? あと10年は余裕あるでしょ」

 

 私はまだ20歳だ。400年生きる巨人族はともかくとしてカミーラがもしも人間ならば、残り10年は肉体の衰えを感じることはないだろう。だから私の中でのタイムリミットは10年だった。

 それに私は異形児。私が巨人族の寿命と同じだと思うのはあまりに楽観的だ。だから10年はカミーラのタイムリミットの可能性があると同時に私のタイムリミットとなる。

 

「魔王を倒して終わりじゃない。俺はともかくルカにはその後の生活がある。その時に年とって貰い手が見つからなくて一生独身なんて笑えねぇだろ」

 

 私は思わず呆れで笑ってしまう。この人はどこまで能天気なのだろうか。こんな殺伐とした時代にそんなことを考えられる。頭がおかしいのではないかとすら思える。でもその頭のおかしさに少しだけ救われた。

 

「うん。そうだね」

「……でもね。私には先がないから考えなくていいよ」

「先がない?」

「私はお兄ちゃんを討って、魔王を倒したら終わりで構わない。それ以上の先の未来は望まない」

 

 私は復讐に人生を捧げるとあの日に決めた。人としての幸せなんていらない。そんなのはとっくの昔に捨てた。

 体は傷だらけ。手はゴツくなった。女の子らしさなんて欠片もない。戦うことに特化した肉体。そんな女は平和な世界に居場所などない。人としての私はあの日に死んだのだ。きっと戦いも全て終わったとしても多分心のどこかで虚しさを感じる。

 

「次の街だけど……」

「ダメそうだな」

 

 顔を上げると壊滅した街があった。カミーラは目の前の光景を見て、血が滲むほどに強く握り拳を作っていた。私達が物資の補給で寄るはずだった街。そこは既に瓦礫の山となっていた。この世界に安全な場所などないと実感させられる。戦線から離れていたとしても八将みたいな存在に単身で乗り込まれるだけで終わりだ。

 

「そういうもんだよね。世の中って」

 

 ふと思い出す。子供の時の私は明日死ぬかもしれないなんて思ってなかった。幸せがいつまでも続くと思っていた。魔王なんて遠い世界の話だった。あの時の私はなんの不安もなく眠れた。それはお母さんやお父さんがそういうものを隠してくれていたから。今になって気づく。それがどんなに大変なことだったのか。お父さんとお母さんがどれだけ偉大だったのかと。

 

「カミーラは凄いよ」

「急にどうした?」

「内緒」

 

 私はお父さんやお母さんみたいに出来ない。子供が出来たとしても魔王に怯えなくて済む安心した場所を提供出来ない。それなのにカミーラは全人類規模でやろうとしている。勇者を自称して人のために魔王を倒し、誰もが明日に怯えない世界へと変えようとしている。とても私には真似できそうにない。

 

「ねぇカミーラ。魔王を倒したらなにがしたい?」

「そうだな……平和になった世界をゆっくり回りたいな」

「いいね」

 

 きっとそれは楽しいだろう。私には想像もつかない世界だ。私は魔王を倒した先なんて考えたことがない。その後の世界がどうなっているのかにも興味がない。完全な未知の世界。その未知に夢馳せるのは少し尊敬するし……ちょっとだけ妬いてしまう。

 

「ルカは?」

「その先なんてないって言ったでしょ?」

 

 私は未来を思い描けない。気付けばやりたいことも見失った。空っぽの自分を誤魔化すために武器を振るって戦場を駆け巡っていたと言われても否定は出来ない。復讐もどこまで本気なのか正直言って分からなくなってきた。私はちゃんと中身があるとアピールするための動作でもないのかもしれない。

 

「もしもの話だよ」

 

 考えたこともない未来を少しだけ考える。もし魔王がいなければ私はなにをしていたのだろう。なにに興味を持ったのだろうか。だけど今の自分から変わりたい。この苦しさから抜け出したい。

 

「……それなら私は普通の女の子らしい生活をしたいな」

 

 言葉が漏れた。誰かを殺すとか復讐とか考えなくてもいい生活がしたいと思った。お洒落も恋も無縁だから、そういうのを楽しむのも悪くないかもしれない。もっとも私は少し血塗れ過ぎた。そんなのは叶わないだろう。

 

「まぁ私には似合わないけどね」

「そんなことない。良いと思うぞ」

「ありがとう」

「……ルカが普通の女の子として過ごせるように俺も頑張らないとな」

「大丈夫。カミーラだけには背負わせないよ」

 

 しかし誰かにこんなこと言われたのは初めてかもしれない。私はどうなってもいいけど彼の夢は叶えてあげたい。口には恥ずかしくて出せないけど、心の中でそんなことを思った。そして私達は馬車を走らせていく。たまに野盗や野良の魔物に襲われる程度の平和な旅だった。戦場のような重々しい空気もなければ、血の匂いが充満してるわけでもない。久々に過ごすゆっくりとした時間だった。それに少しだけ罪悪感を覚えた。

 

「ここまで無事に辿り着けたことに乾杯!」

「かんぱーい!」

 

 そうして街に辿り着く。補給が出来なかった関係で金銭が浮いたのもあり、少し奮発して酒場に立ち寄った。そこで私とカミーラでお酒に舌鼓を打ちつつ、美味しいものを食べた。だけど久々の食事は味がしなかった。もう私の味覚は麻痺してるらしい。それを悟らせないように美味しいものを食べてるふりをする。

 

「しかし避難勧告エリアの割には人が多くないか?」

「行き場がないんだよ。ここから逃げたところで生活の保証もないしね」

「なるほど」

「他の場所も難民を受け入れられるほどの余裕がないのはカミーラもよくわかってるでしょ」

 

 だから危険がありつつも街への滞在を選ぶ。魔族領の近くで危険だと知っていても逃れられない。そういう世の中だ。

 

「近くに花屋あるかな?」

 

 ここまで来たならば私の故郷も近くだ。弔いが出来なかったと言えど、せめてお花くらいは手向けてあげたい。

 

「どうだろうな……あとで探すか?」

「ごめんね。私の用事に付き合わせて」

「いいよ。急ぎの旅でもないしな」

 

 お母さんの好きだった赤い薔薇の花。それを持って行こう。それにお父さんが好きだったお酒も。そんなことを考えると胸がチクッと痛くなる。そのくらいいつでも出来たはずなのに、どうして考えもしなかったんだろう。本当ならもっと早くしなきゃいけなかった。それなのに私はすっかり忘れて戦場を駆け巡った。

 

「私って親不孝だね。今までお墓にも顔を出さない……ううん。お墓も作ってあげられなくて」

 

 私はお父さんとお母さんの亡骸をなにもしないでそのまま逃げるように後にした。どうすればいいか分からなかったからそのままにした。自分のことしか頭になかった自分が嫌になる。きちんと遺体を弔う。なんでそんな当たり前も出来ずに国を出てしまったのだろう。

 

「ルカ……」

「ごめんね。変な空気にして」

 

 食事を終え、カミーラに花屋とお酒屋に付き合ってもらった。そこで赤い薔薇の花束と酒を一瓶買って宿の部屋に戻って、ベッドに転がり込む。この日は疲れてたこともあり、とてもよく眠れた。

 

* * *

 

「お腹すいた」

 

 ふと辺りを見渡すと煌びやかな部屋だった。お腹の空いた私はベッドを抜ける。そして食糧庫を漁ろうと部屋を出て派手な装飾がされた廊下を歩く。

 

「あ……」

 

 歩きながら気づく。これは夢だ。幼い時の私の記憶が夢となっている。

 子供の私は食欲に身を任せて食糧庫に向かっていく。その道中で光の溢れる部屋を見つけて、興味半分でそっと覗き込む。

 

「それで本当に◼︎◼︎は助かるんだな?」

「ああ……ごめん」

 

 お兄ちゃんとお父さんがなにか話してる。会話の一部がモヤのかかったように聞こえない。私は会話を聞こうと身を乗り出す。

 

「あっ……」

 

 物音を立ててしまう。お父さんとお兄ちゃんが私の存在に気づく。

 

「ルカ。寝たんじゃ……」

「ごめんなさい……」

 

 私は謝る。盗み聞きしたこと。寝る時間なのに起きてたこと。その2つの罪悪感で胸がきゅっと苦しくなる。だけどお兄ちゃんは笑顔で私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「ルカ。怖い夢でも見たのか?」

「ううん。ただお腹が空いて……」

「わかった。なにか作ってあげよう」

「ありがとう!」

 

 優しいお兄ちゃん。私の大好きなお兄ちゃん。こんなにも優しかったお兄ちゃんがどうしてあんなことをしたのだろうか。なんでお兄ちゃんは家族を殺したの……

 

「……俺の可愛いお姫様。なにがあっても俺が守るよ」

 

 お兄ちゃんが霞んでいく。世界が霞んでいく。私は手を伸ばす。ああ。わかってる。これは夢だ。現実じゃないことくらい知ってる。でももう少しだけいたかったなぁ。

 

* * *

 

 耳に入ったのは人の悲鳴だった。その悲鳴で私は目を覚ました。煙の嫌な匂いが鼻腔を突き抜ける。窓から外を見ると街中が炎に包まれているのがわかった。やっぱり平和なんていうのは幻想だと叩きつけられる。

 

「……ああ。行かなきゃ」

 

 幸せな夢の余韻に浸る暇もない。頭を切り替え、すぐに戦斧を持って外に向かう。これは普通じゃない。恐らく敵襲。敵は分からないが、魔物とは少し違う気がする。しかし状況を判断する時間はない。戦える私がすぐに出て街の人を助けないと……

 

「カミーラ!」

 

 戦場に出向く前にカミーラの部屋へと向かう。しかしそこはもぬけの殻だった。あるのは乱雑に投げられた毛布と割れた窓ガラス。その痕跡からすぐに察した。もうカミーラは戦地にいる。私もカミーラの後を追うように窓から飛び降りて外に出る。

 

「あっち!」

 

 金属同士の打ち合う音が響く方へと走る。向かった先にはカミーラと大型の四足歩行の獣が戦っていた。

 

「ごめん! 遅く……」

「ルカ! 来ちゃダメだ!」

 

 カミーラの言葉は遅かった。私の全身から力が抜ける。目の前の光景が信じられなかった。

 

「………………は?」

 

 カミーラが戦ってる魔物。それは四足歩行で3つの頭がある獣。俗に言うケルベロス。その姿はもっとも嫌悪すべきものだった。憤怒の感情が湧き出てくる。

 

「ふざけんなよ」

 

 そのケルベロスの頭は人だった。ケルベロスに使われたのは人の死体。それもただの死体じゃない。

 頭には私のお父さんやお母さんの顔が使われてる。それに肉体は人体を強引に縫い合わせたもの。目を凝らせばお父さんの足と思われる部位やお母さんの手らしきものが見える。巨人族の死体を出鱈目に縫った犬型の獣。それが敵の正体だった。

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