悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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Ep10-魔王の原点

 

 私はルカさんと魔族領を歩く。たまに出てくる魔物の類はルカさんが全て吹き飛ばしてくれる。その成長したルカさんを見て嬉しいよりも、やるせなさの方が強くなる。どうして彼女がここまで強くならなければならないのか。なぜ世界は彼女に苦を与えるのか。そんなことを考えてしまう。

 

「ちょっと失礼します」

「え?」

 

 私は姿を変える。赤い髪の男性から普段使っていた青い髪の幼女へと姿を変える。別に深い意味はない。ただ単純にこの容姿が好きなのだ。私にとって肉体は人間でいうところの服でしかない。気分によってコロコロ変えるのが私だ。そして今のマイブームが幼女の姿ということだけのこと。

 

「なんでさっきまで男性だったの?」

「あの魔王の前で女性の姿を晒したくなかったからです」

 

 ただし魔王ウシカゲの前だけは必ず男性の姿になる。理由は単純明快で不愉快だから。彼に性的な眼差しを向けられるのが不愉快。少しでも彼に消費されるような行動はしたくない。

 

「……妖精さんは私をどうして助けてくれるの?」

 

 ルカさんとの出会いは偶然だった。私が寝床にしていた山に勝手に入り込んで修行を始めた子ども。それがルカさんだった。最初のうちは姿を見せずに見物していた。どうせすぐに飽きるだろうと思っていた。だけどそんなことはなかった。休む間もなく素振りをし、自分の肉体を使い捨てるような無茶な鍛錬をしていた。

 その様はあまりに狂気的で痛々しいものだった。だから私は幼女の姿から妖精へと姿を変えて、接触した。

 私は彼女の傷を治した。しかし治すだけでは自身を顧みない鍛錬の日々に逆戻りだ。だから敢えて相当な痛みを伴わせた。そうすれば懲りるだろうと思った。しかし彼女はあろうことかその痛みを乗り超えて鍛錬を続けた。

 

「理由が必要ですか?」

 

 ルカさんは私の思惑とは裏腹にひたすら自身を鍛えた。とても人に出来るような真似じゃなかった。そんなルカさんを見て私は彼女が本気なのだと感じた。きっと私がなにを言おうが止まらない。それならばせめて力になりたいと思った。彼女の努力が報われてほしいと思うようになった。ルカさんをこんな目に遭わせる魔王を憎いと思うようになった。

 

「それと妖精さんじゃなくて()()とお呼びください。今はそれで通していますから」

「……何者なの?」

「ちょっと凄い悪魔ですよ。お気になさらず」

 

 メイ。その名前に深い意味はない。命と書いてメイと読ませるわけでもないし、なにかが芽吹くという意味合いの名前でもない。漢字で書くなら姪が一番近いだろう。なにせ私は創造神から見たら姪に当たる存在になる。だからストレートにメイと名乗っている。もちろんベルゼブブという本名もある。しかし魂と紐づいた本当の名前を晒すのはリスクになりかねない。そのため悪魔界隈では真名は常に隠すのがセオリーである。

 

「……悪魔」

「気になりますか?」

「うん。あまり良い印象ないから……」

「まぁ基本的に悪魔はろくでなしですから。人の苦痛が好きですし、臓物や骨を見て興奮するのが悪魔です」

「……微塵も理解できない」

「そういう在り方なんですよ。人が子犬や赤子を可愛いと思うのと同じくらい本能的にそう思ってしまうのです。別に好きでそうなったわけじゃありません」

「そっか」

 

 それが悪魔の性質だ。だから悪魔は人と相容れないし、常に人類の敵であり続ける。悪魔に人の価値観が理解できないように人も悪魔の価値観を理解できない。言葉で説明したとしても感覚的に分かるものではないのだ。

 

「でも妖精さん……じゃなくてメイは違うよね?」

「私も同じですよ。人を殺す時は可能な限り惨たらしく殺しますし、戦場で死体を見て恍惚(こうこつ)としますから」

「へぇ……」

「道徳とかないわけ?」

「ありません」

 

 長生きすると道徳は育たない。なにせ道徳というものは時代によって変わりすぎる。少し前までは良かれと推奨されていたことがちょっと目を離したら巨悪のように扱われるようになるなんていうのは珍しくない。

 それこそ戦争しない時は命大事とか言うのに、いざ戦争が始まったら殺せの大合唱。そういうのを見てると合わせるのが馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。毎回時代に合わせて道徳アップデートしてたら自分の中身がないコウモリでしかなくなる。ただ周りが善と言えば善と言い、悪と言えば悪という。他人の評価でしか物事を決められない。それは私の好きな在り方ではない。

 

 だから私は道徳については深く考えることはない。これでも私は少し前まで道徳的と評価されていたが……今の私は人々にどう映るのだろうか。

 

「ただ人の営みを見るのも同じくらい好きですけどね」

「なんか悪魔っぽくないよね」

 

 凄惨なもの大好きだ。だけど昔からバッドエンドだけは不愉快だった。頑張ってる人がなにも成し遂げられずに死ぬ様は不快感を覚える。その人が出す悲鳴は聞いていて楽しい。腹から出る臓物は美しいと思う。でも心はざわつく。その不条理に怒りにも近い嫌悪を覚える。美味しい料理に吐瀉物(ゲロ)をかけられたような気分になる。

 その点だけを考えるなら悪人というのは良いものだ。なにせ悪人の悲鳴を聞いても心は痛まないし、彼らが臓物をまき散らかそうが可哀想という感情は一切湧いてこない。なにも考えずに純粋に血肉を楽しめる存在。それに加えてざまぁみろという感情すらついてくるのでお得だ。

 

 だから私は善人に手を出すつもりもないし、無作為に人を襲って理不尽を撒き散らすつもりもない。他の悪魔との差はそこだけだろう。だからこそ悪魔らしくないという感覚を私に抱いたのだろう。

 

「まぁ……雑食で変わり者の悪魔くらいに思っておいてください」

 

 人が好きなものに無関心なわけではない。子犬だって普通に可愛く思うし、グロテスクなことが一切起こらない英雄譚だって嫌いなわけではない。凄惨なものが一番好きなだけであって、他のものを否定したいわけでもない。むしろ両方好きでいいでしょうというのが私のスタンス。そこがあるから他の悪魔と少し違うように見えてしまうのだろう。

 

 そんな私だからこそ私はルカさんの不幸は望まない。彼女には幸せになってほしい。普通の女の子としての幸せを掴んでほしいと思ってる。彼女の終わりがバッドエンドになることだけは許せない。

 

「ところでメイさん。どこに向かってるわけ?」

「敬称はいりません。私と貴方の仲ではありませんか」

「だったらメイもさん付けをやめて」

「そうですね。失礼しました」

 

 これは一本取られた。人に指摘する前に自分を省みろという話だ。ただ今は私に興味を持ってくれるくらいには回復してくれたことを少し嬉しく思う。

 

「私達が向かってるのは魔王ウシカゲが現れた地です。ルカはまず敵について知るべきかと」

「現れた? 産まれたじゃなくて?」

「はい。あれは異世界人ですから」

 

 この世界はたまに異世界人が霊脈の力を使って迷い込む。もちろん大体の異世界人は野垂れ死ぬ。なにせ言語は通じないし、戦う術も知らないものが大半。そのためほとんどが気にも留めないものだった。

 

「ここら辺ですかね」

「なにかあるわけ?」

「違和感を覚えませんか?」

「まったくないけど?」

「これほどの霊脈なのに霊力が(から)なのはおかしいと思いませんか?」

「……霊力? なにそれ?」

 

 私は頭を抱える。そういえば霊力を知覚出来るのは悪魔だけということを忘れていた。これは痛恨のミスである。どうやら私はルカに会えた嬉しさのあまりやらかしてしまった。

 

「本来ならば霊力が溜まってるはずなんですよ」

「はぁ……」

「その霊力が溜まりすぎると暴発して異世界人を迷い込ませる。そういう仕組みです」

「……魔王ウシカゲもそれで別世界から来たということ?」

「はい」

 

 魔王ウシカゲだけはイレギュラーだった。なにせ偶然にも私達が扱う言語と同じ言葉を扱えた。だから野垂れ死ぬことがなかったのだ。

 

「もしかしてまた魔王ウシカゲみたいなのが現れるとでも言いたいわけ?」

「今は心配しなくてよろしいかと」

 

 この世界にある霊脈は大きく分けて3つ。1つはここであり(から)に等しいので300年は暴発することはない。そしてもう1つは私が少し結界術に使用したので(から)、残り1つは溜まってこそいるが残り50年は暴発することないだろう。ようするに異世界人が来る心配は杞憂(きゆう)ということだ。

 

「異世界人だから強いってこと?」

「どうでしょうかね」

 

 その線は薄いと私は思っている。もし他も魔王ウシカゲほど強いならば、もっと語り継がれてもおかしくない。彼に匹敵するだけの戦闘力があるならば言語の壁くらいで野垂れ死ぬこともない。だからこそ私は魔王ウシカゲという個だけがイレギュラーの可能性……もしくは第三者の関与の可能性を考慮している。

 

「まぁなんでもいいけど。あれを殺すことには変わらないし」

「そうですね」

 

 ふと違和感が生まれた。今まで気にしたことはなかった。だけど改めて思うとおかしい部分が1つだけある。改めて魔王の話をした今だからこそ違和感に気づいた。私はその違和感を確かめるべくルカに問いかける。

 

「ルカ。本当にお兄さんは魔王に脅されたのですか?」

「うん」

「魔王の姿を貴方は見たのですか?」

 

 あの時にルカは魔王と初対面だった。それなのにルカはどうして魔王が悪いと断言できたのだろうか。冷静に考えればありえないはずなのだ。どうしてもっと早く気付けなかったのだ。

 

「見てないけど……」

 

 魔王と四天王は人類の領土に入れない。それは私が霊力を使った大規模な結界術で入らないようにしたからだ。私がルカの前から姿を消したのは結界が綻び、その修繕に向かったから。そして修繕で力を使いすぎた私は先ほどまで現界すら出来なかった。

 

「ありえない」

「え?」

 

 言葉が漏れる。巨人族の国はギリギリ人類の領土だ。それなのにどうして魔王ウシカゲはルカのお兄さんと接触が出来た?

 そもそもあの魔王がこんな狡猾なことをするだろうか。あれはもっと頭が悪く、本能でしか動かない。こういう策略めいたことをするような存在ではない。

 

 そうなると導き出せる答えは1つしかない。彼女のお兄さんのでっち上げ。最初から魔王は巨人族に関与していない。

 

「魔王が巨人族の国を滅ぼすのは不可能なんですよ」

 

 ああ。そういうことだったのか。どうしてもっと早く気付けなかった。そもそもルカだけが明らかに強すぎる。それこそ無茶苦茶な修行をしましたじゃ説明がつかない。

 

「う、嘘……」

 

 嫌な想像が浮かぶ。ルカの出自は明らかに曰く付きだ。それは彼女が巨人族の異形児であることから明白だった。だからこそなにが起きてもおかしくない。それこそ彼女が暴走し、自国の民を皆殺しにしましたということだって起きても不思議じゃない。

 

 ――もしその光景を偶然兄が見たとしたら?

 

 そのことをルカに悟られないために魔王に与したことにするだろう。少なくとも私がルカのお兄さんの立場ならばそうする。そのうえで捏造した日誌を用意し、自分に矛先が向くようにする。偽りの真実を彼女の手で見つけさせることで、それを真実だと思い込ませようとした。

 

「ねぇ1つ確認させて?」

 

 ロウロウによる巨人族の利用。もしかしたらルカのお兄さんが仕向けたものではないだろうか。死体を粉砕してしまえば痕跡が無くなる。証拠がなければルカが真実に到達することはない。そういう思惑で巨人族の国の所在を伝えた。

 点と点が線で繋がっていく。そしてルカも馬鹿ではない。むしろ教養もあり、頭の回転は速い部類だ。それ故に私と同じ結論に行き着こうとしてる。

 

「魔王ウシカゲってもしかして人類領に立ち入れない?」

「……はい」

 

 ルカが膝をつく。彼女は気づいてしまったのだ。巨人族の一件に魔王は関与していない。今まで彼女のしてきた復讐は筋違いだったという事実に。

 

「あああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 静寂の森にルカの叫び声が響き渡った。

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