悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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65話 VSアリス

 

 この街に着いた時は地獄絵図だった。壊れた街に動く死体……そして大怪我を負ったフウガとロシェ。2人とも失血のせいで気を失っていたが、ルイス姉の治療のおかげもあってなんとか一命は取り留めた。

 

 ルカは俺達より先に敵と戦闘に入った。しかしルカですら決定打に欠けて仕留めきれない。ルイス姉とルカという最強の2人が揃って倒せない。それがアリスという敵だった。

 

 アリスが動作しようとする度に2人のどちらかが動きを阻害する。アリスへの行動をなにも許さない。しかしアリスは一切の消耗を見せない。こちらの体力だけが削られている。

 

「私に合わせて!」

「ああ!」

 

 鼓膜を叩くルカの声が、ひどく遠くに感じる。アリスを抑え込まなければならない。そんなことは理屈で分かっている。

 だけど意識の隙間に無価値という言葉が泥のように沈殿していく。アリスは俺に見向きもしない。まるで存在すらしていない空気のような扱い。

 

 ――この戦いで俺だけが役に立てていない。

 

 視界の端で、ルカとルイス姉が火花を散らし、化け物じみた速度でアリスと渡り合っている。その光景に自分だけが混ざれない。この場にふさわしくない。

 アリスの言った"釣り合っていない"。その言葉が何度も頭の中で反復する。その思考を奥歯を噛み締めて強引に粉砕し、隅に追いやって身体を奮い立たせる。

 

 ここで証明しろ。俺にしか出来ないことがあるはずだ。俺はお荷物なんかじゃないと証明しろ。自分の存在価値を示せ。ここで並ぶに相応しい存在だと結果で示せ。俺はメイに相応しい存在になると決めたはずだ。そうでなければならない。

 

「そこかな♡」

「しまっ……!」

 

 空気を裂く高周波の音が響く。アリスの指先から不可視の死が放たれた。アリスはピアノ線のような糸を指から噴射する。その糸は当然ながらただの糸ではない。もはや一種の斬撃に等しい。

 

 大気を断ち、石柱を豆腐のように切り刻むその一撃は軌道すら掴ませない。右から迫る殺気をロストベリーで弾き飛ばす。それと同時に衝撃が腕を突き抜け、骨の芯まで痺れが走っていく。

 ロストベリーが悲鳴を上げるように刃こぼれを起こした。糸1つが大剣を全力で叩きつけられたかのような重圧を伴っている。全てにおいて目の前の存在は規格外だ。

 

「カオリ! 左も!」

「――っ、すまん!」

 

 ――反応が遅れる。

 

 無防備な左側を死の線が通り抜ける直前、ルカのハルバードが割り込み、糸をすべて薙ぎ払う。俺だけなら、既に何度死を迎えていたか分からない。俺が生き残ってるのはルイス姉がアリスを抑え、ルカが俺を庇うように戦っているからに過ぎない。その情けなさに下唇を噛み切りそうになる。

 

 ルカもルイス姉も変幻自在な糸を完全に見切っている。俺だけが糸に翻弄されている。かつて戦ったゲイジュとは比較にならない。同じ八将とは思えないほどに別次元の戦闘力だ。

 

「オールオッケー! フォローは任せてね」

「ほんっとうざいわね!!」

「カオリにばっかり気を取られていいん?」

 

 ルイス姉の薙刀が、残酷なまでの正確さでアリスの腕を斬り飛ばす。

 その一瞬の隙を見逃さない。すかさず俺とルカが地を蹴る。視界に焼き付いたフウガの無惨な姿は今も脳裏にこびりついていいる。その光景が怒りを再燃させていく。どんなに強かろうが関係ない。踏みにじられた命の重さをこいつにだけは刻みつけてやる。

 

「ルイス!」

 

 ルカの叫びと共に、ルイス姉が影のように下がる。空いた死角に滑り込み、俺は全神経をロストベリーに集中させていく。俺はアリスを倒したい。だからロストベリー。俺に力を貸してくれ! 俺を英雄に導いてくれ!

 

「雷撃一閃――!」

 

 桜色の稲妻が爆ぜ、アリスの肉体に一筋の亀裂を走らせる。だが、その直後の光景に俺は思考が止まった。

 

「雷撃四閃」

 

 隣で俺と同じ技が放たれる。しかも純粋に同じ技というわけではない。練度の次元が絶望的なまでに乖離されていた

 ルカは寸分の狂いもない四連撃を一瞬で叩き込んだ。俺が単発で使う技を連撃に昇華させた。それはまるで俺の出る幕がないという現実を突き立てられているようだった。

 

「は……!?」

「ごめんね。盗んじゃった」

 

 返ってきたのは、いつもの快活な声だった。

 雷撃四閃。それはまさしく神業と呼ぶに相応しい攻撃だった。俺の技の正当な上位互換。もはや戦闘における一種の模範解答のような一撃だった。天啓を一切使用していないのに、俺よりも高い威力で手数も多い。戦闘の最中だというのに膝をつきそうになる。悔しさなんて残してくれない。心に残すのは絶望だけ。お前は一生勝てないと言われてるようだった。

 

「下がって!」

「もちろん」

 

 ルイス姉の言葉が響く。それに反射で反応し、彼女が攻撃できる空間を作る。距離を取ったルイス姉がは収納で取り出した機関銃を持っていた。そして静かに銃口を向けた。

 咆哮のような音と共に放たれた弾丸の雨が再生し始めたアリスの肉体を容赦なく穿ち、蜂の巣へと変える。総力戦で見せた重機関銃による一撃。

 それは物理的なノックバックこそあるものの、一切のダメージになっていない。それこそアリスはまるで降り注ぐ雨を楽しんでいるかのようだった。これほどの攻撃を叩き込んでも無傷。俺達の全てが通用していない。

 

 この戦場で俺はなにが出来るのか。俺の役割はなんなのだ。

 ルイス姉のようになんでも使いこなせるわけでもない。取り得のフィジカルもルカの下位互換でしかない。アリスのような再生能力を持ち合わせているわけでもなければ、メイのように人を治癒することも出来ない。この場で俺だけが役割を持てていない。この戦場は俺が不在でも成り立ってしまう。今の俺はここにいる意味がない。

 

「あはっ♡」

 

 アリスは俺達に気色の悪い笑みを向けた。その声が鼓膜に触れた瞬間、アリスの肉体が内側から崩壊を始めた。

 どろりと溶け落ちる皮膚の隙間から、粘着質な体液を撒き散らして巨躯がせり出していく。現れたのは醜悪なまでに肥大化した巨大なヒル。それは俺たちの背丈を優に越えており、見上げるほどに大きい。まさしく大怪獣と呼ぶに相応しい姿だった。

 眼球など存在しない滑らかな頭部。代わりに備わった円形の口内には、鋼すら粉砕しそうなノコギリ状の歯が幾重にも並び、絶えず蠢いている。

 膨れ上がった腹の底から"ケタケタケタケタ"という、金属が擦れるような甲高い笑い声が大気を震わせ、響き渡った。

 

「……嘘だろ」

 

 呆然と立ち尽くす暇もない。不可視の糸が、何の前触れもなく空間を断ち切っていく。予備動作が1フレームすら存在しない。アリスを中心に半径数メートルの空間そのものが殺戮領域に変貌する。

 

 それに反射で反応したルカは俺の身体を掴んで投げ飛ばし、アリスの攻撃射程から遠ざける。2人はその殺戮領域を涼しい顔して攻略していく。降り注ぐ糸の斬撃を全て弾いていく。

 

「きっしょ」

 

 吐き捨てるような呟きと共にルイス姉が地を蹴った。糸を全て掻い潜り、一瞬で懐に潜り込む。そして迷うことなくヒルのぶよぶよとした腹部へパイルバンカーを叩き込んだ。

 重低音と共に杭が肉を深く穿ち、衝撃波がヒルの巨体を内側から揺らす。しかし返ってきたのは鼓膜を裂くような悲鳴と無差別に乱射される糸の豪雨。

 

 狂ったように周囲を切り刻む糸は斬撃というよりも災害だ。

 これはもはや戦いではない。攻略不可能な悪意に満ちたクソゲーとしか思えない。この攻撃も2人がおかしいから対応できているだけだ。この2人以外ならば勝負にすらならなかっただろう。文字通り次元の違う戦闘。

 

「っ!」

 

 ルカがアリスに一撃を叩き込むと同時に弾き返され、俺の元まで戻ってくる。俺は即座にポーチに携帯していた水筒を手渡す。ルカは俺に視線を向けることなく、水筒の中身を瞬時に飲み干して投げ捨てる。

 

 この一連の戦闘を見て思う。

 そもそもアリスとはなんなのだ。どうしてあれほどまでの攻撃を受けて死なないのだ。明らかにゲイジュの時とは違う。そこにはからくりなど感じさせない別のなにか。それこそメイと同じような……

 

「カオリ。分かってると思うけどメイと同じ不老不死だよ」

「は!? どうするんだよ!」

 

 俺の問いかけにルカは一点の曇りもない瞳で天を指し示ししていく。その指先が示す意味を俺はすぐに察した。しかし彼女の発想は狂気に等しいものだった。俺はそれに思わず息を飲んでしまった。

 

「そんなの大気圏外までぶっ飛ばすしかないでしょ」

「ふふっ♡ 出来るもんならやってみなさいな♡」

 

 アリスの小馬鹿にする声が響いた。まるで俺達を嘲笑ってるようだった。

 

 大気圏外への追放。それは普段のルカならば不可能じゃない。しかし幼女の肉体となったルカの筋力でそんな芸当が可能なのだろうか。あの巨大ヒルを大気圏外までぶっ飛ばす。その出来るビジョンが見えてこない。

 

 程なくして巨大ヒルの口が開く。その口からは先ほどと同じ少女の肉が現れる。先ほどまで見せていた少女の姿に戻ったアリスだ。

 

「さてと。それじゃあラウンド2ね♡」

 

 いつの間にかアリスの手にはモニュメントが握られている。そして握ったモニュメントを上へと投げ飛ばされる。俺はあのモニュメントを知っている。形こそ違うが、ゲイジュを倒した時に出てきたモニュメントと同じものだ。もしかしてあの事件もあいつが手を引いていたのか!?

 

「英霊召喚。ドラキュラ!」

 

 モニュメントは老父へと姿を変えた。その老父が現れると同時に空気が一気に重くなる。息も詰まるような絶望の気配が場を支配する。その存在がいるだけで全身に鳥肌が立っている。

 それに真っ先に反応したのはルイス姉だった。ルイス姉はアリスへの攻撃を中断し、そのまま血相を変えて老父の方へと距離を詰めた。

 

「あれはやばい! うちが抑えるから、アリスはあんたらに任せたで!」

 

 ルイス姉が離脱したことで戦況が一気に変わる。それを補うようにルカがアリスに一撃を叩きこむ。ルカの一撃で巨大ヒルの腹が裂けていく。腹が裂けると同時に黒い影が現れる。黒い影は俺が事態を飲み込むよりも先に距離を詰めていく。それに真っ先に反応したのはルカだった。ルカは影を追い越して俺を庇うように、黒い影からの攻撃をハルバードで受けていく。

 

「……っ!」

「あれは戦乙女殺し(デストロイヤー)。この街の人の怨念を食べて凶悪化した私特性の魔物なの♡」

 

 その黒い影の形状は犬のようだった。しかし足は逆関節であり、枝のように細長い尾が2つ。さらに全身が硬い装甲のような鎧に覆われていた。今まで見たことのないような獣。その獣を相手にしてルカが苦戦の表情を見せる。ルカがハルバードを振るうが、獣は跳躍して避ける。そのまま尾が矢のように切り裂き、ルカの右腕を切り裂いた。

 

「あれれ♡ 今の動きで無理して足を痛めちゃった? 相当無茶なことしたもんね?」

 

 戦乙女殺し(デストロイヤー)は尾を連続的にルカに叩きつけていく。それをルカは足を庇うようにして、攻撃を捌きながら距離を詰めて横腹に一撃を叩きつける。しかし皮膚が硬く、目立ったダメージとなっていない。ルカはそのまま連続的に攻撃を叩きつけて、俺から強引に離すように 戦乙女殺し(デストロイヤー)を吹き飛ばしていった。

 

「カオリ! 私が戻るまで持ち堪えて!」

 

 そしてルカも戦場を離脱した。それを見たアリスが少女の姿に戻って地面に降り立つ。この場に残されたのは俺だけだ。俺だけでアリスのような怪物との一騎打ちを余儀なくされる。

 

「あれはルカを殺すためだけに作った子。私より強いわよ♡」

 

 絶望を覚えた。今までルカとルイス姉が攻撃を捌いていてくれたからこそどうにかなっていた相手。俺とアリスの力量差は火を見るよりも明らかだ。俺はそんなアリスを相手にして、2人の援護が来るまで持ちこたえなければならない。

 

「さて。お仲間の力は借りられないけど、ざぁこだけでどこまでやれるかしら♡」

 

 アリスは舌舐めずりする。まるで狩りを楽しむかのように。

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