悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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Ep14-加害者

 

 魔族領では多くの魔物が徘徊していた。しかしどれも大した脅威にはならない。私のデコピンで周囲一帯を吹き飛ばせば事足りる。夜中にブンブン煩いカナブンと同レベルでしかない。なにが言いたいかというと旅は想像以上に楽だったということ。

 それこそ鼻歌交じりに馬車を走らせ、紅茶を飲みながら英雄譚を読む余裕があるくらいの快適な旅だった。

 

「しかしルカはほんと強えな」

「そうじゃないと誰も守れないからね」

「なぁどうやったらそんな強くなれるんだ?」

「才能でしょ。多分再現性なんかないよ」

 

 当然ながら重い雰囲気になることはない。それこそ明るい旅だ。だけど心は休まらない。もちろんこのような雑魚ならばどうとでもなる。皆が警戒してるのは四天王による襲撃。

 その危険が潜んでる限り、心が休まることはない。その緊張が少しずつ全員の神経を擦り減らしていく。

 

「……なんか俺だけ場違いだな」

「魔王を殺せるって豪語したくせに?」

 

 エルフが漏らした言葉を私が拾ってからかう。まぁたしかに彼は弱いし、役立たずである。そう思ってしまうのは無理もないだろう。でも彼だってそれを理解した上で来てるはずだ。

 

「そうだけどお前らを見てると不安なんだよ。俺はなにもできねぇから……」

「もう弱音を吐いても引き返せないけどね」

「引き返す気なんかねぇよ。魔王が俺の知らないところで討たれましたじゃ家族に顔向け出来ない」

「そっか」

「安心しろ。絶対に俺がいて良かったと思わせてやるから」

「うん。期待してるね」

 

 深く踏み込むつもりはないが、エルフも訳ありだ。言葉の節々からそんな印象を受けた。もっともなにかなければ魔王を殺すなんて発想にも至らないし、行動に移すこともないか。ここにいる時点でみんな訳ありだ。

 

「安心してください。此度の戦いでは私が誰も死なせませんので」

「メイも随分と言うようになったねぇ」

「私はヒーラーです。それが仕事ですから」

 

 旅は順調に進んでいく。顔には出さないが魔王城に近づくにつれて少し緊張してくる。それこそ今の私が魔王に通用するのか。今度こそ魔王ときちんと戦えるのか……

 

「ルカ。村があるぞ」

「滅ぼす?」

 

 考え事をしていたので反射的に言葉を出してしまう。私の言葉にメイ以外の皆がドン引きしている。その光景を見て自分でも失言だと理解した。

 

「いや流石に早計だろ。魔族にだって良い魔族がいるかもしれないだろ?」

「わかった。でも危険だと感じたら私がすぐに殺すからね」

「ああ」

 

 そうして私達は村を訪ねた。あまり大きな村ではない。どこにでもありそうなありふれた村。長年の風雪に耐え、木の皮が剥がれ、大地と同じ色に変色した家々。それこそ生きるために必要な最小限の形だけを整えた村。私達は警戒しつつ、村に足を踏み入れる。

 

「すみませーん」

「……こんなところに魔族でもない輩が訪れるとは珍しいな」

 

 私は返事が返ってきたことに驚く。魔族がコミュニケーションを取れることが予想外だったのだ。てっきり私は魔族なんて知性の欠片もない生き物かと思っていた。

 

「まぁ大したものは出せぬがゆっくりしておけ」

「……ありがとうございます」

 

 そうして私達は使われていない民家に案内される。まさか魔族領でこんな丁寧な対応をされるなんて思わなかった。未だに現状が飲み込めない。

 私達は家に上げてもらい、そこで料理が振る舞われる。腐りかけのスープだ。こんなものを客に出すのはいかがなものかなと思いつつも、私が真っ先に口をつける。

 

「うん。毒はないよ」

 

 私には毒は効きづらい。一時期薬物漬けの生活をしていたため、毒に少しだけ耐性があるのだ。どういう因果関係なのか知らないが、事実としてそうなってるのだから深く考えるだけ無駄だろう。

 しかし毒はないと言っても味は最悪だ。少なくともこれを食べるくらいなら飯を抜いた方がマシだと思うほどに酷い。ただ腐りかけなのは悪意があるわけではないことも理解できる。単純にそれしか食べ物がないのだろう。これでも彼らなりにもてなしてるつもりなのだ。

 

「うぇ……このぬめぬめした透明なものはなに?」

「アロエの刺身だね」

「アロエ?」

「多肉植物だよ。薬草にも使われてるし、変な食べ物じゃないよ」

「カミーラがそういうなら食べてみますか……にっが!!」

 

 スープの他には一風変わった珍妙な料理。食べられないほどまずくはないが好んで食べたいとは思わない味付けだ。しかし先が分からない旅で安全な食べ物は貴重。それに施しを受けてる身で文句を言うのは違うだろう。

 料理を出すなり彼らは、義務は果たしたと言わんばかりにどこかに行ってしまった。そして残された私達はこの状況について互いに意見の交換を行う。

 

「しかし思ってたところと違うわね」

「どういうことだ?」

「魔王って人類を侵略してるし敵なんていないじゃない?」

「そうだね。たしかにそのイメージがある」

「そんな魔王が統治する土地なら普通は還元されて裕福になるもんじゃないかしら?」

「あ……」

 

 たしかにララの言う通りだ。資源も食料も全て人から奪えばいい。あんなに一方的な侵略をしてるのに、こんなに貧困なわけがない。

 

 普通はありえない。そのことから考えられる可能性は魔族ですら、人と同じように魔王に虐げられているということ。

 

「……魔族ってなんなの?」

「わからん」

「私はずっと魔王に仕える種族の総称だと思ってた。なんで魔族はなにもしてくれない魔王なんかに仕えてるの?」

「魔族本人から聞いてみたらいかがでしょうか。ここにいる方々は敵ではなさそうですし」

「そうだな」

 

 私達はもっと魔王のこと。魔族のことを知らなければならないのかもしれない。だから私達は翌日、彼らに魔族というものについて訊くことにした。

 そして彼らは私達の失礼な申し出を快く受けてくれた。

 

「我々について知りたいと」

「ああ」

 

 私達が訪ねたのは魔族の長老の家。長老は無礼であろう私達に嫌悪の一つも示すことなく、話を聞いてくれた。

 

「ただの人ですよ」

「……は?」

 

 そして長老が語る真実は私の耳を疑うものだった。彼の話す言葉は今までの固定観念を根本から崩していく。

 ()()()()。その言葉を聞き、そんなわけがないと反射的に思った。人は基本的には毛が無くて、手足が2本ずつで目は2つ。翼が生えてたり手がハサミだったり体に鱗があったりなんかしない。彼らの造形は明らかに人を逸脱している。

 

「言葉足らずでしたね。正しくは人だったものでございます」

「どういうことですか?」

「拉致されて体を改造されたのですよ。ただ面白おかしく他の生物と掛け合わせ、興味が尽きたら捨てられた」

「……そんな!」

 

 思わず口に手を当てる。それでも塞ぎきれない声が漏れた。魔族とは加害者である。その事実が裏返る。もしも拉致が本当ならば魔族は加害者ではなく被害者。私達は被害者を一方的に虐げていた。その現実が突き立てられる。これまで築き上げた正義が崩れていく。

 

「当然ながらこんな姿を人が受け入れるわけがない。だから私達は魔族領でひっそりと暮らしているのです。もっとも一部の者は魔王に媚を売っているようですが」

「もしかして……」

「貴方たちが魔族と呼ぶのは魔王によって姿を変えられた人。一部は自ら頭を下げ、魔族にしてもらったそうですが、大半は弄ばれただけですよ」

 

 自然と握り拳を作っていた。今まで以上に魔王への嫌悪が強くなる。勝手に人を攫って、それを悪者に仕立て上げる。あまりに外道が過ぎる。あいつは人をなんだと思っているのだ。

 

「これでも私達は幸運な方ですよ。なにせ記憶は弄られていないのですから」

 

 魔族は被害者。その事実を咀嚼しきれない。こんな理不尽を許していいはずがない。魔族は人類の敵だと刷り込まれた。魔王に与した悪というレッテルを貼った。力欲しさに魔王に与した愚か者の総称と世界に植え付けた。

 人を攫い、その立場になることを強制する。本当に吐き気がする。

 

「そもそも魔王はどうして魔族を使って人に攻撃を仕掛けるんだ?」

「それに関しては私達も……」

「ただの興味ですよ。自分の生み出した生物がどのくらい強いのか確かめたいという好奇心しかあれにはありませんよ」

 

 口を挟んだのはメイだった。もし事実ならばあまりにふざけてる。私の隣でカミーラも怒りと嫌悪を覚えているのがわかった。この事実が本当ならば私達は魔王を心の底から許せない。

 

「名剣と評される剣を入手すれば試し切りしたくなる。それと同じ感覚ですし、魔族を生み出したのもそんな興味の延長でしかない」

「メイはどうしてそこまで知ってる?」

「一度魔王と対話し、彼の口から直接聞いたことがありますので」

「……胸糞悪い」

 

 エルフがそんな言葉を漏らした。魔王は基本的に遊び感覚なのだろう。だからこそ八将が討たれようが自ら動くことはしなかった。恐らく人とかも全てどうでもいいのだ。

 

「ちなみに禍獣を飛ばすのは人が笑ってるのが気に食わないからだそうです」

 

 私達は何度も魔族を殺してる。それこそ被害者であることを考慮することなく、この手で躊躇いもなく殺した。あいつらは敵だと断言して殺した。だからこそ魔王の所業に人一倍嫌悪が強い。しかしその嫌悪は言い訳だ。自分達の所業から目を背けたい私達は仕方なかったし、悪くない。そう思い込みたい本能が私達の嫌悪をむき出しにする。

 

 自己正当化から生まれる気持ちの悪い嫌悪。魔王にも嫌悪するが、そんな自分にすら嫌悪を覚えている。罪から逃れようとする自分が気持ち悪い。

 

 私達は被害者を勝手に加害者として殺したのだ。その事実から目を背けてはならない。背けることは許されない。それはあまりに身勝手だ。

 

「他に聞きたいことはありますか?」

「貴方達は魔王についてはどう思っているの?」

 

 私は声を絞り出すように長老に問いかける。少しだけ違和感があった。彼らの言葉の節々には魔王への嫌悪も怒りも感じないのだ。ここまでの仕打ちを受けてるにも関わらず、そんなことがありえるのだろうか?

 

「特になにも」

「……え?」

「憎んでなにになりますか? 恨んでなにか変わりますか? 身体が戻るわけでもなければ、魔王を討てるわけでもない。ならば天災にでも遭ったと思って諦めて余生を過ごす方が普通でしょう」

 

 ああ。彼らは完全に心が折れているのだ。そのことを理解するまで時間は要さなかった。私達が異常で普通はそうなのだ。だから人類も魔王を倒そうと軍も出さないし、魔王を殺すと叫ぶ輩も極僅か。もうみんな諦めているのだ。

 

「少し前に魔王に歯向かおうとしたものもおりました」

「まさか魔王に……」

「いえ、人に殺されました」

「は?」

 

 間抜けな声が漏れた。なんでそんなことを……どうして魔王と敵対する同士を話も聞かずに殺したのか。人はそこまで愚かで……

 

「かっかっかっ!」

 

 長老が高笑いした。それから私を力強く睨みつけ、叫ぶように言った。

 

「貴様が殺したのであろう。戦乙女!」

「え? 私?」

「忘れもせぬわ。虫でも潰すかのように指を弾き、7つもの拠点を破壊した。今でも鮮明に覚えております」

 

 そうだ。私は魔族の村を滅ぼした。魔王と相対したあの時。リーチェを殺されて我を忘れて魔族領に特攻して、目についた魔族を全て殲滅してた。その時の村が彼らの拠点だった。私が殺していたのだ。魔王による被害者を敵だと決めつけ、命乞いにも耳を貸さずに私が潰したのだ。

 

 ――この場では私が一番の加害者だったのだ。

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