悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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Ep6-故郷で

 誰かのための正義と自分本位の復讐が相容れることはない。正義は私情を持ち込むことは許されないのに対し、復讐は私情をエネルギーとする行為。だけど私の復讐はカミーラの正義を延命させる。カミーラの正義は私の復讐に支えられている。相容れないのに何故か互いに求め合ってしまう。

 

 私達はリーチェを連れて巨人族の国に足を踏み入れた。リーチェはこの光景を見ても一切笑わないし、驚くこともない。それどころか言葉を発することもない。そんなリーチェを見て私は少しだけ悲しくなった。

 

「それにしても大きな街だな。広いとかそういう意味じゃなくて建造物の規模が物理的にというか……」

「巨人族の街だからサイズ感が違うよね。お城の中を歩くだけで一苦労だったよ」

「そういえばルカは巨人族なのにどうして体が人間と同じくらいの大きさなんだ?」

「突然変異個体だからね。体格はないけど筋力は巨人族と同等だし、なんなら筋肉の密度が高くなってるから普通の巨人族より強いらしいよ」

「なるほど」

 

 突然変異個体。そう言い繕っているがただの欠陥品だ。それでも差別などされず、きちんと私を愛してくれた。そんな家族や国民の皆が大好きだ。だからこそそれらを奪った魔王と殺したお兄ちゃんを絶対に許すことなどできない。許してはいけない。

 

「まぁ私を励ますために生まれた嘘だと思うけどね」

 

 街には遺体の1つもない。みんな利用されたのだろう。私は静かに街を歩く。地面を踏み締める度に楽しかった時の記憶が蘇ってくる。そして歩く度に悲しくなってくる。

 

「ねぇリーチェ。ここは良いところでしょ?」

「……故郷を失ったばかりの私によくそんなこと言えるね」

「ごめんね。配慮が足りなかったね」

 

 リーチェは私達についてきているだけ。こちらから話しかけたら言葉は返すが、自分から口は開かない。

 

「リーチェ。歩くのに疲れたら言えよ。俺が背負うからな」

「……やだ。背負われるならお姉ちゃんの方がいい」

 

 その返答に少しだけ頬が緩む。気のせいかもしれないけどリーチェが私達に心を開いてくれてる気がした。

 

「カミーラ。少しだけ手伝ってもらっていい?」

「わかった。なにすればいい?」

「お墓を作りたいから、その間だけ少し周囲の警戒をしてほしいかな」

「わかった」

 

 中央広場に出る。その広場は街の中央にあり、憩いの場として親しまれていた場所だ。私は近くにあった瓦礫を戦斧で軽く加工して立て置き、思い出せる限りの名前を彫っていく。形の整ってない石。本来ならば私みたいな素人加工じゃなくて、きちんとプロにお願いして形を整えてあげたかった。

 

「全て終わったらさ……きちんとした人を呼ぶからそれまで我慢してね」

 

 墓石の前に街が滅びる前に買ったお酒と花束を供えて広場を後にする。広場を後にして目指すのはお城。私の家だった場所。ただ当時の思い出に浸りたかった。

 

「こんなでかい城……初めて見た」

「時代が違えば観光地になったかもね」

 

 私はリーチェの方に視線を向ける。圧倒されるわけでもなく、怖がるわけでもない。ただどうでもいいと言いたげな無表情だった。

 

「中に入ろっか?」

「ああ」

「リーチェは私の背中に捕まっててね。倒壊したら危ないから」

 

 そうして城の中に足を踏み入れる。それにしても当時から随分と変わった。床はひび割れ、壁の装飾は経年劣化で剥がれかけている。私が過ごしていた時の面影など全くない。それがもうあの生活には戻れないのだと強く訴えかけてくるようだった。

 

「この部屋は?」

「私の部屋」

 

 城を歩く。その途中で周囲と比較したらネズミの巣とでも言いたくなるような小さな扉がある。もっとも扉の大きさは大人1人が入れるくらいはある。それでも全体からしたらとんでもなく小さいのだ。そこが私の部屋だった。私のためだけに大きさを合わせてくれた秘密基地のような場所。

 

「ルカの部屋か……お邪魔します」

「誰もいないけどね」

 

 私の部屋に入る。部屋には虫が湧いており、ベッドは埃を被っている。お世辞にも綺麗とは言えない。だけど不思議と安心する。家に帰ってこれたのだと実感する。

 

「懐かしいな……ここでお絵描きしたっけ」

 

 机を指で撫でる。それだけで思い出が蘇ってくる。もう取り返せない思い出が。

 

「ルカ……」

「寝る前にお母さんに読んでもらった本。まだ残ってる」

 

 ずっとここにいたい。あの時に戻りたい。そんな思いがこみ上げてくる。でもそんなことは叶わないとわかってる。それでも夢を見てしまう。過去に戻って、魔王も来ない生活。お兄ちゃんがあんなことしないで優しいお兄ちゃんのままな世界。愚かにもそれを望んでしまう。

 

 思わず叫びたくなる。どうしてお兄ちゃんは魔王のためなんかにあんなことをしたのか。そんな問いかけのような叫びをあげたくなるがグッと堪える。そんなことすればリーチェを怖がらせてしまう。

 

「ねぇお兄ちゃん……なにが不満だったの……」

 

 八将の地位。それはこの生活を捨ててまで価値があったものなんて思いたくもない。だけどお兄ちゃんは八将になるためにみんなを殺した。お兄ちゃんはそれが価値のあるものだと思ったのだろう。

 

「……帰りたいな」

 

 あの生活に戻りたい。幸せだったあの頃に戻りたい。だけどそれは叶わない。もうどこにも存在しない。どんなに望んでもあの生活は戻ってこない。人は過去に戻れない。

 

「カミーラ。お兄ちゃんの部屋に寄ってもいい?」

「いいけど……」

「知りたいんだ。お兄ちゃんのこと」

 

 私はお兄ちゃんのことが分からない。どうして八将になりたいと思ったのかも分からない。魔王に与した理由も知らない。私はあんな外道のことなんて興味ないと言えるほど強くもない。お兄ちゃんに復讐はしたいが、外道と糾弾する気にはなれなかった。

 

 私達はお兄ちゃんの部屋に足を踏み入れる。お兄ちゃんの部屋には生活に必要最低限のものしかない簡素なものだ。それこそ欲の欠片も感じさせない部屋。明らかに利己的な理由で魔王に国を売ったとは思えない部屋。

 もしも私に見せてた表情が全て偽りだったら少し悲しいな。そんな事を思いながらお兄ちゃんの部屋を探索する。巨人族の部屋は自分が虫にでもなったかのように錯覚するほどに大きい。机や椅子はよじ登れるくらいだし、ベッドなんて上でかけっこが出来るくらいだ。そんな部屋を隅々まで探索する。

 

「なにこれ?」

 

 お兄ちゃんの机の上で人間サイズの手帳を拾う。その表紙には『親愛なる妹へ』とだけ書かれている。このサイズに表題の一文。これは私に向けたものだというのは明白だった。あれだけのことをしておいていまさらなにを言うつもりなのだろうか。せめて懺悔の言葉くらいは聞いてやろうと思いながら私は好奇心からページを捲る。

 

「"ここにあの日の真実を書き記す。その真実は君を傷つけるものになる。だけどそれでも知りたいというのならば読め……"ってなにこれ?」

 

 そこに書かれていたのは魔王軍に下った経緯だった。ページを捲る度に怒りが湧いてくる。ふざけるな。私をあまり舐めるな。あまりに身勝手が過ぎる。どこまで馬鹿なんだ。そんな自己犠牲を望むわけがない。誰も望まない。

 

「ルカ?」

「ふざけんなよ! だったら最初からそう言えよ!」

 

 私は手帳を投げ捨てた。手帳に書かれていたのは私のために国を売ったということだった。お兄ちゃんが国を落とす前に魔王が直々にお兄ちゃんに接触した。そして魔王は語った。

 

『お前の妹と民を殺す。生かしてほしくば妹以外の全員を殺せ』

 

 だからお兄ちゃんはみんな殺した。私のために全て殺したのだ。そうしないと私が殺されるから。私を生かすためにそうするしかなかったから。

 

『お前が選ぶのは妹だけが生き延びるか全滅かの二択だけだ』

 

 魔王がお兄ちゃんに語った言葉が詳細に書かれていた。目を逸らしたくなる現実が書かれていた。お兄ちゃんは馬鹿だ。私のために民を全員殺した。正気の沙汰じゃない。だけどそれ以上に……

 

「……みんな死んだのは私のせいなの?」

 

 そんな言葉が漏れた。私がいなければ皆は死なずに済んだ。私のせいで死んだようなもの。私が殺したようなものだ。

 

「それは違う! 悪いのは魔王だろ!」

 

 お兄ちゃんはその選択が魔王に気に入られ、八将として飼われることになった。それ以上のことはなにも書かれていない。そこから先に書かれたのは私へのメッセージ。幸せに過ごしてほしいだの素敵な相手を見つけてほしいだのありふれた幸せを願う言葉。

 

「カミーラ……」

 

 全身から力が抜けていく。私がお兄ちゃんを憎んだ時間はなんだったのだ。私はなんのためにここまで苦しい思いをした。これはどうせ嘘だ。そうじゃないと私の心が耐えられない。

 だけど……この手紙通りに受け取った方が腑に落ちる。あの優しかったお兄ちゃんなら必ずこうする。こうしてしまう。

 

 駄目だ。折れるな。もう私だけの戦いではない。カミーラが折れるまで私が折れることは許さない。その呪いが私を立ち上がらせる。全て割り切れ。私が民を殺した。民の命が私を生かした。もう私だけの命じゃない。逃げることは許されない。

 

「ルカ。最後まで読んだか?」

 

 私が投げ捨てた手帳を拾ってぱらぱらと眺めていたカミーラ。彼が不思議なことを言った。最後の方は私への下らない言葉だけだったので全部は目を通していない。あとで読もう程度に考えていた。

 

「お前に授けたいものがあるって書いてあるぞ」

 

 私はカミーラから手帳をひったくって最後のページを見る。てっきり私への下らないメッセージだけかと思っていた。私は最後のページに書かれた言葉を見て、騒然とする。

 

「詳しくは宝物庫の最奥にある石碑を壊せって……」

「言われた通りにしてみよう。それからでも考えるのは遅くない」

 

 それから私達は宝物庫へと向かった。宝物庫の中央には予言の石碑が置かれている。子どもの頃に何度か見たことのある石碑だ。そこに書かれているのは"魔王を終わらせるのは4名の子。聖剣に選ばれし勇者。巨人族の姫君。天下無敵の鬼。聖女と呼ばれしエルフ。その4名揃わずして魔王を討つのは不可"という巨人族ならば誰もが知る予言。

 

「こんな予言あったなぁ……」

 

 巨人族の姫君。当然ながら私のことではないだろう。もっと体の大きいちゃんとした巨人族のお姫様。私みたいな出来損ないが予言の子のわけがない。きっとこれはこの代では勝てないと言っているだけの予言。そう思うと少し腹が立ってくる。

 

「これ壊すんだよね?」

「ああ」

 

 無言で殴り壊す。それで少しだけスッキリした。この予言は嫌いだ。なにせ私じゃ勝てない。次を待てと否定されてる気がする。私は魔王を殺すと決めた。この予言に抗うと。

 

「わーお」

 

 石碑の下には地下に続く階段があった。私はカミーラと2人で期待に胸を踊らせながら階段を下っていく。そして階段をしばらく下ると開けた場所があった。そこには私の体と同じくらいの大きさの箱が置かれている。人間から見たら大きな箱。だけど巨人族からしたら小さな箱。

 

「18の娘へ」

 

 その箱の表面にはお父さんの筆跡でそう刻まれていた。きっとこれは私が18になる頃に渡すプレゼントだったのだろう。巨人族の風習で自分の子供が18を迎えた時は戦士として認め、親が子に武器を授けるというものがある。

 

「ありがとう。お父さん」

 

 箱を開ける。そこに寝かされていたのは純白の戦斧。少し持ち上げようとした瞬間に全身がもっていかれそうになるほどの重さに襲われる。今まで持ったどんな武器よりも重い。だけど不思議と手に馴染む。まるで武器が私を選んだと言わんばかりに。

 

「ミョルニル……ね」

 

 そこには武器の名前が刻まれている。その意味はわからないが悪い響きではない。

 

「なぁルカ」

「なに?」

「あの予言で思ったんだ」

「ん?」

「俺が持つのは聖剣。つまり俺が聖剣に選ばれた勇者。それで巨人族の姫がルカ。予言のピースはもう2つも揃ってる」

 

 百歩譲って私が予言の子だとしても残り2名が見当もつかない。エルフなんて予言以外で聞かない単語だし、鬼なんて御伽話の存在。実在するわけがない。しかし予言通りならば全てのピースが揃えば魔王に勝てるということでもある。探す価値はなくはないだろう。だが私なんかが予言のお姫様なわけがない。

 まぁしかし今後の方針が定まらない以上は予言に沿うのも一興か。

 

「鬼は考えないとしてエルフさんって人を探すってこと?」

「エルフって人名じゃなくて種族の可能性もあるんじゃないかな。俺はそんな種族は聞いたこともないけど……」

「まぁでもカミーラが探したいなら探せばいいんじゃないかな。他に魔王に勝てる手段も思いつかないし」

「うん。そうだね」

 

 しかし鬼。色々な話があるが一番有名なのは吸血鬼伝説。吸血鬼は魔王が現れる前に存在し、その力で人類を震え上がらせていたと聞く。だが魔王が現れると同時に歴史から姿を消した。どこか遠くの人目につかないところで吸血鬼だけの集落を作り、そこに身を潜めてるという話もあるが、与太話の域は出ない。だから期待が出来ない。

 

「……それと1つだけ言っておかないといけないことがある」

「なに?」

「俺は吸血鬼に育てられた、半吸血鬼だ」

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