あれから半年が経った。この半年の間に目立った進展はない。吸血鬼を探して、旅を続けているが進展はない。またエルフさんに関しても手掛かりは一切ない。せいぜいあったことと言えばゲイジュとかいう八将を殺したくらいだろう。あれは思い出したくもないくらいの外道だった。しかし大して強さは感じなかった。それは私達が強くなっていることの証明だろう。
「平和だねぇ」
そして世界情勢も大きく好転している。数年前に私が八将ショウを討ち、半年前にカミーラと共にロウロウも討った。そして先日のゲイジュ撃破。
あれからアリスも私たちが攻撃を仕掛けて以来、表舞台から消えて鳴りを潜めている。そしてこないだどっかの王国が総力を挙げて、多くの犠牲を出しつつも八将フィジを討ったと聞く。既に八将は4人も討ち取っている。残す八将はアリスを除けば残り3人だ。
「ルカお姉ちゃん! いい加減に戦い方を教えてよ」
しかしリーチェはまだ私達と一緒にいる。あれから当然ながら教会とか孤児院とかリーチェを引き取ってくれそうなところは探した。その中には快く引き受けてくれそうなところもあった。しかし預けようとすると私とカミーラと一緒がいいと駄々をこねて聞かず、なんだかんだで今も旅に同行している。そのため気づけば私たちはほとんど戦争に関与しない生活を送っていた。
「リーチェはとりあえず素振りからだよ。基礎体力足りてないんだから」
「でももう100回以上は軽く素振りしたよ!」
「はいはい。1000回は出来るようになってからね」
正直言ってリーチェにはあんまり血生臭いことは教えたくない。しかしこんな世界だ。身を守る力くらいないと呆気なく殺される。子供のうちから戦い方を仕込まれるのは当たり前。子供は魔族を皆殺しにしろと教育を受けて育ち、それに疑念を抱く人もいない。だからリーチェも戦いに嫌悪がない。本当に嫌な世界だと心の底から思う。
「はぁ……カミーラの言いたいことがちょっとだけわかった気がするよ」
「どうした?」
「リーチェみたいな子供が戦いのことなんて考えることもなく生きられる世界にしたいなと思ったってだけの話なんだよ」
だけどそのためには誰かが魔王を倒さなければならない。恐らく人類で一番強いのは私達だ。人類が倒した八将の大半は私達の成果であり、なによりも人類は八将を倒すのに総力をあげた。それに対して3体のうち2体は私の単独撃破。あまりに地力が違いすぎる。私達が動かなければ、いつまでも魔王は倒せない。そんな現実をひしひしと感じつつある。
「ルカ。彼女をいつまで連れて歩くつもりだ?」
「それは……」
「俺たちの旅は危険だ。これ以上付き合わせるわけにはいかないぞ」
「うん。わかってるけど……どこに預けてもついてくるじゃん」
私達が動かないと事態は好転しない。それなのに私達はなにもしていない。その事実にカミーラが痺れを切らしつつある。彼の反応は当たり前だ。彼は私とは違って、大義のために戦っている。私みたいな個人の事情で戦う人とはわけが違う。簡単に降りることは出来ない。
リーチェがこの人と過ごしたいと思える大人に会えればいいのだが、中々そう上手くもいかない。そもそもあんなことをされて大人を信用できるはずもないから仕方ないといえば仕方ないのだろう。でも私だってなにも考えてないわけではない。
「正直な話さ。いっそのこと一人で八将と戦えるくらいまで仕込んじゃおうかなと思ってる」
「それは……」
「私だってこんな道に引き摺り込みたくはないよ。彼女がそれを望んでるなら、私たちが勝手にそれを取り上げるのも良くないかなって」
最近のリーチェは私に戦い方を聞いてくる。もし彼女が戦いたくないというようならば、そんなことは考えもしなかった。だけど彼女は強くなることを望んでる。戦いに身を投じたいと思ってしまう。それに思うところはあるし、私も否定的な考えだ。でも私のエゴでしかない。それは駄目だなんて口出しする権利は私にない。
「人殺しをさせるのが正しいわけがないだろ」
「わかってる。だけど正しさを押し付けて彼女が普通の生活に戻って幸せになれるのかって話だよ」
正しさよりも彼女が幸せになれる道を示したい。もしそれが戦いの道だと言うのならば、私は否定する気はない。もちろん嫌だなとは思う。だけどリーチェが幸せにならない方が嫌だ。正しい道を歩んで不幸になるよりも間違った道を歩んででも幸せになってほしい。
「それに正しさの話をするなら、この世界で人を一度も殺したことはないって人間は何人いるんだろうね」
いくら事態は好転してるといえど魔族や魔物の侵攻がなくなったわけじゃない。それによって多くの人が住む家や仕事、挙句の果てに家族までも奪われる。生きていくために野盗に身を落とす人なんて珍しくもない。そして自らを守るために野盗を手にかける。殺しが当たり前の世界だ。
それが間違ってるとは言わない。自己保身に走るクズや略奪を企てるカスに挙句の果てに子どもに手を出そうとする外道までもいる。その光景を見て当然だけど嫌悪するし、不快にだって思う。救う価値がないと思うこともあった。だけど救わない理由にはならない。これを人間の本性なんて思わない。
「まぁでも全部魔王を倒せば終わることだよ」
私は人が醜悪なんて思っていない。人の本性がああだと思わない。あれらは全て人の追い詰められた姿でしかない。魔王がこの世界を地獄にしたから、ああなっただけだ。人が醜いわけじゃない。魔王が醜さを引き出したのだ。クズだと思うし、同情もしない。それは容赦なく殺す。だけどそれが彼らの全てだと思ったことはない。道を踏み外せばどうにもならない。しかし道を踏み外させたのは魔王だ。魔王がいなければ彼らは醜悪な存在に堕ちなかった。
リーチェを襲おうとした男達も自己保身に走る老婆も不愉快だ。死んで当然の存在であり、紛うことなきクズだと今でも思ってる。だけど彼らがクズにならなかった可能性があるのも事実。あれが彼らの全てということは絶対にない。
もちろん全員が魔王のせいで歪んだとは言わない。魔王がいなくなって皆が良い人になりましたなんていうのはありえない。だけど大きく改善されるとは思っている。人を一度も殺したことはないって人間の方が少ない世界にはなると思ってる。
私はリーチェが私みたいな醜悪な存在になってしまう前に魔王を倒したい。魔王を倒せば戦う相手はいなくなる。そうすれば誰かを殺す必要もない世界になる。私の杞憂も魔王さえ倒せば解決だ。
「……魔王を倒した後は平和になるのか?」
「どういうこと?」
「最近嫌なことを考えるんだ。魔王を倒したら今度は人同士が……」
「争うかもしれないし、そうじゃないかもしれない。未来のことなんて誰にも分からないよ」
「そうだな」
「わからないことは考えない。魔王を倒せば多少はマシになるから倒す。その後に発生した問題はその時に考えるでいいじゃん」
私は家族の仇を討てればそれでいい。その後なんてどうでもいい。少し前までそう思っていた。だけど今ではちょっとだけ魔王を倒して平和になった世界のことを考える。リーチェが笑って過ごせる世界になればいいなと僅かに願うようになった。私の中で復讐が全てではなくなってきている。
「そういえば魔王で思ったんだけどさ。少し魔王軍の動きが奇妙じゃない?」
「奇妙?」
「うん。これだけ八将を倒してるのに魔王どころか四天王の動きすらない。普通に考えてそんなことありえる?」
「たしかにそうだな……」
もう既に八将は半数が死んでいる。それなのに相変わらず人類の領土圏内で四天王の話は聞かないし、魔王が攻めてくることもない。あれらは相変わらず魔族領から出てこない。あまりに違和感しかない。だけど1つだけ全ての辻褄が合ってしまう最悪な仮説がある。魔王にとって八将は一般兵と変わらないものと捉えられているという仮説。わざわざ末端が死んだくらいで騒ぐ上層部はいない。それと同じ理屈で動かない。そんな最悪がふと思い浮かんだ。
「でも八将が人類にとって脅威なのは間違いないだろ」
「うん。そうだね」
魔王はまだ痛手すら受けていない。そんな気がしてならない。もしかしたら未だに私たちのことを認知すらしていないのかもしれない。もしそうだとしたら八将を末端として扱う四天王や魔王はどれほど強いのだろうか。考えただけでゾッとする。
「今の目的は吸血鬼達に会い、協力を仰ぐこと。魔王軍がどう動こうが俺たちのすることは変わらないし、なんの支障もないはずだ」
「そうだね」
現在、私達が目指しているのは夜の街ルナリアだ。そこの近場には凶悪な獣が多く棲み、人が近づくこともなければ永住することもない。誰もいない死んだ街である。その街に吸血鬼達は数年に一度だけそこに集まり、祝賀会を開く。そんな噂を酒場で聞いたため、それを確かめるべく私たちはそのルナリアに向かっていた。蜘蛛の糸くらい細い可能性だが、なにもないよりマシだ。
「ねぇカミーラの育ての親について教えてよ」
「凄く綺麗な金髪の女性だよ。まぁ実年齢は数百歳超えてるみたいだけど」
「へぇー。強いの?」
「めちゃくちゃ強い。俺の剣技も彼女に教わったものだし」
「そっか。私も教えてもらおうかな」
「……もういないよ」
「え?」
「殺された」
殺された。その言葉を聞き、なんて声をかけたら良いか分からない。そんな話は聞いたこともなかった。彼の大切な人が既に死んでるなんて考えもしなかった。思い返せば私はカミーラのことをなにも知らない。彼が勇者を名乗る理由も知らないし、彼が半吸血鬼となった背景も知らない。
「カミーラも私と同じ復讐が目的だったの?」
「いいや。それ以上にあの人の意思を……あの人が夢見た世界を実現したいって想いが強いかな」
「立派だね。復讐しか脳がない私とは大違い」
彼と私は違う。私は大切なものを奪われて、復讐を選んだ。だけどカミーラは復讐ではなく繋ぐことを選んだ。
過去に囚われたのが私であり、未来に手を伸ばそうとしたのがカミーラ。そんな彼を見てると少しだけ自分の在り方が恥ずかしくなる。
「ルカも十分に立派だと俺は思うよ」
「そうかな?」
「どんなに高尚な動機を掲げても結果が伴わないと意味はない。その逆も然りだよ」
「ありがとう」
馬車を走らせて街に到達する。ここはルナリアに最も近い街であり、最後の補充となるだろう。最近は街に訪れても滅びていたということも少なくなってきた。旅ばかりで人間社会に疎い私達にはどのような背景でそうなったかわからないが、非常に喜ばしいことだ。
「ねぇカミーラ。貴族街とかなら砂糖って売ってるかな?」
「まぁ売ってるんじゃないか」
「それならパンケーキ作ってよ。リーチェも食べたいって言ってたし」
「砂糖が売ってたらな」
そんな話をしながら立ち寄ったのは貴族向けの仕立て屋さん。最近は服もボロボロになってきたので新しいものを新調したくなった。今の私達は小金持ちである。お金に困れば禍獣の単独討伐を引き受ければいい。それだけで一生かかっても使い切れないくらいの大金が貰える。だから買い物の際に値段を気にする必要もなくなってきた。
「ルカ。この白いワンピースとかリーチェに似合いそうじゃないか?」
「似合うだろうけどさぁ……白は汚れが目立つよ?」
「たしかに」
「あと可愛さだけじゃなくて動きやすさも考えてあげてね」
リーチェは疲れていたのか宿屋に着くなり眠ってしまった。だからリーチェは宿主に一言声をかけて部屋に置いてきた。そうして久々に私達2人だけの時間だ。最近はずっとリーチェもいたから懐かしさを覚える。こうしてカミーラとデートするのはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
「ルカ! 砂糖が売ってるぞ!」
「本当!?」
街で砂糖を見つけて年甲斐もなくはしゃぐ。リーチェが食べたいと言っていたパンケーキ。ずっと気にはかけていたけど、材料が足りなくて作れずにいた。でも砂糖さえあれば作れる。私達は値段を見ることなく迷わずに砂糖を買った。砂糖を買って浮かべるのはリーチェの笑顔だ。パンケーキを作ったらリーチェはどれだけ可愛らしい笑顔を見せてくれるだろうか。それが今から楽しみでならない。
――だけどそれは叶わなかった。
宿屋に戻ろうとすると同時に街中から悲鳴があがった。上空を翼のある魔物が覆い尽くしている。その数は数百匹。そんな飛竜のような魔物は上空から人を鉤爪で掴んで、捕食していく。血の雨が降る。内臓が降ってくる。死体が降ってくる。それは空からの攻撃だった。
「カミーラ。ここは任せるね!」
「わかった」
私は宿屋に真っ先に向かった。カミーラはなにも言わずに私の意図を察してくれた。こんな有象無象の命なんてどうでもいい。リーチェだけが無事ならそれでいい。だからお願い。間に合ってほしい。そんな思いで必死に宿を目指して駆けていく。お願い。間に合って。
「ルカお姉ちゃん!」
リーチェの叫び声が聞こえた。そこには魔族が2人いた。鷲のような男はリーチェの首に鉤爪を突き立て、いつでも殺せると言わんばかりにこちらに見せつけている。残りの1人の蟹を擬人化したような男は少し離れた位置で高みの見物を決め込んでいる。おそらく鷲が部下で蟹が上司だろう。こいつらの狙いは最初から私というわけか。
「くると思ってたぜ! 赤ずきん様よぉ!」
「……狙いは私?」
「ああ。そうさ。八将を3人も殺した女だ。お前を殺せば魔王様に評価されるぜ」
「お願い! 助け……」
「うっせぇよ! 餓鬼が!」
リーチェの頬が引っ掻かれ、顔に大きな傷跡が出来る。憤怒が私の心を掻き乱す。だけど私は必死に堪える。今はリーチェの命が最優先だ。こんなことで取り乱すな。冷静さの欠如は命取りとなる。私は怒りを堪えて静かに相手を観察する。相手の技量や体格。それらを頭に叩き込んでいく。
「この餓鬼の命が欲しかったら自害しろ」
ああ。こいつらは本当に頭がお花畑だ。この程度の策で私を殺せると思ってる。その言葉と同時に私は躊躇することなく、踏み込んだ。
こいつらは弱いというのが私の出した結論だった。あれが反応するより早く距離を詰めてリーチェを抱えていた魔族の頭蓋骨をミョルニルで粉砕した。
私はこいつらが刃を突き立てるよりも速く殺せる。人質なんていうのは相手より速く動けるときにだけ通用する策だ。どうしてこいつらは私よりも速く動けるなんて思ったのだろうか。
「怖かったよね。もう大丈夫」
リーチェを抱きかかえる。それと同時にリーチェが汚れないように死体を蹴り飛ばす。リーチェが私の胸元で泣きじゃくる。彼女の温もりを感じて安堵する。少し顔に傷が出来たけど無事で良かった。もしもリーチェになにかあれば私は耐えられなかった。
「やはり人質作戦はダメでしたか。私は通用しないと思ってたんですけどね」
「覚悟。出来てるんだよね?」
残る魔族は1人。こいつも殺す。リーチェを怖がらせた。許せるわけがない。私は静かに空いてる左手でミョルニルを構える。さっきの魔族よりは強いだろうが、怖さは感じない。この程度ならばリーチェを庇いながらでも遅れを取ることはありえない。
「自分の状況も分からぬ負け犬が」
「――え」
私は絶望した。私の手の中でリーチェの体がブクブクと膨れていく。目の前の光景が理解出来なかった。私が事態を飲み込む前にドカンという大きな音が響いた。熱と衝撃波が私の全身に襲いかかる。熱が私の肌を焼いていく。
「あ……あぁ……」
生暖かい血が全身を包む。心臓の鼓動が速くなる。嘘。嫌。やだ。そんなこと……
これは悪い夢。現実じゃない。そうだ。起きたら何事もなかったかのようにリーチェがいる。嫌だ。分かりたくない。こいつがリーチェを爆発させたなんて認めたくない。きっと私の見間違いだ。私の勘違いで……
「リー……チェ?」
近場には肉片と臓物が飛び散っているばかり。彼女の原型などない。リーチェがいたという痕跡がない。なにもない。なにも残っていない。これは現実だった。いくら時間を置こうがリーチェの声はしない。勘違いなんてことはあるわけない。これが現実だ。結局私はなにもできない。私が幸せを望んだのが間違いだった。
「私は賢いのです! あなた方が人質を取り返すところまでは想定済み!」
私が甘かった。そうなることを微塵も考えなかった私のミスだ。私のせいでリーチェが死んだ。本当に嫌になる。自己嫌悪で死にたくなる。だけど今することじゃない。死ぬのは全て終わってからでいい。今はただこいつを殺す。
「ねぇ」
「な……ぜ生きてる?」
「楽に死ねると思わないでね☆」
こいつだけは絶対に殺す。爆発のせいで全身がボロボロだ。肌はただれて痛い。視界はまともに機能していない。だけど不思議と体が軽い。今ならなんでも出来る気がする。
地面を蹴って距離を詰める。その瞬間に白い星が舞った。軽く蹴っただけなのに地面には大きなクレーターが出来る。私はそのまま蟹男を押し倒し、馬乗りになる。蟹男は反応すらできなかった。こんな雑魚より私の方が速い。臨戦態勢に入る前に殺せる。なのにどうして私はリーチェを守れなかったんだろう。
「待て待て待て待て! 私は八将だ! 私は強いんだ!」
「どうでもいい☆」
「なぜそんな私がこんなことに……ぎゃああああああああ!」
腕を引き抜く。周囲に絶叫が響き渡る。うるさくて不愉快だ。腹を殴って黙らせる。その瞬間に再び白い星が舞った。白い星が舞うと体がいつも以上に軽くなり、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。自分の次元が1ランク上へと昇華されたのが感覚で分かる。
「死ね☆ 死ね☆ 死んじゃえ☆」
星が何度も舞う。足を引き抜き、気が向いたら殴る。何度も繰り返す。ひたすらに繰り返した。気づいた時には蟹男は死んでいた。どのくらい殴っていたのか分からない。それでも私は殴るのをやめない。死体をひたすらタコ殴りにした。
「……全然気持ちよくないや」
気づけばカミーラは魔物を全て片付けたのか、私の下に来ていた。いつからいたのか気づかない。
この蟹男にはムカついた。めちゃくちゃにしてやりたいと思った。だからめちゃくちゃにした。欲望の赴くままに肉体を粉砕した。生まれてきたことを後悔するほどの痛みを叩き込んだ。それなのに心は全く晴れない。私のやりたいようにやったのに満足感など欠片もない。
「ルカ。リーチェは……」
「まだ全然足りないよ。そんなんじゃ私の憤怒は消えない」
死体を踏み躙る。死んで逃げるな。まだ殺し足りない。もっと殺したい。そんなんじゃ全然足りない。リーチェにしたことと帳尻が合わない。お前の死なんてどうでもいい。だから……
「返してよ……リーチェを返してよ……」
1人で旅をしていた時に何度も言われた言葉を思い出す。復讐なんかしても虚しいだけとか復讐はなにも生まない。あの時はなんとも思わなかった。憎い奴らの断末魔と悲鳴で心が満たされると思っていた。しかしそんなことはない。実際に残ったのは物足りなさ。
もっともっと苦しませたい。あのくらいで死んで逃げるな。この程度の苦痛で心が晴れるわけがない。
でも不思議と心のどこかで分かってる。きっとどんなに殴り、苦しませようが私の心は満たされない。まるで穴の空いた壺に水を注ぐように、いつまでも満たされることはない。
復讐なんか無意味だ。復讐しても私の大切なものは戻らない。私の心にはなにも残らない。
「あぁ……」
そういえば今倒したのは八将だったっけ。私は八将を手も足も出させずに完封した。過去の自分ならこんなことできなかった。今の私は前よりも確実に強くなっている。
「……こんな形で気づきたくなかったな」
今ならなんでも出来るだろう。リーチェを助ける以外は。それだけが出来ない。私が一番しなくちゃいけないことだけが出来ない。
「あああああああああ!! ああああああああああ!」
たくさん泣いた。喉が裂けるまで叫んだ。それでも悲しみは消えなかった。しばらくしてから私たちは郊外にお墓を作った。リーチェの肉片や骨の欠片を必死に集めて埋めた。その墓には彼女に買ってあげたお洋服を添える。心にぽっかりと穴が空く。私はリーチェに依存していた。リーチェの面倒を見ることで私を復讐鬼ではなく、人にしていた。
「……パンケーキ。食べさせてあげたかった」
私は静かにカミーラを押し倒す。カミーラは抵抗しようとするが腕力は私の方が強い。どこかの街で大切な誰かを失った時は性行為をすると気が紛れると聞いた。死の悲しみは命を生み出す行為でしか埋められない。そんな言葉を聞いた。
「カミーラ。私を抱いて」
「え?」
「私を慰めて」
「おい。正気になれ……」
「違うよ。そうでもしないと私が壊れそうだから抱いてほしいの。私が正気を保つために抱いて」
外だということすら忘れて服を脱ぎ捨てる。不思議と恥じらいはない。全てがどうでもいい。周りからどう思われてもいい。
「嫌だ……」
「お願い」
自分でも何を言ってるか分からない。口が私の意識を無視して勝手に動く。この苦しみから逃れたい。寂しさを埋めたい。人の温もりを感じたい。誰かに存在を肯定してほしい。私は期待するようにカミーラに縋った。
「私を助けて」
身体にこびりついた返り血を拭うこともなくカミーラと体を重ねる。雰囲気なんて欠片もない。外だということすら忘れて必死に腰を振る。カミーラは動かない。甘い言葉も吐かない。私はそれを気にしない。ただ空いた穴に蓋をするように、性器を擦り付けた。これが私の初めてだった。
行為が終わってから心の底から後悔する。自己嫌悪で死にたくなった。リーチェが死んで私はなにをしてるんだろうか。彼女の墓を作って、真っ先にしたことがこんなこと。もっと他にすることがあっただろう。最低だ。私なんて生きていない方がいい。私みたいな女は死んだ方が世のためだ。人として終わってる。醜悪な獣。自分本位の化け物。死ね。
――ああ。疲れた。
もういいや。なにを今まで迷ってたんだろう。私は死のう。魔王を殺して私も死ぬ。その方が人類のためだ。私も魔王もいない方がいい。私は誰も幸せにできない。生きてちゃいけないんだ。
「カミーラ。もう私は復讐なんてやめる」
復讐はなにも生まない。復讐したからといって過去とのけじめがつくわけでもない。死んだ人が帰るわけでもない。気持ちよくなれるわけでもない。心が晴れるわけではない。あるのは虚無だけ。それを思い知らされた。
復讐しなきゃ気が済まないほどに強い憎しみに駆られた時点で自殺するしか正解はない。もう奪われた時点でゲームオーバーなのだ。救われることもなければ気持ち良くなることも出来ない。黙って死んで全て忘れるしか道がない。
そんな現実をようやく理解した。遅すぎる理解だった。
復讐なんていうのは無価値だ。馬鹿のすることだ。
「だけど止まれない」
そんなのは分かってる。復讐に意味がないのも理解した。しかしここまで来てしまった。ここで逃げたら私のこれまでが全て無駄になる。せめてなんかしらの爪痕は残してから死ね。
今度は復讐のためじゃない。誰かを守るために戦いたい。こんな悲劇を二度と生み出さない。リーチェのような人を出さないために私は魔王を……魔族を皆殺しにする。しなければならない。
脱ぎ捨てた服を着る。カミーラのおかげで色々と整理できた。今までの私が甘すぎた。もうどうなってもいい。予言とか関係ない。私が全て壊せば終わる話だ。
「……ルカ?」
「カミーラ。今までありがとね」
「ル……カ……? おい! ルカ!」
私は跳躍する。今の私は調子が良い。空を蹴り、自由自在に飛び回ることすら朝飯前。音よりも速く動くことすら造作もない。まさしく文字通りの無敵。私はその力で魔王の元まで飛び立っていく。全てを終わらせるために。