悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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59話 旅の始まり

 

 降臨祭が終わって数日が経った頃。俺達はメイによって招集がかけられた。

 

「急に呼びつけに応じていただいてありがとうございます」

「それはええけど……なんの用や?」

「少し仕事のお願いです」

 

 集められたのは俺とルイス姉とルカの3名。戦力としては明らかに過剰。それこそただの仕事ならば、この中の誰か1人で事足りるだろう。

 

「仕事ってなに?」

「魔王モモ。彼女に親書を届けていただきたいのです」

 

 その一言で空気が緊迫した。モモにメイからの親書を届けるという話は前々から出ていた。しかしこんなにも早く切り出されるとは思ってもいなかった。

 

「それってカオリとルイスの2人が行く予定だったんでしょ。なんで私も行くわけ?」

 

 たしかに妙である。この中でルカはモモとの関係が一切ない。それ故にルカが巻き込まれてる状況が少し不可解だ。彼女には仕事を受ける動機がない。

 

「……ルカには少しの間だけ国を離れていただきたいのです」

「どういうこと?」

「幼児化という事実をなるべく隠し通したい。もし王都に滞在し、ルカの事を知る人物と交流してしまえば勘ぐられる可能性もあります」

「そういうことね」

「もちろん不服でしたら無視していただいても構いません。なんなら1人で休暇を取って観光旅行でも構わないのですが……」

「いいよ。せっかくだし付き合ってあげるよ。もしかしたら幼児化の呪いを解く取っ掛かりがみつかるかもしれないからね」

 

 それから俺達はメイから親書が手渡され、その場は解散となった。

 また善は急げということで旅立ちは全員が翌朝。それまでに各自で最低限の荷造りをするという運びとなった。もっとも荷造りといっても大抵のものはルイス姉が収納のスキルで携帯してるため、最悪は手ぶらでもいいわけだが。

 

「ねぇカオリ。少し買い物に付き合ってくれない?」

「なに買うんだ?」

「ちょっと服が欲しいの。旅行行くんだし、お洒落したいじゃん?」

「……遊びじゃないんだぞ」

「まぁ細かいことは気にしなくていいじゃん」

「ていうか1人で買いに行けば……って、ああ。そういうことか」

 

 今のルカは幼女だ。それこそ1人で歩けば補導されかねない。だからこそルカは面倒事を避けるために俺に声をかけたのだ。そういうことならば仕方ないだろう。俺は素直にルカの買い物に付き合うことにした。

 

「ねぇ! これなんか良くない?」

 

 そしてルカに服屋へと連れてこられる。そこでルカが選んだのは黒猫のパーカーとピンクのフリルワンピースという、小悪魔的な可愛らしさを感じさせる服だった。大人が着れば痛さを感じるが、子供だからこそ許される服装。

 

「……似合うな」

「そうでしょ? 可愛いでしょ?」

 

 あまり大きな声では言えないが、ルカの選んだ服は俺の好みにこの上なく刺さっていた。この服をメイにも着せたい。そんな欲求すら湧いてくる。それこそルカと同じ服を買ってメイにプレゼントするか本気で思うほどだ。

 俺は興味本位で服の値段を見る。そこには金貨20枚と書かれていた。その値段の高さに思わず意識が飛びそうになってくる。たかがパーカー1枚にその金額とか正気じゃない。

 

「カオリ。どうしたの?」

「なんでもない」

 

 その値段に恐怖し、そっと目を逸らす。この世界にもジーパンやTシャツといった近代の服は存在している。しかし全てがルイス姉の系列店であり、どれも貴族向けの破格の代金だ。

 とても着心地も良く、脱ぎ着しやすいと評判は良いが、値段が高過ぎるが故に着てる人を見かけることは滅多にない。それこそ買えるのは大金持ちくらいなものであり、それを日常的に着れることがステータスとなりつつある。

 

「あ。結構高いけど……まぁいっか!」

 

 これほどの大金を躊躇うことなく払えるルカの資産力。それに俺は思わず戦慄してしまう。やはり彼女も腐っても公爵。あまりひけらかす真似はしないがお金持ちなのだ。物の値段を見ないで買えるくらいには金に困っていないのだ。

 

「こういう系統の服は着たかったんだけど、媚びすぎて着づらかったんだよね。でもこの身体なら話は別だよね」

「そうか……幼女になったからお洒落の傾向も変えられるのか」

「うんうん。意外と楽しいよ?」

 

 ルカは体格に恵まれていた。そのためクール系を着ると映えるのだが、ガーリー系になると自分の体格とかなり喧嘩してしまっていた。そして不幸にもルカ自身はどちらかというとガーリー系が好みなため、毎回頭を悩ませていたことは記憶に新しい。もっとも彼女自身は裁縫が得意なため、袖をフリルにしたり、リボンを付けてみたりと所々にアクセントとしてガーリーの要素は入れていた。しかしそれ止まりだった。

 

 もっとも周りの目など気にせずにガーリー系を着ても良いとは思うが、彼女自身がそれを許さなかった。ルカ自身がお洒落さんなため、着たい服よりも似合う服を選ぶ傾向にあった。ルカ曰く似合わない服を着て歩いてると自己嫌悪で苛々すると語っていた。

 しかし幼女になったことで、高身長の束縛から解放された。その小柄な体型を活かし、自分のしたいお洒落が出来るようになったわけだ。周りが幼女化したことを心配してる中でルカだけは、この現状を楽しんでいたのだ。

 

「それにしてもメイ第二王女様の変化ってずるいよね。あんなのお洒落し放題じゃん。本当にずるい」

「そういえばメイの服って全部変化で作ってるから身体の一部になってて、脱衣が不可能らしいぞ」

「……それって常に全裸で歩いてるってことじゃん。露出狂じゃんね」

「たしかに一理ある。ただ種族が違うし、人と同じような羞恥心あるのか?」

「私は無い方に賭けるね」

 

 しかし俺も服に悩まなければならない。出来る限り動きやすいラフな格好が良い。特に誰かに見せるわけでもないし、デザイン性よりも機能性を重視したいところだ。

 

「そういえばカオリの旅の服装はもちろん審問官の制服だよね?」

「え?」

「いや。公務なんだから当然でしょ」

「そんなぁ……」

「ていうか私がそうしてほしーいの。一緒に旅するなら格好良いカオリの方が良いもん!」

「まぁそう言うなら……」

「やった!」

 

 だめだ。どうもルカが幼女になったせいで可愛く見えてしまい、甘々な対応になってしまう。それこそなんでもしてあげたいと思えるほどに魅力がある。普段のルカならばそんなことはないというのに……

 

「あーでもドレスも捨てがたいなぁ……この身体ならドレスも似合うよね?」

「今は冬だぞ。しかも向かうのは永久凍土の土地として有名な魔族領……そこにドレスは正気の沙汰じゃない」

「なんとかなるなる〜」

「ならねぇよ!?」

 

 ルカの能天気っぷりに頭を抱える。もっとも幼女になったとはいえ、自然環境くらいでどうこうなるとも思えない。きっと本当にどうにかなってしまうのだろうが……

 

「そういえばルカは魔族領に行ったことないのか?」

「ちらっと興味本位で見に行ったことはあるよ」

「どうだった?」

「なーんにもない。つまんないところだよ」

「つまんないか」

「結局のところ土地や気候のせいで作物が育ちづらいから発展しづらいんだよ」

「それに加えてエルフとの戦争……まぁ余裕がないということか」

 

 俺は少しだけ考える。この旅のルートはどうなるのだろうか。魔族領に向かうとなれば、エルフ領の横断は必須だ。避けては通れないだろう。鉄箒を使うにしても、少し距離がありすぎる。

 

「まぁルイスがいるし、私達は遊び気分でどうにかなるでしょ」

「そうだな!」

 

 俺は考えるのをやめた。結局のところルカの言う通りなのだ。ルイス姉が全部どうにかしてくれる。ルイス姉は万能だ。きっとなんでも出来てしまうだろう。そうして俺達は遊ぶことだけを考えることにした。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 早朝。俺達は旅のルートを最終確認していく。ルイス姉は俺達の話を聞いてるうちに頭を抱えていく。結局のところ俺達はまともに準備することなく、全て丸投げしたのだから当然といえば当然だ。

 

「あんたら……あまりに雑ちゃうか?」

「えー。駄目だった?」

「大きな問題はあらへんけど、その態度は少しいただけへんよ」

 

 全てルイス姉が万能過ぎるのが悪い。俺達はルイス姉を信用してるのだ。ルイス姉に任せておけば全てどうにかなると。そう思ってしまうと考えるのも面倒だなぁと思い、まぁルイス姉がなんとかしてくれるとやらなくてもいいかという気持ちになってしまうのだ。

 

「そんで改めて旅のルートを確認するで」

 

 そう言うとルイス姉は世界地図を広げた。魔族領があるのは大陸の最北東。それに対してヤミ国は竜の山脈を跨いだ南方にある国だ。それ故に距離は相当なもの。それこそ正攻法で行くならば半年は見積もらなければならないほどの距離。

 

「当然やけど山脈超えは論外。標高も高すぎるし、竜と遭遇するのも面倒や」

「そうなると海岸沿いを経由することになるね」

「せや。そこにある関所を鉄箒で空から突破してくで」

 

 俺達は当たり前のように空路が選択肢として出てくる。しかし空路を使えるのは一握りの人物だけだ。それこそ俺の知る限りだと鉄箒を所持してるルイス姉、脚力でどうにかなるルカ、変化で鳥に化けれるメイくらいなもの。他にも竜を飼いならした人も空路を使える層だが……そのくらいしかない。

 そのため空の警戒は基本的に疎かだ。空からの密入国は失敗することなどほとんどない。

 

「ゴア領を経由する? それともマルゴワール領?」

「今回は距離的にマルゴワール領やね」

「了解。時間はどのくらいかかる見込みなのかな?」

「多く見積もって2週間といったところやね」

「へぇー。私だけなら6時間でいけるけどね」

 

 ルカが何故かルイス姉に対抗意識を見せる。ただ6時間といっても、それは幼女になる前のルカの話だ。今の肉体では、無茶苦茶は不可能だろう。

 

「それで関所を突破した後はどうするの? 正攻法で陸路でも使う?」

「陸路やと時間かかるし、なにより見つかるリスクが高すぎるで」

「それじゃあ海路!?」

「それもありやと思うし、それがええならそうするで。ちなみにうちは空路を使う予定や」

「待ってくれ。あの距離だと鉄箒は使えないだろ?」

「せや。だから鉄箒以外の航空手段を使うで」

 

 鉄箒以外の交通手段か。現代のもので言うならば気球やプロペラ機が思い浮かぶが、それらが使われるとも思えない。そうなると異世界特有のもの。それこそ飛竜とかだったりするのだろうか。

 

「そのためにうちの拠点――アガルタに寄って航空手段を借りる。そう考えてるんやけどどうや?」

「アガルタ?」

「うちが秘密裏に抱える地下帝国や」

 

 ふーん。地下帝国かぁ。普通は驚くべきなんだろうけど……まぁルイス姉だしなという感想しか湧いてこない。もう驚くのも疲れてきた。そうなると恐らくジェット機とか巨大ロボが出てくるんだろうな。ルイス姉は大概なんでもありだからそういうことするんだろうな。

 

「なんか反応。薄すぎへん?」

「うん。まぁそういうのあるよねって感じだし……」

「かなり大きいカミングアウトだと思うんやけど?」

「まぁルイス姉だし、なにが起きても不思議じゃないかなって」

「その言葉覚えとき。アガルタに連れ込んで度肝抜かしたる」

 

 そうして最終確認を終え、俺達の旅が始まった。

 用意された鉄箒は俺の持っている分も含めて2本。鉄箒自体がルイス姉もそこまで作っているものではなかったため、ルカの分までは用意できなかった。そのためルカは俺の鉄箒の後ろに乗ることとなった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「わー。まるで御伽話に出てくる魔女になったみたい!」

「絶対に捕まってろよ。落ちたら大変だからな」

「平気平気。私を誰だと思ってるの?」

 

 ルカは手を挙げて、鉄箒に大興奮している。なんだか身体が幼女になったことで心なしか精神年齢も年相応に落ちている気がする。

 

「……なんか普通の幼女を見るのも新鮮だな」

「せやね」

 

 この異世界で会った幼女と言えばメイとモモだ。2人とも幼女特有の無垢さとは無縁。むしろ毒を纏ったような政治の怪物。それこそ老獪という言葉が似合ってしまうような存在だった。その2人を見た後だと純粋無垢に見えるルカに癒やされてしまう。

 

「でも遅くなーい? もっと速度出ないの?」

「あんたの脚力がおかしいんよ。それ基準で考えたら全て遅くなるで」

「ちぇ。つまんないなー」

 

 そんな話をしてるうちに既に魔の森上空を通過する。このまま魔の森を抜けてマルゴワール領に入る。マルゴワール領に入れば、そこから真っ直ぐに海岸を目指して海が見えたら高度を上げて北上し、エルフ領へと突入する。そしてエルフ領に入ったらルイス姉の指示でアガルタを目指す。そういう動きを予定している。なんの問題もなく、その通りにいけば2週間程度の旅になるはずだが……

 

「ねぇ魔王モモって……」

「カオリ!!」

 

 ルカの話を遮り、ルイス姉が声を荒らげる。

 

 ――敵襲だった。

 

 死角から矢が飛ばされる。その矢は異様なまでに速く、音すら置き去りにした。俺は空気でルイス姉の言葉よりも先に反応し、鉄箒の軌道を変えようと動き出していた。

 しかし僅差で回避は間に合わない。重い矢が鉄箒のスラスターを穿ち、そのまま煙を上げさせる。

 

「墜落する!」

「りょーかい!」

 

 鉄箒の制御は効かず、地面へと墜落していく。ルイス姉の方にも視線を向けるが、彼女の鉄箒も同様だった。俺は鉄箒を捨て、一足先に地面へと飛び降りていく。ルイス姉は戦闘技術こそ高いがフィジカルは凡だ。この高度から落ちれば怪我では済まない。だからこそ俺のフォローが必要だ。

 地面に降りると同時にルカに視線を向ける。ルカは鉄箒から降りることなく、その上に器用に立って索敵を行っていた。

 

「ルカ! 敵は……」

「左下! そこから矢が撃たれたね!」

 

 敵を認知すると同時にルカが落下する鉄箒を足場代わりに蹴り飛ばし、空を駆けていく。

 戦闘に入ると今までの無垢さが嘘のように戦士としての顔を見せるルカ。幼女になろうが理不尽な身体能力は健在だった。

 

「カオリ! おおきに!」

「ああ!」

 

 ルイス姉が俺の真下に落下地点を調整し、俺の身体に身を委ねる。俺はルイス姉を抱きかかえるようにキャッチし、そのまま周囲へと視線を向けていく。

 

「狙撃者はルカに任せて、うちらは周囲の警戒!」

「了解!」

 

 そして戦闘へと移行した。

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