悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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61話 アリスと幸福の街

 

 俺達は宿屋の一室で今後の動きについて話し合う。それこそワンダーの一件に関与するか、それとも無視して旅を進めるのかという話だ。

 しかし話し合いと言うが、俺の中で答えは既に決めている。2人が先を急ぐと言うならば、俺は単身でワンダーへの調査に向かうつもりだ。もし普通の事件ならば俺は首を突っ込まない。しかしフウガがいるならば話は別だ。

 

 もしフウガに万が一があったらと思うと怖い。それを想像すると少しだけ身体が震える。フウガになにかあって、行かなかったことを後で後悔したくない。行かないで後悔するくらいならば、行って後悔する。だから俺は1人でもワンダーに向かう。

 

「まぁ剣聖ロシェがおるんやったら平気やと思うで。ヤミ国の公爵がおって解決出来へんことなんてまずありえへん」

「それでも俺は行くぞ」

「私も行くよ。フウガのことは大嫌いだけど、下手に対立するよりもさっさと解決しちゃうのが一番合理的だしね」

「ルカ。あんたなんでそんなフウガのこと嫌っとるん?」

「勇者を名乗るからだよ。カミーラを差し置いて勇者を名乗るとか許せるわけないじゃん」

 

 ルカはカミーラの大ファンである。それこそカミーラ過激派と言っても差し支えがないレベルで推している。当然のようにカミーラ関連の書物は全て所持しているし、彼の細かな逸話も全て頭に入っている。

 

 だからこそグループ国で勇者として扱われ、自分もそのように振る舞うフウガが大嫌いなのだ。ルカはカミーラ以外が勇者を名乗ることも、勇者として扱われることも許さない。

 

「まぁうちらが動くんやったら数時間で終わるやろうしな。大したロスでもあらへんし、手くらい貸したる」

「ありがとう」

 

 そうして俺達はルイス姉にバイクを出してもらい、そのまま都市ワンダーへと向かった。

 

* * *

 

 レッド帝国にある"ワンダー"という都市。そこが私達、姉妹の生まれ故郷だった。

 

 両親は幼い頃に不慮の事故で亡くした。だけど孤独や不幸とは無縁だった。街の皆が家族のように私達の面倒を見てくれた。そのおかげで孤独も不幸も感じなかった。私達は街の人々に愛されて育った。そんな街の人達は12歳の頃には空き家まで譲ってくれた。街の人達はみんな優しい。だから私達は街の人達に恩返しがしたいと思った。

 

 そんな私達は貰った空き家を宿屋として立ち上げた。その宿屋は大繁盛で街を訪ねる旅人さんや商人さんからも好評だった。お客様の感謝の言葉を聞く度に街の役に立てている気がして嬉しかった。

 

 私達が15歳になる頃にはワンダーはヤミ国の街になった。レッド帝国がヤミ国との戦争に負けて領土を奪われたからだ。その戦争はあまりに一方的なものだった。それこそ徴兵する暇も与えることなく勝敗が決した。

 それが皮肉にも私達には大きな追い風となった。ヤミ国が私達の街を管理するようになって税金は格段に安くなったし、ヤミ国の人が街や道路を整備してくれたおかげで人の行き来も増えた。街は今まで以上に活気付いていく。

 街の大人たちに笑顔が増えていく。その笑顔を見てると私達も幸せな気持ちになった。こんな時間がいつまでも続けばいいと思った。

 

 ある時。私達と同じくらいの年齢の女の子が宿を訪ねてきた。肌は雪のように白く、金髪碧眼(へきがん)で同じ人間とは思えないほど可愛らしい女の子だった。その娘の名前はアリスというらしい。私達は同年代ということもあって、親近感を覚えた。

 

「はい。みんな幸せなのがこの街の誇りですから!」

「良い街ね。私はそういう街が大好きなの」

 

 アリスは私達の自慢話を嫌な顔すら見せずに聞いてくれた。むしろアリスは自分のことのように喜んでくれていた。

 

 ――でも。幸せは長く続かない。

 

「お、おい! なにが起きている!?」

「街から出られないぞ!」

 

 その日の夜だった。1人の商人が外に出ようとすると、見えない壁に阻まれて外に出られないという奇妙な現象が起こった。私達はその話を聞いて言い表せないような不安を覚えた。だけどなんとかなるだろう。誰かがどうにかしてくれるだろうと心のどこかで思っていた。

 

 だけど街からいつまで経っても出られることはなかった。外から人が入ることは出来る。しかし出ることは絶対にできない。街の人達は段々とパニックになっていく。街から笑い声は消え、罵声が増えていく。はやく終わってほしいと思った。

 毎日のように殴り合いの喧嘩が起きる。私達が好きだった町は壊れかけていく。街はどんどん暗くなっていった。

 

 そして遂に街の人が一人死んだ。その人は私達に優しくしてくれた人だった。揉め合いから発展した喧嘩だった。

 その犯人も私達がよく知ってる人だった。彼は私達に経営を教えてくれた、優しい人だった。そんな彼は無関係の人々から怖いと言われ、吊るされた。空気がどんどん重くなっていく。絶望と恐怖が街を支配していく。

 

「お願いします。ボウショク様。どうか助けてください」

 

 私達は神様に祈った。そうすることしかできなかった。しかし神様に祈りは届かない。街での揉め事は増え、死体が増えていく。皆が疑心暗鬼になっていく。誰かを加害者にして、安心を得ようとする。もう私達が好きな街はなかった。

 

 地獄は終わらない。まるで私達に畳み掛けるように次の事件が起きる。

 夜になると埋めたはずの死体が動き出すようになった。死体は外にいる人たちを見境なく襲っていった。死体はどんなに潰しても動いた。剣で突き刺しても動いた。頭を金槌で叩いても止まらなかった。

 

「な、なにが起きてるんだよ! 俺達がなにをしたっていうんだ!」

「知らないわよ! どうして私がこんな目に遭わないといけないのよ!」

 

 全員が限界だった。幸いにも動く死体は家の中に入ってくることはなく、朝日が昇ると同時に普通の死体へと戻った。そのため人々の活動時間は日中だけとなり、夜は誰も表に出ないような生活をするようになった。

 

 お願いします。はやく終わってください。誰か助けてください。私達は神様にひたすら祈った。その祈りだけが私達を正気に繋ぎ止めていた。祈ることで私達は狂気から目を背けることができていた。

 

「愉快で楽しいわね」

 

 そんな中でアリスだけは元気だった。いや、元気というよりはこの状況を楽しんでるようだった。あまりに気味が悪いので私達はアリスとは関わらないようにした。

 

 そんな日々が2週間も続いた頃。遂に食料も尽きかけてくる。

 死体に殺される恐怖、飢えて死ぬ恐怖。みんなが狂っていく。もう街は手遅れだった。きっと私達の好きだった街は二度と戻ってこないのだろう。不思議とそんな確信があった。

 

「ねぇお姉ちゃん」

「なぁに?」

「私達に出来ることないかな……」

「人間ってお腹が空くとイライラして攻撃的になるって聖書に書かれてたよ」

「そうなの?」

「うん。だから明日から毎日みんなにスープを配ろうよ。私達に出来るのはそのくらいだよ」

「わかった!」

 

 私達はなけなしの食料を使って、スープを作って配給することにした。少しでも街が元通りになりますように。そんな願いを込めてスープを作った。私達も祈ってるだけじゃ駄目だ。私達に出来ることを少しずつ頑張ろう。そうすればきっと良くなる。そう言い聞かせた。

 

「う……そ」

 

 ――でも、全てが無駄でした。

 

 目を覚ますと私の大切な妹が殺されていました。妹の死体はベッドに仰向けに寝かされています。妹の腹は裂かれ、赤い臓物が溢れています。まるで私に見せつけるかのように。私は目の前の光景を見て膝をつくしかありませんでした。そして状況を理解し、叫びました。

 

「ああああああああああああああああああああああああ!」

 

 妹は私のたった1人の家族でした。なにをするのも一緒でした。ずっと一緒にいました。これからもずっと一緒だと思ってました。しかしそれは幻想でした。

 妹の死。その現実に私の心がひび割れていきます。私の心が冷えていきます。なにも考えられなくなっていきます。ただ喪失感だけが心を支配していきます。

 

 私はひたすら泣きました。今まで出したことのないような声を出して泣きました。喉が裂けるまで泣きました。

 

 ――そして祈りが通じたように妹は戻ってきました。

 

「お姉ちゃん?」

 

 その奇跡に私は涙を流します。死んだと思った妹と会えた。私は嬉しさのあまり妹に抱きつきます。動いた妹を見て色々なことが脳裏を駆け巡ります。この街を2人で駆け回った時の思い出。近くの街まで買い出しに行った時の記憶。2人で作った最初のスープの匂い。宿屋の看板を一緒に掲げた日の妹の笑顔。

 

「……もう……どこにも行かないで」

 

 涙で視界が滲んでいきます。自然と握る力が強くなります。もう離したくない。絶対に離さないと思いました。全て夢だったんだ。悪い夢を見ていただけだったんだ。そう思ってしまった……いいえ、思いたかったのです。

 

「リ……ン? どうしたの……?」

 

 でも、それは妹ではない別のなにかでした。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」

 

 妹は発狂したように私のことを呼びながら私を押し倒していました。そして私の肩に噛みつき、肉を抉ります。

 今まで体験したことのないような痛みです。歯で骨が砕かれます。その痛みで叫び声をあげてしまいます。

 

「痛い痛い痛い痛い!」

 

 でも叫び声は誰にも届きません。妹は無言で私を貪っています。私は痛みで頭がおかしくなりそうでした。

 

「"待て"だよ」

 

 そんな中でアリスが部屋に入ってきました。そのアリスの一言で妹の肉塊の動きが止まります。

 

 私もそれで察しました。こいつが全ての主犯だと。

 

「この街の幸せ。とっーても美味しかったわ」

 

 アリスはそれだけ言うと私を殺しました。細い糸のようなもので私の首を刎ねました。でも楽にはなれませんでした。

 死んだはずなのに意識が肉体から離れない。全身が痛む。それなのに体が言う事を聞かない。声も出ない。表情も変えられない。それなのに感覚だけがある。

 

 とても気持ち悪い。

 

「もうこの街の幸せは食べ尽くしたし壊しちゃっていいかな。やっちゃえ! 姉妹死体!」

 

 アリスが高笑いします。生き残った街の人達を私達の手で殺していきます。意思とは関係なくただひたすらに殺していきます。素手で頭を潰します。血の温度がはっきりとわかります。泣きたいし叫び出したいのに、それも許されません。

 

「ここを始まりの街としましょう! もっと戦力を整えていっぱい幸せを食べたいわ!」

 

 街に人が入ってくる。見えない壁は出る人は拒むが入る人は拒みません。なにも知らないで街に来た人達を私達が殺します。

 

 掃除もされていない部屋に旅人さんを案内します。私達がずっと前に作ったスープを渡します。スープは腐り、糸を引くようになった。当然ながら食べられたものではありません。相手への思いやりが一切ない地獄のような接客をさせられます。そんな世界で一番やりたくない行為を黙々とやらされる地獄……ああ……誰か……私を助けて……殺して……コロシテ……コロシテクダサイ。

 

 ――お願い。助けて。

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