内容としては魔王ウシカゲの話となります。
「おはよう。牛影君」
私は学校が好きだ。クラスの仲は良いし、先生も優しい。なにより大半の人は前向きで真面目。
だけど完璧といえるわけじゃない。一人だけこのクラスにも馴染めない子がいる。それが牛影君。牛影君は私が挨拶すると目を逸らして、自分の席に座って伏せる。
彼はまるで周りと壁を作ってるかのようだった。
「しかし日向もよくあいつの相手してやるよな」
「大事なクラスメイトだから……それにずっと一人なんて可哀想でしょ?」
困ってる人がいたら手を差し伸べてあげたいし、周りの輪に入れない人がいたら入れるように私なりに努力したいと思ってる。私は皆に楽しく過ごしてほしい。だってそっちの方が絶対良いに決まってる。
「そうだな」
来年には私達も高校生。あと少しだけど彼が少しでも中学生活を思い返した時に良かったと思えるようにしたい。だから私は彼が馴染めるようになるべく声をかけたし、彼が孤立しないようにグループに誘ったりした。周りもそれを理解して、彼を受け止める準備は出来ていたし、先生も真剣に考えて彼が周りに歩み寄ろうとした時にいつでもフォロー出来るように構えていてくれた。
「そういえば日向は修学旅行で行きたいところってあったりする〜?」
「うーん。金閣寺が少し見てみたいくらいかな」
「おっけー。それなら金閣寺は入れちゃおっ。他に希望ある人いる〜?」
「はいはい! 京都のラーメン食べてみたいです!!」
「京都まで行ってラーメンとかまじウケるんですけど」
修学旅行の時期。牛影君は相変わらず無言だった。彼はなにを思ってなにがしたいんだろうか。もしかして私のしてることは彼にとって迷惑なのだろうか。もう私には彼のことがわからない。
そうして迎えた修学旅行。そこで事件は起きた。宿泊先の女子浴場にカメラが仕込まれていたのだ。そして良くないことに女性生徒の一部が牛影君に疑いの目を向けた。なにせ彼はアリバイがなくて、それでいて女子浴場付近で挙動不審な動きをしていたから。
しかし決定的な証拠は出ることなく、事件は有耶無耶になった。ただその件で牛影君はクラスとの溝が一層深まることになった。
「ぶっちゃけ日向はどう思ってるの?」
「え?」
「盗撮事件。犯人は誰だと思うわけ?」
「あんまりそういうことは考えたくないかな……少なくともクラスメイトの犯行じゃないと思いたい」
「いやいや絶対牛影でしょ。あいつキモいし」
「そういうこと言っちゃ駄目だよ」
彼は周りから誤解されやすいだけ。そういうことする人ではないと私は信じてる。彼は悪い人じゃない。ちょっとコミュニケーションが苦手なだけなんだ。
「あ……牛影君」
「……」
「私は信じてるから」
彼はいつものように無言で自分の席に着き、そのまま伏せて寝る。クラスメイトも彼に疑いの目を向ける。なんかこういう空気は嫌だな。私が彼の力になれることはないのだろうか。
「えー日向すごーい! 全国模試で偏差値65じゃん!」
「うーん……」
「暗い顔してどしたの?」
「志望校の合格判定がD判定だったんだよね。正直全国模試で点が高くても自信なくすよー」
「え!? 日向でD判定!?」
「うん」
「どこ受ける気??」
「私立呪天華高等学校だよ」
「あーそりゃ……」
関西一の超難関校。楽しそうだから通ってみたいけれど、結果はご覧の通り。そろそろ現実を見てレベルを下げた方が良いのかもしれない。あそこはきっと私みたいな凡人じゃなくて本当の天才が行くような高校なのだから。
「やっぱり部活動辞めて勉強に本腰いれた方が良いかなぁ」
「……そもそも部活と両立しながら全国模試でそこまで好成績出せる日向がバケモンなんだけど」
「そうかな?」
「そういえば土日はなにしてるの?」
「土曜は部活で日曜はゲームとかしてるよ。ファミコンとか」
「古っ! ていうかいつ勉強してるの?」
「寝る前の一時間だけだよ。あんまり勉強は好きじゃないし」
「いやいや。これ絶対に真面目に勉強したら受かるって! 頑張りなよ!」
少し恥ずかしくて嘘を吐いた。実は家で勉強はあんまりしない。全国模試だってやばいと思ったからエナジードリンク飲んで徹夜の一夜漬けで突破しただけ。そんなの大っぴらにはとてもじゃないが言えない。
「うーん。そこまで言うならそうしよっかなぁ……」
笑って誤魔化しておく。それから学校が終わる。学校が終わったらチア部の練習に顔を出して、終わったら校門前で待ってくれてる彼氏の大河君と合流して一緒に帰る。
「なぁ日向。今度の日曜にルイージの酒場に行かない?」
「東京じゃなかったっけ? さすがにパパとママの許可が下りないよ」
「そっちじゃないよ。ほら大阪で期間限定出店する方だよ」
「え!? そんなのするの??」
「知らなかったのか?」
「うん。大阪なら許可下りるだろうし絶対に行きたい!」
大河君とデートの約束をする。大河君は私を名前で呼ぶことはない。私が名前に少しだけコンプレックスがあることを知ってるからだ。私の名前はキラキラネームみたいな変な名前なわけじゃない。
ただお父さんがフランス国籍なこともあり、私の名前はカタカナなのだ。その影響で小学校の頃に馬鹿にされて苦手になった。
そんなこんなで月日は流れていく。そうして気づけば少し肌寒いけどさつま芋の美味しい季節になった頃。ちょっとした事件がおきた。
「あ、あの……”ローズ”ちゃん」
背筋がゾクッとする。冷や汗が止まらなくなる。まるで私だけ時間が止まったようだった。脈拍が早くなって、目眩がしてくる。
「な、なにかな……牛影君」
落ち着け。私。冷静になるんだ。別に悪意があったわけじゃない。ただ彼は私のことを知らなかっただけ。彼に自分の不快をぶつけてはいけない。悪意がない人を責めていいわけがない。
「あのね。牛影君。その名前は……」
「ほ、ほ、放課後……話があるんだけどいいか……な?」
「う、うん。わかった」
「じゃ……ぁ。放課後に体育館裏で」
「わかった。それと……え?」
彼はそれだけ言うと私の話に耳を傾けることなく机に戻って伏せていつものように寝た。そんな私を見て友達が少し心配してくれる。私は友達に心配かけまいと笑って誤魔化した。
そして放課後に彼の話を聞きに体育館裏に向かう。せっかく彼の方から歩み寄ってくれたのだ。無下になんか出来るわけがない。だけど話の内容には察しがついている。
「牛影君。話ってなにかな?」
「ローズちゃん」
やめてほしい。その名前で呼ばないでほしい。だけど彼は知らないだけ。彼は勇気を出して、その話をしようとしてるんだ。ちゃんと話を聞かなきゃ……
「好きです! 付き合ってください!」
「ごめんなさい。もう彼氏がいるんで」
「……は?」
「それとね。私の名前なん……」
「ふざけんなよ! くそ淫乱ビッチが!」
「え?」
牛影君が私に覆いかぶさり、シャツのボタンに手をかけてくる。恐怖で体が震えてくる。違う。そんなつもりで声をかけたんじゃない。
「僕に声をかけてくれたのは好きだったんだからだろ!?」
「ち、ちが……」
「なにが違うだ! 勘違いさせるようなことしやがってクソビッチが!」
服がはだけて、肌が露出する。気づけば涙が溢れそうになっていた。やめて。誰か助けて……
「なにしてんだ! お前!!」
その時だった。大河君がやってきて牛影君を殴り飛ばした。私はシャツを閉めて大河君の後ろに隠れるように移動する。
「大丈夫か。日向」
「う、うん……でも、どうして……」
「あいつと2人っきりが心配でついてきたんだが……無事で良かった」
「ありがとう」
牛影君が殴られた拍子に彼の鞄が転がる。その鞄から何枚かの写真が溢れ落ちた。
「――え?」
その写真は半裸の私や友達の写真だった。背景からして修学旅行の女子浴場の更衣室の写真。嘘。嫌だ。気持ち悪い。それに写真があるってことは本当に牛影君が犯人だったの?
「……なに……これ」
「てめぇ! この写真はなんだ!」
「い、いいだろ! 撮るくらい! 減るもんじゃないだろ!!」
そう吐き捨てると牛影君は私達を睨みつけ、落ちた写真を拾って、どこかに走って逃げていった。
この事件は公になることはなかった。事件を隠蔽したい学校と大事にしたくない私の利害が一致したからだ。だけど話はどこからか広まって、牛影君は虐められるようになった。
そして私も彼とは距離を置いた。
「はぁ……」
「どうしたの?」
教室の角でクラスの男の子から殴る蹴るの暴行を受けてる牛影君を見てため息が漏れる。虐めを見るのは不愉快だ。だけどそれ以上に彼と関わりたくないという嫌悪感の方が強く、止める気にもならない。以前の私なら迷わず止めたんだろう。こんな冷たい人になった自分が嫌になる。
「ううん。なんでもない」
あの事件のことは私の中でも整理はついた。たまにフラッシュバックはするけど、特に生活に支障をきたすことはなかった。それから私は中学を卒業した。志望校であった私立呪天華高等学校には落ち、滑り止めの高校に通うこととなった。ちなみにその高校は大河君と同じ高校だ。
また風の噂で聞いた話だけど牛影君は私に暴行しようとした話と修学旅行の盗撮事件の話が広まり、高校でも虐められているらしい。まぁ私には関係のないことだが。
これが私から見た牛影君……後に魔王ウシカゲと呼ばれる存在の話だ。