悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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56話 幼女!!

 

「えっと……目が覚めたら子どもになってました……なんちゃって?」

「なんちゃってじゃありませんよ! ボウショク様の護衛はどうするのですか!」

「えへ……えへへ……」

 

 しばらくしてメイがやってきて、俺と同じように頭を抱える。一見するとギャグのような展開だが笑ってもいられない。ヤミ国はルカの戦闘力を抑止力にして平和を維持していたようなものだ。ルカがいるからこそルイス姉も手を出さなかった。他の伯爵も大人しく国に従ったし、謀反(むほん)を考えなかった。エルフが攻めてこないのもルカがいるからに過ぎない。その前提が全て崩れてしまう。

 

「この状況。分かってるんですか!?」

「は、はい! 反省してます!」

 

 ルカがメイの怒鳴り声にびびって俺の影に隠れる。その仕草は凄く可愛らしい。しかし当然ながらこのままというわけにもいかない。もちろん国政的には大問題もいいところだ。

 

 もしもルカが幼女になって戦えないと知られたら、今までの前提が全て崩れる。ルカの無力化は人間領を戦乱の世に戻しかねない。この事件はそれほどまでに重い。

 

「ほ、本当に……変なことに巻き込まれてすみません」

「全くです」

 

 メイは今にも魂が抜けだしそうな表情をする。そんなメイをルカが慰めようと近寄ろうとするが、睨み返されて再び俺の影に戻る。現場はかつてない危機というのにどこかコミカル。

 

 ……しかしこのコミカルは意図的なものだろう。メイが沈黙せず、無表情になって抱え込まないからこそコミカルで済んでいる。怒りを全面に出すことで空気を和ませているからこそ、シリアスにならない。恐らくメイなりのルカへの配慮だ。ルカが一人で思い悩まないような空気を作っている。本来ならば頭を抱えて泣き出したい局面でルカのことを一番に考えた動き。本当に彼女は凄い人なのだと思い知らされる。

 

「まぁ起こってしまったんだから仕方ないだろ。反省は後にして今後のことを考えないか?」

「そうですね……」

「いやぁ……本当にすみません……」

「それでなにを食べたんですか?」

「まさか食中毒を疑ってます!?」

「はい」

 

 幼児化するような食べ物があるとは思えない。もしも食べるだけで若返りが出来るならば需要の塊だ。それこそ高値で取引されるだろうし、一度は名前を耳に挟んでもおかしくない。それになによりもメイがそういったものの存在を知らないとも思えない。これはきっと冗談だな。本当にメイはどこまで気を遣ってるのやら。

 

「……変なものは食べてませんし、盛られてもいません。多分」

「しかし毒ならば永続ってこともないだろうし、少し寝たら回復だから大した問題ねぇだろ」

 

 俺も食中毒の路線に乗っかる。しかし俺の言葉で全員が黙ってしまった。メイの努力を嘲笑うかのように少しだけ空気が重くなる。俺はなにかまずいことを言ってしまったのだろうか。自分ではおかしなことは言っていないつもりだった。

 

「そっか……うん……そうだよね」

 

 ルカの表情で全てを察した。2人はこれを一時的なものだと思っていた。それがあまりにも楽観的だった。この症状が時間経過で治る保証なんていうものはない。なにせ今の段階では原因すら不明。だからこそルカは幼女から戻らない可能性すらある。俺がその現実を突きつけてしまった。聡い二人だからこそ、俺の"永続"という単語で、その仮定に辿り着いてしまった。

 

「もう戦線や政治から身を引いて、普通の女の子として暮らしてもいいですか?」

「はい。ルカがそれを望むのであれば、それでいいですよ」

「……冗談だから真に受けないでよ」

 

 メイが少しだけ残念そうな顔をした。いったいメイはなにを考えているのだろうか。もしルカが本当に戦線や政治から離れたら大問題だ。今のシステムはあまりにルカに依存しすぎている。ルカが逃げられるわけないだろう。

 

「とりあえずルイス姉に相談するか?」

「そうですね。彼女ならばなにか知っているかもしれませんしね」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 そうして俺はルイス姉を呼んできた。やってきたルイス姉は口をあんぐりと開いて、幼女となったルカの方を見ていた。まるで自分で見たものを疑うように、ルカの身体をペタペタと触り、存在を確かめる。

 

 どうやらルイス姉ですら幼児化という事態は衝撃的だったらしい。

 

「……ルカ。どのくらい弱くなっとる?」

「んー……カオリに辛うじて勝てるかなぁっていうくらいまで弱くなってるかな。それに煌も腕壊すくらいに無茶しないと打てないかも」

 

 さらっと言ってるが全然弱体化していないようにも思える。そもそも俺はルカを除けば異端審問官でもトップの戦闘力を持っているという自覚はある。幼女になって弱くなってるのは事実だろうが、一般人からすればわからないだろう。それこそ俺に勝てるというのは公爵以外なら相手になりませんと公言するようなものだ。

 

「公爵級の活躍は期待しないでね。個人戦なら負けることはないと思うけど、今までのように地形変えたり音速で飛び回ったりなんか無理だから」

「……いまの状態で数万の兵を相手にしたらどうなると踏んどる?」

「え? 私が勝つでしょ。負ける要素なくない?」

「相手が全員重機関銃持ちやと仮定したらどうや?」

「舐めてる?さすがに幼女になったからといって、そのくらいで首を取られるほど弱くないけど……」

 

 なにが弱体化してるだ。そのどこが弱体化してるというのだ。そんな怪物に誰が勝てると言うのだ。依然として世界最強はルカから揺るいでいない。幼女というハンデを背負ってなお、その座から降りることを知らない。

 

「でも煌みたいな一掃する技が使えないから時間はかかるし、取り逃がしも起きるとは思うけどね。全滅させろって言うなら多分無理」

「そっか」

 

 そもそも今までがおかしいのだ。軍隊を相手にして文字通りの全滅が可能と断言してる方がおかしい。そういう発言が出来ることを考慮すれば、ルカ条約があまりに妥当と言わざるを得ない。こんなむちゃくちゃをする存在は条約で縛られて当然だ。数分で敵軍を全滅させられます。個人戦で負けることはありません。音速飛行が可能なので神出鬼没です。あまりに出鱈目。よくも今の今まで存在が許されていたものだと思う。

 

「しかしなんで幼女化なんてさせたいんやろうな。石化とか永眠の方が無力化には好都合やろ」

「しなかったのではなく出来なかったのだと思います。その手のものが通るならば今日までルカは生きていないかと」

「たしかに。私を目の上のたんこぶみたいに思ってる人は多そうだもんね」

 

 ルカは多くの人から恨みを買ってるだろう。あくまでルカが今も生きてるのは殺す手段を誰も持っていないから。その事実が呪いの類がルカには効かないことを証明している。きっと毒の類も効かないのだろう。不思議とそんな確信があった。

 

「そうですね……分かりやすい語彙を使うならばデバフではなくバフという認識だから通用した。私はそう見ています」

 

 たしかにメイの言うことには一理ある。幼児退行と言えば、デバフとして聞こえる。しかし若返りと言われればバフという要素の方が強く感じる。

 攻撃ならば弾けるが攻撃ではないから弾けなかった。そう考えれば納得のいくものだ。しかしあまりに理屈っぽい。こんなゲームみたいな理論が現実世界で通じるのだろうか。そんなバフとかデバフの定義があるとも思えない。そしてルイス姉も同じことを疑問に思ったのか、俺の内心を代弁するように口を開く。

 

「そんな屁理屈が通用するもんなん?」

「と言いますと?」

「どれが有害でどれが無害か識別が出来るとは思えへんってことや」

「そんな回りくどいことするなら直接的な加害でいい。そう考えないと辻褄が合わない。そう言ったのはルイスですよ?」

「せやけど……」

「たしかにバフやデバフの考えは不自然……だけど他に若返りで済ませた理由が説明つかないってことか」

 

 消去法で考えればメイの理屈が正しい。しかし常識で考えればルイス姉の言う通り考えづらい部分が生じてしまう。だからこそ原因の特定が難しい。

 

「私の勘でしかないんだけど、これは多分相当コストかけてるよ。それこそ大都市を1つ使い潰した上で強引に通してる」

 

 そんな中でルカが口を挟んだ。たしかに数百名くらいの贄による呪いならばルカは支援という形だろうが弾けるのだろう。それこそ支援だろうが無許可ならば無意識で弾いてるはずだ。だから過去に誰かが試したとしても上手くいくことがなかった。

 

 これは高度な術者が莫大なコストをかけた上で支援ですよと言い訳した上でないと行えない呪いなのだ。それこそ薄氷の上で成り立つような神業。だからこそ前例がなかった。そう考えると少しは違和感も薄くなる。

 

「……なんとなく話は見えてきたで」

 

 ルイス姉も同じ結論に至ったのか納得した様子を見せる。

 

「ルカに攻撃と認識されないギリギリのラインを狙った大規模呪術と考えるべきですね」

「しかし呪術ってことは術者を特定し、殺さへんと解呪は不可能やで」

「聖女パワーでどうにかなったりしないのですか?」

「なるわけないやろ。聖女をなんやと思っとるねん……うちはそういう魔法みたいな類のことは出来へんよ」

「……ただそういう話なら術者を殺せば解決だろ」

「しかし術者の特定は困難かと。呪術でしたら距離はさしたる問題ではありませんので、やるならばエルフ領や魔族領から仕掛けます。少なくとも私ならばそうする」

 

 さすがに外国から攻撃を仕掛けた個人の特定は困難か。ただ同時に嫌な想像が過ぎる。1人だけ仕掛けそうな被疑者が思い浮かんでしまったのだ。

 

「……魔王モモ。彼女ならば仕掛けてもおかしくない」

 

 メイも同じ結論に至ったのか、被疑者の名前を口に出す。ルカの弱体化で一番の恩恵を受けるのはモモ。そしてモモならばこのような策を思いついてもおかしくない。明確な証拠があるわけではないが、モモが犯人と考えるのが一番しっくりくる。

 

「それはあらへん。断言したる」

「家族だからですか?」

「ちゃう。モモはヤミ国にいるんやから……もしモモが犯人やったら、幼女になった瞬間にルカを殺しにきとる」

「……やるかやらないかで言えばやるな。モモだったら確実にルカを取りに来る」

 

 ルイス姉の言うことはもっともだった。ルカを弱体化して殺害。そして自分が最も強いコマとなって盤面を有利に進める。そうするのが一番合理的なのだ。そのことにモモが気づかないと思えない。

 

「だけどモモって政治が上手いんでしょ? それなら別の思惑があるんじゃない?」

「それは否定できへん。ただどんな犠牲を払おうがルカを殺すっていうのは政治的にリターンが大きすぎるんよ」

「そんなに私って価値あるかなぁ」

「あるで。ルカがいるかいないかで今後の難易度が段違いになるねん。モモからしたらルカさえいなければ簡単に勝てると見込んでてもおかしくないで」

「……それは少し舐められてるようで癪ですね」

「せやからうちはモモは犯人やないと思う。うちがモモの立場やったら、ここでルカを取らへんっていうのは選択肢はありえへん。それをやらへんのはあまりに馬鹿すぎる」

「しかし魔王モモ以外にも被疑者がいないのも事実」

 

 ただモモが犯人だとしても証拠を残すとは思えない。モモを追及したところで徒労に終わるのが目に見えている。そもそも今は犯人探しをしてるような場合ではない。俺は恐る恐る手を挙げる。俺の挙手でルイス姉とメイの視線が俺に向けられる。

 

「どうしましたか?」

「とりあえず犯人は一旦置いとくとして、この状況をどうするか考えないとまずくないか?」

 

 俺は時計を指差す。現在の時刻は8時30分。

 今のルカはボウショク様の護衛の任務にあたっていた。その護衛にあたってるルカが顔も見せないとなるとボウショク様が違和感を覚えかねない。ヤミ国としてはボウショク様の不興を買うのが一番の大問題のはず。それこそ下手をすればルカは責任追及されて打ち首となってもおかしくない。

 俺達はこれからボウショク様の対策も考えなければならないのだ。ルカが幼女になったので護衛を降りますが通用するとも思えない。そもそも信じてもらえるとも思えない。

 

「そろそろボウショク様への言い訳も考えた方がいいだろ。それに代役も探す必要がある……少なくとも犯人探しをしてる時間はないだろ」

「ボウショク様のことは考えなくて平気です。それに護衛はカオリにしてもらうことにしましたから」

「いやいや。そんな急な変更をボウショク様は……」

「それなら心配無用です」

 

 そういうとメイの身体が変貌していく。幼女の肉体が膨れ上がり、肌が白から黒に変わっていく。目は複眼へと変貌し、背中から黒い毛細血管のような筋が細かく、執拗に張り巡らされた半透明の羽が生える。

 目の前には漆黒の巨体があった。俺の倍近いほどの背丈を持った大蝿。それが感情を感じさせない複眼で俺を飲み込んで、メイの声で語りかける。

 

 「――だって私がボウショク様ですから」

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