僕ことフウガはアレックスの一件以来、ヤミ国王都を出て勇者として旅をしていた。
あれから色々と考えた。その末に僕は聖女ルイスに相応しい人になると決めた。だから勇者として困ってる人を助ける旅をすることにした。
今はまだ自称勇者でしかない。でも周りから勇者として認められる存在になった時、聖女ルイスの隣に立っても恥ずかしくない人になれる。だから僕は本物の勇者になれるように、勇者として旅をする。魔王を倒す勇者じゃなく、誰かを助ける勇者になるために。
「それでロシェさん。ここがワンダーですか?」
「ああ」
そのために僕はとある人に弟子入りした。その師の名前はロシェ。隻腕のおじさんで誰よりも剣が上手い人だった。
ただ偶然彼が素振りしてるところを見て、彼の剣に見惚れた。剣のことをなにも知らない僕ですら、彼だけは次元が違うと一振りで分かるほどに洗練された一太刀だった。その剣を見て、僕もあのような剣を振りたいと思った。
だから僕は彼に土下座して、弟子入りを申し込んだ。当然ながら最初は凄く嫌そうな顔をした。それでも僕はめげることなく、彼に頭を下げ続けて頼んだ。そしてロシェは土下座する僕に聞いたのだ。どうして強くなりたいのか。
僕は迷わず答えた。聖女ルイスに認めてもらうためと。
その言葉を聞いて、彼は小馬鹿にするようにゲラゲラ笑った。そして笑い転げた後に僕を弟子として取ると言った。あの聖女に並ぼうとする大馬鹿者がどんなやつか興味が湧いたと一言だけ言って。それ以来、僕はロシェさんと各地を巡って彼から剣を学びながら人を助ける旅をしてる。
「今回の依頼だが……まぁあれだ。とりあえず今回もお前は見てろ。フウガ」
「わかりました」
「剣を覚える前に目を鍛えろ。目が悪いやつはなにをやらせてもだめだ」
そして僕達が訪ねたのは謎の怪事件が発生してるワンダー。人助けの一環として、そこの事件を解決すべく依頼を引き受けた。
「ひたすら目に焼き付けろ。そして理想としていつでも思い描けるようにしろ」
「はい!」
時刻は夕暮れ時。その日の空は血のように赤く染まっていて気味が悪かった。そんな中で空でカラスが鳴き叫ぶ。その音だけが響いていく。鐘の音もしなければ、子どもの声も聞こえない。ただカラスの鳴き声と環境音だけが響く世界だった。
僕達は街に足を踏み入れる。そこは変哲もない街だった。生気を感じないことを除けば普通の街だった。しかし踏み入れると同時にロシェさんの顔色が大きく変わった。そして血相を変えて大声で叫ぶ。
「……おい。フウガ!」
「どうしました?」
「今すぐ回れ右して街から出ろ!」
彼の言葉を疑う余地はなかった。ただ反射的に歩いてきた方角へと走って戻っていく。その様は狼から逃げる子鹿のようだっただろう。走る度に恐怖が煽られる。ここはなんの変哲もない街だ。しかし足を踏み込んだものしか分からない死の気配があった。それこそ本能が警鐘を鳴らすほどの死の気配だ。
ごつんと音がすると同時に尻もちをつく。なにかにぶつかったような感触があった。僕は恐る恐る手を伸ばす。そこには見えない壁があった。外の景色は見えるのに身体だけが弾かれる。街が僕を逃さない。
「……結界術?」
そのことに気づくのに時間はかからなかった。閉じ込められたという事実に気付いた瞬間に冷や汗が止まらなくなる。先ほどよりも死の気配が強くなる。心臓がバクンバクンと跳ねていく。様々な思考が頭の中を走り回り、混乱していく。
「フウガ! まずは落ち着け!」
「ぼ、僕は……どうすれば……!」
「俺から離れるな。下手したら死ぬぞ」
「え……死ぬ……?」
「それほどの相手だ。正直ここにいる存在は俺でも勝てるか五分五分……明らかにルカが動く案件じゃねぇか。クソが」
ロシェさんが悪態をつく。彼ほどの人物が本気で焦っていた。その彼の焦りが僕に
「……安心しろ。俺がどうにかしてやる」
僕の不安に気づき、ロシェさんが不安を吹き飛ばすために無理に余裕を作る。それでも震える声は隠しきれてなかった。僕達はとんでもないところに足を踏み入れてしまったのだ。
「ようこそ。始まりの街へ」
女の子の声がした。子どもの声だった。人の気配が一切ない街。ただ腐敗した肉の匂いと濃密な死の気配が充満してるだけの気味の悪い街。
そんな街で僕達に話しかけてくる女の子がいた。だけど当然だけど人じゃない。振り返ると、そこにいたのは頭蓋骨から脳を露出させた女の子。肉は溶けて蠅が集っている女の子の死体。それがひとりでに動いて喋っていたのだ。
「……胸糞悪い」
ロシェが言葉を漏らした。僕も彼と同意見だった。この光景は見ているだけで気分が悪くなる。心の奥底からふつふつと嫌悪が湧いてくる。こんなことするやつを僕は絶対に許さない。許してはいけない。
「どうぞ。こちらへ」
「……」
「旅人さん方をおもてなしする準備はできております」
僕達は顔を見合わせた後に死体について行くことを決める。当然ながら罠の可能性も高い。しかしこのままでは時間ばかりが過ぎてジリ貧。罠だと分かっていても事態に進展があるなら動くべきだ。それが僕達の総意だった。
死体に鼠と蜘蛛が徘徊するようなボロ宿に案内される。そこにも当然ながら人の気配は一切ない。別の女の子の死体から料理として腐ったスープが提供されたが、それ以上のことはなにもない。
「……人形が人の営みを真似しているような感じがするな」
「どういうこと?」
「まともな感性してたら腐ったスープなんか出さねぇだろ」
僕達は警戒を緩めない。敵の意図が一切読めない。僕達になにをさせるつもりなのだ。事件が起きてるのに全貌が掴めない。
出されたスープとにらめっこして時間ばかりが過ぎていく。緊張が僕達の神経を擦り減らしていく。いつ仕掛けてきてもおかしくない。その事実が僕達を休ませない。
「お食べにならないのですか?」
死体が僕達に話しかける。ロシェさんは律儀に返事を返す。
「ああ。ちょいと腹が一杯だ」
「そうですか。そちらの方も?」
「うん。僕も……」
「はぁ……」
次の瞬間だった。目の前の少女が拳を僕たちに振り下ろした。反射で拳を避けていく。
行く先を失った拳は木製の机に当たる。それと同時に机は粉砕した。明らかに子どもの筋力じゃない。こいつは間違いなく化物だ。そう判断すると同時にロシェさんが剣を抜き、少女の首を迷うことなく刎ねた。
「あああああ!! ああああああああああああ!」
「フウガ! 逃げるぞ……!」
「許さない許さない許さない許さない!」
少女は首を拾って自分の身体に戻し、僕達に飛びかかってくる。首を刎ねても殺せない。明らかになにかがおかしい。この街でなにが起きてるというのか。ロシェは呆然と立ち尽くす僕の体を引っ張り、そのまま外に逃げ出す。
ロシェさんに引っ張られたことで僕もなにかしなければならないという気分になる。即座に風のスキルで攻撃しようと構えた。
「ウイン……」
しかし攻撃に戸惑ってしまった。なにせ相手は人なのだ。遺体を傷つけるという行為に僕の倫理がその拒否感を示した。殺さなきゃ危ないのは僕達だ。それでも……
「無理するな。お前は目を瞑ってろ」
「ごめん……」
結局のところ僕はなにもできなかった。もしカオリだったら彼女達を助けられただろうか。傷つけることなく解放させられただろうか。僕が弱いからなにも出来ない。目の前の悲劇を見てることしかできない。
「お兄さん達! こっち!」
唐突に明るい少女の声がした。今までの死体とは違う生気を感じさせる明るい声だった。顔を上げるとそこにはお人形さんのように可愛らしい金髪碧眼の少女がこちらを手招いている。まるでこっちが安全だと言わんばかりに。そこにいるのは紛うことなき人間だった。死の気配が消えていく。まるで一筋の光が差したようだった。
「大丈夫。私は人間! 生き残りよ!」
僕とロシェさんは少女の方に走る。一刻も早く安全な場所に行きたい。その一心で駆けていた。まだなにも解決していない。それでも生存者がいる。こんな街でも生き延びた人がいる。少なくとも希望は残ってる。
「フウガ。下がってろ」
しかしロシェさんだけは違った。ロシェさんは僕を追い抜き、そのまま少女に向けて躊躇うことなく斬り掛かった。少女は困惑の混ざったような表情を見せる。しかしそれ以上の表情を見せることはない。ロシェさんの剣は表情の変化を許さないほどに速かった。
「きゃっ!」
少女の胸が大きく斬り裂かれる。真っ赤な血が噴き出て、石畳を紅色に染めていく。少女の肉が力なく地面に倒れ込んだ。僕の足が止まる。その光景の意味が分からなかった。
どうして……ロシェさんは人を殺した?
彼は迷うことなく罪のない少女に剣を向け、斬り裂いた。その剣で少女を殺した。目の前の事実が信じられない。ロシェさんはそんなことするような人じゃないはずだ。
「なん……で……」
呆然としながら言葉を捻り出した。ロシェさんが人を殺した。その事実を脳が拒む。僕は彼のことを信じていた。良い人だと思っていた。それなのに……
「あれは敵だ。殺気を隠すのも上手いし敵対心もなし。だけどこの状況で絶望感もなければ緊張感もねぇ……ありえないだろ」
だけどロシェが語ったのは予想外の言葉だった。彼だけはあれを仲間として見ていなかった。被害者とも見ていなかった。
「それに服がいくらなんでも綺麗過ぎるだろ」
「へぇー観察眼凄い♡」
その言葉に返事をするように死体が喋りだした。その光景に僕は思わず腰を抜かした。ロシェさんが斬ったはずの女の子が何事もなかったように立ち上がっていく。既に傷も完全に塞がっている。
ロシェさんだけは最初から全て見抜いていたのだ。その少女が人ではないことに気づいていた。だから斬ったのだ。
「え?」
「でもね。私はそういう人なんて大嫌い♡」
その瞬間に周囲の建物が角切りになっていく。ロシェは僕を庇いながら、眉すら動かすことなく剣で対応する。
……もし僕だけならば今の攻撃で確実に死んでいた。これは明らかに勝負の次元が違う。僕が介入する余地がない。ただの足手纏いにしかなれない。今の一動作だけで、それが理解できてしまった。それほどまでに両者と僕の実力はかけ離れていた。
「今のは……」
「細い糸による攻撃だな」
「そこそこやるみたいだね♡」
足元の石畳が斬れていく。糸は細すぎて見えない。もはや不可視の領域だ。僕はロシェさんの背中に隠れることしかできない。攻撃の軌道が一切見えない。なにをされてるのか説明されても理解が出来ない。
「興味本位で聞くが……どうしてこんな真似をする?」
「幸せって美味しいじゃない?」
「……もしかして感情を食べる化物なのか」
ロシェと少女の会話を聞いて言葉を漏らす。もしも彼女が人の感情のようなものを食べないと生きていけないのならば同情の余地がある。それは僕達が生きるために牛や豚を食べる行為と同じだ。もし本当にそうなら否定していいようなものじゃない。
「実はそうなのー♡ 私って人の幸せ食べないと生きていけないの♡ だから許してね? 私も生きるために必死なの♡」
「ぬかせっ!」
「バレちゃった♡ つまんなーい♡」
少女は明らかに茶化していた。その言葉で少女への同情の余地が消える。この少女は快楽で人を殺している。理解してはいけない怪物だ。あの少女にはロシェさんを相手にしてそんな真似をする余裕があった。
「そもそも感情でお腹が膨れるわけないじゃん。馬鹿なのかな? ママのお腹の中からやり直した方がいいんじゃない♡」
ロシェさんが僕を庇いながら的確に攻撃を捌いていく。しかし少女の余裕も崩れることはない。むしろ糸の勢いが加速しているようにも思えた。僕はそれが勘違いであることを祈りながら、ロシェさんの背中にしがみつく。
「あ、私がやり直させてあげよっか! 微塵切りにした君をママのお腹を切り開いて詰め込んであげる♡」
その一言で堪忍袋の緒が切れた。ただ怒り任せにスキルを使って風の刃を振るおうとする。そんな僕の感情任せな迂闊な行動でロシェの体勢が崩れた。
「本当にお馬鹿さん。でもありがとね」
耳元で少女の声がした。その隙を突いて背後に回っていた少女の手が僕の手首を掴む。そんな少女の青い瞳と視線が合う。少女は優しく微笑んだ。あまりに無邪気な笑みだった。それこそ毒気を抜かれそうになるほど可愛らしい笑みだった。
そのまま少女は僕の手首を力任せに引っ張る。まるで大根でも抜くように引っ張った。腕の付け根から、今まで聞いたことのない肉と骨の裂ける音がする。
「えーい♡」
――そして腕は引き抜かれた。
「ああああああああ!!」
悲鳴をあげる。そんな僕を無視して少女はロシェさんの背中から引き離し、そのまま僕の身体を地面に投げ捨てた。その行動にロシェさんの意識が一瞬だけ逸れる。目の前の敵はそれを見逃さない。
彼の
「拮抗してる戦いの中でお荷物が暴れたらどうなるか想像もつかなかったのかな?」
僕は地面に転げ回る。僕の中から血が零れていく。石畳が赤に染まっていく。痛みから逃れようと手足をバタバタとさせて暴れまわるが、痛みは引くどころか増していく。肉が焼けそうないくらい熱く、脳が裂けそうなほどに強烈な痛みの信号。
「ああ! あああ!」
「良い悲鳴♡ 今度は足を抜いてあげるね?」
「てめぇ!」
ロシェの声が頭に響く。それと同時に不思議な感情が湧いてきた。
なんで僕がこんな目に遭っている。そうだ。全部あいつが悪いんだ。
僕をこんな目に遭わせたあいつを許せない。命を弄ぶあいつだけは許せない。なんとしてでも僕が殺してやる!許さない。許さない。絶対に殺す。同じ目に遭わせてやる。
「ウイングカッター!」
「待て。お前が適う相手じゃ……」
がむしゃらに放った僕の攻撃。それを少女はケラケラ高笑いしながら、全て糸で弾いていく。僕の渾身の攻撃が全く通用しない。
それがどうした。当たるまで放てばいいだけだ。こいつだけは僕が殺さなければならない!死ね!死ね!お前だけは殺す!絶対に殺す!
「無駄無駄。彼に殺意の糸を編み込んだもの♡ 彼の心は殺意に満たされてもう理性じゃ考えられないわ♡」
「どこまで人を弄べば気が済む! てめぇ!」
「守るもんが多くて大変ね。彼がいなきゃ良い勝負だったのかもしれないけどね」
少女が手を振るう。それと同時に残っていた左腕も落とされた。凄まじい痛みが全身に駆け巡る。それと同時に怒りを掻き消すほどの強い殺意が湧いてくる。
許せない。許せない。僕をこんな目に遭わせるやつが憎い! 殺す!殺す! 絶対に殺す!
「それじゃあ改めて自己紹介するね。私はアリス♡ よろしくね♡」
そして少女は小馬鹿にするように舌を出しながら名乗りを上げた。