俺ことロシェは剣の村で生まれ、そして追放された男だった。
追放されたのは成人する頃だった。ただ追放されたといっても剣が下手だったわけじゃないし、犯罪をしたわけでもない。
ただ単純に不真面目だったからだ。なにせ俺は生まれてから一度も剣の鍛錬をしなかった。しかし鍛錬しなかったのは剣が嫌いだからじゃない。ただ純粋に修行に意味を感じられなかっただけだ。
俺にとっては剣は日常動作だった。普通は歩いたり、呼吸したりすることの鍛錬をしようとも思わないし、極めようとも思わないだろう。俺が剣を極めようと思わないのはそれと同じ理屈だ。俺には剣が日常過ぎたのだ。俺には剣の練習をしてるやつは歩きの練習をしてるくらいに滑稽に見えていた。
剣を振る暇があったら、女に腰を振る。そんな生活を送っていたのが俺だった。ようするに遊び呆けていたのだ。幸いにも俺はモテた。なにせ鍛錬なんかせずとも村で一番剣が強かった。この村では剣が強い奴はモテる。俺が声をかけて応じない女はいなかった。だから村の若い女は一通り抱いた。友達の姉も人妻も抱いた。娯楽の少ない村では、それしか楽しみがなかった。
そんな生活をしているうちに村長がぶちぎれた。理由は単純明快である。村長の大切な一人娘を孕ませてしまったからである。その娘は妊娠したと知るなり、俺に責任を取るように言ってきた。当然ながら俺はまだまだ女遊びがしたかったから断った。そのことに村長が激昂したのだ。だから俺は村長に剣の勝負を申し込んだ。剣で俺が負けたら責任を取ると言って。
当然ながら村長も負かした。そもそも村のやつでは相手にならない。負ける要素のない試合だった。
しかし勝ったはいいが、俺は追放されてしまった。きっとサボりまくってる俺が一番強い。村の奴らはそれを受け入れられなかったのだろう。だから難癖をつけられて追放された。俺も追放に関してはどうでもよかった。村に愛着があったわけでもないし、なにより村の女は一通り抱いてしまった。そのため新しい女を抱くために村を出ようと思っていた頃だった。それ故に追放されたことを俺は気にすることはなかった。
俺の旅は単純だった。まず金は獣討伐の依頼を受けて稼いだ。どんな凶悪な獣でも俺からすれば雑魚。流れ作業のように獣を倒して大金を貰う。そんな旅だった。
近くの村か街に行き、凶悪な獣や迷惑をかける野盗を討伐する。その功績を武勇伝のように語って女を抱く。そして一通り抱いたら次の村か街を目指す。それが日常となっていく。
そんな旅をしてるうちに気づけば俺は剣聖と呼ばれるほどになっていた。それこそ俺の詩が作られるくらいの有名人になっていた。俺にとっては、その肩書きに大きな興味はなかった。
だけど剣聖という肩書きを得て、少しだけ剣への意識が変わった。
自分が剣でどこまで出来るのか試したくなった。自分が勝ちを感じていないものでも凄い凄いと言われ続ければ、誰だって自分がどこまで出来るか試したくなる。その感覚で剣を極めたいと思うようになった。
剣に改めて向き合った俺は斬ることに楽しさを見出した。剣は女を抱く次に楽しいものとなった。その頃になると俺は好んでなまくらの剣を使いはじめた。その頃の俺には錆びついて刃が落ちたようなゴミが俺の愛剣だった。なにせ試したいのは俺の剣の腕。それならば難易度は高い方が良いに決まってる。だからなまくらで多くのものを斬っていった。鋼を斬り、竜を斬り、ダイヤモンドを斬った。俺は思いつくものを全てなまくらで斬ってしまった。
そんな極致の先で俺はふと思った。"そもそも剣に刃なんているのだろうか"と。もしも本当に優れた剣士ならば刃が無くとも斬れるはずだ。だから俺はなまくらを捨て、拾った木の棒に乗り換えた。しかし最終的には棒を持ち歩くのすら面倒になり、手刀へと落ち着いた。
もうこれ以上の壁が見つからない。そうなった先に俺が行き着いたのは剣で"なにが出来るか"ということだった。剣というのは万能じゃない。腹を満たすことも出来なければ、貧困を解決するわけでもない。しかし剣が出来るから出来るようになることも増えるはずだ。それこそ剣を極めたからこそ手刀で木を切れるため、薪割りで斧を使わなくなった。間違いなく日常生活が充実しているのだ。だからこそ俺は考える。自分がなにをしたいのかと。
最後に俺を突き動かしたのは男の本能だった。街を歩く美女の裸が見たいと思った。そのために剣をどう使えばいいか考えた。その結果として生み出したのは飛ぶ斬撃だった。もし指で飛ぶ斬撃を放てれば一切の証拠が残らず、服だけを斬って裸を見れる。まさしくやりたい放題だ。
飛ぶ斬撃自体は簡単なものだった。それこそ思いついてから半日で会得することが出来た。今まで飛ぶ斬撃を使わなかったのは、そのアイデアがなかったからだ。剣で女の裸を見るという課題にぶつかった先に生まれた技。もしも俺に男としての本能がなければ、飛ぶ斬撃という発想が生まれずに二流の剣士で終わっていただろう。
男としての本能は俺を本当の意味で剣士として完成させたのだ。
それと同時に俺の成長は止まった。剣で大体のことは出来る。でもなにをしたらいいのか分からない。アイデアというものが湧いてこないのだ。今の俺に必要なものは剣の鍛錬でもなければ経験でもない。ただ単純にアイデアだった。
「ぐはっ!」
ある日。俺はいつものように一人の女にナンパした。その女はかなりの美人で抱きたいと思ったのだ。それが彼女の逆鱗に触れ、そのまま気づけば一騎打ち。そして試合開始から僅か3秒で敗北した。剣を抜くより先に女の蹴りが俺に直撃した。その蹴りで俺の左腕が吹き飛び、膝をつかされた。
そこで初めて剣で出来ないことを知った。それは悔しくも"勝つ"というシンプルであり、剣に求められていることだった。
失った左腕。治してもらうこともできたが自分への戒めとして、腕の欠損はそのままにしておくことにした。俺を負かした女はルカ・エリアスという女。彼女の名は二度と忘れられないだろう。
あの戦いで理解したのは剣は勝つための道具じゃないということ。剣を極めれば絶対に勝てるというわけではない。一呼吸終わるよりも速く街の端から端まで移動できる女には勝てない。結局のところ強い弱いというのが剣で決まるというのは狭い世界の話だ。もちろん剣が全く関係ないとは言わない。しかし戦闘において求められるのはあの動きを可能にするフィジカル。それを活かすための動体視力及び判断力だ。剣を極めても強くなるわけじゃないと実感させられた。
世の中のやつらは剣士として優れていたら強いやつと勘違いする。だけどそんなことはない。剣が上手いから強いとは限らない。剣の才能と戦闘の才能は完全に別物だ。俺には剣の才能はあるが、戦闘の才能はなかった。
剣というのは戦いの武器だ。しかし戦いにおいて大切なのは戦闘の才であり、剣才なんていうのは二の次。それならば剣はなんのためにある? 女の服を剥ぐ以上の価値があるものなのだろうか?
俺はその答えを導き出せていない。
* * *
アリスに剣を振るう。目の前の存在は俺とは違う。戦い慣れた怪物だ。
剣の才能しかない俺と違い、戦いの才能を持っている。人を殺すことへの躊躇いのなさ。人の嫌がることを熟知している。それを戦いに組み込んで戦ってくる。
「おっそーい♡」
俺はヤミ国の公爵に選ばれた。しかし俺は公爵に相応しくないと思っている。魔女マリーは氷塊で国を物理的に潰せる。俺の左腕を落としたルカなんか疑う余地すらない最強だ。音速で飛行して、数秒で全て片付けることが出来る理不尽の規格外。そして新しく公爵になった聖女ルイス。全てにおいて理解できない。戦うという概念すら通用しない化物。
そんな怪物たちに与えられる公爵の称号。そこに俺は相応しくない。俺は公爵に選ばれるような人材じゃなかった。
「あなたは戦闘の才がないどころか戦闘が出来ないのよ♡ だから坊や一人すら守れない」
「……っ!」
「もし戦闘が上手い子だったらこんなことにならなかったのに♡ 貴方なんかがお仲間で可哀想ー♡」
彼女の放つ糸は全て捌き切れる。しかし攻撃に踏み切れない。もちろん糸を捌きつつ、我を失って暴れまわるフウガに気を遣ってるせいというのもある。
だけどそんなのは些細な問題だ。ここから一振りで糸を全て払い、それと同時に飛ぶ斬撃で首を跳ねればいい。俺の技量ならば、それも出来るはずなのだ。しかしタイミングがわからない。どの隙で自分の技を差し込めばいいのか見当がつかない。なにもわからない。
「乗ってこないのつまんなーい。だから糸を少し増やしちゃう♡」
手数が増えてくる。何度も彼女の首を刎ねようと思った。刎ねる前に色々な思考が巡ってしまう。その隙はブラフなのじゃないか。今までの相手とアリスは違う。剣を適当に振ってれば勝てるという相手じゃない。剣の能力だけでどうにかなるような相手ではない。彼女を倒すには確固たる戦闘の才能が必要なのだ。
もしもこの場にいるのがルカだったら……きっとフウガも助けられたのだろう。俺以外の公爵ならばこんなことにはならなかった。
「舐めるなよ」
しかしこの場には俺しかいない。それならば俺がやらなければならない。
俺には力があるが、俺には戦闘の才能がない。しかしヤミ国が公爵として俺は強いと判を押した。世界が俺には力があると評している。
「助け……」
その瞬間に子どもの声が響いた。瓦礫の下敷きになっている子どもだった。アリスの視線が子どもの方へと向き、糸が噴射される。
気づけば身体が勝手に動いていた。その助けてという声が俺を突き動かした。肉盾となるように子どもの前に立ち、糸の攻撃を受けていく。
噴射された糸が俺の右肩を貫く。服が赤く染まっていく。俺は子どもの方を振り返り、心配させないように笑みを浮かべようとする。
「……怪我はないか?」
「ええ! おかげさまで!」
子どもがにたぁと笑った。そして俺の脇腹に短剣を突き刺した。頭が真っ白になる。なにが起きたのか理解できない。さっきまで瓦礫の下敷きで動けなかった子どもがどうして俺の後ろにいる?
「こんなところに生存者がいるわけないじゃない?」
「どこまで腐って……」
「私の肉人形の演技良かったでしょ? まんまとハマって面白かったわ♡」
腹から血が溢れていく。思考が消えていく。視界が朧気になっていく。
俺は昔から獣の大軍を斬っていた。その度に多くの人が俺に感謝した。だけど俺には感謝する理由が分からなかった。俺は当然のことをしてるだけで称賛されるようなことはしていない。魔物の大軍を放置していたら人が死ぬ。だから気づいた俺が倒すのは当たり前のことだ。感謝されるようなことではない。
今回も同じだ。俺は当たり前のことをしただけだ。ここで戦えるのは俺しかいなかったのだから、俺が戦うのは至極当然だ。そんな当たり前のことを今になって思い出す。
「え? 嘘? ていうか感情糸なのに……どうして絶望しないわけ?」
すんでのところで踏みとどまる。消えゆく意識の中で力強く、踏み込んでいく。
アリスの首を刎ねんとばかりに横に剣を振るう。俺は剣しか脳がない。駆け引きなんて分からない。動体視力も良いわけじゃない。アリスに勝てる道理なんてない。
しかし俺は理不尽が嫌いだ。理不尽を振りまく存在を容認することは出来ない! だから俺はアリスを倒さなければならない!
「妖魔・水平斬り!」
ただ剣を振ることだけを考えた。周囲を漂う糸と首。それらを全て同時に斬り伏せる一太刀。そのことだけに思考を回した。
糸が散る。アリスの首が落ちていく。力の抜けた肉体が地面に倒れる。それと同時に死体の動きも止まった。俺は勝ったのだ。あの怪物に勝ったのだった。公爵としての責任を果たした。
「……フウガ」
俺はフウガの元に向かう。彼の傷を見て心が痛む。俺がきちんとした公爵だったらこんなことにはならなかった。俺が弱いせいだ。全ては俺の責任だ。俺は彼をなにに代えても守らなければならなかっ……
「なーんてね♡」
振り向いたときには遅かった。糸で俺の右腕が落ちた。
「っっっっっ!」
その痛みに思わず、片膝をついてうずくまる。頭に"なぜ"ばかりが浮かぶ。顔をあげると首を跳ねたはずのアリスがいた。俺はたしかに彼女の首を落とした。死んだのもしっかりと確認した。なぜまだ動けるというのだ!!
「死んだふりだよ」
「……は?」
「貴方って強いから正面から戦っても負けないけど殺せない。だからどう攻略するか悩んだよ」
「なにを……言って……!」
「勝ったと思った時が一番油断するよね♡ 唯一取り柄だった剣も振れなくなって、なにもない人になった気分はどう?」
化物だ。こんなやつは人の手に負えるものじゃない。完全に見誤っていた。これに勝てると思ったのが間違いだった。戦闘の才能という壁を叩きつけられた。どうして俺はあれで終わりだと思ってしまった。なぜそんな甘えを持ち込んだ!
「1つの罠を攻略したら2つ目の罠はないと思っちゃうよね? お馬鹿さん♡」
地面に倒れ込む。俺はアリスを力強く睨む。アリスは俺に視線を向けることはない。ただクスクスと笑いながらフウガへと距離を詰めていく。
「そっちの坊や。拷問しちゃうね♡」
「ま、待て……」
「私ね。貴方には絶望して発狂してほしいの♡ どんな悲鳴を聞かせてくれる?」
「俺ならいくらでもやっていい! だから俺は……」
「えー聞こえない♡」
こいつは紛うことなき悪魔だ。悪魔という言葉の重さを履き違えていた。俺は本当の意味で悪魔を理解していなかった。心の何処かで軽んじていた。だからこうなった。
「俺はどうなってもいい!! フウガには手を出すな!」
「ほらほら♡ もっと大きな声で言わないと聞こえないぞ♡」
手を伸ばそうにも手は既にない。俺は理不尽を睨みつけることしかできない。誰でもいいからこいつを殺してくれ。頼む。俺に代わって、この地獄に終止符を打ってくれ。
――そう思った時だった。
白い星が走った。それと同時に世界を引き裂くような凄まじい轟音が周囲に響き渡る。俺の横を流れ星のように誰かが駆け抜け、アリスの肉体を粉微塵に粉砕した。
「ねぇ。なんで
それと同時に桃色髪の幼女が降り立つ。彼女が呼吸する度に白星が舞っていく。まるで夜の女王様だ。その女王様は怒りと嫌悪で顔を歪めていた。強い憤怒の視線を静かにアリスに向けている。
「あいつは不老不死で……」
「逃げなよ。貴方程度じゃあれの相手は荷が重いし――なによりあれは私の獲物だから」
その声を聞いて、俺は彼女が誰か理解する。
なぜか幼女になっているが、彼女はルカ・エリアスだ。俺の左腕を落とした怪物にして、この世界において絶対的な最強。
今までの絶望が晴れ、安堵へと変わる。あのルカがいる。ルカがいるならば負けるなんてことは万に一つもありえない。
「ああ♡ 不意打ちなんて本当に卑怯ね♡」
「どうでもいい。さっさと死んでくれないかな☆」
「釣れないわね。せっかく
ルカが指輪を白いハルバードに変形させる。静かな怒りが武器を通して伝わる。
「……この程度でどうにかできると思った?」
「え?」
「まさか幼女にしたくらいで私に勝てると思ってるの?」
アリスは臨戦態勢に入るが、ルカの方が圧倒的に速い。ルカの速さはアリスに行動すら許さない。なにか動く素振りを見せた瞬間にルカが拳で肉体を粉砕する。そこには油断も隙もない。あるのは剥き出しの殺意。
「それじゃあ今度こそ殺してあげるね。腐れ悪魔☆」
そしてルカとアリスの戦闘が始まった。