「ほらほら。避けれるもんなら避けてみなさいな」
雨が降り注ぐ。しかもただの雨粒ではない。異様なまでの質量を持ち、粒は小さいのに人程度ならば簡単に潰してしまうような雨。それが身体を打つ。恐らく天候操作のスキルとなにかの組み合わせ技だろう。本当に面倒くさい。
「
雷が私の肌を焼き焦がす。あーいったいし、本当に頭にくる。もう攻撃の全部が鬱陶しい。だけど攻撃は強いが私には大したダメージではないから警戒にすら値しない。
この中で一番厄介なのは攻撃よりも彼女の体から発する毒の霧。そのせいで少し息をするだけで平衡感覚が狂うし、幻覚も見えてくる。
だけど私が相手で良かった。カミーラやエルフが相手ならば、雨だけでとっくのとうに殺されている。むしろ今まで生き延びたのが奇跡。それほどまでの相手。私の脅威ではないけれど、今まで戦った相手の中で一番強いのは確実。
「……っ!!」
そして遥か彼方から飛んでくる冷気の光線による援護。あまりの冷たさに掠らずとも、周囲にいるだけで皮膚が壊死する。飛んでくる前に距離をとらなければ死ぬし、避けたとしても温度が一気に下がり、寒さが体力を奪う。
「寒さに毒。この極限状態でいつまで持つかしらね」
冷気の光線を飛ばしてくるのはお兄ちゃん。私が相手でも容赦なしか。いや私のことに気づいていないのかもしれない。だって今のお兄ちゃんは……ううん。考えるのはこの痴女を倒してから。
「少し本気でいくね☆」
もう動きは見切った。今から3分だ。3分でこいつを殺す。
「……は?」
「星送り☆」
痴女の頭を踵で砕き、そのまま肉体を蹴り飛ばす。白い星が周囲一体に舞う。今まで以上に調子が良い。別にここまで手を抜いていたわけではない。ただ温存して観察に徹していただけ。もう大体わかった。ここから私のターンだ。
「待っ……」
「夜堕とし☆」
ミョルニルを全力で振り下ろした渾身の一撃を叩き込むが肉体が再生される。まぁ四天王クラスなら当然のように再生くらい完備してるか。しかし無限ではないはずだ。生き物は死ぬまで殺せば死ぬ。死なぬなら三日三晩殺し続けてやる。
「それじゃあ少しだけギアを上げるからついてきてね☆」
肋骨を砕いて内臓を潰す。しかし再生する。苦しそうだ。良かった。きちんとダメージにはなってる。それならこのまま続けちゃえ。
「
下半身を弾き潰す。骨盤を砕いて一生歩けない体にする一撃だ。しかし後遺症を残す素振りすら見せずに呆気なく再生する。そして再生と同時に耳障りな悲鳴が響く。やっぱり再生だけで痛覚は機能してるのかな?
そうなるとメイのようなタイプとは別物か。なにせメイの場合は痛覚は機能していない。理由は単純明快で痛覚は身体の危険信号だから。痛みとは生命活動に危険を及ぼす場合のみ発動するもの。つまり痛覚を感じてる時点でメイのような不老不死ではない。殴り続ければ殺せるタイプだ。
「
私の方に腕を伸ばしてきたので、その腕を砕く。砕けた骨の破片が私の頬を掠る。汚いなぁ。そして顔を上げるとお兄ちゃんが私に攻撃をしかけようとしてきている。
「や、やめ……」
「ふーん?」
アグリロータの首根っこを掴んでお兄ちゃんの光線に向かって、投げつける。あの光線の威力は相当高い。なにせ私ですら直撃はに少しだけ命の危険を覚える。
まさしく世界に終末を招くほどの光線。それは打撃系の私には持ち合わせていない類の攻撃手段。物理攻撃には強いみたいだけど、こういう攻撃には耐えられるのかな?
「今の連撃とフレンドリーファイヤーを受けても生きてるんだ。あ、ファイヤーじゃなくてアイスかな?」
「この雌豚がぁああああああ!」
「私。あなたみたいな下品な体してないと思うけど?」
「殺す殺す殺す!!」
「殺すって言う暇あるなら動きなよ。殺すって思ったときには既に殺してなきゃね☆」
「え……?」
「
距離を詰めて、蹴りを叩き込む。冷たさで足が痛くなる。彼女は先ほどお兄ちゃんの光線をモロに受けている。だから彼女の身体が冷え切って、彼女を蹴った足が少し冷えた。これはお兄ちゃんの攻撃を受けたものに触れるのは少しだけ危険かな。でももう一撃だけ入れておきたいな。
「
「ぐぅべぇぼ!?」
それにしても本当にしつこい。本当にこいつは何度殴れば死ぬのだろうか。そろそろ毒で呼吸するのがきつくなってきたし、早く終わらせたい。
「いいわ……本気。出してあげる!!」
痴女がふらふらと立ち上がる。それに対して私は少しだけ警戒する。これがブラフで下手に距離を詰めて、その瞬間に致命傷を受けても面白くない。ただ変身を見過ごすのもリスク……はたしてどちらが重いか。恐らく前者のリスクの方が重いな。変身くらいはさせてあげよう
「我が名はアグリロータ。この姿まで追いこんだこと後悔して逝くがいい!!」
「ふーん」
背中には6枚の大きな翼が生えてくる。まるで天使みたい。まぁ天使だとしても殺すけど。私の行く手を阻むなら誰であろうと容赦はしない。私の道を阻むなら死ね。
「天剣」
光で出来た無数の剣が上空に生成される。光を操って物質化させる能力っていったところかな。本当にスキルの数だけは多い。これ私以外が相手なら誰にも負けないんだろうな。なんなら1人でも世界制圧も可能な気すらしてくる。きっと今まで負け知らず。どうせ今回も簡単に勝てるとか思われてたんだろうなぁ……その傲慢さ。命取りなのに。
「天剣は内部から魂を破壊する!! いくら貴方と言えど終わりよ!」
剣が私に降り注ぐ。まるで剣の矢。威力も高く、ありとあらゆるものを殲滅するだろう。だけど私を相手にするつもりなら威力も速度も点で足りていない。こんなんじゃ準備運動にもならない。
まず大体の人はさっきの雨で死ぬし、雨を避けれる時点でこんな攻撃には当たらない。恐らく雨で物理攻撃が効かない相手向けの技なのだろう。魂を破壊するという言葉から考えるに霊体やアンデットを対象とした技で人を想定したものじゃない。たしかに有効手段がないなら、そういう手に頼るのも当然か。
「この攻撃を避けるのは雨粒に触れずに歩くようなもの! あなたにそんな芸当が出来るかしら!?」
「そのくらい朝飯前だけど?」
「ふぁっい!?」
いまは2分半くらい経過したかな。そろそろ急がないと3分過ぎちゃう。私は出来る限り自分で決めたことは守りたい主義である。そろそろ勝負仕掛けようかな。
「煌」
「ちょっ!?」
「煌。煌。煌」
ひたすら煌を連発し、羽を散らせる。これだけの攻撃を加えてもまだ息があるか。だけどもう次で決着かな。ここで確実に殺す。
「……この! 化け物が!」
「遺言はそれで終わりかな☆ じゃあ死んでいいよ☆」
再び距離を詰める。私の動きにすら反応すら出来ていない。もう勝負は決した。貴方はこの攻撃を受けられない。
「待、待って……」
「この天剣だっけ? 魂を破壊するなら貴方にも効くんじゃない?」
先ほど攻撃を避けながら1本だけくすねてきた天剣。光の剣なだけあり、持ってるだけで手が火傷しちゃうくらい熱い。恐らく鉄くらいなら確実に溶ける。こんなので貫かれたら魂云々の前に熱で大体死ぬでしょ。本当に殺意が高いというかなんていうか……
「じゃあね☆」
そのまま天剣を振りかざす。痴女の顔が絶望に歪む。
「
「きゃああああああああああ!!」
天剣を胸に突き刺すと白い星が舞い散り、痴女の肉体が爆散した。強かったけど大したことはなかったかな。覚醒形態も正直拍子抜け。もっと派手な攻撃がくると思ったけど……まぁいいや。
「きっかり3分。さすが私って言ったところかな☆」
とりあえず四天王一匹は殺した。遠目から見てもカミーラ達の方は大丈夫そうだし、それなら私が相手するのはお兄ちゃんか。遂にこの時が来た。
私は今までお兄ちゃんの復讐のためにここまで走ってきた。私が目的としてきた相手が目の前にいる。それなのに不思議と心は落ち着いていた。強い憤怒に駆られることもなければ殺意という衝動に駆られることもない。
「……お兄ちゃん。家族を殺してまで、そんな化け物になりたかったの?」
私は独り言を漏らす。お兄ちゃんがなにをしたかったのか。どうしてああなったのか。戦えば全てはっきりするはずだ。
「……ぅ」
頭が少しだけ痛む。毒が少しだけきつくなってきた。私の体力が尽きる前に倒したいな。
一気に跳躍し、一歩でお兄ちゃんの足元へと距離を詰めていく。息が苦しい。ふとした時に体から力が抜ける。本当にあの痴女の毒が辛い。だけど泣き言言ってもなんの解決もならない。
「久しぶりだね。私のこと覚えてる?」
お兄ちゃんの目を見て声をかける。今のお兄ちゃんは私の知ってるお兄ちゃんとは違う。凛々しさもなければ威厳もない。口には大きな砲が咥えられ、四つん這いで地を這うように動く。一言で言うなら獣。もはや人としての尊厳というものがない。
「うごぉおおおおおおおおお!!」
「……言葉も忘れちゃったんだ」
お兄ちゃんに復讐を誓って、ここまで来た。だけどこんなお兄ちゃんを見たかったわけじゃない。理性すら存在していない化け物。こんなの人形を殺したかったわけじゃない。魔王は私から復讐の機会まで奪うんだね。本当に苛つく。
「復讐する気だったけどやめたよ」
天剣を投げ捨てて、静かにミョルニルを構える。もはや憎いとか殺したいとかいう感情も湧かない。ただただ悲しい。
「介錯してあげる」
こんなことになるのはお兄ちゃんも望んでいない。もうこれ以上の人としての尊厳を損ねる前に殺す。きっとお兄ちゃんもそれを望んでる。
「私ね。お兄ちゃんを殺せるくらい強くなったからね」
私は復讐のために生きてきた。お兄ちゃんに復讐するために全てを捧げた……と自分に言い聞かせてきた。だけど復讐したい気持ちと同じくらい私はまたお兄ちゃんに会いたかった。だって私はお兄ちゃんが大好きだから。
家族を奪ったお兄ちゃんが憎かった。なにも教えてくれないお兄ちゃんが嫌いだった。だけど一番許せないのはお兄ちゃんが私の好きだった自分自身を捨ててしまったこと。誇りも優しさも捨てて魔王に与したのが許せなかった。私のためでもそんなことはしてほしくない。
多分、お兄ちゃんの手帳を見る前から気付いていた。本当はお兄ちゃんを殺したかったわけじゃない。お兄ちゃんの目を覚ましたかった。あの格好良いお兄ちゃんに戻ってきてほしかった。私を突き動かす憤怒の炎は復讐の炎じゃない。誇りを捨てたお兄ちゃんへの怒りの炎。だけど照れくさくて……復讐なんて言葉を使った。だって私は知ってるもん。お兄ちゃんはそんなことしないって、
私は復讐なんて興味なかったのだ。ただ私が負かせば元のお兄ちゃんに戻ってくれると信じていた。そのためにここまで来た。
だから憤怒も殺意もない。そのことに今になって気づいた。
「お兄ちゃん。今までありがとね」
今のお兄ちゃんあまりに見るに堪えない。その姿を見て魔王への憎悪が一層強まる。私のお兄ちゃんを貶めた。そんなのは絶対に許さない。許してなるものか。あの魔王だけは絶対に私が殺してやる。
「煌!!」
お兄ちゃんの態勢を崩す。本気の一撃でも全然殺せる気がしない。さすが巨人族の耐久力といったところか。巨人族は戦闘において最強の種族。ありとあらゆる攻撃を正面から受けても立っていられるほどの耐久力を持っている。身体能力は個人によりけりの部分ではあるが、数十メートルの巨体が人間と同じように動くという時点で大体察してほしいところ。
まともにやって勝てる相手ではない。そんなお兄ちゃんをどう倒すか。だけど考えるまでもなく既に答えは出ている。もうここまできたら策なんかいらない。今までの私の全てを出し切って、そのまま押し切る。それだけでいい。
「煌! 煌! 煌!」
煌は山すら抉る。その攻撃で致命傷には程遠い。つまるところ耐久力は山以上。だけど強さはない。知性が奪われてるから動きは単調。怖くもなんともないし、全てが意識せずとも避けれるものだ。
お兄ちゃんの攻撃は大したことない。それなのに決着がつかないのは単純に硬いから。純粋な強さだけなら確実に私の方が圧倒的に上。
「天撃!!」
「ぐぎゃぁぁあああああああああああああああああああ!!!」
お兄ちゃんの右肩に深い切り込みを入れる。しかし今の一撃には白い星が待っていない。感情が乗らないから白い星が舞わない。攻撃が天啓に至っていない。だからこそ威力が足らずに殺しきれない。
だけど問題ない。一撃で足りないなら連撃にすればいい。少なくともダメージとしては確実に蓄積している。このまま手数で押し切れ……
「四天王が総力挙げてこの程度とか期待外れだなぁ」
――嫌な声が聞こえた。
ああ。今いいところなのに邪魔するなよ。魔王。物のついでだ。お前もここで殺してもう全て終わらせてやる。
「僕に手も足も出ないの忘れちゃった?」
「あ?」
自分でも怖いくらい低い声が出た。私は手を止めて、魔王を睨みつける。その隙にお兄ちゃんが冷却砲を飛ばしてくる。私をそれに視線を向けることなく、首を傾げて避ける。
「本当にまんさんっていうのは知能が欠如してるんだな。いいよな。知恵足らずでも生きていける方の性別で」
「言いたいことがあるならぼそぼそ喋ってねぇではっきりいいなよ☆」
正直先程の四天王……アグリロータとの消耗が少し重い。その状態で魔王とお兄ちゃんの2人を同時に相手するのは少しきつい。だけど弱音を吐いてもなにも変わらない。
「固定砲台ロキ。はやく追撃しろよ」
「あがががががががががが……がががががが!!」
魔王の指示と同時に再び冷却砲が飛ばされる。もやは完全に道具だ。本当に許せない。お兄ちゃんをこんなにしたこいつだけは許してはいけない。
私はそれを避けることなく正面から受ける。避けるという行為が癪に触った。そのような行為を魔王に見せたくないと思った。魔王にお前のしたことは無駄だと言いたくなった。
「……は?」
「冷たいなぁ☆ ヒリヒリするじゃん☆」
周囲の草木が凍結する。周囲の景色を氷色一色に統一する一撃。まともに受けるもんじゃない。私じゃなければ死んでいる。いや本来ならば私でも死んでいた。でも今の私には届かない。強い憤怒が肉体の強度を底上げする。
先ほどまでの私から更に強くなったのが実感できる。今ならば魔王を殺せる。
「な、な、なんで生きてる……んだよ?」
「死ねないもん。だって貴方をまだ殺してないから☆」
「ひっ!」
魔王が怯えている。結局のところ魔王は子どもなのだ。人々を虐げてきた。残虐の限りを尽くしてきた。しかし誰かに本気の殺意や憎悪を直接ぶつけられたことはない。そうなる前に全て殺していたから。誰も彼に感情をぶつけることすら叶わなかった。
こんな小物に好き勝手やられてたと思うと本気で嫌悪しか湧いてこない。
「く、くるな!」
「私は貴方を殺す。絶対に殺す。手足がもがれようと殺すから☆」
こんなやつのせいでみんなが苦しんでる。こいつのせいでリーチェは生きられなかった。こんなやつがリーチェを殺した。許せるものか。許していいものか。絶対に殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
「……お前だけは絶対に殺す☆」
「え?」
「ahhhhhhhhh!!」
氷面に私の顔が反射する。顔はもはや獣だ。口を開き、舌は垂れて唾液が溢れる。白目を剥き、もはや人の目ではない。完全に逝ってる目だ。殺意に取り憑かれた獣だ。
「■■■■■■!」
音が聞こえなくなる。魔王がなんか叫んでる。魔王以外もう見えない。どうしようもない憤怒が身体を焼き焦がす。他のものがなにも入らない。視界は赤。肉の壁が邪魔だ。壊れろ。壊れる。壊してやる。
「っ!」
腕に軽い痛みが走る。ああ。これは視線で放つ不可視の斬撃か。あの時はなにがされたかわからなかったけど、今なら分かる。
随分と強い技だ。でも今の私にはそよ風。こんなんじゃかすり傷にしかならない。ぬるい。ぬるすぎる。もっと熱をよこせ。この憤怒を滾らす薪を焚べろ。
「ahhhhhhhhhhhhh!!!!!」
「■■■!!」
力任せに魔王を殴る。見えない壁のせいで本体が殴れない。邪魔だな。このまま殴り壊せないかな。そしたら確実に殺せるのに。本当に面倒くさい。強いんじゃなくて面倒くさい。だるい。だるい。だるい。だっるいなぁ!!
「■!!」
雷が私に落ちる。くすぐったいなぁ……
ああ……殺す。殺す。壊す。血が見たい。はやくこいつの血が見たい。臓物を撒き散らしたい。こいつの血肉を啜りたい。血の匂いで空を充満させたい。
「■■■■■!!!」
血をよこせ。血の熱を感じさせろ。もっと熱を……身体が寒くて仕方ない。
音がどんどん遠ざかる。鼓膜が破れたように世界が無音だ。怖い……怖い……
もっと私が生きてる実感がほしい。熱がほしい。あなたの血で私に熱をちょうだい?
「■■!」
……やだ。
「■■■■!!」
……私を1人にしないで
――誰か。助けて。