悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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Ep19-お兄ちゃん

 

 ――目の前の光景に私は目を疑った。

 

 ドラキュラとの戦闘を終えた時、既にルカは数十キロも先にいた。私は(はやぶさ)に変化し、カミーラを置いてルカの元を目指した。

 

 私がたどり着いた時にはルカは白目を剥き、口から涎を垂らしながら一心不乱にミョルニルを振り下ろしていた。技もなにもあったもんじゃない。ただ力任せに振るう。あの魔王が防戦一方でしかない。魔王の攻撃がルカに一切届かない。

 ルカは理性と尊厳を代償に自身のフィジカルを極限まで増幅させていた。この状態のルカはまさしく無敵。どんな攻撃ですら傷一つ付けられない最強の状態。もはや人の類ではない。憤怒の獣(ラースビースト)と呼称すべき新しい生物。

 

「Ahhhhhhhhhhhhhhhh!!」

「やだ、やだ!!死にたくない!!」

「Ahhhhhhhhhhhh!!」

 

 魔王が小便を撒き散らしながら命乞いをする。今の魔王にあるのは獣となったルカでも破れない障壁だけ。それだけが彼の生命線。それがなくなれば魔王は確実に死ぬ。私は立ち尽くしたまま戦いの行く末を見守る。

 

「固定砲台!! どうにかしろよ!!」

 

 四天王ロキが魔王の命令に従い、冷却光線を放つ。ルカはそれに一切の興味も持たない。避ける素振りすらせず正面から受ける。攻撃を受けてる最中でも手を止めることなくひたすらに攻撃を繰り返す。もはや兄の姿が眼中にすらない。あのロキの攻撃が彼女にとっては赤子に叩かれるようなもの。現にルカはロキに視線を一度も向けていない。そもそも彼の存在を認知していないのだ。

 

 彼女が一撃を叩きつける度に大地が震え、空気が砕けるような音が響く。まさしく悪夢。この星が壊れてしまうのではないかという恐怖すら感じてしまう。それこそ今日が世界が終わる日と言われても驚かないくらいに世界が揺れている。

 

 だけどこのまま行けば勝てる。確実に魔王を殺せる。

 

「……え?」

 

 だけどそうはならなかった。ただの道具でしかないロキが唐突にルカ目掛けて駆け出した。もちろんロキ程度ではルカは止まらない。彼にはそんな実力などない。

 

「ル……カ……!」

「お兄ちゃ……ん?」

「もう一人には……しな……」

 

 しかしルカがミョルニルを振るう腕が止まった。ロキ……いや愛しき兄の声が、彼女を現実へ引き戻してしまう。

 ルカが獣から人に戻る。今戻るのは最悪だ。ルカ! やることを見失うな! 今貴方がしないといけないことはそんなことじゃない! 貴方にしか出来ないことが……

 

「なんだかわかんねぇけどラッキー! 天は正義《おれ》の味方!」

「あ……」

 

 ルカの身体が腐敗していく。魔王と私の目が合う。魔王は不気味にニタァと笑った。魔王の唇が不気味に歪む。その笑顔は、世界そのものを嘲笑うかのようだった。そして魔王は瞬く間に逃げ出した。悔しさが溢れてくる。あと少しだった。もう少しで魔王を殺せたのに!!

 

「あ……ああ!」

 

 ルカとロキの肉が腐っていく。腐敗は私の治癒では治せない。それを理解した上での一手。予想しうる中で最悪な行動。魔王という存在に本気で嫌悪する。小物のくせにどうしてこういうところだけ頭が回る!!

 

「……ミスっちゃった」

「ごめ……」

「お兄ちゃん。気にしないで……私のミスだから」

 

 命令を待つだけのはずのロキが人格を取り戻す。神が与えた奇跡としか言いようがない。だけどタイミングがあまりに最悪だった。

 

「メイ。来たんだ」

「ルカ……」

「ごめんね。私はここで退場かな」

「そ……んな……」

「これはもう治らないよ……だからさ。最後はお兄ちゃんと2人にしてくれないかな?」

 

 私はなんの言葉も返せなかった。ルカはこれからだった。魔王を倒して、カミーラと結婚して幸せになるはずだった。そうならなきゃいけなかったんだ。

 

「カミーラに謝っといてね。それとさ……」

「はい」

()()()()()()()()()()()()()()()と伝えてね」

「わかりました。他には……」

「ないよ。全部伝えたから」

 

 私は静かに頷き、その場を少し離れる。だけど離れるのは少しだけ。ルカの邪魔にならず、それでいて彼女の遺体をすぐに回収できるくらいの距離まで離れる。

 もうここには私という外野は不要だ。私に出来ることといったら、この戦いが終わった後にルカの遺体を弔うことだけ。それが私の仕事なのだろう。

 

 ――ああ。どこで間違えたんだろ。

 

* * *

 

「お兄ちゃん。私ね……強くなったよ」

「知ってる」

 

 腐敗が進んでいく。もう自分が助からないのがわかった。ここが私の終着点だ。あとどのくらい生きられるかな。もっと話したい。だけど言葉じゃ伝えきれない。そんな時間はない。

 

「……最後に戦おっか?」

「ああ」

 

 腐敗していく身体でミョルニルを拾う。言葉じゃ私の想いは伝えきれない。だから私の今までの積み重ねでお兄ちゃんに全てぶつける。

 本気の殺し合い。でも殺したいわけじゃない。だけどどうせ私達は死ぬ。なら別に遠慮することなんてない。それに私もお兄ちゃんのこれまでが知りたい。だから全力をぶつけてほしい。お兄ちゃんの本気を受け止めたい。

 

「いくよ。お兄ちゃん」

「ああ」

 

 お兄ちゃんの拳と私のミョルニルがぶつかり合う。お兄ちゃんの拳は私の記憶にあるものよりもあまりに軽かった。なんか少しだけ拍子抜けだ。

 そんな思いが伝わったかのようにお兄ちゃんが微笑む。それだけ私が強くなったんだよと優しい言葉をかけてくれてるような気がした。

 

「ぬんっ!!」

 

 お兄ちゃんの拳が私に当たる。別に避けられなかったじゃない。だけど私はお兄ちゃんの攻撃を受け止めたかった。お兄ちゃんの想いを避けて終わらすなんてもったいない真似はしたくなかった。

 

「天撃!」

 

 私の攻撃がお兄ちゃんに当たる。お兄ちゃんも避けなかった。私と同じ気持ちだ。でも私凄いでしょ? こんなに強い攻撃を出せるようになったんだよ? 褒めて?

 

「こんな時間……ずっと続けばいいのに」

 

 こんな形じゃなくて言葉で知りたい。言葉で私の想いを伝えたい。だけど言葉で語るには時間が足らなすぎる。もっと時間が欲しかった。だけどそんなのは贅沢かな。形はどうであれ、こうして会話が出来てる。それで充分過ぎる。私は幸せだ。

 

 私ね。今までずっと頑張った。お兄ちゃんに会いたいの一心で努力したんだよ。ありもしない復讐心なんか植え付けて、自分を奮い立たせてここまで来た。その話を聞かせたい。こんな方法じゃなくて私の言葉で語りたい。

 

 それとさ。私にも好きな人が出来たんだ。こんな私を良いと言ってくれる人。彼の紹介もしたかったな……え? 可愛い妹はやらん? そんな言い方は少し照れちゃうよ。

 

 ねぇ。今度はお兄ちゃんの話を聞かせてよ。私ももっともっと話したいことあるけどさ。お兄ちゃんの話も聞きたいな。

 

 明るい話なんかなかった?

 

 うん。それでも知りたいの。お兄ちゃんがなにを感じて、なにを想って生きてきたのか知りたいな。だから聞かせて?

 

 どっちかが死ぬ最後まで語り合おうよ?

 

 

 

 

 

 

 私は負けた。どのくらいの時間戦っていたのか分からない。もしかしたら凄く長いかもしれないし、短いかもしれない。

 

「もう……無理」

 

 腐敗が進んだ身体は動かない。殺し合いの最後は私の足が腐り落ちて、動けなくなったことで終わった。不完全燃焼もいいところだ。ああ……お兄ちゃんに勝ちたかったなぁ……

 

「ねぇお兄ちゃん」

「どうした?」

「大好き」

 

 お兄ちゃんにありったけの笑顔を見せた。お兄ちゃんが天国で私のことを思い返した時に思い出す顔は笑顔であってほしかった。

 最後に一番言いたかった言葉を言えた。私はお兄ちゃんが大好きだ。世界で一番大好きだ。だからここまで頑張れた。

 

 お兄ちゃんが私に砲を構える。

 これが魔王にも勝てず復讐すら出来なかった女の話。

 

 ただ愚かな女が復讐の末に全て失った話。

 

 ――だけどね。これでも意外と満足してるんだよ?

 

 もちろん悔いがないわけじゃない。魔王ウシカゲは殺したかった。いつかリーチェと見た星空をまた見たかった。そしてなによりカミーラと結婚したかった。だけど不思議と悪くない結末だと思えた。

 

 でもお兄ちゃんに言いたいことも全て言えたし、私を愛してくれる人にも巡り会えたんだもん。それ以上を望むのは欲張りさんだ。きっと罰当たりだ。

 

「またすぐに会おうね」

 

 お兄ちゃんの砲から冷却砲が放たれた。それは冷たいはずなのに、確かな温もりがあった。

 

 これが私の話。私の過去の物語の結末だ。

 

 そうして愚かな復讐鬼は、なにも成し遂げることなく死を迎えるはずだった。




 次の話で3章はラストとなります
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