悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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6話 同棲生活

 俺は横にある蓋付きの木箱に目を向ける。どこにでもありそうな普通の四角い箱に蛇口がついており、少し躊躇った後に蓋の上におもりを置く。それと同時に"げこー"と蛙の鳴き声が聞こえて、水が出始める。

 

「いい加減に慣れなよ」

「さすがにこれは慣れません。それと熱石(ねっせき)の在庫が尽きそうです」

「わかった。そろそろ発注出しとくね」

 

 中に入ってるのは水溜(みずだ)(かえる)という生物である。その蛙は体内の異空間に湖1つ分くらいの水を貯める。そして腹を押すと水を吐き出す。しかも丁寧に濾過(ろか)された、透明の綺麗な水だ。しかし水が蛙の吐瀉物(としゃぶつ)。どんなに綺麗でも吐瀉物。だからこそ未だに抵抗を覚える。

 ちなみにヤミ国の民は生まれた時からそれが当たり前になっているため、蛙の吐瀉物に抵抗がない。料理や飲料水すら水溜め蛙。その蛙のおかげで水に困ることはない。そりゃそうだ。なにせ汚水ですら完全に濾過(ろか)してくれるのだ。そこだけは地球の技術を凌駕(りょうが)していると言っても過言ではない。

 

「ちなみに他にも牛乳溜め蛙や酒溜め蛙という亜種がいたり……」

「やめてくれ」

「まぁでも水溜め蛙なんて高級品だし、大都市に1匹いるかどうかだからまずお目にかかることないけどね」

「そうなのか?」

「うん。私が例外なだけで普通は個人で所有することはないね」

 

 ルカ先輩との同棲が始まって早2週間。そんな感じで異世界の常識を叩き込まれつつ平穏な生活が続いていた。幸いにも良心が死んでから従姉(いとこ)の美柑姉に面倒見てもらっていたため異性との同棲にはそこまで緊張というものはなかったし、それに困ることもなかった。

 ただこういう日々が続くと少しだけ美柑姉やモモのことを思い出して、胸が痛くなる。

 

「前々から思ってたんですけど、ルカ先輩って相当お金持ちですよね」

「毎日豪遊しても使い切れないくらいあるよ。それこそ毎朝バナナを出すくらい余裕かな」

「バナナって高いんですか?」

「そりゃそうだよ。1つで銀貨が8枚くらい飛ぶもん」

「うわっ……高っか」

 

 ちなみに銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚の換算レートである。そして一般人の平均月収が金貨2枚から3枚であり、王都在住の衛兵ですら金貨8枚程度である。そう考えればバナナというものがどれほど高いかよく分かるだろう。

 余談だが普通の異端審問官は月収が金貨30枚であり、ルカ先輩だけは特例の金貨100枚。それに加えて国宛てで借用書の発行すら許可されているそうだ。そう考えれば彼女がいかに規格外なのかよく分かるだろう。

 

 国がそこまでルカ先輩にだけ特別対応な理由は彼女が群を抜いて強く、それでいて政治もある程度出来るからである。彼女の存在がエルフに対しての抑止力となり、そんな自分の影響力も理解している。そういう弁えた行動が可能なため変なことをすることもない。それ故に国は大金を積んででも彼女を繋ぎ止めようとしているのだ。

 

「まぁこの国に来てから一度も値段なんて気にして買い物したことがないからね」

 

 正直な話、俺も金銭なんて気にしたことがないのでツッコミがしづらい。日本にいた頃も美柑姉の限度額無しのクレカで好き勝手にしてたものだから今のルカ先輩と似たようなものだ。高いか安いかの感覚は持ってるつもりだが、体験としてそれが欠けている。

 

「安心しなよ。私が面倒見てるうちはお金に困らせるようなことにはならないからさ」

「ありがとうございます」

 

 俺は少しだけヤミ国の生活には慣れてきた。しかし俺はあれから成長の実感を得られていない。もちろんボウショク教の基本的な教えは叩き込まれているが、戦いに関してはほとんど教えてもらえていない。ハンカチで鞘を斬るという域には到達できそうにない。それどころか到達の道筋すら見えてこない。

 その停滞に少しだけ憤りを覚えつつあった。

 

「うーん。鞘をハンカチで斬るコツ?」

 

 いつものように教会の掃除を済ませ、適当な定食屋で昼飯を食べながら俺はルカ先輩に愚痴る。このままでは役人になれるだろう。しかし俺は役人になりたいわけじゃない。異端審問官になり、ピエロに勝ちたいのだ。

 

「コツかぁ……コツねぇ……」

「どうしたんですか?」

「うーんと……わかんないや」

「は??」

「私は感覚派だから言語化出来ないんだよねぇ……」

「まさか教えなかったのって!」

「教えられないからっていうのが正しいかな。そういうのは昔から苦手なんだよねぇ」

 

 軽く流そうとしてるが俺には死活問題だ。嫌がらせで教えてくれない方がまだマシだった。まさか答えが教えられないなんて思いもしなかった。

 

「例えばさ。カオリ君は速く走りたいって言う子どもになんてアドバイスする?」

「とりあえず走るフォームとかか?」

「それじゃあフォームを極めた同年代より速く走りたいっていう子どもにはどんなアドバイスする?」

「ひたすら練習とか……」

「どんな練習させる? ただ走るだけで差が埋まるわけ?」

「それは……」

「速く走るっていうのは紐解けば、素早く足を上げて速く落とすの動作でしかない。だからどう素早くするかっていうのに明確な答えはない。たしかにフォームとかもあるけど、それでも目標に到達しないなら別の要素が必要になると思うな」

 

 考えさせられる問題だ。そういう技術でフォロー出来る程度の差ならばいくらでもやりようがある。しかし技術で埋められないような差に直面した時に、それは腐ってしまうだろう。ルカが教えたいのは、そういった理不尽を前にした時に戦うための武器。すなわち理不尽に並ぶのは同じ理不尽。技術みたいな論理が介入しないような理不尽。だからこそ教え方が存在しない。

 

 ――誰かに教えられる時点で、それは理不尽にはなり得ないのだから。

 

「だけど努力すれば……」

「その努力ってなに? どんな方向で詰めるわけ? 竹刀の振りで音速を超えたいみたいな場合に教えられることってなに?」

「それは……」

「努力するにしても足りないものの言語化が必要。私の技を再現するのに足りないものを教えるほど言語化する技術がないって言ってるわけ」

 

 ルカ先輩の戦闘哲学は"理不尽を押し付ける"。もし言語化して説明できるならば、それはきっと理不尽とならないだろう。誰も説明できず、理論での裏付けもされていない。理不尽であることを徹底してるからこそ他人に真似できないものとなっている。それ故に彼女は教えるのに致命的に向いていない。

 

「あーでも強くなるだけなら一番手っ取り早い方法があるかも」

「お! それはなんですか!?」

「修羅場をくぐって死にかけることだよ。そうじゃん。そうすればいいじゃんね」

「えっと……比喩的なものですよね?」

「そんなわけないじゃん。文字通り命懸けのやり取りだよ」

「もし死んだらどうするんですか!」

「え? もしかして命も賭けないで強くなれると思ってるの? ちょっとそれ甘すぎない?」

 

 

 そんな会話をした深夜。俺はベッドで天井のシミを数えながら、少しだけ自分の今後を考えていた。たしかにピエロには勝ちたい。しかし命を賭けてまでやることなのだろうか。今の生活に不満があるわけじゃない。この生活を維持するだけでも十分幸せだろう。

 

 ――だけどそれで本当に良いのか?

 

 きっとこの生活にも慣れてしまう。地球にいた頃のような退屈に支配されるだろう。漠然とした不満を抱えたまま一生を終える。そんなの満足できるはずがない。もっと張り合いのある生活がしたい。自分の力で誰かに勝ちたい。そう思って異端審問官の道を選んだんだろ。

 

「ルカ先輩」

「んー。どうしたの?」

 

 俺は下で寝ているルカ先輩に話しかける。もう腹は決まった。俺は逃げない。目の前のしなければならないことから目を背けない。俺は変わると決めたのだ。

 

「俺を強くしてください」

「それって命を賭けるってことでいい?」

「はい」

「わかった。明日から少し頑張ろうね」

 

 そうして翌朝。俺達は朝食を食べて庭に出る。庭に出るなりルカ先輩は軽く準備運動をする。いったいこれからなにをするのか皆目見当もつかない。しかしなにが来ようが今の俺の全力を出して乗り越えてやる。そんな覚悟を決める。

 

「それじゃあカオリ君。いこっか?」

「行くってどこに?」

「ちょっとした危険地域だよ」

 

 ルカ先輩が俺を抱き抱える。恥ずかしさから少し抵抗しようとしたが、すぐにそんな気は失せた。

 

 なにせルカ先輩は飛んだのだから。それこそ文字通りの飛行だ。

 地を蹴り、雲より上の空に跳躍。そのまま空気の面を蹴って加速する。その瞬間に全身が粉砕しそうになるほどのGが俺に襲いかかった。その時のルカ先輩の速さは間違いなく()()を超えていた。

 

「あわ、あわわわわわ!」

「さてと。かなり減速したけど、体は平気?」

「こ、これで減速……」

 

 本当に彼女が規格外なのだと実感する。山のような岩亀を一撃で粉砕する攻撃力に脚力だけで音速を超えた飛行を可能にするほどの機動力。紛うことなき最強生物。俺はルカ先輩を舐めていた。少なくともここまで人を辞めているとは思いもしなかった。

 

「さてと着いた着いた」

 

 気がつけば一面に平原が広がっていた。俺は地面に座り込んで食べたものを全部吐き出す。地面に降りても浮遊感が消えない。あまりの気持ち悪さに目眩すらする。

 

「ここはヤミ国が定めるB級禁足域”ミノス島”」

「ミノス島?」

「王都から遥か南東にある無人島だよ。ここには……」

 

 そんな話をしてるとドスンドスンという足音が響く。ルカ先輩の背後から、彼女の背丈の倍はあろうかという半獣半人が現れる。

 頭は荒々しい雄牛で、両目は血走った赤色。呼吸のたびに鼻先から荒く湿った熱気が漏れている。そして片腕には重々しい斧。俺の本能が告げている。今すぐここを離れろと。あれは人が戦うような存在じゃない。完全な化物だ。

 

「ちゃんと話聞いてる?」

 

 その化物を前にして、生存本能が酔いを覚ます。恐怖で吐き気も完全に消え失せた。俺は震える足で立ち上がり、後ろを指差す。

 

「ル、ルカ先輩。後ろ……」

 

 俺の指を見て、ルカ先輩が振り返った瞬間に半獣半人の怪物は斧を叩きつけた。俺は思わず手で目を覆う。彼女の脳天がかち割れる――と思った。

 

 しかし俺が想像した光景にはならなかった。

 

「はぁ……喧嘩売る相手くらい選べよ。獣でも実力差くらいわかるでしょ」

 

 ルカ先輩は苛立ちながら怪物に言い放っていた。驚くことに彼女は無傷。斧を叩きつけられた頭。そこからは血の一滴も垂れていない。ミノタウロスの渾身の一撃が一切通用していなかったのだ。そんなのは怪物からしても初めての経験だったのだろう。怪物は困惑していた。その困惑が命取りだった。ルカ先輩はミノタウロスの頭を鷲掴みにし、そのまま握力任せに頭蓋骨を握りつぶして一撃で絶命させる。

 

「まぁこのようにこの島にはミノタウロスという少し面倒な獣が大量に生息してるわけ。だからこそ立ち入りは厳禁だし、命の保証は出来ないの」

 

 俺は少しだけ震えていた。ミノタウロスも怖いが、それ以上にルカ先輩の方が怖い。あれほどの巨体を虫を払うかのように片付けた。あれほどの存在を敵とすら認識していない。もはやどちらが怪物なのかすらわからなくなる。

 

「とりあえず最初は見ておいてあげるからさ。1匹だけ倒そっか」

「……は?え?」

「うん。倒し方はいま見せたし、簡単でしょ?」

 

 それから俺はルカ先輩に半ば強引に戦闘を強制させられた。

 

 

 ミノタウロス。それは1匹で小さな村ならば簡単に壊滅させられるというほど凶悪な獣だ。近接戦闘になれば飛び抜けた戦闘力を持っており、熟練の冒険者ですら安定して勝つのは困難を極める。そのため本来ならばミノタウロスを見かけたら距離を取り、ひたすら遠距離からの攻撃を叩き込むのがセオリー。ミノタウロスとの近距離戦など自殺行為に等しい無謀と言われている。そんなミノタウロスと剣だけで戦わせる。正気の沙汰ではない。

 

「くるみ割り!」

 

 俺はそんな怪物に剣を叩きつける。"くるみ割り"はヤミ国で最も有名な基本剣術の1つである。クルミという女性剣士が考案した。もっとも隙が少なく、振りが速い一撃とされている。その技は大きな癖がなく、応用の幅も広い。そういった特徴もあり、ルカですら未だに使うほどの技だ。

 

「カオリ君。この斬り方じゃ首を落とせないぞー」

 

 ミノタウロスの肉は分厚く硬い。剣を振り下ろしても数センチほどしか斬り込めない。攻撃手段の足りなさを痛感させられる。くるみ割りは速さこそあるが、威力があまりに足りない。この技ではミノタウロスには致命傷とならない。

 

 俺は焦る。くるみ割りでは届かない。しかしこの2週間はひたすらくるみ割りの練度を上げる鍛錬しかしていない。他は技と呼べるようなものではない。少なくとも今の俺にはくるみ割りが唯一の技であり、もっとも攻撃力の高い攻撃だった。それが全く通じない。どうすればいい。考えろ。

 

「ちなみにミノタウロスは半日ほど戦闘を継続するほどのスタミナもあるから長期戦は避けた方が良いよ。まぁでも攻撃は単調だから集中が切れない限りは避け続けられるんじゃないかな?」

「……んな!」

「はやく倒さないと増援が来ちゃうよ〜頑張れ〜」

 

 それから俺は死に物狂いでミノタウロスを倒した。あれから何度やっても剣では斬れなかった。剣では勝てないと悟った俺は近場にあった岩を持ち、怪物の頭に何度も石を叩きつけた。相手の攻撃を避けて。力任せに石で殴る。それをひたすら繰り返し、辛うじて仕留めることが出来た。

 ミノタウロスを無事に倒し、俺は息をあげながら勝利を噛みしめる。何度も死ぬかと思った。もうミノタウロスの相手は二度とごめんだ。こんなことをやってたら命がいくつあっても足りない。

 

「うーん。5点!」

 

 しかしルカ先輩は俺を心配する素振りすら見せずに厳しい評価を下す。労いの言葉すらなくダメ出しをしてくる。そもそもミノタウロスを倒しただけで充分過ぎる戦果だろう。彼女はミノタウロスをなんだと思っているのだ。

 

「あの程度にここまで時間をかけるのは論外だしさ。そもそも息が上がるなんて、ありえない。まぁでも倒してはいるし、0点というのも可哀想だから5点」

「きっつ……」

「さてとチュートリアルはここまで。今日から1週間ほどこの島でサバイバルしてもらいます!」

「はぁああああああ?」

 

 俺は絶叫した。ルカ先輩の発言に本気で耳を疑う。こんな地獄で1週間など正気の沙汰ではない。それこそ気でも狂ってるとしか思えない。本当にこれは死ぬ。ルカ先輩は俺になんの恨みがあると言うのか。まさかここで俺を殺す気なのか?

 

「ちなみに私は帰るから頑張ってね」

「ま、待って……」

「私は言ったからね。命を賭けてもらうって」

 

* * *

 

 この世界の歴史は大きく3つに分けることが出来る。

 

 1つ目が魔王が世界を支配していた勇魔時代。その勇魔時代は勇者カミーラによって魔王ウシカゲが討たれることで終わりを告げた。

 2つ目が龍が支配していた龍の時代。その龍の時代は英雄ジークフリートによって、世界を支配していた7匹の色龍が討伐されて終わりを告げた。

 3つ目は人が世界を支配している人類時代。その人類時代は今も続いている。そして歴史上もっとも争いが絶えない時代でもあった。

 

 そして現在。人類時代も終わりを告げ、新たな時代を迎えようとしていた。

 

「この程度なんだ」

 

 一人の幼女が戦場に降り立つと同時に真紅の剣を振るった。たった一振りだった。その一振りが全てを終わらせた。

 

「き、きさ……」

 

 その幼女は一振りで300近くのエルフの軍を一掃(いっそう)した。自分の力を誇示するかのようにたった一振りで壊滅させ、エルフに恐怖を植え付けた。

 

 人類時代。支配者は人であるものの、未だに明確な支配者はいない。しかし多くの者が一番支配者に近い存在はエルフと答えるだろう。

 

 人の代表格である()()は数こそ多いが、複数の国家に分かれ、意思疎通も満足に行えなかった。しかし先日ようやくヤミ国の手によって統一されたことで少しはマシになりつつあった。だが依然として支配者というには弱い。

 

 そして魔族。魔族は最北に位置する永久凍土(えいきゅうとうど)の土地に追いやられ、年々数を減らしていた。個々での戦闘力こそ高いが、それ以外に取り柄がない。文明の発展も遅れた旧時代の種族。あくまでエルフと人間以外の人族の総称。それが魔族だった。世界は魔族を時代の敗北者として見ている。

 

 その中で()()()だけは特別だ。なにせエルフは身内で争うことなく、大陸の中央に大国を築き上げている。そのため人類の中では最大勢力であり、彼らの生存圏はエルフ領という呼び名で定着した。そのもっとも強い種がエルフ。

 

「まだ私が残っている!」

 

 一振りを凌いだ赤髪のエルフが刀を抜く。その男は十二座と呼ばれる存在だった。

 十二座は国王直属の部隊であり、構成員はボウショク教の異端審問官にも匹敵すると言われている。つまるところエルフが誇る最高クラスの個人戦力。それが十二座なのだ。

 

「この十二座の三の座フレイムを忘れるな!」

 

 そんな十二座の一人を幼女は退屈そうに眺める。彼女から言わせれば取るに足りない相手でしかなかった。彼女にとっては十二座であろうが、一兵卒のエルフと大きな違いがなかった。

 

 十二座のフレイムは果敢に剣を振るう。その一振りは閃光のように速かった。地面に倒れるエルフ達が彼の剣に目を奪われる。彼の剣に期待する。十二座まで上り詰めた彼ならば、この絶望を打破してくれると確信していた。

 

「遅っそ」

 

 しかし幼女はそんな彼に興味すら持たなかった。まるで期待外れと言わんばかりに、剣が振るわれる。その剣は十二座の刀には届かない。

 

 ――だが、それで充分だった。

 

 剣先から斬撃が飛ぶ。その飛ばされた斬撃が大地を抉り、彼の刀を折り、胸を大きく斬り裂いた。十二座が膝をつき、雪の地面が紅く染まっていく。

 当然ながら彼が決して弱かったわけではない。ただ純粋に相手が強すぎたのだ。あまりに目の前にいる存在は強大であり、彼には荷が重すぎた。

 

()()()したし、生きてるよね?」

「な、なんなのだ……貴様……」

「……遺言は?」

 

 幼女は圧倒的な実力差を見せつけ、十二座を下した。彼女は夜のように冷たい黒の目と色が喪失したという表現が最も似合うほどに白い髪をしていた。

 

「地獄に落ちろ」

「憎悪の言葉じゃなくて、お世話になった人への感謝の言葉を吐けばいいのに」

 

 真紅の剣が振り下ろされた。その真紅の剣は彼の命を奪うことはなかった。しかし確かな死の恐怖が彼の意識を刈り取った。そうして十二座の一人は落とされたのだ。

 そして一仕事終えた幼女は付き添いの()()に話しかける。

 

「ねぇベック」

「なんでしょう。魔王様」

 

 そんな絶対的な力を持つ幼女の正体。それは魔王であった。彼女の詳細な出自は魔族ですら知りえない。ただ気づいたらそこにおり、いつの間にか魔王になっていた。それだけなのだ。もし1つだけハッキリしてることがあるとすれば彼女が魔族ではないということだけ。

 

 そんな得体の知れない存在を魔族は受け入れた。なにせ彼女は強いのだ。強いならば魔王として扱うしかない。それだけのシンプルな理屈だ。

 

「そろそろ復活宣言しよっか。世界に」

御意(ぎょい)に」

 

 この事件をきっかけとして、世界中に魔王復活の一報が轟いた。世界を絶望に落とした魔王の名を冠する者が再度現れたのだ。奇しくもグループ国の吐いた戯言が現実のものとなった。

 

 人類時代の終わりは新しき魔王の手によって、静かに近づいているのだった。

 

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