悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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5話 異端審問官

 

 メイ第二王女様の案内の下で異端審問会の見学許可が下りた。そうして彼女に案内されたのは中央教会の執務室だった。なんでもそこが異端審問会の本拠地らしい。

 

「異端審問官は王都以外の地方にも存在しますが、武力としての運用を期待されるのはこの王都の所属のみ。すなわち他とここでは求められるものも在り方も根本的に違うものだと理解してください。もちろん与えられる権限も違います」

「質問です。基本的には1つの地方に何名くらいいるものなのですか?」

「大体5名前後くらいですよ。ちなみに王都の異端審問官はルカ含めて現在6名です」

 

  部屋に案内されるまでの道中ではメイ第二王女様と軽い世間話をした。彼女は王族とは思えないくらい距離が近く、異様に親しみやすい。だからこそ不気味だ。

 

「こちらとなります」

 

 部屋に入ると、そこではルカさん含めて6名の男女がガヤガヤと仕事の話をしていた。

 

「西の方でアクト会という宗教が流行っているそうだ」

「たしかにボウショク教は他の宗教は禁止だけどさ。そこまで目くじらを立てなくても良くない?」

「私もそう思います」

「君たちの意見は概ねわかるよ。でもアクト会は献金と称して信者から金銭を巻き上げてるみたいだし、それによって破産して首を括った人もいるんだしもうアウトっしょ」

「死人が出たならアウトだね。潰すに私は一票」

 

 王都の異端審問会の構成員は6名という少数精鋭。彼らは月に1度ほど集まり、各自が対応した異端案件の仕事の報告を行うとメイから聞かされた。どのような行為でも異端審問会が異端と認めればそれまで。特に王都在籍の異端審問官には殺人の許可すら与えられているほどだ。

 

 ただ越権(えっけん)行為が起こらぬように、こういう報告の場がある。その際にやりすぎと多数から責められるようであれば異端審問官の資格の剥奪(はくだつ)から極刑(きょっけい)までありえると語っていた。そのため異端に該当するか曖昧な場合はこの席で対応して問題ないか確認作業を行うのが通例となっているらしい。

 

「アクト会の話ですか。私は特に興味がありませんので、皆様に判断を委ねます」

 

 メイ第二王女様は途中から聞いた話に自分なりの見解を出し、そのまま中央の椅子に腰かける。彼女が腰かけると同時に一気に空気が締まる。その事実がこの異端審問会は彼女をトップに構成されたものだと肌で実感させられた。

 

 異端審問会は一部の者からはメイ第二王女の私兵団と認識されているという噂を聞いたが、目の前の光景を見た後だと事実だと認めざるを得ない。ここは彼女の物なのだ。

 

「どうぞ。話を続けてください。なにかありましたら口を挟みますので」

 

 彼女の一言で場の空気がほぐれ、先ほどまでの雰囲気に戻る。なんていうか全員の切り替えが早い。なにをすべきか理解してる。きっと彼らは恐ろしく仕事が出来るのだろうな。

 

「ルカ。1つ忘れてないかにゃ?」

「なんかあったっけ?」

「グループ国関係の報告」

「あーそうだったね。まず一言で言うならグループ国はクソだったよ」

「主観は聞いていないにゃ。事実だけを話してほしいにゃ」

「ごめんね。とりあえず今回の異端行為は勇者召喚だね。勇者召喚に関わったやつらの処遇は国に任せました。それと被害者である勇者2名は無事に保護。その1人がそこにいるカオリ君だね」

「君がその勇者様ね。助けるのが遅れてごめんね」

「いえ……それに俺は勇者じゃなくておまけですよ」

 

 俺に謝罪をしてくれたのは異端審問会二席のトトさん。とても真面目そうな人で好感が持てる。

 しかし異端審問会。もっと狂信者の集まりかと思っていたが、格好に目を瞑れば意外と普通な人が多い。それこそ良い意味で信仰心が薄そうな人ばかりだ。

 

 骸骨のような面をつけた死神のような格好をしたピエロ六席。

 メイド服を着た無表情な女性であるアリシア五席。

 坊主頭が特徴的な大柄な男性のフォー四席。

 獣耳と牙が特徴的で小柄な少年であるイタチ三席。

 修道服に身を包みしっかりした青年で一番しっかりしてそうなトト二席。

 白を基調とした修道服に派手な装飾品を取り付けてたり、袖を半袖にしたり、修道服の顔とも言えるヴェールを無くしたりと好き勝手に改造し、そのせいで厳格さや献身性よりも先にゆるふわという印象を受けるルカ一席。

 

 彼らの格好には統一感というものが一切なく、それが堅苦しさというものを一切感じさせない。

 

「そういえばカオリ君。メイ第二王女様から聞いたんだけど異端審問官に興味あるの?」

「まぁ……」

「ふーん。私が教えてあげよっか?」

「それは良い機会ですね。カオリが異端審問会に入るのでしたら、助祭の下積みは必要ですし、その間はルカさんに面倒を見てもらいましょうか」

「メイ第二王女様!?」

 

 唐突な提案にルカさんが驚きの声をあげた。てっきり職場見学だけのつもりだったが、まさかここまで話が一気に進むとは。正直ありがたいが、あまりにトントン拍子で実感が湧かないというのが本音。

 

「カオリも素性の知れない誰かよりルカさんの方が気楽でしょう」

「おいおい。若い女性の家に男を転がりこませるのは少し常識を疑うぜ」

「……いいじゃないですか。ルカならば仮に襲われたとしても返り討ちにするくらい朝飯前。それも分かったうえでのメイ第二王女様も提案してるでしょう」

「カオリ君はそんなことしないよ。意気地なしだし」

「どういう意味だよ!?」

「だってあれほど私の部屋に誘ってるのに手を出さないとかありえなくない?」

 

 ていうか怖くて手なんか出せるわけがないだろう。もちろん出す気もないが、もし出したら確実に返り討ちで殺されるのは火を見るより明らか。しかも勇者召喚されてこれからどうなるかわからない中でこんな迂闊なことが出来るわけなどないだろう。

 

「……まぁなんでもいいですけど、カオリの面倒はルカさんの方で見るということで構いませんよね?」

「はい。カオリ君が良いならそれで」

「俺も問題ないです」

「それではカオリはルカさんからしっかりと仕事を教えてもらうように。これは面接も兼ねてますのでしっかり気を引き締めてくださいね」

 

 見学だけのつもりだったが話はトントン拍子で進んだ。てっきり職業訓練校に配属されたり、どこか遠くの土地で司祭の手伝いからやらされると思っていたので少しだけ驚いている。ただ嬉しい誤算だ。俺としても見知った顔が相手の方がやりやすい。もっとも見学がいきなりインターンみたいなものになったことに戸惑いは少しだけある。だがこのチャンスを逃す気もない。俺はこのチャンスを掴む。ここで自分が異端審問官としてやっていける人間だと証明する。

 

「また一緒になっちゃったね」

「ルカ先輩」

 

 俺はルカさんへの呼び方を変える。職場の先輩なのだからさん付けというわけにはいかないだろう。

 

「まぁそんなに身構えないでいいよ。最低限の仕事も教えるし、聖書も一緒に読んであげるからさ」

「ありがとうございます」

「ただ助祭になる以上は私の家に住み込みね」

「え!?」

「当たり前じゃん。助祭なんて司祭のお手伝いさんみたいなもんだし」

「そうなんだ……」

 

 それからしばらくした後に異端審問会の場は解散となった。

 

 

 教会を離れ、案内されたのは住宅街にある庭付きの一軒家だった。大きな屋敷ではないが、決して貧相というわけでもない、ありふれた家だ。もっとも王都で庭付きの家という時点で相当高いのだろうが。

 

「ここが私の家です。しばらくは同棲生活となります」

「もう少し他の言い方ないんですか?」

「事実なんだからいいじゃん」

 

 そうして俺はしばらくの間はルカ先輩と過ごすことになった。最初のうちは聖職者として規則正しく人々の模範となる生活をさせられるのではないかと身構えていた。しかし幸いにもそんなことはなく、普段通りの生活だった。それこそ朝起きて軽い家事をした後に教会に向かう。そして教会の掃除をしながら、ルカ先輩にボウショク教の教えが叩き込まれる。

 

「ボウショク教はまず根本に自分が幸せであるべきって考えがあるの」

「珍しいですね」

「ちなみに従来の宗教と結構違うから、そこで対立が生まれることは多々あったりするよ。だから原則は他の宗教は禁止で異端としてるの。昔は寛容だったらしいんだけど、他の宗教に何度も襲撃されたみたいで、やられる前にやるべきだって論調が強まっていった結果としてそうなったの」

 

 他の宗教がボウショク教に牙を剥く前に他の宗教を潰す。その大義名分のためにあるのが異端審問の概念。そしてそれを遂行するのはルカ先輩が属する異端審問会。もう既に何度か聞いた話であるが、実際の教会関係者から聞くのと又聞きするのとじゃ雲泥(うんでい)の差。全体の流れが分かりやすい。

 

「でも一番覚えておかなきゃいけないのはボウショク様のことだね」

「ボウショク様?」

「私の倍の背丈はある大きな蝿の姿をした神様でボウショク教の崇拝対象。ヤミ国の国旗に蝿が描かれてるのもその影響なんだよ」

「なるほど」

「ちなみにボウショク教は一神教だから他の神様はいないし、他の神様の信仰は認められてないよ」

 

 それから俺はルカ先輩に詳しくこの国の歴史について説明された。ヤミ国は300年前にヤミという一人の青年がボウショク様の知恵を借りて建国したのが成り立ちである宗教国家。最初は宗教ではなかったが、ボウショク様は多くの人々を導いていくうちにボウショク様を崇められるようになり、次第に宗教へと形を変えた。そして宗教になると同時にボウショク様は人々に様々な教えを説いた。その教えをまとめたものが聖書。

 

「一般的な宗教の教えは自制。だけどボウショク様はそれを幸せから遠ざかる行為として嫌悪を示した」

 

 その教えに俺は少し救われている。なにせおかげで規則正しい生活が求められずにすんでいるのだから。もし自制を美徳とするような従来の宗教ならば俺はとっくのとうに根を上げていただろう。そういう特殊な宗教だからこそ俺も素直に従っている。ボウショク教は基本的には良心と一般的な倫理に従っていれば禁則事項を破ることはない。だからこそやりやすい。

 

「個人の幸福追求権をなによりも尊重してるんだよ。教えの第一に自分が幸せでないのに他者を幸せに出来るわけがないというのがあって……」

 

 だんだんと話が難しくなってくる。少しだけ混乱しながらも頭の中で必死にメモを取る。掃除をしながらだからノートを取れるわけじゃない。言葉だけで全て整理しなければならないのだから大変だ。それからも似たような話はずっと続いた。そして脳がオーバーヒートしようかという頃に昼の時報が鳴った。

 

「というわけで幸福に近づく行為として暴食は美徳とされてるわけだけど……まぁ午前中の座学はここまでにしよっか」

「ルカ先輩は全部頭に入ってるんですか?」

「もちろん。一応は教えを説かないといけない立場だし、これでも物覚えは良い方なんだよ」

「へぇー」

「私も前は王族だったし、それなりに教育は受けてるからね」

「ってことはメイ第二王女様とは姉妹だったり……」

「王族って言ってもヤミ国の王族じゃなくてずっと昔に滅びた国の王族だからアルカード家とは関係ないよ」

「……そうだったんですか」

 

 そうして待望の昼食となる。基本的に昼食は街に行き、適当な飲食店でランチを取る。今日のランチは野菜たっぷりで味の濃いポトフだ。この国は食事のレパートリーが多いから飽きることがない。そして午後になれば王都を案内されつつ、この国の歴史の話となる。だが今日だけは少し違った。

 

「それじゃあちょっと郊外まで狩りにいこっか?」

「え?」

「教えたでしょ。ボウショク教の美徳は暴食。それって裏を返せば飢えは悪なんだよ」

「……まさか」

「うん。大衆を飢えさせないために適当な獣を倒し、食材として配給するのも司祭の仕事だよ」

 

 思わずゾッとする。簡単に言うがこの世界の獣は地球の獣とはわけがちがう。土を泳ぐ熊にダイヤのように硬い甲羅を持つ蟹や空を泳ぐ鮫。もはや一種のモンスターであり、魔物と言っても差し支えない。それがこの国の獣。それこそヤミ国でこそ獣と言われているが、エルフ領の方では魔物と呼ばれてる地域すらある。ルカ先輩は軽く言うが、狩猟なんて生易しいものではない。

 

「司祭になるには正直信仰心とかあんまり大事じゃないんだよね」

「それならなにが大事なんですか?」

「戦闘力とコミュニケーション能力。カオリ君は頭も良いし、そこそこ強いから司祭に向いてるよ。天職かもね」

 

 それだけ言うとルカ先輩が指笛を鳴らす。その音に釣られて巨大なカラスが降り立つ。そのカラスは大人を5人ほど乗せられそうなほどの巨体。その大きさに思わず腰を抜かし、少しだけ怖いと思ってしまうくらいだ。こんな生物がはたして王都にいて良いのだろうか。そんな疑問すら浮かんでくる。

 

「このカラスは……」

「異端審問会のペットだよ。すごく速いから遠出する時に便利なんだ」

「今までそんな話は……」

「言わなかったからね。今日はこれで移動するから乗っていいよ」

 

 促されるままカラスの背に乗った。俺達がカラスの背に乗ると同時に、ルカ先輩の指示を聞いてカラスは飛翔(ひしょう)した。

 

 

 高度と速さにビビりつつも連れてこられたのは、岩山がのろのろと動く不思議な大地だった。そんなところにカラスは静かに降り立ち、俺たちを降ろすと丸くなって、昼寝を始めた。しかし随分と遠くまで来た。はたしてこんなところでなにをさせるつもりなのか。

 

「あそこに大きな亀が見えるでしょ?」

「亀って……あ!」

「うん。あれあれ」

 

 ルカが指を指したのは動く岩山だった。しかし亀と言われれれば根本に頭と足が生えてることに気づく。甲羅が岩山のように大きな亀なのだ。それこそ遠目から見たら岩山にしか見えない。ここの周囲の岩山は全て生き物だったのだ。

 

「あれはタングタートルっていうんだけど、一匹持って帰るから」

「食べられるんですか?」

「うん。だから一体だけ倒してくれるかな?」

「あんな岩山を剣一本で!? 無理だろ!!」

「何事も挑戦だよ。とりあえず腕試しと思って頑張ってみよー」

 

 剣を握ってそっと亀に近づく。雲を突き破らんばかりの巨体。あまりに大きすぎて全長が見えない。それに近づきすぎれば踏み潰されてしまうのではないかという恐怖すらある。あんな質量に潰されたら確実に死ぬ。てっきり良くて狼やオークみたいなものが相手で、悪くても熊程度だろうと思ってた。だけど目の前のそれは規格が違う。明らかに神話に出てくるようなもの。人が挑んでいいものじゃない。それこそ自然そのものだ。

 

「さぁがんばってこー」

 

 亀は俺に見向きもしない。俺は内心で声を荒げつつも、静かに身体能力強化のスキルを発動して剣で足を斬りつける。だが予想通り亀は硬い。もっと言うならば硬いという実感すらない。それこそ岩山を斬るようなもの。山に剣を刺してもなんとも思わない者が大半。それと同じ理屈だ。常識で考えて斬れるわけがないのだ。それから俺はルカ先輩に無茶を言われるがままに剣を振るが、そのうち呆気なく折れて、剣先が明後日の方向に飛んでいった。

 

「まだ早かったかな。今回は私がやるね」

「いややるって……あんなん人が倒すもんじゃないでしょう!」

「ちゃんと見ててね」

 

 そんな俺を見て、呆れたルカ先輩が静かに亀に近寄る。

 彼女は指輪から自分の背丈ほどある白い戦斧を取り出す。肌をピリつかせるほどの覇気。それを感じて亀の顔色が変わった。亀は怯え、ここから逃げようとする。亀が動く度に地面が揺れる。俺の存在には気づかなかった亀はルカ先輩に対しては恐怖を覚えた。自身からすれば豆粒程度のサイズに青ざめるほど恐怖していた。

 

天撃(てんげき)

 

 ルカ先輩が容赦なく戦斧を振り落とす。彼女によって放たれた一振りは岩山のような亀の甲羅をあっけなく砕き、周囲一帯に岩片が飛び散る。彼女は一撃で葬った。たった一振り。それで岩山を砕いてしまったのだ。もはや強いとかそういう次元ではない。ただの人外。常識の外側の存在。

 

「今のは……魔法か?」

「魔法なんて人間が使えるわけないし、そんなに都合の良いもんでもないよ。これはただのフィジカルだよ」

「……は?」

「どんな強いスキルがあろうと最後にものを言うのは素の身体能力と戦闘センスなんだよね。強いやつ相手じゃスキルだけで太刀打ち出来ないしね」

 

 今までルカ先輩の強さは魔法的なものかと思っていた。それこそ強いスキルを持っているとかそういう類のものだと思っていた。だけど違うのだ。そんなスキルなんて彼女から言わせれば小細工。それほどまでに身体能力が異様に高いのだ。

 

「さて少しだけ哲学の話でもしよっか」

「哲学?」

「そうそう。でもここで言う哲学は硬いもんじゃないから身構えなくていいよ」

「それじゃあ……」

「戦いの哲学だよ。ようするに戦いに対する考え方。そういうのはある程度固めると努力の方向を間違わなくて済む羅針盤にもなるし、壁にぶち当たった時の蜘蛛の糸になる。だから教える前にそこはしっかりしとこうと思うわけ。異論ある?」

「ないです」

「よかった。まぁ私の言うことがカオリ君にとっても正解とは限らないから、絶対に従えってもんじゃないのは前もって言っておくね」

 

 ルカ先輩は何気に完璧超人だ。それこそある程度は政治にも精通した上で大局を俯瞰的に見て指揮を取ることも可能。さらに言語化能力も高く、戦闘の駒としても一級品。そんな彼女はどんな哲学を戦闘に持ち込んでいるのか。そこに触れられることに俺はワクワクしていた。

 

「カオリ君は今回タングタートルに勝てなかったわけだけどさ。勝つにはなにが必要だと思う?」

「そりゃ力でしょう」

「力ってなに? 筋力?スキル?それとも技術?」

「それらを乗算して生まれる総量だと俺は思ってる」

「うん。良い線ついてるけど私の哲学的には違うかな。私にとって力はどんな状況でも出せる力だよ。例えばスキルも力だけど、スキルが使えない状態になったら力はないってことになる」

「でもそれを言ったら筋力や技術も同じです」

「そうだね。四肢欠損でもすれば筋力も技術も腐るし、力とは言えない。でもカオリは私の四肢が飛ぶところ想像できる?」

「……出来ない」

「それがどんな状況でも出せる力ってものだよ」

 

 なんとなく言いたいことが分かった気がする。彼女の言う力というのは負け筋を見つけさせないもの。こうすれば勝てるという希望を抱かせない理不尽こそが力になる。

 

「戦いの本質は理不尽の押し付け合い。スキルっていうのは強いけど、同じスキルを持てば勝てると思われがちだから力にはなりづらいよね。理不尽が足りてないから皆がそう思う。そういうのが積み重なると強いと評価されなくなり、最後は裸の王様となる」

「なるほど」

「だから私としては理不尽を意識してほしいかな。どう動けば相手が理不尽に思ってくれるのかってことを考え、そのためのピースを埋めてこうね。カオリは私のどこを理不尽に感じた? そこが強さの根幹だよ」

 

 理解した。彼女の哲学で言うところのスキルやフィジカルは補助輪なのだ。大事なのはそれらを活かしてどう立ち回るか。どこまでもいこうがそういったものは道具でしかない。それらがメインになれば自分ではなく、それが強いになってしまう。

 

 当人が強いという評価にはなり得ない。

 

「まぁ喧嘩で勝つだけなら力は必要ないけどね。ただ力は持ってると何事も有利に進められるよ」

「そういえばルカ先輩はスキル持ってないんですか?」

「持ってるよ」

「どんなスキルなんですか!?」

「そんな面白いもんじゃないよ。カオリ君と同じ極一般的な身体能力強化」

 

 そういうことか。スキルはメインじゃない。しかしスキルに頼っていけないわけじゃない。スキルを使って自分の得意分野のレベルを引き上げる。得意を更に尖らせて理不尽に昇華させる。それが出来てるからルカ先輩は強い。ならば俺はどうだ? 俺は身体能力強化で自分の得意をきちんと伸ばしているか? そもそも俺の得意はなんだ?

 

「まぁ最終的にカオリが目指すのはこのレベルね。ただ今から目指しても途方に暮れるだろうからもう少しだけ現実的な課題を与えるね」

 

 そう言いながらルカ先輩がポケットからハンカチを取り出して、それを俺に渡す。真っ白のなんの変哲もないただのハンカチだ。

 

「このハンカチでさ。人を殺せる?」

「無理に決まってるじゃないですか」

「私は殺せるよ。なんならハンカチ使うまでもないけどね」

 

 彼女が軽くハンカチを振る。次の瞬間には俺の持っていた剣の鞘が一刀両断されていた。思わず冷や汗が垂れる。ハンカチで人を殺せる。それはハンカチ程度でも肉くらいならば切断できるということ。

 

「優れた剣士は鉄の剣で鋼すら斬る。鉄で鋼を斬れるならば、ダイヤも斬れる。それを極めれば木刀で鉄すら斬れる。これは剣聖が吐き捨てた格言ね」

「……そんな無茶苦茶な」

「私はその理論を応用してハンカチで鞘を斬るし、指を包丁代わりに使うことも出来る。少なくともカオリ君はその域までは頑張っていこうね?」

 

 そうして俺の異端審問官の前途多難(ぜんとたなん)なインターンが始まった。俺は自分の現状にただ頭を抱えるしかなかった。

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