悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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今日から4章です!!


4章 幼女一行の行進曲
54話 降臨祭


 

 制服である軍服に着替える。ロストベリーを携帯し、隊列の最前線で敬礼する。その敬礼と同時に国王陛下や侯爵といった貴族のお偉いさん方や教皇陛下、枢機卿(すうききょう)といった教会のトップ層が姿を見せる。

 現在執り行われているのは降臨祭の開会式だ。そのためルカを除いた異端審問官の全員が護衛として駆り出されていた。

 

 俺の後ろにいるのは教会で優秀な成績を残した大司祭や仕事が評価された神父といったボウショク教でも一目置かれている教会の関係者。

 

 そんな中で少し遅れて1人の女性が列を掻き分けて歩いていく。その女性は顔こそ良いが服装があまりになっていなかった。紺色のズボンに白の羽織もの。それこそ彼女の格好は悪目立ちするかのようなラフな格好だった。

 そんな彼女は申し訳なさそうな素振りを見せるわけでもなければ、慌てる様子を見せるわけでもない。

 ただ自分こそが主役と言わんばかりに堂々と歩いていた。その礼儀知らずで空気を読まない存在が俺の姉であるルイス姉だ。

 

 ルイス姉の隣には金髪エルフの執事……エメラルドが彼女を警護するように歩いている。そしてルイス姉はそのまま壇上に上がり、退屈そうな表情をしながら、足を組み、関係者席へと腰掛けた。

 

 誰も彼女の態度を咎めない。国王陛下や教皇陛下ですら傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な態度を気にも留めない。理由は単純明快であり、彼女がお客様であり、この場においてもっとも偉いからである。ルイス姉ほどの力があればこのような態度でも許されてしまうのだ。

 

 余談だがこの式においてメイは欠席である。メイはボウショク教の巫女も兼任しており、ボウショク様が降臨している間は昏睡状態となるそうだ。そのような事情があるため当然ながら欠席が許されている。

 

「ただいまより降臨祭の開会式及び聖女ルイスの公爵授与式を執り行います」

 

 そしてルイス姉が腰掛けると同時に式の開始が宣言された。ルイス姉を除いたお偉いさん方が全員起立する。それと同時に奥から大蝿が姿を見せた。異常に膨れ上がった腹部。無数の小さな毛で覆われた太くて短い脚。そして存在を象徴するかのような漆黒の体躯が重量感を湛えて空間を支配していく。

 

 全員の視線がボウショク様へと集まる。ボウショク様の瞳は当然ながら複眼だ。その複眼は無数の紅い宝石を埋め込んだように鈍く光り、こちらの一挙手一投足を、何千もの視点で冷徹に捉えているようにも思えた。

 

 そんな大蝿の隣にいるのはルカ・エリアス。彼女はこの降臨祭においてボウショク様の専属護衛として抜擢されていた。彼女の表情は普段と打って変わって真剣そのものだ。あのルカが真剣である。その事実が空気に緊張感を持たせていく。

 

「全員。楽にしてください」

 

 ボウショク様の声が響く。その姿からは想像が出来ない声だった。若い女性の可愛らしい……それこそメイによく似た声。その一言でお偉いさんの全員が敬礼を崩し、席に腰掛ける。そしてボウショク様の視線がルイスの方に向き、彼女に声をかける。

 

「聖女ルイス。貴方の態度は相変わらずのようで」

「わざわざうちが直々に顔を出したことに感謝しとき?」

「ええ。貴方の無礼も全て黙認しましょう――私と貴方は対等ですから」

 

 その会話はまるで周りに聞かせているという印象を受けた。この聖女には手を出すなと遠回しに告げているようだった。そしてボウショク様はルイス姉と会話を終え、中央を目指していく。その姿に俺は惹き込まれる。大蝿という姿は生理的な嫌悪感を通り越し、ある種の神聖さすら感じていた。

 

「それでは我が主神であられるボウショク様よりご挨拶を申し上げます。我が神よ。お願いいたします」

「ええ」

 

 ボウショク様がマイクを手に取る。それと同時に腹部の鈍いメタリックブルーと腐食した銅のような緑色を混ざり合せたような光沢が反射する。腹部が光を浴びるたびに毒々しい虹彩を放つ。俺は目の前にいる神様を見て、神というよりも悪魔という印象を強く受けた。

 

「皆さま、本日はお集まりいただきましてありがとうございます。それと常日頃から我がヤミ国にご尽力くださっていることに改めて感謝を申し上げたいと思います」

 

 ボウショク様が世辞の言葉を述べていく。当たり障りのないありふれた言葉を話していく。しかし話は妙にまとまっている。それこそ長すぎず短すぎず、理想とも言えるテンポの前置きだった。

 

「それではこのまま、ボウショク様から今年度の講評の辞に入らせていただきたいと思います」

「はい」

 

 挨拶を終えると同時に本命の話に入る。この降臨祭におけるボウショク様の役割は自身の姿を見せ、権威を確固たるものとするだけに留まらない。この開会式で毎年ボウショク様が国の政策を評価するのだ。開会式で触れるのは触り部分であり、裏では書面でもっと細かく指摘しているとメイは語っていた。講評の意味はボウショク様の真意や見解を公の場で伝えることにある。政策改善を目的としたものではない。

 

「まず人間領の統一はヤミ国において大きな転換点になる成果だと認識しております」

 

 これが開会式及び降臨祭の本命行事となる。この国の神様は政治を理解し、政治に口を出してくる。だからこの国は宗教国家として強いのだ。

 

「しかし統一において我が国は文化の違う方々と共存を余儀なくされました。そこで私として相手の文化を尊重して禁則事項を緩めるべきだと考えております」

 

 本来の宗教にはアップデート出来ないという弱点がある。なにせ実際に存在しないものを崇めているのが一般的。もし改定などしようものならば保守的な信徒が"本来の教義を守れ"と騒ぎかねない。その結果として、不便を強いてしまって信徒の若年層が離れる原因となってもおかしくない。社会の進化に適応出来ないものは衰退していく。それが宗教国家の弱点だった。

 

「例えば生食の禁止。それが制定された背景としては主に食中毒対策といったものがありました」

 

 だがボウショク教にはそれがないのだ。なにせボウショク様が直々に姿を見せ、このように神様として教義をアップデートさせている。保守派の意見を完全に塞いでいるのだ。改定を神様本人が肯定するのだから保守派も従うしかない。ボウショク様の言葉の否定は文字通り神の意思を否定するということ。それは保守派でも周囲から理解の得られるものではない。

 だからこそボウショク様が発言したという事実を残し、反対派を一掃するために公の場でスピーチをしているのだ。ここにいる全員がボウショク様の言葉の証人となる。

 

「しかし港町の方では生魚の食文化があり、ただ一方的に禁止しては理解が得られない。鮮度の良い食材が流通する環境下では、その禁止は適さないものです。だからこそ多くの民を受け入れるにあたり、争いの火種となりかねない。私達は多くの民と共存するにあたって、そういったものを見直していかなければなりません」

 

 この場でボウショク様は具体的なことはなにも言わない。政策に触れることはない。だが方針だけは示す。その示された方針に沿うように貴族達が国家を運営していく。それがこの国の在り方なのだ。

 

「私は争いは望みません。いかなる理由があろうと宗教を理由に他者を侵害することを看過致しません。そして同時にボウショク教は如何なる宗教にも屈することはありません。もし我々に他の宗教を押し付けるようであれば――武力をもってして否定することも辞しません」

 

 そうしてボウショク様の語りが終わった。大きな歓声が上がることもなければ、否定の声が上がることもない。静かな拍手だけが鳴り響いた。

 

「それではお次は聖女ルイス様への公爵授与式となります。ルイス様は前へ」

 

 そして司会に促されると同時にルイス姉は気怠そうに壇上に上がった。そしてマイクを手に取り、スピーチを始めた。

 彼女の口から出たのは祝辞の言葉でもなければ、感謝の言葉でもなかった。

 

「まずはっきりさせとく。うちが上であんたらが下な。そこ履き違えたら全員殺す」

 

 今後の展望を語るわけでもなければ、この国について語るものでもなかった。それは明らかな挑発だった。ルイス姉の一言で空気は今でもブーイングが起きそうなくらいピリついたものへと一変する。その様子にボウショク様が頭を抱えている。

 

「もしうちの振る舞いに不満があるなら好きにしたらええよ。それこそ刺客を差し向けてもええし、政治的に潰そうとしてもええ」

 

 ルイス姉の存在はあまりに場違いだった。しかし見ていて退屈はしない。そもそもルイス姉をどこかに縛り付けようとする方が不可能だ。

 彼女に対して教皇陛下も国王陛下もなにも言わない。立場が上の方であればあるほど彼女の在り方を理解している。あれがこうすることくらいわかっているのだ。もはや諦めているのだ。

 

「ただうちと喧嘩するという意味。ちゃんと理解したうえで仕掛けてな?」

 

 結局のところルイス姉がしたことと言えば一応は公爵の地位にいるが、お前達の犬になったわけではないという宣言だった。そんな不興を買いそうなスピーチで開会式を締めくくったのだった。

 

 * * *

 

 私はゲラゲラと笑っていた。開会式を一般席から眺めていたが、あの聖女は間違いなくお姉ちゃんだ。さすがに公爵の授与式で宣戦布告なんて()()である私ですらしない。よくあそこまで敵を作るような動きを躊躇いもなく出来るものだ。

 

「そもそもお姉ちゃんを表舞台に出す方が馬鹿なんだよ」

 

 あのお姉ちゃんが周りに気を遣えるわけがない。あれの手綱なんて誰にも握れやしない。囲い込みたくなる気持ちは分からなくないが、あれを囲い込むのは絶対に無理。まぁヤミ国の貴族制度を考えれば公爵という地位は与えざるを得なかったのだろうが……それを踏まえても無謀だ。

 

「うーん。だけど公爵の出鱈目っぷりを証明するには逆に良いのかも」

 

 お姉ちゃんを公爵にすることで、公爵はどのような態度でも許さなければならないほどに偉い。そういう説明をしたかったという意図すら感じる。少なくともお姉ちゃんの態度は政府としても計算のうちだろう。

 

「やっぱり敵に回したくないなぁ……ヤミ国」

 

 それにボウショク様の隣にいたルカ。彼女も怖い。あれは確実に私の視線に気づいていた。幸いにも人混みに紛れていたので個人の特定はされていないだろう。だけどあれは規格外なまでに強い。私でも油断したら負けそうなくらいに強い。

 

 私は公園のベンチで空を見ながら、これからの動きを考える。まだ正体を明かす気はない。こうしてヤミ国に足を運んだのは敵情視察の域を出ない。ボウショク様がどのような神様なのか。聖女ルイスは本当にお姉ちゃんなのか。ルカは私を殺しかねないほどに強いのか。それらの確認のために足を運んだに過ぎない。まだ政治の話をするような時期じゃない。

 

 それに今の私は政治の話よりも目の前の問題で手一杯だった。

 

「気持ち悪い」

 

 食欲に負けて食べたハンバーガー。その脂にやられて胃もたれを起こしていた。味は良かったし、不満があるわけではないのだ。ただ肉が良すぎた。私は昔から脂に滅法弱い。黒毛和牛のステーキなんて食べた日には嘔吐が止まらなくなる。

 ベンチに座って吐かないようにと必死に堪える。痛いわけでも苦しいわけでもない。ただ純粋に気持ち悪い。その気持ち悪さで目眩すら覚える。喉元をゲロの味が走る。なにも考えたくない。気持ち悪さが過ぎ去っていくのを必死に我慢しながら待つ。それこそ空の雲を数えて気を紛らわせていく。

 

「そこの君。1人で……」

 

 あぁ。もう無理だ。私は反射的に声をかけてくれた牧師さんの袖を掴み、そのまま彼の服にゲロをぶっかけた。

 

◆ ◆ ◆

 

「いや。ほんとすみません……」

「仕方ないよ。体調が悪かったんだし」

 

 私は誠心誠意謝罪をする。あれから体調不良を疑われた私は教会に案内された。ちなみに吐き出したら体調はかなり良くなった。だけどゲロの味が今でも舌の上にこびりついて仕方ない。そしてゲロを被った牧師さんは嫌な顔を一切せずに真摯に私の体調に気を遣ってくれた。

 

「それで君は1人? 親御さんとかっているのかな?」

「1人です。若化の呪いを解く旅をしています」

「あ……そうでしたか」

「ふふっ。実はこう見えて私の中身は大人なんですよ」

 

 面倒なので適当な設定を語っていく。この国の人は親切だ。幼女が1人で歩いてたらすぐに心配してくれた上で教会に案内してくれる。実際問題として幼女が出歩くというのは非常に危ない。それこそ人攫いからしたら格好の的である。なにせここは異世界。日本ほど治安が良いわけではないのだ。まさしく自殺行為そのものだ。私だって子どもが1人で歩いてたら当然ながら声をかける。

 

「若化の呪い……聞いたこともないな」

「そうなんですよね。だから全然進展がなくて苦労してます」

「しかし、そんな姿で1人旅なんて危険じゃないか?」

「そこは大丈夫です。こう見えて私ってルカを除いた異端審問官よりも強いので」

「おいおい。さすがに冗談だろ」

「試してみます?」

 

 軽く威圧するように睨んでおく。剣は宿屋に預けたので武器はないが、まぁこのくらいなら手刀で十分に勝てる。それこそ怪我しないように配慮しながらでも勝てる。

 

「……やめとくよ」

「納得していただけたようでなによりです」

 

 私はベッドから立ち上がる。体調も良くなってきたので長居するのも気が引けるし、なによりも色々な料理をもっと食べたい。魔族領は作物が育ちにくい土地のため、料理にバリエーションというものがなかった。味を楽しむわけではなく生きるための食事。こういう美味しいものを食べるのは久々だ。

 

「この度はありがとうございました。それとご迷惑をおかけして本当にすみませんでした」

「気にしなくていいよ。僕は僕の仕事を全うしただけだからね」

 

 私は休憩室を後にしようと部屋を出て廊下を歩こうとした。

 

「モモ?」

 

 そこには背の高い男性がいた。彼が私の姿を見て足を止める。私の心臓がドクンと跳ねる。そこには私が待ち望んでやまない王子様がいた。息を飲むほどの美形。光を呑み込む漆黒の髪。私と同じ夜空を閉じ込めたような黒い瞳。そしてキスしたくなるような色気すら感じさせる薄い唇。ずっと会いたかった人がそこにいた。その人が私の名前を呼んでる。

 

「お兄ちゃん?」

 

 私はその人の存在を確かめるように言葉を漏らした。

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