私達は話し合った結果として、このまま魔族領に乗り込んで魔王を討ちにいくことにした。今の私なら半日もあれば辿り着けるが、魔王城なんて普通に向かえば最低でも3ヶ月はかかる。
そして現在、旅を開始して1ヶ月ほどが経った。私達は人類領の最北部にある街に辿り着いた。そこで私達は最後の補給を済ませ、魔王を討つべく魔族領に足を踏み入れる。
「そういえばメイ。ニッコウってなにかわかる?」
「発音が違います。日光です」
メイは不老不死なだけあり、生きていた年月も長い。それこそ魔王が現れる前から生きているだけあって博識だ。私達の知らないことをたくさん知っており、私含めてみんながメイの知識に興味津々。そのため旅の道中は皆が各々メイに聞きたいことを聞き、メイが半刻ほど語るのが恒例となっていた。
ちなみにニッコウ……じゃなくて日光に関しては私も少し気になっていた。吸血鬼を殺す唯一の手段。もしそれが魔王に使われたら詰みだ。だからこそ知っておきたい。
「昼間に降り注ぐ光。今は分厚い雲に遮られてますが。雲が吹き飛べば珍しくもなんともなくなりますよ」
心当たりがあった。あの雲を吹き飛ばしたときに視界いっぱいに広がる青と同時に感じた温かくて眩しい光。そうか。あれが日光なのか……
「そもそも魔王が現れるより昔。吸血鬼は昼間は出歩けず、棺桶に籠もって寝ていたのですよ」
「待って。それじゃあ私は魔王を倒したら昼間は外を歩けなくなるってこと?」
「はい。魔王は暴虐の限りを尽くした悪の象徴。しかし吸血鬼を筆頭に魔王の恩恵を受けた者もいるのですよ」
「そっか……」
魔王によって結果として救われた人もいる。それは私には思いも寄らない視点だった。てっきり魔王は奪うだけだと思っていた。
「純粋な悪意だけで世界を染め上げることは、善意だけで世界を満たすことと同じくらい不可能なのですよ」
メイの言う意見を聞くと少し魔王が滑稽に思えてくる。あれは悪意で世界を悪くしようとしていたのだろう。しかし全ての人が救われる方法がないように全ての人を傷つける方法も存在しない。だから世界の全てが魔王の思い通りになるわけじゃない。
「他にもあれは命乞いや悲鳴を聞きたいがために言語統一をしたりしましたが……まぁおいておきましょう」
私は一度魔王と対峙した。しかしそれだけ。言葉は軽く交わしたが、魔王がどうして人を虐げるのかとか、魔王になってなにがしたいのかすら分からなかった。ただ非モテの男性を極め、子どものまま体だけが大きくなった以上の印象を受けただけ。悪意で世界を悪くしようとしているのも魔王が語ったわけではなく私が勝手に感じ取っただけ。だから許せない。そういう中身が一切ないから魔王が嫌いなのだ。少なくとも無意識の悪意ではなく、意識的な悪意であった方がマシだった。
信念もなければ哲学も持ち合わせていない。挙げ句の果てに支配欲すら希薄。その事実が私の怒りを更に逆撫でする。なにもないからこそ怒り以上に不快感の方が強くなる。だからこそ反吐が出る。
「……僕は少し魔王と対話がしたいな」
カミーラの言葉に少しだけ正気を疑いたくなる。ただ魔王ウシカゲを直接見ていない以上はそういう意見が出るのも仕方ないか。
「まぁどんな理由があっても許さないし、殺すけどさ。どうしてあんな化け物になったのかって部分は私も興味はあるね」
「もしかして魔王と話すって方向にいくのか?」
「余裕があればそうしたいね。多分現実問題として難しいだろうというのも僕は自覚している」
そりゃそうだ。あれは会話してくれるとは思えない。私達も生きるか死ぬかの戦いになる。そんなことを考えてる余裕などない。
「対話はしたい。だけど当然最優先ではない。あくまで出来たらラッキーだなくらいに捉えとく程度さ」
「ていうか脳みそほじくって死体から記憶とか漁れるスキルないの?」
思わず本音が漏れる。私は魔王の言葉なんて聞きたくもない。ただ記録として魔王の生い立ちが見れれば充分だ。私の興味はそこにしかない。
「そういうことでしたら私が出来ますよ」
「まじか……本当になんでもありだな」
「ええ。悪魔ですから」
そういうことなら決定だ。魔王を殺して、その死体から記憶を漁り、私達が知りたいことを死体に洗いざらい吐かせよう。生かすことを一切考えなくていい方が気が楽だ。
「メイ。死体から記憶を漁るってどうやってやるの?」
「頭蓋骨を割って、溢れた脳みそを私が飲み干す。それだけです」
「ぐっろ……」
「そうですか?」
そんな話をしてるうちに街に着く。着いたのは人間領最後の街。ここから先は魔族領であり、人の居住区はない。つまりもう休める場所などない。待っているのは死のみだ。
「さぁて最後の晩餐だ」
「違う。みんな生きて帰るんだから最後にはならない」
「……そうだな。悪い」
しかし最後ではないが当分は人の文明圏を訪ねないわけだ。せっかくだから思い残しのないようにしたいところ。
「なぁルカ。今の収納袋ってどのくらい入る?」
「5キロ程度だね。もう寿命もいいところだよ」
「そっか……」
ただ旅をするのに収納袋は必須だ。最低でも100キロは欲しい。4人分の食材に飲み水に寝具やテントに武器などをいれるとそのくらいは……
「それでしたら私が持ってるの使います?」
「メイ。持ってるの?」
「少し昔に人から頂いたものがあります。たしか今でも300キロは入ったかと」
「おお!」
問題解決である。なんだかんだいって旅で一番頼りになるのはメイかもしれない。もし彼女がいなければ今頃はどうなっていたことか……
「旅の道中とか暇そうだしさ。そんなに余裕があるなら娯楽本を20冊くらい欲しい」
「僕も欲しいな。あと調味料とかの類を……」
「……私は粘土が欲しい」
「お金が許す範囲で欲しいものを各々買ってください。とりあえず各自自由行動としましょうか」
そうして一度解散となる。私はお金を持ってなかったのでメイに少しだけ借りることにした。ちなみに利子はトイチとかわけのわからないことを言っていたが……まぁ魔王が金銀財宝とか山程持ってるだろう。そこの私の取り分から勝手に差し引いてもらおう。
そんなことを考えながら私は服屋に立ち寄る。なにせ今までの装備は相当ボロボロだし、純粋に可愛くない。特に鉄の籠手なんかいらないだろう。私の肉体の方が硬いし、この程度の防具では誤差にしかならない。もう防具に身を守るという役割を期待しないほどに私の肉体も完成した。だからこそ今度は機能性よりもお洒落という面に重きを置いて、服を新調するつもりだった。
靴は出来る限り着脱しやすいものにして、なおかつ足首が隠れないもの。だってそっちの方が可愛い。それに服は白を基調としつつもリボンやフリルは黒で彩られたゴシック調のドレスっぽいやつ。それにヘアリボンもつけてみよう。もうポンチョやマフラーの類は必要ないから捨てて……
「カミーラ。可愛いって言ってくれるかな」
しかしこれが最後の戦いか。もし魔王を倒したらどうなるのだろうか正直想像もつかない。八将はアリスを除いて全て片付けたと聞く。
あとから聞いた話だがアリスはメイと同じ悪魔種。つまり不老不死である。そのため恐らく私達が老衰で死んだ頃にひょっこりと顔を出すのではないかとメイが語っていた。万が一にでも死ぬ可能性があるならば全力で逃げを選ぶ。だから自分を殺せそうな相手がいたら隠居しますということらしい。
それに関しては賢いというかなんていうか……というのが素直な感想。しかし向こうから関与する気がないなら放っておいていいというのが総意。だからこそ私達は積極的にアリスを探さない。それこそアリスのことは魔王を倒したあとにでもゆっくり考えればいい。
「長かったな」
今までの旅路を振り返る。ここまでの道のりは長かったし、心の何処かでは魔王討伐なんて出来ないと思っていた。だからこそ感慨深い。もちろんまだ終わってなんかいない。だけど魔族領に入れば気が休まることはない。常に戦いのようなものだと思っている。だから今の気分は最終決戦に行くような感じなのだ。
服を買い終えた私は本屋に向かう。本は超が付くほど高級品だが、そのくらい買うお金は借りてきた。ただ私が買いたいのは薬学書や戦術書といった実用的なものではなく、英雄譚だ。勇者が魔王を倒すありふれた英雄譚。こうだったらいいなやこうなったらいいなという願望を書いたフィクションの小説が欲しかった。
「おールカ。いたいた」
買い物を済ませて本屋から出てきた私にカミーラが声をかけてくる。その言葉に少しだけ嬉しくなる。彼の声をこうして聞けることが嬉しい。彼が私を見てくれることが嬉しい。
「カミーラ。どうしたの?」
「これから飯でも行かないか?」
「いいよ。付き合ってあげる」
それから2人で貴族街にある少しおしゃれなレストランに足を運んだ。頼むのは猪のステーキ3枚と度数の高いワインにスパイスサラダ大皿1つと豆腐魚のカルパッチョと林檎の炒め物だ。お店の人は少し驚いたような表情をしていたが、私の場合はこれだけ食べなければ消費カロリーの方が多すぎて痩せてしまう。外見上は少し背の高い人間の女性だが、中身はれっきとした巨人族。そのため食事量も多いのだ。
「うげっ……金貨5枚……」
「いいじゃん。どうせ魔族領に入ったらお金使える場所なんてないんだし」
こんなことは不謹慎かもしれない。だけどこれからの長旅は少し楽しみだった。なにせ毎日カミーラの美味しい手料理が食べられる。さすがに彼も毎日カレーなんてことはしないだろうし……
「さっき本屋いたけど、なんの本を買ったんだ?」
「ありふれたフィクションの英雄譚だよ」
「へー。しかしルカが本を読むなんて珍しいな」
「これでも私は巨人族のお姫様なんだよ。それなりに知性あるからね?」
たしかに本を読む習慣があるわけではない。頭を使わず、単純に殴る蹴るしか出来ない馬鹿だと思われていても仕方ないのだろう。しかし私はこれでも一応幼少期に王族としての教育は受けている。
それこそカーテシーくらいなら出来るし、読み書きも計算も出来るし、目利きのスキルもある。それに戦場を駆け回っていた頃は糸と針を持って自分の内臓を縫い合わせたりすることが多かった。それ故に医学の心得も多少は持ち合わせている。そんな私が本も読めないほど学がないわけないではないか。
「しかし英雄譚か」
「せっかくだから少しでも楽しんだ方がいいでしょ。まぁ人殺しの旅を楽しむって言い方はだめだろうけどさ」
「そうだな」
「でも私は重い空気の中で険しい顔をして進む道中よりも明るくピクニックでも行くような旅路がいい」
嘘偽りのない本音だ。もう重いのは嫌だ。いくら不謹慎と思われようが私は軽薄に振る舞うつもりだ。魔王を倒した後に旅路を思い出して悪くなかったと少しでも思えるように。
「しかしそれが英雄譚とどうつながるんだ?」
「旅の道中でフィクションではこんなこと書かれてるよーって話のネタになるじゃん。現実の英雄譚の主人公としての視点から読んだら絶対に面白いと思うんだよね」
「そっか……魔王を倒したら俺達は世界の英雄になるのか」
「当たり前のこと言ってどうしたの?」
「いや当たり前なんだが今まで魔王を倒すことばかりでそんなこと考えたことなかった。おかしいよな」
「……それだけ精一杯だったってことでしょ」
私は復讐しか頭になかった時と比べて少しだけ肩の荷が降りた。今は復讐だけじゃない。もちろん憎いという感情も消えないし、憤怒の炎も残ってる。だけど昔の私は未来なんて考えなかった。魔王を倒して私も死んでおしまいと思っていた。しかし今は違う。今は憎しみと憤怒以上に魔王がいなくなった平和な世界を生きたいという想いの方が強い。
カミーラと一緒に誰かが死ぬことのない日常を過ごして、リーチェの分まで色々な体験をしたい。そして死んだ先でリーチェと会えたら教えてあげたい。世界はこんなにも良くなったと。
「ルカは変わったな」
「カミーラのおかげだよ」
「僕はなにもしてない」
「私を倒してくれた。鬼となった私を人に戻してくれたよ」
「僕はルカの目を覚ますために背中を押しただけだよ」
「過去しか見れてなかった私に未来を見せてくれてありがとね」
私達は最後の補給を終えた。それから程なくして私達は死地である魔族領に足を踏み入れた。全ては魔王ウシカゲを討ち、この世界を取り戻すために。
イカれた女が憤怒で魔王を執念で殺す復讐譚ではなく、勇者が魔王を悪として討つ真っ当な英雄譚が始まった。