悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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少しだけ性描写があります


Ep11-約束

 私はあれから人類の生活圏に戻っていた。復讐の正当性も消えた。今の私にはなにも残されていなかった。もう死んで楽になってしまいたい。だけどカミーラの呪いが私に死ぬことを許さない。

 普通の生活には戻れない。少しでも退屈を覚えると体が火傷しそうなくらいの熱を帯びた憤怒が湧いてくる。自分に対しての嫌悪にも等しい憤怒の熱。私はその熱を冷まそうと必死に退屈を潰した。なにも考えないようにするために。

 

「■■■っ……!!」

 

 人気のない路地裏。目の前には仰向けになっている裸の男。私はそんな男に跨って腰を振る。男はなんか叫んでいるけど薬で朦朧とする意識では上手く聞き取れない。

 

「そう」

 

 戦争は退屈凌ぎにもならない。指を弾けば全てが終わる。数万の軍勢も数秒あれば片付く。結局のところ私が行き着いたのは自分を貶める行為だった。体に薬を打ち込んで、適当な男に声をかけて搾り取る。そうすれば憤怒の熱は少し冷める。それに自分が滅茶苦茶にされたら罪を清算してる気がして気持ち良かった。快楽だけが忘れさせる。魔王のことも私の罪のことも。

 子宮が少しだけ熱くなる。その熱を感じると同時に私は男から離れる。心底気持ち悪い。近くに視線を向けて、()()()()を探す。

 

「あったあった」

「……■■■!! ■■■!!」

 

 男が怯えた目で私を見てみる。私の手に持ってるのはガラス片だ。武器として扱うにはあまりに物足りないが、人の肉くらいなら割く程度ならば充分過ぎるものだ。もちろん男に向けるつもりはない。これは自分に向けるものだ。

 

「あんたの子なんか産みたくないし、避妊だけど?」

 

 そのガラス片を自分の腹に突き刺して、切れ目に手を入れて開いていく。男は歯をガタガタと鳴らしながら、怯えた表情で見てくる。そんな男など気にも留めることはない、無視して開いた腹に手を突っ込んで精液で汚れた子宮をちぎり出して、地面に投げつけ、そのまま踏みつけて潰す。別に死ぬことはない。このくらいじゃ人はすぐに死ねない。それは身に染みて知っている。人体は意外と丈夫だ。

 

「■■! ■■■■!!」

「ごめん。もうなに言ってるかわかんないや」

 

 臓物を腹から零しながら歩く。痛みで少しだけ理性が戻ってくる。ふらふらとした歩みで向かう先はメイのところ。メイならば傷などいくらでも治せる。さすがに死なないと言っても、腹が開いた状態を数十分も放置すれば死んでしまう。どんなに強くしても生物から卒業できるわけじゃない。

 

「そういえば八将が現れたらしいね。さっきの人から聞いた」

 

 メイに傷を治してもらいながら他愛のない雑談をする。変な薬を飲んだり腹を叩きつけたりするよりも子宮を取り出すのが一番確実に避妊できる。それに子宮を無くしたとしても治癒で新品の子宮にしてもらえばなんの問題もない。

 だから私は似たようなことを何度も繰り返した。

 

 メイが愛想を尽かしたら私は死ぬだろうけど……まぁ死んだら死んだでいいや。

 

「どうするのですか?」

「殺すよ」

「そうですか」

 

 私と魔族の関係は皆無だ。復讐なんて筋違いだ。しかし八将や魔族が加害行為を繰り返しているのも事実。だから私は戦いの舞台から降りない。ただ戦い続けることだけが私の贖罪になる。

 

 腹を切って痛みがないわけじゃない。でも痛みは不快じゃない。むしろ気分がいい。私のような愚か者には痛みがお似合いだ。リーチェを守れず、魔王になにも出来ない無能。そのくせに筋違いの復讐に人生を捧げた馬鹿な女。暴力でしか物事を解決出来ないような女。そんな女は痛みに犯され、常に苦しんでるくらいが丁度良い。痛みだけが、私はどうしようもない女だと罵ってくれる。痛みだけが救いだ。痛みがないと嫌悪で死にたくなる。私みたいなクズ肉が普通に生きてることへの嫌悪だ。痛みは自分に罰を与えてくれてるみたいで気分がいい。

 

「傷はいつもどおり完治させないでいいよ。歩いて激痛が走るくらいに残して」

「本当にイカれてますね」

 

 ……だめだな。思考がまだ回ってる。こんな理屈っぽい思考はしてはいけない。感情を言語化するな。そういう知能がお前を苦しめる。もっと馬鹿になれ。なにも考えられず、快楽にまかせて腰を振るだけの獣になれ。その方が楽だ。

 

 そうだ。どこかに地下組織から強奪した薬物があったはずだ。早く体に打ち込んで楽になろう。ただその前に八将を討つ方が先か。さすがにあれが相手ならば少しは思考を残したいな。

 

「なにあれ。きっしょ」

 

 今回の八将はいつもと違った。酸をゼラチン状にした化け物。そのくせ大きさが山のようにあり、歩くたびに草木が溶け、人や街が溶かされていく。これほどにでかい図体をしておきながら今までよく見つからなかったものだ。まぁ心底どうでもいいし、こんなやつ片付けて薬を打って馬鹿になりたい。

 

「魔族なんて全部きっしょいけどね」

 

 いつも通り指を弾く。その際の衝撃で肉体を爆散させて終わり。ゲームセットだ。退屈凌ぎにもならない。私に痛みすら与えてくれない。つまらない。本当につまらない。こんな雑魚が八将か。本当に笑えてくる。この程度に苦戦していた自分に。この程度の奴を倒して魔王に痛手を与えていたと思う自分に。

 

 本当に私って愚かだなぁ。こんなんいくら倒したところで魔王がどうこう思うわけないじゃん。それなのにいい気になって馬鹿みたい。そんなこともわかんないからリーチェも守れないんだよ。こんな八将すら瞬殺出来ない実力で魔王を倒すとかほざいてたの恥ずかしすぎるでしょ。もう死んだ方が世のため。もっと身の丈にあった夢を抱けよ。現実を少しは見ろよ。私。

 

「帰ろ」

 

 街に戻る。薬を打つ。知らない男と身体を重ねる。内臓を掻き出す。戦争の話を聞く。片付ける。薬を打つ。自分の尊厳を貶める。内臓を掻き出す。敵を殲滅する。その繰り返し。

 

 いい加減に飽きてきた。

 

「愚か者」

 

 結局私はなにがしたいのか。魔王に勝てるわけでもないのに未だに魔王のことを諦めきれない。魔王を倒す意味もないのに、心のどこかで魔王を倒さなきゃと思ってる。その結果が形だけの鍛錬。目についた戦場を端から駆け回ったところで意味なんかない。戦場にいるのは雑魚ばかりで経験値にすらならない。この半年やったことは雑魚狩り。雑魚狩りのルカ。そんなんで強くなるわけないでしょ。まぁ強くなっても意味なんかないけどね。

 

 でもこればかりは私は悪くなくない?

 別に雑魚ばかり狙ってるわけじゃない。目についた敵は全て倒してる。ただ敵が全て雑魚なだけ。もう経験値にすらならない敵さんサイドに問題があるでしょ。

 

 なんて思うけど結局それを言うなら私が魔族領に行けばいいこと。そこには四天王みたいなきちんと強い奴らもいる。そいつらと戦って経験値にすればいい。だけど私は魔族領には向かわない。どうせ勝てずに死ぬと思ってるから。

 ていうかあれだけのことをしたいのに生きたいとか思ってるんだ。そんな権利なんかあるわけないのにね。本当に卑しい女。

 

 臆病でなにも出来ない雑魚狩りのルカ。生まれてきたことが間違い。お前なんか生まれない方が良かった。今も魔族領に行かず、自分が勝てる相手しか殺さないのがなによりもの証拠。自分を傷つけるのは結局のところ形だけ。本当は自分可愛さで死を恐れてる。愚か者。そんなんだからリーチェは殺された。お前がもっとしっかりしておけばよかった。

 

 地獄でリーチェはお前を呪ってる。なんで助けてくれなかった? なんで助けてくれるくらい強くなれなかった? どうして鍛錬をサボった? なんで雑魚狩りの日々で満足してるの?

 耳を澄ませばそんな声が聞こえるだろ。もっと現実を直視しろ。

 

 ――もうなにも考えたくないや。

 

「……薬。どこだっけ」

 

 体に薬を打ち込む。

 ああ。頭が真っ白になってきた……

 

「また戦争か」

 

 殺さなきゃ。私が殺さなきゃ。なにもしないよりマシだ。少しでも歩みを進めろ。停滞するな。

 

 あんな雑魚倒すのが歩みとか笑わせる。生命活動を努力だと勘違いしてる馬鹿な女。そんな知恵足らずだからなにもできないんじゃない? 私みたいなバカは周りに迷惑しかかけないんだからとっとと死んだらいいのに。なんでまだ生きてるの? ねぇ早く死になよ? ほら。ナイフで首元掻っ切って自殺しなよ?

 

 うるさい。薬。薬。薬だ。薬はどこだ?

 消えろ。消えろ。消えろ。消えてしまえ!! 私!!

 

「ルカ。ようやく見つけた」

 

 もう自分が何者かも見失った頃だった。金髪のオスが私に声をかけてくる。いつか見た青空のような美しい青い剣。彼は静かに剣を抜く。どこかで会った気がするけど思い出せないや。でも強そうだな。私の経験値になってくれるかな。

 

「あああ……ぁぁぁ」

 

 あれ。私の声ってこんなんだっけ。いつから喋れなくなったんだろう。そもそもあれからどのくらい経ったのだろうか。もう私って化け物じゃん。ああ。うっざいな。思考止まれ。こいつさっさと殺して薬を打ち、いつもの行為だ。そうすればなにも考えなくていい。それで……

 

「もう君を孤独にはしない。()も君についていけるくらい強くなったから」

 

 動けなかった。彼の動きは閃光のように速く、私の懐に飛び込んでくる。そして彼の剣が私の心臓を突き刺した。不思議と安堵した。やっと死ねるんだと思った。ふと彼の顔を見る。覚悟を決めた男の子の格好良い顔がそこにある。もっと彼と早く会えたら私は幸せに……

 

「ルカ!」

 

 彼の声が耳に届いた。その声が私の闇を晴らしていく。

 

 ――私は彼のことを私はよく知っている。

 

 ――今までどうして忘れてたんだろうか。

 

「……カミーラ」

 

 彼は私に馬乗りになってひたすらに剣を突き立てる。その度に私の中の黒い感情が消えていく。心が晴れていく。

 痛いはずなのに痛くない。それなのに涙が止まらない。まるで私がここにいて良いと言われてるような感じがする。私みたいな愚か者でも……

 

()が全て消してやる。お前の体に残る憤怒も憎悪も全て! ルカがまた笑えるように!」

 

 彼の使う聖剣カリバーンは斬れないものならば確実に斬る聖剣だ。人の感情とか体に残る毒とかそういう本来剣で斬れないものを斬ることが出来る聖剣。彼が斬ってるのは私の自己嫌悪と希死念慮(きしねんりょ)。そっか。斬りたいもの以外を斬らないなんて使い方も出来るんだ。なんて優しい剣なんだろう。

 

「……そう言うなら私に勝ってよ」

 

 私はカミーラを払い除ける。しかし所詮は斬るだけだ。斬ったところで自己嫌悪も希死念慮もすぐに湧いてくる。ただ斬っただけで消えるほど甘くはない。そんなんで救われるなら私はここまで堕ちていない。

 

「聖剣カリバーン。斬りたいものは確実に斬って、斬りたくないものは斬らないか」

 

 私の肉体には刺し傷一つない。あんなに滅多刺しにされたのにも関わらずだ。私と旅をしていた頃のカミーラはそんなことできなかった。聖剣の力をそこまで活かしきれていなかった。だけど今のカミーラは違う。聖剣を使いこなしてる。あれからどんな修羅場をくぐったのやら。

 

「カミーラ。まさか彼女が4人目か?」

「なんか怖いんだけど……」

「2人は見ててくれ。ルカは僕が1人で戦わなくちゃならない」

 

 よく見れば後ろに2人の男女がいる。赤い髪をした剣士の少年と杖を持った青い髪の女の子。カミーラの新しい仲間かなにかなのだろう。私の代わりが見つかって良かったね。

 

 ……なんかムカつくな。

 

「全員で来なよ。どうせ私が勝つし」

「いいや。僕一人でいい」

「舐めてる?」

「違う。僕だけで勝たなきゃルカが僕を頼れないだろ。僕は一人で君を倒して、君と同じくらい戦えるってことを君に勝って証明する」

「威勢だけは一丁前じゃん」

「ルカ! 僕が勝ったら君は勇者パーティーの一員。()の仲間になれ!」

 

* * *

 

 ルカが離れてから5年が経った。この5年は平和そのものだった。どんな禍獣が現れようが、ルカによって数時間のうちに消し飛ばされる。その影響で魔物の数も大きく数を減らした。

 あれからルカは僕の手が届かない域に到達した。空を自由自在に飛び回り、世界の端から端までを数時間で移動する。指を弾くだけで全てを吹き飛ばす。

 

 いつからかルカは赤ずきんと呼ばれなくなった。だけど彼女を英雄と呼ぶものもいない。彼女の形相が英雄と呼べるようなものではなかった。理性を失い、本能だけで戦うような獣。彼女の姿は常に敵を圧倒しているのにどこか痛々しかった。

 そして人々は希望よりも畏怖を込めて()()()と呼んだ。

 

「ルカ」

 

 彼女と最初に会った時のことは今でも覚えてる。いくら戦争を続けようが勝ちの目は見えてこない。何年も戦ってるのに八将の一人すら倒せていない。このまま人類は滅ぼされるのではないかという不安。人類は魔族に勝てないという絶望。そんなものに打ちひしがれていた時だった。

 

 彼女は1人で八将を撃破した。僕はその光景に目を疑った。ルカは希望だった。まだ子どもだった彼女が人類の誰も倒せなかった八将を倒した。ルカの存在が僕に力をくれた。

 

「来なよ。名前だけの勇者」

 

 静かに聖剣を抜く。ルカが指を曲げる。彼女のことはずっと見てきた。戦乙女と呼ばれるようになった後もひたすらに追った。彼女の技は全て知っている。

 僕は彼女に憧れた。彼女に少しでも近づくために勇者を自称した。ルカが人類の希望だと言うのならば、僕は人類に勇気を与える者になりたい。

 

 僕はルカに勇者カミーラと名乗った。実は勇者と名乗ったのはあの時が初めてだった。誰よりも格好良い君に見栄を張りたかったから勇者の仮面を被った。

 

「煌」

 

 ルカから衝撃波が放たれる。指で空気を弾き飛ばし、それで全てを無に返す単純な一撃だ。この5年間でルカはミョルニルを抜くことなく、煌だけで全てを壊した。究極の指弾き。ただの指弾きだからこそ隙も少なく、誰一人として攻略が出来なかった。数多もの魔物の群れどころか八将ですら指弾きだけで全て終わる。

 

 僕はその衝撃波を聖剣カリバーンで叩き切る。

 

「うそっ!」

 

 煌は衝撃波だ。それを理解していれば聖剣カリバーンで斬れる。これは斬れないものを斬る剣だと思われている。今までは僕もそうだと思っていた。

 だが実際は斬りたいものだけを斬る剣だ。剣先が盾を透過し、肉体を斬るという芸当も可能にし、防御不可の一撃を叩き込む。それ故に斬りたいものを確実に斬ることがあり、概念すらも斬り伏せる。だからこそルカの放つ煌の衝撃波すらも斬れる。

 

「こんなものか! ルカ!」

 

 ルカのことを知った。復讐に走る様は誰よりも痛々しかった。彼女の自暴自棄を見る度に心がズキリと痛む。

 僕は何度も君に嘘を吐いた。魔王を倒して誰もが笑える世界にしたいなんて考えたことは一度もない。ただルカが笑える世界になれば他はいらなかった。だけどそんなこと言えないから、誰もが笑える世界にしたいと答えていた。

 

 僕は勇者にはなれない。人類のためには戦えない。()()()()()()しか戦えない。ルカの勇者にしかなれないのが僕だ。

 だって僕は彼女が好きだから。憧れにも似た感情はいつしか恋心へと変わっていた。彼女を助けることだけが僕の意味となっていた。僕は正義の味方でも聖人でもない。ただの男でしかない。

 

 僕……いや、俺はルカを倒して彼女に言う。全部俺に任せろと。そのために勝ちにいく。

 

()は今の君には負けない」

 

 何度も考えた。どうすればルカの隣に立てるかどうかだけを考えた5年間だった。

 行き着いた答えはルカに勝つだった。今までの俺はルカに依存していた。俺の実力はルカの足元にも及ばなかった。

 だからルカは言えなかった。俺に"魔王を倒して"と言えなかった。助けを求める前に一人で飛んでいった。俺が不甲斐なかったからだ。ルカは俺の救いになっても、俺がルカの救いになることはなかった。

 

「煌!」

「だからみえてるんだよ!」

 

 再び煌を斬る。何度も自分の無力さを痛感した。ルカとの距離を実感させられた。俺にはルカのような戦い方は出来ない。

 

 しかしルカに出来ない戦い方は出来る。それを証明するかのように仲間を集めた。最強の吸血鬼として知られるララ。エルフという名を持つ奇妙な戦士の男。予言を満たすピースは全て揃えてきた。ルカが全力を振るえるように備えた5年だった。

 

「ルカは強い。だけど強いだけだ」

 

 この5年間で俺は変わった。一人称も俺から僕に変えた。少しでも威圧感を与えないで多くの人に親しんでもらいやすい僕にした。その方が勇者に相応しいと思った。そっちの方がルカが好きになってくれると思った。この5年はルカに近づくことだけを考えた人生だった。

 

「先祖返り!」

 

 青い蝙蝠が俺の周りを飛び交う。これは吸血鬼に伝わる()()という技だ。天啓は強者の証明。その人の技術が最高到達点に到達したことの証明こそが天啓だ。その域に、先祖返りで吸血鬼としての血を一時的に覚醒させることで俺は到達した。

 

「――ふーん」

 

 ルカがミョルニルを抜く。その瞬間に白い星が舞う。それに驚きはない。ルカほどの人が天啓を使えないわけがない。ルカは俺にとって最強で憧れ――そして絶対の英雄だ。

 

「遅いよ」

 

 ルカが一気に距離を詰め、戦斧を振り上げる。

 彼女の体躯(たいく)は戦闘においてこの上なく理想的だ。特に190を超える背丈は脅威となる。腕の長さによるリーチで常に不利を強いられる。それに加えて彼女は頭部や肩などの急所を狙いやすいのに対し、俺は高さがあって狙いづらい。

 

「――っ!」

 

 振り下ろされた戦斧を全力で避ける。ルカの持つミョルニルは想像を絶するほどに重い。もし武器で打ち返そうものならば、俺の腕がイカれてしまう。それ故にルカの攻撃を受けるのは自殺行為。全ての攻撃において避けを選ばなければならない。

 

「こんなんで私を倒そうなんて少し甘いんじゃない?」

 

 戦斧を横に薙ぎ払う。それによって斬撃が飛ばされる。その斬撃を死に物狂いで斬り伏せる。全てにおいて次元が違う。戦いが長引くほどにルカの強さが実感させられる。

 

 ルカの強みは背丈だけではない。ルカは身体が女性故に男性と比べて柔軟性の高い。その柔軟性があるからこそ攻撃に対する受けが上手い。しかもそれに加えて多様な角度から攻撃を叩き込むことを可能としている。

 

「息。上がってるよ?」

 

 本来ならば柔軟性を差し引いたとしても女性の肉体は大きなハンデとなる。女性は男性と比べて骨密度も低ければ、筋肉の総量も劣る。

 しかしルカにおいてはその常識は通用しない。なにせ彼女の出自は巨人族。190という背丈は人から見れば大きいが、巨人族としては異常と言ってもいいくらいに小さい。そのくせに筋肉の総量は数十メートルある個体と大差がない。彼女は筋密度が常識外れに高いのだ。それ故に女性というハンデを受けることなく、柔軟性という利点だけをフルに活用している。

 

 それでいて巨人族特有の大きさという弱点も機能していない。大きさは脅威となるが大きすぎるのは弱点だ。桁外れに大きいということは的としても大きいということ。遠距離から一方的に殴られるようなことだってありえるだろう。しかしルカは小さいからそれすらも存在しない。

 彼女の肉体は性別や種族によるデメリットを全て帳消にして、利点だけを活かすことを可能にしている。

 

「っ!」

 

 受けるのに精一杯で攻撃に転ずることが出来ない。そもそも肉体スペックだけでもおかしいというのに、技量も高いのだ。木刀で鉄程度なら斬れるくらいの剣技は兼ね備えてるし、飛ぶ斬撃すら会得してる。

 

 ルカに距離が詰められる。この世界においてルカよりも強い生物はいない。その上で今のルカは天啓も発動させ、自身の能力をフルで活用させている。だからこそ誰も彼女には並べない。

 

 ――俺を除いて。

 

 そのまま空に跳ね、ルカと距離を取る。これが最後のチャンスだと自分に言い聞かせる。たしかにルカは強い。しかし負けていい理由にはならない。

 

「青龍の天!」

 

 僅か半年だった。その半年で剣の里で剣の基礎を学び直し、そこで会得した俺だけの必殺技。腰を使い、空に弧を描くように一撃の太刀を浴びせる。その技がルカの右腕を跳ねた。

 

 ルカならば、このタイミングで絶対に距離を詰めると思っていた。何度も隣でルカの戦いを見てきた。彼女の動きは頭の中で完全に作れている。彼女の動きは目で追えない。しかしどのタイミングで踏み込み、どこで武器を振り下ろすか全てが分かる。俺はルカに全てを捧げたから。だから俺の剣はルカに届く。

 

「ルカは強い。だけど強いだけだ」

 

 落ちた右腕を確認して剣を収める。まだルカは戦える。右腕の欠損くらいなんて気にも留めないだろう。しかし俺はルカを殺したいわけじゃない。俺はルカに認めさせたいだけなんだ。だからこれで充分だった。

 

「何度でもやってやる。そして何度やっても僕が勝つ」

 

 ルカが目に涙を浮かべる。この一撃は負けを悟るには充分過ぎるものだった。やがてルカは仰向けになって叫ぶ。今まで溜め込んできた感情を吐き出すように。

 

「ねぇなんで勝てないの! 私こんなに頑張ったのに!」

「……ああ。ルカの頑張りは僕もよく知ってる」

「カミーラはなにもしてないのにどうして!」

「たしかにルカに比べたら僕の鍛錬なんてぬるま湯みたいなものだと思ってる」

 

 彼女の努力は知っている。ここに俺を呼んだメイと名乗る幼女から痛いほど彼女の昔話を聞いた。俺には到底真似出来るものではない。俺はルカになれない。

 

「もし普段のルカなら僕は負けていたと思う。実力で勝てるなんて思うほど付け上がってない」

 

 断言する。本来ならば俺なんかが勝てない程にルカが強い。

 だけど今のルカならば勝てる。この勝利は偶然の産物じゃない。必然だ。自分を見失い、武器を振るう意味すら見出せないルカなんか怖くない。

 

「だけど想いを捨てたお前に負けてやるほど勇者カミーラは弱くない!」

 

 その言葉で彼女の涙が止まる。そこから少し驚いたあとに納得した表情を見せた。ルカに言いたいことはたくさんある。あの時の約束を俺は忘れない。

 何度も心が折れそうになった。でもルカの言った"私が生きてる限り膝を折っちゃ駄目"の言葉が俺を立ち上がらせた。ルカが生きてるからこそ俺は剣を取って立ち上がれた。

 

 そして俺が剣を振り続ける限り、戦うとルカも言った。それなのにこの体たらくはなんだ。俺はまだ魔王に負けていない。魔王討伐を諦めていない。それなのにどうしてルカは折れている。どうして逃げている。俺が戦ってるんだからルカも戦う義務がある。互いにそう在ると誓ったはずだ。

 

「約束を忘れてるんじゃねぇぞ! 戦乙女ルカ! 僕と一緒に戦え!」

 

 ルカの胸ぐらを掴んで罵声を浴びさせる。ルカの事情も全て知っている。どうしてこうなったのかもわかってるつもりだ。でも俺には関係ない。

 

「どんな事情があろうが、僕が戦う限りお前も戦う義務がある! 逃げるな!」

「……カミーラは私なんかでいいの?」

「ルカなんかじゃない。ルカじゃなきゃ駄目なんだよ!」

 

 俺はルカのために剣を振ると決めた。あの時はルカのために魔王を倒したいと思った。だけど今は違う。ルカと一緒に魔王を倒したい。ルカがいなければ魔王を倒せない。俺はルカの隣に立ちたい。

 

「……仕方ないなぁ」

 

 俺はルカに手を差し出す。ルカはその手をしっかりと掴んで立ち上がる。

 

「私が手伝ってあげる。私が弱っちいカミーラを勝たせてあげるから――私を導いて?」

 

 それは5年ぶりに見たルカの微笑みだった。

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