悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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60話 不穏な気配

 

 ルイス姉はすぐに降りると同時に収納で取り出したロストベリーを地面に置く。彼女の細腕ではロストベリーの重さに耐えきれない。そのため渡すときは毎回落とすか置くのどちらかだ。

 

 俺は落とされたロストベリーを即座に拾い上げて戦闘態勢に入る。落下地点は魔の森だ。そこは凶悪な獣が多い危険地域。俺達がそんな奥地に落とされた。

 獣の唸り声が響く。こんな地に人が踏み入れば、こうなるのは明白だ。あいつらは常に肉を求めている。

 

「うちのことは気にせんでええよ。自衛くらい問題あらへんから」

「最初から気にしてねぇよ」

 

 なんで俺よりも強いやつの心配をしなければならないのか。心底悔しいが戦闘力だけで言うならばルイス姉の方が俺よりも上。だからこそ雑魚の相手は俺がする。敵が分からない以上はルイス姉の体力を温存させたい。

 

「任せ……」

 

 その一言が言い切るより先に獣が身を退いていく。次の瞬間に空から流星が落ちてきた。その流星――ルカは着地と同時に地面に大きなクレーターを作り、スカートをパタパタと払う。

 

「おまたせ。全部片付けてきたよ」

「……速すぎへん?」

 

 そうして俺達の戦闘が始まるよりも速くルカが全てを終わらせたのであった。ルカは幼女になろうとも常識の遥か外側にいたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「ルイス姉。鉄箒は直せるのか?」

「これは無理やね。完全にイカれとる」

「……あの程度の攻撃は避けなよ」

「無茶を言うな。鉄箒の制御ってルカが想像してる倍は難しいからな」

 

 一段落して俺達は現状の確認をしていく。まず当然ながら怪我人は無し。しかし鉄箒は完全に機能停止。

 

「それで犯人は……」

「一応縄で縛り上げたけど……不安なら足も折っとく?」

「そこまではせえへんでええよ。不必要に痛めつける必要もあらへん」

 

 不思議とルカがいると怖いという感情が湧いてこない。幼女になって大きく弱体化してもなお刺客の生け捕りを涼しい顔してこなしている。ルカを見てると嫌でも格の違いを思い知らされる。

 彼女はフィジカルが強いだけじゃない。全てが速いのだ。状況判断から行動までが俺の3倍は速い。自分の役割を即座に理解して動くことが出来る。純粋な戦闘力だけに留まらず戦闘IQすらも群を抜いている。まさしく最強に相応しい存在だ。幼女になったくらいじゃ彼女は止められないだろう。

 

「ただ戦ってて妙だったんだよね」

「妙?」

「なんていうか敵意がなかった。それに弓の技術はあるけど……戦闘に関しては素人そのものって感じ」

「とりあえず起きたら尋問するで。そんで吐く内容次第やけど、その後は魔の森を抜けてマルゴワール領を陸路で目指すで」

「うん。わかった」

 

 このようなイレギュラーに誰も動じていない。2人とも自分がなにをやればいいか見えている。俺は自分の仕事を見つけようと頭を回すが、気付いたときには既に誰かがやっている。既に俺の仕事が片付けられている。

 その事実に悔しさを覚える。俺はまだ2人に追いつけていない。戦闘力だけではなく、脳みそも足りていないと突きつけられた。俺は静かに2人を見る。俺はメイの英雄になると決めた。公爵に並べる存在になると決めた。だからこの旅路で一度でもいいから2人より先に動け。そのために観察しろ。俺が足りないものを探せ。自分の置かれた立ち位置を理解しろ。そうしなければ戦う土俵にすら立てない。

 

「それとカオリ。少し跳躍して、現在地の確認してくれへん?」

「わかった」

 

 考えろ。この旅で得られるものは大きいはずだ。本気の2人を見られるのはまたとない機会だ。1秒も逃さない。少しでも多く新しい気付きを得るんだ。全てを俺の経験値にしてみせる。ここで超えなくてもいい。次に活かせるようにしろ。休む暇なんてない。むしろ休む時間がもったいない。

 

「い、いったいなにが……」

 

 捕らえた男が目を覚ます。それに気づいたルイス姉がにっこりと微笑んで問いかける。

 

「あんたら。どうしてうちらに襲いかかったん?」

「襲った? なんのことだ?」

「なにとぼけとるん? あんたのせいで……」

「お、俺は聖女様から飛行物が通るから落としてほしいって言われただけだ。まさかあんたら……あれに乗ってたのか!?」

 

 俺達は顔を見合わせる。冷静に思い返せば悪意や敵意があるならばルカが気づかないわけがない。今回はそういうものがなかったから反応がワンテンポ遅れたのだ。

 

「聖女って言うけど……もしかしてルイスの自作自演?」

「そんなわけないやろ」

 

 この世界で聖女と名乗れるのはルイス姉だけだ。しかしルイス姉が表舞台に顔を出すことは滅多にない。それ故にルイス姉が出席する降臨祭の開会式など、彼女を一目見ようと例年の3倍は一般客が入ったくらいだ。

 

「それに聖女を名乗るってことは自分はルイスと肩を並べる存在って言うことだよ?相当な馬鹿か世間知らずじゃないと無理でしょ」

 

 たしかにそうだ。聖女を名乗る以上はどうしてもルイス姉と比較されることになる。そんなことが出来るのは自分がルイス姉と同等以上と思える大馬鹿者だけ。今回の背後にいるのはそういう存在だ。

 

「まぁでもこの感じじゃなにも知らないだろうし……尋問しても収穫はないだろうね」

「せやね。そんなら無視してさっさとマルゴワール領を目指すで」

「ま、待ってくれ! 魔の森に1人置き去りなんて死んじまう!」

「えー。自分でどうにかしなよ。悪意がなかったといえど、結果として私達を殺そうとしたんだからさ……そのくらいの対価は払うべきでしょ」

 

 少し冷たくはあるがルカの言うことは正しい。わざわざ殺しにきたやつを助ける義理はない。俺達は男を置き去りにして、そのまま魔の森を歩き出した。

 

「エセ聖女って明らかに私達を狙ってるよね?」

「せやね。こうして張られた以上はうちらの動きが漏れとるし、警戒した方がええかもな」

「ただおかしいだろ。このルートは昨日決めたばかりで誰にも話してないだろ? どこで漏れた?」

「なんかしらのスキルやろな。それか完全な予測で動かれたか……少なくとも下手に考えて疑心暗鬼になるのが最悪や」

「そうだね。そこは棚上げしといた方が私も良いと思う」

 

 2人の意見に感心しつつ、俺は首を横に振って辺りの景色を見渡す。

 俺達が不時着した魔の森。そこはヤミ国きっての危険区域であり、足を踏み入れた人の3割が死に至る。そんな太陽の光が一切届かないほどに枝葉が重なり合う暗い緑の世界には人食い植物と肉食の獣が多く生息しており、俺達はそれらの警戒を常にしなければならない。

 

 足を踏み出すたびに腐葉土(ふようど)が重苦しい音を立てて沈み込んでいく。少し呼吸すれば湿り気を帯びた空気が肺の奥を濡らしていく。どこを見ても同じ景色。それが本能的な恐怖を掻き立て、もうこの森から出られないのではないかという不安を抱かせる。

 

「それにしても随分と静かだね。ここは獣が多いって聞いてたんだけど」

「あんたのせいやろ。みんなルカが怖くて怯えとるんよ」

「なるほどね」

 

 だがルカとルイス姉の呑気な会話を聞いてると、その恐怖も自然と和らいでいく。2人はまるで体内に方位磁針でも持ってるかのように迷わず歩いていく。そこに不安はないのだろうか。

 

「本当にこの方向で合ってるのか?」

「合っとるよ」

「しかしコンパスとか……」

「そんなんなくても計算で分かるやろ」

 

 思い返せばルイス姉は目隠しした状態でジェットコースターに乗った後でも、寸分の狂いもなく目隠ししたまま目的地にたどり着けるという特殊技能を持ち合わせている。彼女曰く回転数と自分の角度を完璧に把握していれば簡単だそうだ。そんな芸当が出来るルイス姉ならば、この状況でも迷うことはないのだろう。

 

「すっご。私はそんなんできないよ?」

「でもルカも迷わへんで歩けてるやろ?」

「私は人の気配が残ってる方に歩いてるだけだよ。そうすれば整備された道に出るからね」

「……なんでそんなんわかるねん」

「護衛仕事してるとさ。そういう技能が自然と身についちゃうんだよね」

 

 彼女も彼女で大概おかしい。もっとも理解の外側にいるような理不尽だからこそ公爵になってるわけだから、当然といえば当然なのだが……

 

「ほら。道があったじゃんね」

 

 ルカが指差す方を見ると、石畳で舗装された道が出てきた。俺達は遭難することなく難なく魔の森を攻略してしまったわけだ。

 

「うちが商会に頼んで作らせた交易路やね」

「こんな危険地帯の道なんか使う人いるのか?」

「うちの商会は多用するで。魔の森を経由せえへんとマルゴワール領からアルカード領に向かう際に大きく迂回させられるねん」

「でも魔の森って危険地帯だし、いくら整備された道といっても相当強い護衛を雇う必要あるよね? その出費って痛くない?」

「うちの場合は自前で済ませられるから、そこは考慮したことあらへんけどな」

「あー。ドールズにそういうのもお願いしてるってことか」

「せや」

 

 あとで聞いた話だが、この交易路はヤミ国の物流に大きな貢献をもたらしているそうだ。エルフ領からヤミ国王都に物を運ぶ際はエルフ領と隣接するマルゴワール領を経由し、そこから魔の森を抜けて、王都に行くというのが一般的な道だ。この交易路が完成するまでは魔の森を大きく迂回する必要があり、半年近くもの時間がかかったと言われている。

 また当然ながらルイス姉が作った交易路はここだけではない。彼女は数百にも及ぶ交易路を整備し、物流に大きな貢献をしている。それこそルイス姉がいなければ、この世界の発展は大きく遅れていたと学者が口を揃えて言うほどだ。

 

「あとは道に沿って真っ直ぐに歩くだけや。途中でなんか変なの出てきたら倒す。簡単やろ?」

「わかりやすくいいな」

「途中で誰か捕まえて馬車に乗せてもらえると楽だね」

 

 そんな話を横目にルイス姉が虚空から大型バイクを取り出した。俺とルカはそれを見て目を輝かせる。白と青のイカしたカラーリング。これに乗って爆速で駆けたらどれだけ気持ち良いだろうか。

 

「鉄馬! ずっと乗ってみたかったんだよね!! 運転させて!!」

「いいや、俺に運転させろ! 運転したい!」

「ルカは今の肉体じゃ足は届かへんし、カオリは無免許やろ。二人とも論外や」

「ここは異世界だろ!? 免許関係ねぇだろ!」

「幼女差別反対! 足が届かなくてもなんとかなるでしょ!」

 

 こんなに良いものを前にして乗るなというのは生殺しにもほどがある。そもそも俺は免許が取りたくても取れなかったのだ。大型自動二輪の免許は満18歳以上からだ。17の俺では取れないのだ。免許がないのは仕方ないではないか。それを理由に断るなど言語道断である。

 

「うっさい。うちが運転するからあんたら2人は後ろに乗っとき」

「ていうか3人乗りは危険だろ」

「ルカのバランス感覚ならどうとでもなるやろ。それに万が一転倒しても、あんたらの頑丈な身体じゃかすり傷もつかへんのは知っとる」

「そういう問題じゃねぇだろ。背が足りないルカはともかくとして、危険な3人乗りを避けるためにもう一台出すべきだろ」

「はぁ?」

「ルイス姉のしてることは正しくない。バイクを2台出すのが正しい」

「はぁ……そこまで言うんやったらじゃんけんで決めようや。うちが負けたら2台目出したる」

「言ったな。じゃんけん――」

 

 当然ながらじゃんけんには負けた。そもそも読心の真似事が出来るルイス姉にじゃんけんで勝てというのが無謀だったのだ。そうして俺達は不貞腐れながらバイクの後方に乗り、そのまま魔の森を駆け抜けていった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ねぇルイス。この鉄馬……バイクっていくらで売ってくれる?」

「金貨2000万枚でええよ」

「は? 明らかに足元見すぎでしょ。そういうのあんまり良くないと思うんだけど?」

「おだまり。文句あるなら買わんかったらよいやろ」

「ケチ。どケチ。メイに言いつけてやる」

 

 魔の森を抜けて、無事に街に辿り着く。そして先ほどからルイス姉とルカは醜い言い争いを繰り広げている。俺は2人を無視して近くの人を捕まえて宿の情報を聞いておく。ルイス姉なら既に頭に入ってるだろうが、念の為だ。

 

「カオリ。情報収集するんやったら、ついでに狩人協会に寄ってきてくれへん?」

「いいけど……なんかあるのか?」

杞憂(きゆう)やったらええんやけどな。少し人が多すぎるんよ」

「人が多いとなにか問題あるわけ?」

「単純に少し気になっただけや。なんで多いのか知っといて損はないやろ?」

「なるほど。任せとけ」

 

 狩人協会。少し前までは冒険者ギルドという名前で運営されていた。名前が変わっただけで中身は大きく変わっていないため、凶悪な獣の討伐依頼や野盗の情報はそこに行けば大概集まる。そのため旅人は狩人協会に寄って情報を集めるというのが常識になりつつある。特に戦闘が絡むならば、教会よりもその道のプロである狩人協会の方が確実だ。

 

「おおきに。場所は説明せえへんでもええよな?」

「当たり前だ」

 

 そうして俺は狩人協会へと向かった。狩人協会は木造建築の2階建ての建物だった。看板には旧冒険者ギルドと書かれており、ささやかな抵抗が感じられた。やはり狩人協会という名前だとどうも締まらない。やはり冒険者ギルドという名前にすべきだと思ってしまう。しかし冒険者から狩人に名前が変わった背景を考えると、そう強くも言えないものだ。

 

 俺は建物に入る。建物に入ると綺麗なお姉さんが熱を帯びた視線を俺に向けてくる。俺は笑顔で手を振って、挨拶する。

 

「こんにちは。少し良いですか?」

「は、はい! どのような御用でしょうか……」

「実は……」

 

 話しかけようとしたときだった。ガタイの良い男が苛立ちながら俺の肩に手を置いた。その様子を見て周囲がガヤガヤと騒ぎ出す。それに嫌な胸騒ぎを覚える。これは面倒事に巻き込まれたのではないだろうか。

 

「お前。新入りのくせに俺達のセイラちゃんに色目使って、何様のつもりだ?」

「俺はただ話を聞きにきただけだが……」

 

 やはりこれは喧嘩の流れか。俺は頭の中で動きを考える。もし相手が殴りかかるなら、俺が軽く彼を投げ飛ばして無力化。そして周りをビビらせた後に”やれやれ。目立ちたくないんだけどな”と言う。そういう異世界らしいことはやってみたかったのだ。よしそうしよう。

 

「あ、いえ……あの……」

「どうした? こないのか?」

「す、すみません!」

 

 しかし俺の顔を見るなり、男は縮こまってしまった。いったいなんだというのだ。これは喧嘩のパターンではなかったのか。それじゃあ俺になんの用だと言うのだ。

 

「な、生意気言ってすみませんでした!」

「……そうか」

 

 はぁ……彼はいったいなにがしたかったのだろうか。

 まぁ済んだことを考えても仕方ない。俺は男から視線を外して、受付の女性に声を掛ける。

 

「……あのグラウドを黙らせるなんてどんな手品使ったんですか?」

「俺はなにもしてないです」

「それで依頼の受注ですか?」

「いえ。俺は旅の者で少し情報収集に立ち寄っただけです」

「情報収集ですか」

「はい。これから北上する予定ですので獣による周辺の被害情報とか聞きたいと思いまして……」

「なるほど。そういった御用でしたか」

 

 そう言うと受付嬢は少しだけ考え込む姿をした。まるで言うかどうか悩んでるような表情だった。

 

「なんでもいいから話してください。どんな些細なことでも知っといて損はないですから」

「分かりました。恐らく平気だと思うのですが……」

「ふむ」

「ここから少し北にある都市"ワンダー"で奇妙な事件が起きてるんですよね」

「奇妙な事件ですか?」

「はい……そこでは一月ほど前から街から人が誰も出てこないという奇妙な現象が確認されました」

 

 これは獣被害というよりは怪現象の気配がする。もしかして人が多く集まっていたのは、その怪現象のせいなのだろうか。そんな怪現象が起きてるから街に立ち寄れず、ここで足踏みを食らっている。そう考えることも出来る。

 

「それで冒険者ギル……じゃなくて、狩人協会からも調査に人員を派遣しました」

「どうなったんですか?」

「誰も帰ってきていません」

「……奇妙ですね」

「はい。Aランク3名とBランク17名で編成した大規模な部隊も送ったのですが……それも音信不通です。そのため現在はワンダーへの立ち入り禁止令を出しております」

 

 これは明らかにやばい予感しかしない。この規模の戦力がやられてるのは間違いなく普通じゃない。この怪現象は無視出来るようなものじゃない。恐らく放置すれば取り返しのつかないことになる。不思議とそんな予感がした。

 

「あ、でも大丈夫だと思いますよ」

「どうしてですか?」

「先日、ヤミ国の公爵である剣聖ロシェ様と勇者フウガ様の2人が事件の解決に向かいましたから」

「……は?」

 

 俺はその言葉に耳を疑い、呆然と立ち尽くした。

 彼女は俺の聞き間違いじゃなければ、あのフウガがそんな危険な場所に向かったと言ったのだ。

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