私は魔王なんて糾弾することが出来ないほどの罪を犯している。その罪を責め立てるかのように長老が言葉をぶつける。
「別に恨んではいません。弱き我らの罪。我らが悪いのです」
「……ごめんなさい」
私は謝ることしかできなかった。だけど私は目を背けない。彼らの言葉も憎悪も正面から受け止める。これが加害者としての義務だ。
「しかし我らは悟ったのです。我らの力など無意味。反逆など無意味……あれで我らの心は完全に折れたのです」
「うん」
「あなたを憎んではいませぬ。あなたの力は我らに憎む余地すら与えぬほど圧倒的。憤怒の熱も残らなければ心を蝕む憎悪もありません」
私のせいだ。私が悪い。私が罪を犯した。私が殺した。自分の浅慮《せんりょ》が招いた地獄だ。私が彼らから希望を奪った。そのことを噛み締める。
「天災に遭った時。人は諦めて膝をつくだけでしょう。それと同じです」
私が全て奪った。彼らの希望も戦意も反骨心も全て。彼らになにをしても無駄だという感情を私が叩き込んでしまった。私が彼らを抜け殻にしてしまった。だからこそ私の罪は重い。
「うん。わかってるよ」
それから私達は逃げるように魔族の村を後にした。あの村で私達は真実を聞いた。自分達の罪を理解させられた。だけど不思議と心は曇ってなかった。
「ルカ。思ったより平気そうだな」
「ひっどいなぁ。これでもけっこうメンタルにきてるんだよ?」
誰かから奪われるのは慣れている。傷つくことには慣れているし、なんとも思わない。だけど自分が誰かを傷つけるのには慣れていない。加害者になるというのは被害者になる以上に苦しいものだった。
だけど既に覚悟は決めている。もう戦うと私は決めた。死ぬことも泣くことも罪滅ぼしにはならない。それが長い時間を経て私の出した結論だった。私はこの手で巨人族の皆を殺したかもしれない。お兄ちゃんに全ての罪を押し付けたかもしれない。それを自覚してるからこそ停滞してはいけない。
私は加害者だからこそ魔王を倒し、奪ってきたものを弁償したうえで謝罪しなければならないのだ。それが加害者としての責任だ。
「私は彼らから希望を奪った。だから私だけは膝を折ってはいけない。加害者として最後まで戦い続けないといけないんだよ」
正直言って心の整理はついていない。だけど死んで逃げることが許されないことは理解している。こんなことで悩むことも傷つくことも許されない。私は魔王を倒すまで自分の感情を持つことなんて許されない。
「死ぬことも懺悔することも反省にはならない。本当に反省してるなら魔王を倒すしかないんだよ」
「たしかに」
私は加害者だ。加害者だからこそ責任を取らなければならない。ここで足を止めることは逃げでしかない。そんな甘えが許されないくらいの罪を私は背負っている。だから私はもう喚かない。喚くなんて逃げるようなことはしない。自分の罪ときちんと向き合うと決めた。
「しかしルカが彼らを殺さずとも遅かれ早かれ死んでいたでしょうし、気に病むほどのことではないでしょう」
「どういうこと?」
「あれが魔王に勝てると本気で思ってます?」
「メイ。言っていいことと悪いことが……」
言いながら私に注意する資格なんてないことに気づく。それは私は一番してはいけないことだ。魔族の希望を奪った私がどの口で良し悪しを決めるのだ。私には良いとか悪いとか言う資格なんてない。
「どうしました?」
「……ううん。なんでもない」
「そうですか」
私達は無言で馬車を走らせる。道中は驚くほど静かで敵襲なんて一切ない。静寂の時間は私の罪を責めるようで苦痛だった。こんなことなら魔物の群れと戦っていた方が気が紛れてマシだ。
「しかし思ったより楽な旅だな」
「きちんと準備しましたからね。それに収納袋があったのも幸いしました」
「興味本位で聞くんだけど、収納袋なかったらどうなってた?」
「まず食べ物と水の問題が付きまといますので、泥水を啜り、毒性のある肉を食べて吐き気にのたうち回って……」
「わりぃ……気分悪くなってきた」
「それに今回はルカがいるのも心強いですね。どんな敵の大群も彼女が指を弾けば殲滅可能。戦闘にすらならず返り血すら浴びることがないというのも大きいでしょう。なにせ不衛生はストレスとなりますので」
エルフとメイが雑談している。2人が言うように想像していたよりも楽な旅だ。でも楽だからといって油断出来る状況でもない。いつなにが起きてもおかしくない。それに今の私達は魔族に対して罪悪感を覚えてしまった。
魔族を純粋に敵として見えない。その迷いが命取りになりかねない。
「ねぇカミーラ。魔族が出たら私が躊躇なく殺すから」
「え?」
「大丈夫。もう数千人は殺してるから数人とか誤差だから」
魔族の背景を知った。だからこそ私が殺さなければならない。私が悪にならなければならない。この役割は一番私が適任だ。
「……辛い役目を押し付けることになるな」
「大丈夫。もう全部背負うって決めたから」
ごめんなさい。これからいっぱい私は魔族を殺します。貴方達の背景を知った上で殺します。だけど私は必ず魔王を討ちます。だから許してください。
そんな言葉を心の中で呟く。
「……しかし補給は出来ないな。収納袋に詰めた飲食物が尽きたら終わり」
「はい。なので温存できるところでは温存したいですね」
「そうだな。この旅がどれだけの長旅になるか分からないしな」
それから私達は魔族の話題を避けるようにこれからの話をする。正直言うならば魔族のことを考えてるような場面ではない。今は余裕だとしても、その余裕は薄氷の上で成り立っている。それこそいつ瓦解してもおかしくない。
「最悪は私が一人で飛んで人間領に戻って買い込んでこよっか?」
「え?」
「この距離なら1時間も駆ければ戻れると思うし……」
「2週間近く馬車を走らせた距離をたったの1時間って……本当にルカって本当にデタラメね」
「しかし1時間の間に四天王に襲われでもしたら一巻の終わり。あまりにリスクが高いので、それは最後の手段にしましょうね」
「おっけー」
無理に笑顔を作る。何事も形から。こういう時こそ明るく振る舞え。自分を騙せ。今は凹んでる場合じゃない。このパーティーは私が生命線だ。私が折れたら終わる。これからどんな悲劇が起ころうが私だけは狼狽えてはいけない。気丈に振る舞わなければならない。まったく傷ついていない。なにも考えていない軽薄な女。そう思われるくらいじゃないと成り立たない。
「ルカ……」
「カミーラ。どうしたの?」
「いや。なんでもない」
その日は魔物の襲撃はなかった。そして無事に夜を迎えた。エルフとララは寝て、私とカミーラとメイが見張りをする。本来は戦力のバランスの観点から私とカミーラが2人同時に寝ずの番をすることはない。
だけど今日だけは別だった。傷心の私に配慮してくれたのだろう。メイは少し散歩してくるとだけ言った。不死の彼女ならば心配することはないだろうから私達もメイの単独行動を許した。だからこの場から離れたので今いるのは私達だけだ。
「ルカ。疲れたなら君も寝ていいよ」
「……寝たいけど眠れないの」
「そうか……」
「少しだけ真面目な話いいか?」
「いいよ」
カミーラが畏まって私の目を見る。もうなんとなく話の内容は見当がついてる。私は罪を犯してない人を殺した。その話だ。それは責められるべきことだ。
「……僕はもう少しだけ悪い女が好みだ」
「え?」
「僕達は聖人である必要はない。なにかに縛られる必要なんてないんじゃないんかな」
私は少しだけ驚いた。カミーラからそんな言葉を聞けるとは思わなかった。私はてっきりカミーラは清廉潔白《せいれんけっぱく》であることを望むと思っていた。曲がったことを許せないと思えた。
「筋を通すのは良いことだと思う。だけど筋を通さなきゃってなるのは違うんじゃないかな?」
「それは……」
「メイじゃないけどさ。魔族の件についてはルカは悪くないと思う。ルカが殺さなくても結果は変わらなかった」
「そうかもしれないけどさ。私の罪は消えないよ」
「それを罪と思わなくていいって話だよ。だって僕達は聖者じゃなくて人だ。気高くある必要も完璧である必要もないよ」
甘言だ。その言葉に溺れてしまいたくなる。だけど甘えたら駄目な気がする。この言葉に耳を貸してはいけない。
「僕は魔族が人だと知った時になにを感じたと思う? ここまでの旅路で多くの魔族を殺した僕はどう思ったか分かるか?」
「罪悪感……?」
「"どうでもいい"だよ。あまり興味を持てなかった」
思わず息を呑んだ。私はカミーラがそんなことを思うなんて微塵も考えていなかった。そっか。カミーラだって人なのだ。全部が完璧じゃないんだ。
「彼らには同情するし、魔王の所業には嫌悪する。だけど僕が悪いとは思えなかった」
「どうして?」
「だって悪いのは魔王だろ。僕達は仕方なかった――少なくともそう開き直れるくらいに僕はクズだよ」
なにかを言いたくなるが言葉が出てこない。たしかにカミーラの言う通りかもしれない。でもそれは私が嫌悪する在り方だ。自分の罪から逃れたくない。
「僕達は高潔である必要もないし、誠実である必要もない。それらは君を幸せにしない」
「……なんでだろうね。わかってるけどやめられないんだ」
そんなことは理解してる。私がなんて思おうが誰も糾弾しない。それはきっと受け入れてくれるだろう。メイもカミーラも優しいから良しとしてくれるだろう。でも私の魂がそれを許さない。
「何度も仕方ないって逃げようとしたよ。でもそんな自分を自分が許さないんだ」
「そっか」
「だから私は折れないよ。その在り方を変えないよ」
「知ってる。ルカはそういう人だ。そんなルカだから僕は好きになった」
少しだけ空気が静まり返る。私は少しだけ聞き直したくなった。いまカミーラはさらっととんでもないことを言わなかっただろうか。
「だけどルカ。これだけは覚えておいてほしい。僕は君の高潔さに惚れ込んだ。だけど高潔じゃなくなった君も僕は愛せるよ」
「へ、へぇ……」
思わず恥ずかしさで隠れたくなる。もうカミーラの顔を直視することが出来ない。きっと今の私は顔が真っ赤で情けない顔をしている。こんなところ見られたくない。
「だからルカ。もしどうしようもなくなって潰されそうになったら、逃げることも頭の片隅に置いてほしい。そんな君でも僕は愛するから」
「……そう」
言葉がまとまらない。カミーラはなにを思ってそんなことを言っているのだろうか。私なんかにそこまでする価値はない。そもそもカミーラは私にはどうしてほしいのだろうか。
「こんな時に話すことじゃないのは分かってる。だけど今を逃したらずっと言えなそうだから言わせてくれ」
「なに?」
「魔王を倒したら結婚しよう」
「……ほへっ?」
予想外の内容に間抜けな声が漏れた。私は自分の耳を疑う。聞き間違いでなければ彼は結婚と言ったはずだ。私は思わず聞き返してしまう。
「私なんかでいいの?」
「ルカがいいんだ」
だけどカミーラの答えは変わらなかった。彼の言葉が私の存在を肯定する。私の在り方を良しとする。私の罪を容認してくれる。
「私……戦うことしか出来ないよ?」
「僕はルカと一緒に生きたい」
真剣なプロポーズ。もちろん嬉しい。だけど私の中の私が囁く。お前に幸せになる権利はない。人から奪うことしか出来ないお前に彼の隣に寄り添う資格などないと。
「ごめ……」
カミーラが有無を言わさずに私の唇を奪った。突然のことで顔から湯気が出そうになる。頭がショートしていく。思考が回らなくなってくる。
「ルカじゃなきゃ駄目なんだ」
「ほ、ほんとに私なんかでいいの?」
「ああ」
「でも私は人殺しで……手も汚れきって……」
「気にしないし、君が気にすると言うなら僕も一緒に背負う」
曇りなき眼でまっすぐと私を見て彼は言う。その瞳を見て今度は私から彼の唇を奪った。それが私なりの返事だった。言葉には恥ずかしくて出来ない。だけどそれで察してほしい。
「カミーラ。愛してる」
それが今の私の精一杯の言葉だった。この時の私は世界で一番幸せだった。それから気づいたら私は寝ていた。
――だけど、その日は気持ち良く寝れなかった。
もっとも長い最悪の夢が始まった。
* * *
「ここはどこ?」
私は見慣れない場所にいた。白いシャツに分厚い紺色のブレザーを羽織り、短いスカートを着ている。当然ながら衣装も場所も私の記憶にはないものだ。
「ねぇルカ。お昼一緒に食べよ?」
私と同じ服を着た女の子が私に声をかけてくる。ここが夢なのは不思議と理解している。しかしどうしてこんな夢を見てるのか分からない。箱に詰められた料理は見た目は美味しそうだけど無味無臭で気持ち悪い。明らかに味がしそうなのに味がしないことに脳がバグりそうだ。
(……なんかの幻覚攻撃?)
頭の中にそんな推測が走る。ここまで意識がはっきりしてる夢ならば、それはもはや幻惑だ。幻惑ならば確実に誰かの介入。私が攻撃を受けている。
「ねぇここってどこ?」
「どこって……学校でしょ」
「学校?」
「もう寝惚けてる?」
学校。私の知らない概念だ。夢は所詮は記憶の整理。それ故に自分の知ってる概念しか出てこない。新しい概念に見えたとしても知ってるものと知ってるものの組み合わせでしかない。こんな突拍子もないものは夢の範疇を超えている。その事実が間違いなく第三者が介入していることの証明。すなわち幻惑攻撃を受けていることを裏付けることのなによりもの証拠になる。しかし誰がそんな趣味の悪いことを……
「……煌」
指を弾くがなにも壊れない。なにも吹き飛ばせない。やはりここは夢なのだ。私のフィジカルは使えない。今の私の戦闘力は皆無だ。
「どうしたの?」
それから学校とやらが終わって外に出る。外はいつも通りの曇り空。いつか見た青空なんて見えやしない。夢だからと期待したが、現実はそんなに優しくない。
……夢でくらいリーチェと見たあの青い空を見たかったな。
ふらふらと歩く。いや歩くというべきではないだろう。なにせ無意識で足が動いているのだ。誰かに体を動かされてるわけではない。なんとなくここに行くべきだろうなという感覚だけがある。だから感覚に任せて足を運ばせているといった感じだ。
「……ルカ!」
聞き慣れた声が私を呼ぶ。振り返るとそこにはカミーラがいる。紺色のブレザーに灰色のズボンという見慣れない格好をしているが、とても似合っていて眼福だ。
「さて目の前の彼は私が作り出した妄想か本物なのか」
「本物だよ!!……って証明する手段もねぇか」
「まぁとりあえず本物だと思っておくよ。それにしてもカミーラもいるってことはいよいよこれは夢じゃなさそうだね」
「……恐らくなんかしらの精神攻撃だ」
「今の私は戦えないけどカミーラは?」
「
「まずいね」
まさかこんな攻撃を仕掛けてくるとは。今の私達は襲われたら即死だ。現実の肉体も無防備そのものであり、この世界で戦闘になっても、この戦闘力では一方的に蹂躙される。完全に詰んでいる。だけど不思議と恐怖はなく、落ち着いている。
「カミーラ。これからどうしよっか?」
ここにいるのは私だけじゃない。それが心強い。私だけなら焦っていたことだろう。だけど今はカミーラがいる。2人ならなんとでもなる。だって私のカミーラは誰よりも頼りになるから。
「まずはこの珍妙な世界から抜けないとな」
「試しに自殺でもしてみる?」
悪夢を見た時は自殺すれば目が覚めると巨人族の間では言われている。もっとも現実とほぼ同じこの世界で腹を斬るのは少し怖いけど……まぁ必要ならばやるしかない。
「これは最終手段にしておこう。この幻惑世界のダメージが現実の肉体にも及ぶ場合は最悪だ」
「そっか。そういうケースもあるもんね」
それから私達は幻惑の世界を探索する。すれ違う顔も知らない人たちが私達に親しげに挨拶をしてくる。私達はそれに愛想笑いで返す。
この場で過ごすにつれて分かってきた。ここは学校という場で勉学を教わる場。私達の着ている服は制服であり、学校ではこの服を着ることが義務付けられているみたいだ。それと余談だが、ここは平和そのものだ。私達の身近にあった血の匂いや死の気配というものが一切ない。
「学校からは出られないみたいだな」
「授業が終わったらどうなるんだろうね?」
「わからん」
しかし見るもの全てが新鮮。どれも私達の世界にはないものだ。そうなるとこの世界に招いた敵は何者なのだろうという疑問が生まれる。なにせこうして幻惑として生み出しているということは、これらを知っているということに他ならないのだから。
「とにかく今は流れに身を任せるしかないだろ」
そして私達の奇妙な夢の攻略が始まった。