降臨祭も無事に終わった。しかし気が休まるかといわれるとそういうわけでもない。ルカの幼女化に魔王モモの一件など問題は山積み。それに聖女ルイスもいつまでも大人しくしてるとは思えない。あれは味方ではあるが、手放して信用していいわけではない。
「メイ第二王女様。いかがなさいますか?」
お父様が私に声をかける。この国は国王である父……ザウス・アルカードのものではない。ボウショク様である私のものだ。それ故にお父様は今後の動きについて私に指示を仰ぐ。
「……当面の間、私は魔王モモにかかりっきりになると思います」
「はっ」
「そのためお父様は私に代わって内政に専念してください。この不安定な盤面ですと、なにが起きてもおかしくありませんので」
「1つ。意見をしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「メイ第二王女様の望みはなんなのでしょうか?」
それにしても戸籍上の父であるお父様に"第二王女様"と呼ばれるのは変な感じがする。もっとも誰が聞いてるか分からないし、ボウショク様と呼ばせるのは言語道断。
しかし国王よりも第二王女程度でしかない私の方が立場が上というのは慣れないものだ。せめて敬語をやめ、メイと呼び捨てにしてくれた方がまだやりやすいが……まぁ彼の信仰心がそれを許さないのだろう。
「私達は貴方様を補佐する身。貴方様の手足となり、貴方様が望むものを提供するために生きています」
「……そこまでの信仰は求めていないのですけどね」
「もし貴方様が望みを口にするのであれば、私達は自分で考え、貴方様に一切の負担をかけることなく、全てを提供しましょう。ご自身のためにも少しは我々を信用してください」
「信用しています。だからこそ私は国を空け、グループ国に忍び込むような蛮行すら行えました。お父様を信用してるからこそ聖女ルイスの帰化という博打を打てました」
事実として私が自由に動けてるのはお父様と教皇陛下の存在が大きい。彼らが私の動きに連動し、手が回らない部分を埋めてくれる。だからこそ私は自分がやりたいように振る舞えている。もしも彼らがいなければ私は面倒な人間関係に縛られ、今ほど自由に動けなかっただろう。
「貴方様は私達に指示はくれます。しかし私達になにかを望むことはありません」
「そうかもしれませんね」
「私達は貴方様の役に立ちたいのです。庇護されるだけの存在になりたいわけではない」
役に立ちたい。その言葉を聞いて少しだけカオリのことを考える。私はカオリに恋をしているのだと思う。しかし生まれてこの方、一度も恋というものをしたことがない。はたして本当に恋愛感情を抱いてるのか自分ですら疑わしく思ってしまう。
皆が私の役に立ちたいと言う。だけど私の望みは口が裂けても言えない。私の望みはルカが幸せであること。この国の神である私の寵愛がルカという個人にだけ向けられているという事実を彼らに告げるのは酷だ。そのくらい私にも分かる。だから私は蓋をして、笑って誤魔化す。
だって私は彼らになにも返せないのだから。
「それとも私達では……力不足なのでしょうか?」
「いいえ。ただ私のエゴに貴方達を付き合わせたくないのです」
「私達は付き合いたいと言っているのです!」
彼の言葉に私の心は動かされない。もしカオリならば、きっとそんな返答はしない。カオリならば自分のエゴで付き合うと言えてしまう。彼にはそれが出来ない。彼は私を同じ目線で見れていない。だから私は彼に魅力を感じない。
「それでしたら半年。私は魔王モモの件を除いて一切の関与をしないので、その状態で国を回しなさい。そしたら少しは信頼しましょう」
「……ありがとうございます」
適当な難題を振って場を濁していく。
私は最初からカオリが好きだったわけじゃない。彼に対してはルカが目をつけたのがどんな人なのかという興味があるだけだった。
そんな彼に抱いた第一印象は地味でつまらない。平均以上のスペックはあるのだろうが目を見張るものはない。正直言ってルカがどうして彼に興味を持つのか理解出来なかった。ただ少し顔が良いだけの男。
もちろんルカが気に入ってるのだから私も少しは気にかけようと思った。しかしそれ以上の感情はない。私はカオリに魅力を感じなかった。ただルカの拠り所となってくれれば良いな程度にしか思ってなかった。ルカが大切にしてるから、私もカオリを大切にする。それ以上でもそれ以下でもなかった。
明確にカオリに対する印象が変わったのは精神侵犯を行使する異常なデュラハンを撃破したという一報を聞いた時。
私はその報を聞いて、少しだけ嫌な気分になった。まるで私の見る目がないと言われているように感じたから。カオリにロストベリーを与えたのも使いこなせないと思っていたから。しかしカオリはあの武器を持ち上げてしまった。
とても不愉快だった。本気でカオリを潰そうと思った。だからカオリを軍に入れて、殺人を強要した。そもそもカオリは能力が高いだけで人としての魅力は皆無。地球にいた頃は働きもしない怠け者。なにか強い熱があるわけでもなく、ただ周りに流されてるだけ。主体性の欠けた見ていてつまらない人間。鬼という種族に恵まれただけの中身空っぽ人間。彼の能力は評価するが内面は赤点もいいところだ。このまま心が折れてしまえばいいと思った。
「……メイ第二王女様?」
「失礼。少し考え事をしていました」
「考え事ですか?」
「私。少し気になる人がいるのです」
「……カオリ七席ですか?」
「はい」
しかしカオリは私の思惑とは裏腹に嫌がらせを乗り越えてしまった。挙げ句の果てに自分の浅慮を謝罪してきた。私に恨み言すら漏らさなかった。そこで私は初めてカオリのことを面白いと思えた。彼はまだ産声を上げたばかりなのだ。彼は雛鳥なのだ。今は面白くない男だが、これから面白くなる可能性は十二分にある。そう思えるようになった。
「彼など所詮は聖女ルイスのおまけでしょう。メイ第二王女様が気にかけるような男ではありません」
「……そうかもしれません。しかし私は彼に惹かれてしまったのも事実です」
カオリはピエロに勝って異端審問官となった。圧倒的な実力差を見せつけた。それこそ文字通りの圧勝。鬼だから強いということは理解していた。しかしここまで理不尽に強いとは思っていなかった。そこで私は初めてカオリに期待を覚えた。もしかしたらカオリならばルカの代わりになってくれるのではないか。
ルカを戦争から解放してくれるのではないか。そんな期待を抱いてしまった。私は彼に可能性を見出していたのだ。
「彼ならば私の望むものを与えてくれるのではないかと思ってしまったのです」
「望むものとはいったいなんなのですか?」
「戦争無き世界」
「……!!」
気づけばカオリに対しての不快感は消えていた。彼を育ててみたいと思えるようになっていた。
私はカオリを使うつもりだった。私はカオリを道具としてしか見ていなかったはずだった。それなのに気づけば夢中になっていた。
「私はカオリならばそれが出来るのではないかと期待しています」
これは恥ずかしくて言えないけれど、私はカオリを英雄にしてみせると決めている。カオリを英雄にしてルカを戦争から引きずり下ろす。カオリにルカの代わりとなってもらう。その考えは今も変わらない。でも同じくらい英雄としてのカオリを見たいという想いもある。
私は自分がカオリにどんな感情を抱いてるか分からない。だけどカオリは私の英雄になると言っていた。彼は私を振り向かせると言ったのだ。
「きっとこれは恋心と呼ぶには相応しくないでしょうね」
誰にも聞こえない声でそっと呟く。
カオリは今までどんな壁も乗り越えてきた。きっと彼は私の心を落とすのだろう。私のそれを恋だと言い切らせてくれるくらい強い感情を抱かせてくれるのだろう。だから私はその日が来るのを静かに待とうと思う。
「ザウス・アルカード。貴方が私の力になることを望むのならばカオリと同じくらい私に期待させてくれる存在となってくださいね」
「はっ!」
私は窓から三日月を眺めながら未来のことを考える。はたしてこれからの未来はどうなっていくのだろうかと。カオリは私にどんな世界を見せてくれるのだろうか。