私はカミーラに敗北した。負けた以上は仕方ないのでカミーラに従うことにした。負け犬に選択肢などあるわけない。だけど心はどこか晴れ晴れとした気分だった。それこそまるでいつか見た青空のように。
「右腕。問題なく動きますか?」
「うん。いつも通りばっちり」
カミーラに落とされた右腕は既にメイの治癒で完治している。むしろ治癒してもらったあとの方が状態が良いくらいだ。それに疲労とかも消えている。まるで新品の部品に更新したみたいだ。
「しかし欠損すら瞬時に回復する治癒か……改めて見ると強いな」
「そうでしょう? もっと褒め称えなさい?」
「リスクとかあるのか?」
「ありませんよ。依存性もなければ倦怠感もなく、当然ながら寿命の前借りみたいな悪辣な要素も皆無。気兼ねなくいつでもご利用ください」
「……それはそれで怖いな」
まぁ正直私はメイの治癒を数え切れないくらい使ってるので、今更なにかあると言われても非常に困る。しかし冷静になると一切の代償すらなしでどんな怪我でも治せますは少し人が出来る域を超えてる気がする。
もっともそれも彼女が悪魔だからこそ可能なことなのだろうが。
「それとルカの方は完全に薬物依存も後遺症も消えてますね」
「へぇー。そうなんだ」
「恐らく聖剣カリバーンによるものでしょうが……まさかこんなものまで斬れるとは」
言われてみたら今まで以上に思考もはっきりしてる。それこそこの5年間なにしてたのかすら朧気にしか思い出せないくらいだ。
「そういえば君は何者なんだ?」
「メイと申します。ルカの保護者のようなものだと思っていただければ幸いです」
「間違ってないけどさぁ……保護者はなんか嫌」
あれから私達は酒場を借り、私とメイとカミーラとよくわからない2人を加えた5名で今後の話をしていた。私がカミーラの仲間に戻るとしても、これからなにするのかハッキリと決めなければならない。
「そもそもさ。私が魔王を恨む理由は正直ないんだよね。もちろん大嫌いだけどね」
「巨人族の件に魔王が無関係と言っても、八将のようなゲスを野放しにしてる時点で責任は取らせたいですけどね」
「まぁたしかに」
「それにリーチェに起こった悲劇は全て魔王によるもの。空が奪われたのも定期的に禍獣を飛ばすのも魔王。たまたまルカの件とは無関係といえど、無罪放免というわけにはいきません。殺すには充分過ぎる理由があります」
ぐうの根も出ない正論が返される。リーチェの故郷を襲ったのも八将。そして殺したのも八将だし、世界が荒れているのも魔王のせい。私が直接的になにかされたわけではないが、悪いことをしていないわけではないのだ。
「ルカ。僕は青空を日常にしたい。だから魔王を倒したい……手を貸してくれ」
「うん。いいよ」
たしかに殺す理由としては充分過ぎるか。それにあの綺麗な星空を奪ったと思うと魔王にムカついてきたな。うん。やっぱり殺そう。あれは許してはいけない存在だ。そうなると依然変わらず魔王討伐の方針で動くということだろう。
あまり気乗りしないが、話してるうちにやっぱり許せないの方が感情が強くなってきた。そんな今ならば迷わず殺しに行ける。
「そもそも戦乙女様は偶然魔王の被害に遭わなかっただけ。魔王によって被害を受けた方はたくさんいます。あれは同情の余地もない人類の敵です」
「ごめんね。私の言葉選びが悪かったよ」
魔王は悪意を持って人を傷つけている。魔王は多くの被害をもたらしている。自分が被害を直接受けてなくても、武器を振るう理由としては充分過ぎるほどに悪事を重ねた。
「ただ私の喧嘩じゃないのに、私が手を出す道理があるのかなって思ってただけ」
「それは……」
「被害者でもない私が怒るのは筋違いじゃないかなぁって少し思ってた」
「たしかにルカの言うことは普通ならば一理あるでしょう。しかしあれは少しやりすぎました。それこそ道理など関係無しに滅ぼさなきゃいけない存在です」
「うん。もう理解してるよ」
結局はメイの言う通りだ。人の道理が通用するのは相手が人だから。人じゃない化け物ならば道理は関係ない。あれは人の枠に留めるには少し罪を犯しすぎた。私はまだあれを人として見ていた。そこは反省しなければならない。
「しかし魔王に筋を考えるとは戦乙女っていうのは随分とお優しいこった」
「わーお。優しいなんて初めて言われたかも」
「嫌味だってわかってるのか?」
「でも優しいって言われて悪い気はしないよ?」
「くそっ……やり辛いな」
それにしてもカミーラが連れてきた2人のことを私は知らない。見たところ強そうには見えない。それこそ一呼吸で全て無力化出来るくらいには弱い。彼の仲間だと思うが……
「カミーラ。彼は?」
「名前はエルフ。聖女にして賢者を自称してて気が合ったから仲間にした」
「聖女……聖なる女性……でも男の子なんですよね?」
「たしかに」
もしかして彼が例の予言のエルフなのだろうか。とてもそうは見えない。彼が魔王戦において役立つ場面の想像がつかない。
「まぁ疑問に思うのも無理はねぇ。俺は予言に沿うように育てられたからな」
「というと?」
「予言に聖女のエルフと書かれた。だからエルフと名付けられ、聖女を自称することが強制されて育てられたってことよ」
ああ。そういうこと。予言に沿った人を探すのではなく予言そのものに人が合わせる。そんなルールの裏を突くようなことを考えた者がいたわけだ。そんな小細工が通用する価値があるとは思えないが、やらないよりはマシだ。素直にその発想には感心してしまう。
「あなた。なにが出来るの?」
「剣は得意だぜ」
「私に勝てるの?」
「……無理だな」
「女にも勝てないなら剣は得意とか言わない方が良いよ。二度と」
「そもそも戦乙女に勝てるやつなんてこの世界に一人もいねぇだろ」
「ふーん。
とりあえず立場と役割は理解した。正直言って期待はできないけどいることでの不利益はないか。それならば連れて行かない理由もないだろう。
「それでは次は私が自己紹介しますね」
そしてエルフに続いて自己紹介するのはカミーラが連れていたもう一人の杖を持った青髪の女の子。リーチェよりは歳は上だろうけど、大人といった印象は受けない。
「私は吸血鬼の姫ララ。今まで負けなしで無敵と吸血鬼の間でも評されていました」
「へぇー」
吸血鬼というが、半吸血鬼のカミーラよりも確実に弱い。正直言って吸血鬼ってもっと強そうなイメージがあったから少し期待外れだ。先ほどのエルフよりも強いだろうが、これでは良いところ八将に勝てるかどうか。はたしてカミーラはなにを思って彼女を仲間に誘ったのやら。
「もっともルカさんや四天王に魔王に届くとは思いません。私が無敵と言われたのは運良く強者に遭遇しなかったからに過ぎません」
「ルカ。彼女は強いぞ」
しかし吸血鬼は不老不死だと聞く。なんでも昔は
「私が強いのではありません。私のスキルが強いのです」
「どんなスキル?」
「時間操作。触れた相手の時間を止めたり、未来に飛ばしたりできますよ」
思わず生唾を飲んだ。それが本当ならば触れただけで勝ちが確定する。触れさえすれば魔王にすら通用するだろう。そして本人は不老不死の吸血鬼。まさしく言葉通りの無敵。もはや戦闘力なんて関係ない。あまりに相手を詰ませることに特化している。
「質問いい?」
「なんなりと」
「過去には飛ばせないの?」
「数十秒程度前でしたら可能です。しかしその程度。歴史とは時が経つにつれ、深く根付き、誰にも変えられなくなるもの。なにか起きてしまったことはもう変えられない」
過去に行って魔王が力を身につける前に討つという芸当は不可能か。しかしようやく勝ち筋が見えてきた。彼女が魔王に触れ、時間さえ止めてしまえば勝てる。私とカミーラで彼女の道を切り開けば可能性は充分過ぎるほどにある。
「そして完璧な治癒が可能なメイ。パーティーとしては充分過ぎるね」
「ああ。僕もこれにルカが加われば魔王に勝てると思っている」
「……やっぱりエルフいらなくない?」
私は思ったことを素直に口に出す。治癒のメイ、盤面を全てひっくり返せる可能性を秘めたララ。そして戦闘力が高い私とカミーラ。その中で彼の役割だけが見えてこない。それこそ男一人で肩身が狭いから入れたとしか解釈が出来ないくらいに場違いなのだ。もちろん予言の件もあるし、絶対に不要とは言わないが……
「たしかに俺は弱いし特殊な芸も出来ねぇ。だけどそんな俺にも出来ることが一つある」
「なに?」
「魔王の絶対障壁を砕ける。俺の身体はそのように出来てる」
いまいちピンと来ない。だがメイだけは少しだけ感心したような表情を見せた。私はそんなメイに解説を求める。
「メイ。絶対障壁ってなに?」
「魔王を相手にした際に見えない壁で攻撃が全て阻まれたのは覚えてますか?」
「うん」
ビクともしなかった。あれのせいで第三者の別次元からの介入があるまで攻撃が一切届かなかった。あれをどうにかしなきゃ魔王は殺せないと痛感させられた。
「それが絶対障壁です」
「まさか魔王の防御を崩せるの!?」
「そうだ。まぁ俺にはその一芸しかねぇけどな」
あれを破れるならば役に立たないことはないか。もちろん本当に出来るならば話が大きく変わる。恐らくあの障壁さえなければ私は魔王と互角以上に渡り合える。それこそ価値が充分過ぎるほどある。
「ごめん。少し貴方のことを舐めてたみたい」
「おう。気にするな」
これで全員の素性はわかった。そうなれば次は私の番か。カミーラは私のことを知っているが、ララとエルフの2人は私のことを知らないはずだ。
「それじゃあ私の自己紹介をするね」
「それは平気です。みなさんあなたのことはもう知っていますから」
「え?」
「戦乙女ルカ。5年前に突如として現れ、1人で戦場を全て更地に返す世界最強の個人勢力だろ?」
「彼女が現れて以降戦争による被害は9割減し、人類領は平和となった。もはやあなたを知らぬ人などいないでしょう」
私。そんな風に言われてたんだ……ていうかさっきから思ってたんだけど5年ってなんなのだろうか。そもそもあれからそこまで月日が経ってるとは思えない。思いたくない。私は恐る恐るカミーラに問いかける。
「ねぇ本当に5年も経ったの?」
「ああ」
「嘘だよね。もうそろそろ私って……」
「巨人族なんて数百年生きる種族。60過ぎても見た目や身体機能も人間でいうところの20代のままでしょう」
「でも異形児だし……」
「異形児でも本質が巨人族である以上はそこは変わりません。貴方は紛うことなき本物の巨人族なのですから」
その事実に少しだけ安堵する。さすがに全てが終わってカミーラと結婚する際に相手がおばさんだと可哀想だと思った。そんなことにならなかったことへの純粋な安堵だ。
「それではこれから皆さんはどうするつもりですか?」
「それは魔王を倒し……」
「すみません。私の言い方が悪かったですね」
メイの一言で少しだけ空気が緊迫したものになる。それこそ今までのような軽さはない。まるでなにかの選択を迫られているような空気だった。
「このまま魔族領に乗り込み、魔王を討ちにいくのか……それとも準備期間を設けるのかと聞いています」