悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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7話 理不尽

 

 ――久々に理不尽を見た。

 

 私は隠れながらカオリ君の様子をうかがっていた。帰るとは言ったが、さすがにここで死なれても寝覚めが悪い。だからこうして気づかれないように彼のことを見ている。私は何度か死にかけないと強くなることなんてありえないと思ってる。もし私に助けてもらえるという甘えが生まれてしまえば、きっと彼は死にかけない。死ぬという意識が消えてしまう。

 だから嘘を吐いた上で、影から見守っている。本当にいざという時は私が助けに入るつもりだった。

 

「……なんなの?」

 

 思わず言葉が漏れる。カオリ君の戦闘力……というより成長速度が異常なまでに高い。私はせいぜいミノタウロスから逃げ回るくらいが精々だと思っていたし、それをおちょくるつもりだった。しかしカオリ君は私の予想に反して、数日でミノタウロスを数分程度で倒せるほどに成長した。

 

 そして遂には海岸沿いに簡易的なテントを張り、そこで生活するようになった。朝起きては自作の釣り竿で魚を釣って食べる。まれに素潜りして、甲殻類を取って食べたりもする。もし海岸沿いにミノタウロスが現れたら面倒そうな表情を浮かべ、戦闘に入る。

 

 彼に渡した剣は何度も斬ったことで脂や血によって既に使い物にならなくなっている。だから彼は身体能力強化任せの拳をミノタウロスの腹に叩き込み、彼らの持つ武器を奪い取って脳天をカチ割るのだ。それはもはや戦いと呼ぶものではない。カオリは流れ作業的にミノタウロスを倒してしまうのだから。

 

「絶対におかしい」

 

 彼は運動能力、観察眼、思考力など全てにおいて高水準なのは理解してるつもりだった。伸びる土台は確実にあった。しかし、それを差し引いても彼の伸びは異常。そもそもミノタウロスなど1体現れたら相当な手練れが対応するようなもの。

 

 もしミノタウロスをタイマンで倒せるならば一生戦いの道で生きていけるだろうし、傭兵たちの間でも名が知れ渡るレベルだ。この短期間でカオリは自分の力をその域まで伸ばした。常識では考えられない。彼の成長速度は人の域を凌駕(りょうが)し、理不尽と呼べるまでに昇華している。

 

 彼は紛うことなき天才。そして私に届きうる存在だ。

 

「はぁ……まぁなんでもいっか」

 

 私は考えるのをやめる。どう考えてもカオリ君は普通じゃないし、なにかあるのは確実。とても彼の背景が気になるが考えても答えが出るもんじゃない。だからこそ思考を一旦放棄した。ただこの一件で私の彼を見る目は大きく変わった。私は初めてカオリから目を離せなくなった。カオリがどうなるか見届けたいと思った。

 

* * *

 

 呼吸を整える。今日はサバイバル最終日。ひやりとする場面は何度もあった。1匹をタイマンで倒すのと群れの中に飛び込んで生き延びるのでは難易度が桁違いだ。俺は生きるためにこの過酷な環境に順応せざるを得なかった。その結果として俺は大きく成長した……と思う。

 

「さすがに疲れたな」

 

 57匹。これはサバイバル期間で殺したミノタウロスの数だ。最初の日は息を切らしながら必死に逃げ回り、2日目からはミノタウロスと正面から戦い、3日目になると数体同時に相手でも難なく対応できるようになった。それから俺は必死に戦闘を重ねた。その結果は確実に自分の力として身についている。

 

「お疲れ様。カオリ君」

 

 そんな頃にようやくルカ先輩が迎えにやってきた。彼女の顔を見てやっと緊張が緩み、地面に座り込む。

 

「もう二度とごめんだ」

 

 今回ばかりは過酷すぎてルカ先輩に対しては怒りの方が強い。それこそ敬語なんか使ってやるかと思うほどであり、恐らく俺は彼女に今後敬語を使うことはないだろう。まぁなにはともあれ、これでサバイバル生活は終わりだ。とてつもなく疲れたが、この上ない充実感で満たされている。なにかをやり遂げるというのはこんなにも気持ちいいものなのか。

 

「カオリ君。それで私の出した課題は?」

 

 ルカ先輩が俺にハンカチを手渡す。この島で過ごして体やスキルの使い方の理解を大きく深めた。俺は深呼吸してハンカチを振るう。そして近くの木を1本、飛ぶ斬撃で斬り落とした。

 

「わーお。ここまで出来るようになったんだ」

「これで満足か?」

「うん。これなら大体の相手には勝てるんじゃないかな」

 

 しかしこの島でサバイバルを経験した後だから分かる。ルカ先輩は相当やばい。俺はかなり強くなったと自負してるが、それでもなお未だに底が見えない。どう仕掛けても簡単に制圧されると断言出来てしまう。この人は間違いなく人のカテゴリで語ってはいけない存在だろう。なにをどうしたらこんな理不尽が生まれるのやら。

 

「とりあえず帰ろっか?」

 

 そうして俺は来たときと同じようにルカ先輩の音速飛行によって王都に戻った。そして王都に戻るなり泥のように眠った。なにせあの島では満足に休むことすら叶わなかった。それこそいつミノタウロスとの戦闘になってもおかしくない。軽く仮眠こそしていたが、警戒を緩めることは一度たりともなかった。

 

「ルカ。剣って弱くないか?」

 

 あれから俺はルカに先輩とつけることもなければ、普通にタメで話すことになった。あんな鬼畜にそういう気を遣うことが癪だった。そしてルカもそれを気にすることなく、普通に話に乗ってくる。

 

「どこら辺が弱いって感じた?」

「動作に気を遣うところだな。途中からは剣を使わずミノタウロスの斧を奪って頭を粉砕してたくらいだ」

「ふむふむ」

「斧は扱いやすかった。難しいこと考えねぇでも殺せたからな」

「なるほど。そうなると剣が体に合ってないのかもね」

「合ってない?」

「肉を斬るより頭蓋骨を砕く方が向いてるってこと。まぁでももう少しだけ剣を握っておきな。剣は全ての基本になるからさ」

 

 俺はルカの言うことに素直に従う。やることは鬼畜だが言ってることは正しい。特に戦闘においては常に本質を突いてるし、従えば強くなれるのだろうという確信がある。だから彼女の決めた方針を不満に思うことはない。

 そんな談笑をしながら2人で街をぶらりと歩く。特に予定などは決めておらず、ただの気晴らしの散歩。あのサバイバルの件を考慮して休暇をくれたのだ。

 

「奴隷売ってるよー。とっても安いよー」

 

 大通りから少し離れた脇道。そこでは大衆向けの奴隷市場があった。日本には奴隷という文化がなかったため、少しだけぎょっとする。ここは異世界だし、そういうものは当然あると思っていた。しかしまさかこんなにも堂々と店を構えてるとは思わなかった。

 

「お客さん。気になるのかい?」

「いや……」

「うちは犯罪奴隷しか扱ってないから難しく考える必要ないよ」

「カオリ君。奴隷を買うにしても、この奴隷市場はやめときな」

「どうして?」

「そもそも奴隷商に販売が許可されてるのは犯罪奴隷だけ。それをセールスポイントにする限り情弱をカモにしようという魂胆が見え透いてる。そういう相手と商談するのは勧めないかな」

 

 奴隷商が舌打ちして、俺達から視線を逸らす。しかし奴隷にも色々な分類があるんだな。それにルカの口振りから察するに恐らく分類によって扱い方も変わるのだろう。

 

「奴隷がそんなに物珍しい?」

「俺の世界では馴染みのない文化だからな。少し説明してほしいくらいだ」

「へぇー。なにが聞きたい?」

「そもそも犯罪奴隷だけってどういうことだ?」

「基本的にヤミ国は借金奴隷を原則として認めてないんだよ。自分で個人に身売りするのは良いけど、奴隷商を通したりするのは禁止。もちろん家族とかを担保にするのも禁止。だから出回るのは犯罪奴隷だけってこと」

「戦争奴隷は?」

「基本的にボウショク教に信仰を誓うなら敗戦国の住民や兵士も戸籍を与えられて、ヤミ国の民として扱われる。ただ信仰を誓わない時点でそれは犯罪者と変わらないから名目は犯罪奴隷となるの」

 

 なるほど。そうなると実際には犯罪を犯していない異端者も扱いは犯罪奴隷になるということか。もっともこの国では信仰しないことが罪。その時点で犯罪者なのだが……

 

「ちなみにヤミ国には奴隷法は存在しない。拷問しようが殺そうが無罪だよ」

「珍しいな。歴史でもあまり聞かないぞ」

 

 基本的には奴隷はある程度は保護されているケースが多い。その背景にあるのは過酷な扱いによる反乱を防いだり、財産としての価値を損なわないためといった理由だ。

 そもそも奴隷とは労働力だ。その労働力をいたずらに拷問とかされて削られるのを嫌ったというのも背景にはある。国としても勝手に労働力が減らされ、総合的な国力を落とされるのは困るのだ。

 

「ここでは奴隷は労働力じゃなくて嗜好品(しこうひん)って考えられてるからね。人として見られていないわけ。だから基本的には家畜と同じ扱いだよ」

「なるほどね」

 

 そうなると奴隷が犯罪を犯したら家畜が物を壊したりしたときと同じ扱いになるのだろうか。それに奴隷の間で出来た子の扱いも気になるな。あとで時間がある時に調べてみよう。

 

「まぁだからといって拷問みたいなことをすれば周りはドン引くし、距離置かれるけどね。ただ国は認めてて、それは悪じゃないってことは頭に入れといていいかもね」

 

 嗜好品として捉えられてるならば、この対応も納得だ。しかし奴隷ならばなんでもしていいとなると治安維持にも貢献してそうではある。なにせ加害欲を満たしても罪に問われない存在がいる。少なくとも人を殺してみたかったみたいなサディストによる犯罪や性犯罪が起こるのは稀だろう。個人的にはよく出来た制度設計だと思う。

 

「それにしても安かったな。娼館を3回くらい我慢すれば1人買えるぞ」

「奴隷なんてそんなもんだよ。それに最近は戦争も多かったし、少し供給過多気味だからね」

「まぁでも維持費考えたら……いや、殺しても問題ねぇから使い捨てでもいいのか」

「そうだね。実際そういう考えで奴隷を買う人もいるね」

 

 そのまま細道を抜けて大通りに戻る。そもそも細道を通ったのは抜けた先にルカが紹介したい店があると言ったからだ。

 大通りに出て、正面に一際大きな建物が目に飛び込んでくる。その建物はデフォルメされたベールを被ったフクロウのロゴを印刷した旗が掲げられていた。この国に来てよく見るロゴだ。なんらかの商会のシンボルだと思うが……

 

「ここがカオリ君に紹介したかった聖女グループが運営する雑貨屋だよ」

 

 しかし規模が雑貨屋というよりデパートである。それに聖女とはなんなのか。聖女という言葉はエルフの()()()という女性を指すものだというのは俺でも知っている。だがそれしか知らない。聖女とはなにをする人なのか。またどうして聖女と呼ばれるようになったのか。言葉から宗教関係者のことは予想できるが、具体的なことは皆目見当もつかない。

 

「そういえば聖女ルイスについて説明してなかったね」

「やっぱりボウショク教の関係者だよな?」

「違うよ。エルフの聖女でボウショク教とは一切関係ないね」

「は? ボウショク教は他の宗教を排斥してるんだろ?」

 

 もし聖女ルイスがボウショク教の人ではないというのならば彼女の存在が容認されてることに説明がつかない。聖女なんていう言葉は十中八九宗教関係者に決まってる。それにも関わらず……

 

「あれは宗教関係ないからね」

「え?」

「聖女なんて周りが勝手に呼んでるだけで実態としては商人が一番近いよ」

「……まじか」

「それもこの世界で最大規模。普通に暮らしてたらロゴを見ない日はないくらい」

 

 たしかにそうだ。一度は必ず聖女の印であるフクロウのロゴを見る。例えばよく行く喫茶店でも見るし、馬車にも刻まれている。それら全てが聖女のブランドなのだろう。こんなに身近に聖女のものが溢れてるとなると、どれほどの経済効果を生んでいるのか。考えるだけでぞっとしてしまう。

 

「まぁ聖女の話は今度するとして、とりあえずお店に行こ?」

「ああ」

 

 俺はルカと一緒に入店した。店内の床には磨かれた白と黒のタイルが敷き詰められており、清潔感を感じられる。だが同時に派手な装飾はされておらず、格式というものを感じさせない。そのおかげで貴族や王族でもない普通の人でも入りやすくなっている。そして奥手には大階段があり、2階へと続いている。だが俺はそんなことより中央に置かれた展示品に目を奪われた。1階には多くの展示品が並べられているが、その展示品はあまりに世界観から浮いていた。なにせ置かれていたのは()()()()()()()といった明らかに近代文明のものなのだから。

 

「あれは馬いらずで走る馬車だね。金貨1億枚とか売る気のない値段で置かれてるだけだよ」

「そうなのか」

「何度か実演で走ってるところを見たけど、凄かったよ。もしあれが市場に流れたら世界のルールが変わっちゃうよ」

「なるほどな」

 

 なるほど。これは見せつけか。絶対に買えない金額で置き、自分たちの力を誇示しているのだ。これほどの技術力があると見せつけている。だがそんなことはどうでもいい。これを見てはっきりしたことがある。聖女ルイスは間違いなく同じ地球出身だ。転生者か転移者か分からないが同郷と見て間違いない。

 

「……現代知識無双か」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 

 もし聖女ルイスと接触出来ればなにかしらの手掛かりが掴めるかもしれない。それこそ日本に帰る方法を知っているかもしれない。そんな期待を少しだけ抱く。しかしここまで著名人となると接触にも一苦労だろう。まずは彼女に認知されるくらい名を上げなければならない。それこそ異端審問官になり、大きな手柄を上げて世界中に名を馳せなければならない。

 

「基本的にこのフロアにあるものはどれも売り物じゃないよ。最先端の技術に触れられるところって認識がいいかもね」

「なるほどな」

「例えばさ。あそこにある覗き穴が付いてる変なものとか顕微鏡といって目に見えないくらい小さなものまで見えるらしいし、そっちにある黒い板みたいなやつはここにない風景を写すんだよ」

「それじゃあ右手側にある暗いピンクと黒の2色で構成された戦斧は?」

 

 色々と近代文明の代物が並べられた中で俺は1つだけ明らかに浮いてるものを指さした。それは近代文明が使われてるような痕跡は一切なく、ただ純粋な武器だった。それも素人の俺ですら分かるほどの業物。

 

呪甘戦斧(じゅかんせんぶ)ロストベリー。聖女ルイスが黒龍の骨を使って打ったとされる一級品だよ」

「売り物なのか?」

「うん。これだけは金貨10万枚で買えない額じゃないけど、重すぎて誰も持てないの。値段の割に合わないし、買う人もいないかな」

「へぇー」

「まぁ1階は別の世界の話だし、見て楽しいのは2階だよ」

 

 そのまま階段を上って2階を目指す。それにしても1階にある展示品はどれもよく選ばれていた。例えば顕微鏡やモニターといったものは大衆には価値が分からないだろうものだ。それこそ売り出しても利益が出ないもの。恐らく聖女ルイスがしてるのは科学技術に人を慣れさせ、抵抗を無くすことを目的としている気がする。

それこそ魚の水合わせでもしているかのようだ。そして自動車やバイクは力を誇示すると同時に将来的にこういうものを流行らせるから法整備をしろと見えない圧力をかけてるように思える。もしも意図的にそうしてるならば、頭が良いなんてものじゃない。規格外の天才と言わざるを得ない。

 

「2階は数秒で火を起こせるライターって道具やボタン1つで周囲を照らしてくれる懐中電灯ってかなり便利な道具が揃ってるの」

「でも高いんだろ?」

「あんまり高くないよ。大体金貨2枚くらいかな」

「まぁ手が届かない額ではないか……」

「ちなみに3階は食料品。お湯を入れるだけで食べられるラーメンやグミっていう不思議な食感のお菓子。それに簡単にホットケーキが出来る魔法の粉とかの販売をしてるよ」

 

 ルカは鼻歌交じりに2階を探索する。2階は本当に雑貨屋といった感じだった。それこそ1階のものとは違い、日常に使えそうな科学道具が色々と揃っている。まさか異世界でここまで発展している文明を見れるとは思いもしなかった。今ではルカが聖女ルイスは商人と言った理由が嫌と言うほどわかる。

 

「見て見て! 柔軟剤だって! どうやって使うんだろ?」

「店員さんに聞いてみたらいいんじゃねぇか?」

「そうだね。すみませーん!」

 

 そうして店内を一通り見て歩き、帰路につく。結局のところ使った金貨は50枚を軽く超えてしまった。このくらいの額をポンと出せる辺りルカがお金持ちなのだと実感させられる。

 

「楽しかったねぇ」

「そうだな」

 

 買ってもらったグミを食べながら夕焼けに背を向けて、家を目指す。それにしても良い意味で驚きに満ちた1日だった。今まで知らなかったこの国のことを知ることが出来たし、聖女ルイスのおかげでこれからの生活の不安が少しだけ解消された。あれほど近代文明のものが持ち込まれてるならば、かなり生きやすい部類だ。

 

「カオリ君。言ってなかったんだけど、魔王復活の噂の調査で私は当分家を空けるから」

「魔王復活ってデマだろ?」

 

 あまりに唐突な発言。それによって空気が少しだけシリアスなものになる。だが同時に少しだけ違和感もある。なにせヤミ国に来てからグループ国の唱えた魔王復活は事実無根であると聞かされた。つまり魔王復活なんていうのは真っ赤なデマ。もう既に調査は終わり、そういう答えが出てるはずなのだ。それなのに……

 

「なんか魔族領で魔王が復活宣言したらしいから調査してこいって話」

「自称魔王とかじゃないのか?」

「どーなんだろうね。なんかエルフの強い人がやられたらしいから完全な与太話(よたばなし)ではなさそうって感じ」

「なるほどな」

「まぁ私も半信半疑だけど、調べないわけにはいかないからね」

「もし魔王が本物だとしたら、勇者だからって理由で俺が魔王と戦わされることって……」

「それはないかな。そんなこと私が許さないし、私を差し置いてカオリが最前線とかないでしょ。私に秒殺される人が戦場でなんの役に立つのか教えて?」

 

 ルカの煽り。だけど怒りより先に安堵がくる。正直言って世界の命運を背負って戦うなど荷が重すぎる。それにルカの言う通り、彼女の足元にも及ばない俺がどうこうできるとも思えない。少なくともミノタウロス程度で命の危機を感じるようではまだまだだ。恐らく戦いの土俵にすら上がれないだろう。

 

「しかし魔王とか勇者ってなんなんだ?」

「みんな漠然と使ってるから具体的な定義なんてないよ」

「ふむ」

「ただ魔王といえば数千年前に世界を支配した魔王ウシカゲを指す言葉。そして勇者は魔王ウシカゲを倒す者の言葉として使われることが多いかな」

「つまり勇者に資格とか神から選ばれたみたいなものって……」

「あるわけないじゃん」

 

 勇者だからといって特別なものはない。どこまでいっても夢のない世界だなとつくづく思う。チートスキルみたいなものもなければ、転移者だからと特典があるわけではない。当然ながらレベルなんてものもなければ、ステータスも存在しない。どこまでいっても現実と地続きの世界。

 

「まぁそれでちょっと出張するから、その間は1人で頑張ってねって話」

「どのくらいだ?」

「1ヶ月くらいかな。カオリ君は連れていけないから留守番よろしくね」

「そんな!」

「もしかして寂しいの?」

「いやそうじゃなくて……」

「あとカオリ君の面倒は信用できる人にお願いしたから安心していいよ」

「え?」

「明日には来ると思うし、当面はその人の指示に従うこと。わかった?」

「はい」

 

 それからルカはその日の深夜には家を後にした。俺はベッドで少しだけ不安になる。俺の面倒を任せた人とは誰なのだろうか。恐らくどこかの司祭さんだとは思うが、叩き込まれるのは宗教方面の礼儀作法や歴史で戦い方等は教えてくれないだろう。ただ面倒な話を聞いて知識を詰め込むだけの憂鬱な生活。なんの刺激もないつまらない生活。ルカがいなくなって改めて気づく。ルカとの生活は充実していたし、心の底から楽しめていたのだと。結局のところ俺はルカに依存していたのかもしれない。

 

「それじゃダメだな」

 

 一人呟いて、俺は眠りについた。そして翌朝の早朝に呼び鈴が鳴る。恐らくルカが言っていた俺の面倒を見てくれる人だろう。眠い目を擦りながら扉を開くと、そこにいたのは子どもだった。その子どもは海のような青い髪と赤い瞳。また気品が溢れており、俺の顔を品定めするように眺めてくる。俺は彼女のことをよく知っていた。予想外の人物で思わず腰を抜かしそうになる。そんな俺を見て彼女はにっこりと笑う。

 

「久しぶりですね。カオリさん」

「メイ第二王女様!?」

「……ミノス島での経験で随分と成長したようでなによりです」

「まさか……」

「はい。ルカさんに頼まれて、この1ヶ月は私が面倒見ることになりましたのでよろしくお願いしますね」

 

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