悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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Ep5-正義の味方じゃない

 

 悲鳴で目が覚めた。大急ぎで悲鳴がする方へと駆けていく。

 そこで悪意と対面した。私は目の前の光景を見て、強く下唇を噛む。

 

 複数人の男が12歳程度の女の子を囲んで襲っていた。手足を押さえつけて、服を乱雑に破いていく。その光景を見て自然と握り拳を作っていた。

 

「ねぇ。なにしてるの?」

 

 威圧するような冷たい声が自然と漏れ出た。目の前で行われてることが分からないほど、頭がお花畑なわけじゃない。なにをしようとしていたかなんて嫌でも察しはつく。

 

「あ、やべ……」

 

 男たちは私達の顔を見るなり大慌てで逃げだした。私は追いかけるように駆けていく。これでも戦場を駆け巡っていたこともあり、有象無象なら簡単に殺せるくらいの身体能力はある。こんな素人を捕まえるくらい朝飯前だ。

 

 逃げた男の手首を力強く掴む。それこそ骨がミシミシと音を立てるくらい力強く握る。しばらくして男が悲鳴を上げたので、私の手から解放して問いかける。

 

「……なんであんなことしようとしたの?」

「チャ、チャンスだと思ったんだ!」

「は?」

「だってそうだろ。親もいなけりゃ自衛団もいねぇ。なにをしてもお咎めなし。そいつさえ黙らせれば……」

「クズ野郎」

 

 本当に反吐が出る。私は離した手で今度は男の首根っこを掴んで上空に放り投げた。

 ぐちゃりという不快な音が聞こえた。人体が地面に叩きつけられた男。内臓が飛び散る音。聞き慣れた音だ。

 

「逃げられる――なんて思わないでね?」

 

 それから残りの男達も問答無用で殺した。1人は頭を握り潰した。もう1人は拳で腹に穴を空けて殺した。殺しに躊躇いはない。そんなものはとっくの昔に置いてきた。

 

「……頑張らなきゃよかった」

 

 ぽつりと言葉がこぼれた。

 死体を見下ろす。こんな奴らを守ろうという思いがあった自分が心底馬鹿馬鹿しくなってくる。だけど世の中はそういうものだ。馬鹿馬鹿しくなるようなことばかりだ。

 ふと無意識で顔を上げた。視線の先には一人の老婆がいた。ずっと近くにいたのだろう。私は彼女に問いかける。

 

「……なんであの男達を止めなかったの?」

 

 いくら老婆といえど子どもを守る義務はある。それは大人の責任だ。それなのに、この老婆はどうだ? なにをしていた?

 

「小娘一人で大人しくしてくれるなら安いもんだと思ったからだよ。それより貴重な労働力をよくも潰してくれたね。この街はこれから復旧しなきゃいけないんだよ」

「もういいよ」

 

 聞いてるだけでイライラする。自分のためにあんな子どもを犠牲にした。あまりに気持ち悪い。こいつが死ねばよかったのに。

 

「そもそもあんたはなんでもっとはやく敵を駆除しなかったんだい? これはあんたの落ち度だ! どうして街がこんなになるまで……」

「黙れって言ったの聞こえなかった?」

 

 無言で老婆の頬を叩く。老婆の体は近くの瓦礫の山に叩きつけられるまで吹き飛んだ。私は静かに寝転んだ老婆の元に向かう。無言で髪の毛を持ち、強引に顔を上げさせる。

 

「ふざけんなよ」

「あ……ぁ……」

 

 老婆は喋る気力すら残っていない。頬の肉は私に叩かれた衝撃で抉れ、汚い歯が側面から剥き出しになっている。その程度の怪我で済むように加減はした。きちんと治療すれば死ぬことはない。もっともこんな街の状態じゃ満足に治療も受けられないだろうが。

 

「私の手。あなたの血で汚れたんだけど?」

 

 老婆は自分が被害者だとでも言いたげに私の方を怯えながら見てくる。ざまぁみろといった感情も湧かない。ただ不愉快。こいつらなど救う価値もなかった。

 

「……そのまま死んどけ。カス」

 

 老婆の髪から手を離し、襲われそうになっていた女の子の元に戻る。先ほどの女の子は大泣きだった。あんなに怖い思いをしたのだから当然だ。

 

「もう大丈夫だよ。怖いオオカミさんはやっつけたからね」

 

 背中をさすってあやす。こんな子どもを自分の欲望の捌け口にする奴。それで上手くいくなら良しとする奴。思い返しただけで腹が立つ。見ていて気分が悪い。そんなやつらがいる場所に1秒たりともいたくない。

 

「ルカ。起きてたか」

「カミーラ。どこ行ってたの?」

「ちょっと近場の川まで水浴びに……ってなにかあったか?」

 

 先ほどの女の子は安心したのか私の膝ですやすやと寝息を立てて寝ている。それを見てカミーラが私になにが起きたのか問いかける。

 

「子どもが襲われそうになってた」

「そうか……」

 

 カミーラの顔が曇る。まるでかける言葉が見つからないと言いたげだ。カミーラは話を変えようと周囲を見渡す。私が殺した死体が彼の目に留まる。

 

「……ルカ。君がやったのか?」

「そうだよ。子どもを襲うようなクズを生かす意味ある?」

「それはお前が決めることじゃないだろ!」

 

 私は人差し指を立てて、静かにするようにカミーラに促す。せっかく寝れたのだから起こさないであげてほしい。それを察したのかカミーラも軽く一言謝る。私は一呼吸置いてからカミーラに質問で返す。

 

「魔族だからって理由で殺しまわってる私たちにそれを言う資格あるの?」

「それは……」

「人だろうが魔族だろうが本来なら私たちが生かすか殺すかなんて決めていいことじゃないでしょ」

 

 この旅で何人もの魔族を殺した。魔物との違いは知性があるかないかだけ。だから魔族は人類の敵。見かけたら問答無用で殺す。それがこの世界の常識だ。それに抵抗はないし、間違ってるとは言わない。

 

「でもあいつらは魔族じゃない。人だ」

「私からしたら同じに見えるけどね。抵抗できない女児を複数人で襲うなんて体は人間でも精神構造は魔族でしょ」

 

 私が魔族を殺すのはクズだから。魔族だから殺すのではない。だから人であろうとクズならば容赦無く殺す。人間だから……同族だからと特別扱いはしない。

 

「もういい」

「私はみんなが幸せになってほしいから魔王を殺すとか世界平和にしたいとかいうわけじゃないの。ただ私の家族を殺した魔王が気に食わないから殺す。私はただの復讐鬼。そんな女に正義なんて求めないでよ」

 

 私の存在は正義というよりは悪だ。私は自分の感情でしか動けない。自分がむかつくやつは容赦なく殺す。道徳も社会的正義も倫理も持ち合わせていない。

 もちろん出来ることなら1人でも多くの人を助けたいと思う最低限の良識こそあれど、それ止まりだ。もしも目の前で誰かを助けられなかったとしても悔やまないし、引きずることもない。仕方ないと割り切れてしまう。それが私だ。

 

「自分本位でしか動けない。私と魔族は同類かもね」

「そうか……」

「文句あるなら殺していいよ。別に生きたいとも思わないから抵抗もしない」

 

 私は悪人だ。正義である彼に討たれるならば後悔はない。それは当然のことだ。だって悪は裁かれなければならないのだから。

 

「ルカ」

 

 だけどカミーラは私を殺さなかった。理由はわからない。しかし私としてはどうでもいい。そもそも彼といるのは利害が一致したからであり、それ以上でもそれ以下でもない。馴れ合う必要などない。

 

「なに?」

「次の場所に行こう」

「そうだね。この女の子も連れて行っていい?」

「勝手にしろ」

 

 それから私がカミーラと言葉を交わしたのは夜だった。夕食を作ってる時、この重い空気に耐えかねたのかカミーラの方から私に話しかけてきた。彼は私に嫌気がさしてるだろうが、私は彼を嫌いになったわけじゃない。だから私が無視する理由もなかった。

 

「……ルカ」

「なに?」

「正義ってなんだろうな」

「私に聞かれても知らないよ」

 

 あまりに馬鹿馬鹿しい質問だ。こんな殺伐とした世界では正義どころか綺麗事すらも存在しない。正義なんていうのは存在が許されない。そういう世界に魔王が作り変えてしまった。どこを見ても嫌なものしか目に入らない世界に。

 

「ルカは人を殺した。だけどルカによってその子が救われたのも事実だと思う」

「うん」

「きっとこの子からしたらルカは正義の味方に見えるんだろうな」

「正義とか悪とか考えるの面倒くさいからやめなよ。自分が正しいと思ったことが正義でそれにそぐわないものが悪。それ以上の答えは出ないよ」

 

 結局のところ人は自分の物差しでしか測れない。誰から見ても正しいことなんてあるわけがない。これはこの時代に限った話ではないだろう。人の価値観は多種多様。殺してでも自分が生きることが正義だと思う人もいるし、自分が死んででも次に繋ぐことを正義と思う人もいる。誰にとっても通用する正義なんていうのは幻想だ。

 

「……魔王はなにを思ってこんなことしてるんだろうな」

「どういうこと?」

「もしかしたら魔王にも正しいと思うことがあってやってるんだろうなと思った」

「知らないし興味もない。どうせ自分の悦楽(えつらく)を満たすのが正しいみたいな感じでしょ」

 

 どんな理由があったとしても許さない。お兄ちゃんも許さないし、全ての元凶になった魔王も許さない。どんなそれっぽい言葉を並べられたとしても私はそれを正義とは認めない。

 

「もしそうなら俺から見たら悪だな」

「魔王が悪でも善でもどうでもいい。あれは私のお兄ちゃんを奪った。だから魔王は絶対に殺すよ」

「奪った?」

「だってそうでしょ。魔王さえいなければお兄ちゃんはあんなことしなかったんだから」

 

 昔はお兄ちゃんを殺さなきゃいけないと思った。年月が経つにつれて不思議とお兄ちゃんへの嫌悪は薄まっていた。そのことにも気づかずに私はお兄ちゃんに復讐しようとしていた。復讐だけが私を繋ぎ止める存在意義になっていたから。

 

 そんな時に現れたカミーラ。彼は魔王を倒すと言った。その言葉を聞いてるうちに魔王は災害ではなく人災だと思えるようになった。魔王を理不尽ではなく敵と考えるようになった。そしたら自然とお兄ちゃんではなく、原因である魔王が悪いと思うようになった。

 

「ねぇカミーラ。これからどうする?」

「どうするって……」

「魔族領。行くの?」

 

 その結論はすぐに出た。満場一致で今回は魔族領に行かないという答えになった。理由は単純明快で子どもを連れて行くような場所ではないから。この子に変な光景を見せたくないし、危険にも晒したくない。だから一度引き返して、この子をどこかに預けてから再チャレンジだ。

 

「ねぇ君。名前は?」

「……リーチェ」

「そっか。よろしくね」

 

 彼女は私達に心を開かない。その現実に自然と握り拳が強くなる。どうして子どもがここまで苦しい思いをしなければならないのだ。子どもが理不尽な目に遭う世界なんて間違ってる。許していいはずがない。そんな世界にした魔王が憎い。

 

「それでこれから巨人族の国に行くのか?」

「うん。私の個人的な用事だしカミーラは先に戻ってもいいんだよ」

「……仲間だろ。付き合わせろ」

 

 現在の目的地は巨人族の国。魔族領に行かないといえど、近くに寄った以上は一度だけ故郷に顔を出したかったのだ。

 

 ……私が人を殺した件に関しては、あれから互いに一切触れていない。お互いに心の奥底に沈めることとした。私もカミーラに思うことがあるし、カミーラも私に思うことがある。だけどそこを追求してもどうにでもならない。良いことなんてなにもない。だから掘り起こさない。

 

 それから馬を走らせて2日ほどで巨人族の国があったところに辿り着いた。巨人族の国は洞窟を抜けた地下深くに存在している。その洞窟は非常に入り組んでいる。そのため道を知らない人が辿り着くなんてことは滅多にないだろう。もしも迂闊(うかつ)に足を踏み入れようものならば洞窟から出られずに餓死するだろう。

 もっともロウロウとかいうゲスが死体を利用した時点で、誰も辿り着けないという言葉に説得力はないかもしれない。しかし今の今まで彼が死体を見つけられなかったというのも事実だ。

 

「着いたよ」

 

 洞窟を歩くと開けた空間が見えた。そこにあるのは廃墟となった街だった。その廃墟には音も立てることなく、静かに灰が降り注いでいる。綺麗だった街は跡形もない。街が死んでいるような感じすらした。

 

「ただいま。みんな」

 

 そうして私達は巨人族の国――私の故郷に足を踏み入れた。

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