「あの、護衛とかは……」
メイ第二王女様はにっこりと微笑む。その微笑みは優しい微笑みではない。それこそ"聞くな"と圧をかけるかのような笑み。その笑みで俺は強制的に黙らされた。やはり彼女だけは格が違う。人を支配するという行為において、彼女の右に出る者はいないだろう。
「とりあえず上がってもよろしいですか?」
「もちろん……」
「ありがとうございます」
彼女は礼儀正しく家に上がる。それから真っ直ぐ台所に向かい、そこで珈琲を淹れる。
「飲みたいのでしたら俺が淹れますよ」
「自分のことですから私がやりますよ。せっかくですし、カオリの分も淹れますね」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
本当に8歳とは思えないくらいにしっかりしている。まるで大人と話しているような錯覚すら覚えてしまう。メイ第二王女様は二人分の珈琲を運び、そのまま椅子に腰掛ける。それから俺に座るように促した。
「この国での生活にも慣れましたか?」
「まぁ……」
「それはよかったです」
ゆっくりと時間が過ぎていく。どうも彼女を目の前にすると全身の筋肉が硬直する。権威を振りかざすわけでもなければ、強い言葉を使うわけでもない。ただ彼女の持つ特有の品位がそうさせるのだ。
「……少し前の話になるんですけど捕虜として捕らえていたグループ国の国王殿下とお話したのですよ」
召喚された時に一度だけ顔を見たことのある男。受けた印象は横暴で自分を中心に世界が回っていると考えていそうな、下品な印象だった。そんな男にメイ第二王女様のような方が興味を持ち、時間を割くことに少しだけ驚いた。
「その時の彼が少し面白い価値観をしていたのですよ」
「面白い価値観?」
「食べ物や水に人。それらが無限に湧いてくるものだと思ってるという価値観です」
話の要点が掴めない。メイ第二王女様はなんの話をしたいのだろうか。この話でなにを伝えたいのだろうか。
「最初から与えられすぎてなくなるという概念が理解出来ない。そのような者を王にしたからこそグループ国は落ちぶれたのでしょう」
「どこにでもいるクズじゃないですか」
「私にとっては初めて触れる価値観でしたし、少し驚きのある刺激的なもので有意義でしたよ」
「有意義?」
「はい。どのような思考や価値観が国家に崩壊をもたらすのか。その前例が得られたのですから大変有意義ではありませんか?」
彼女は相当賢い。愚者を見ても不愉快で終わらせない。その愚者を観察して、内面を解剖することが出来る。言葉で愚者について説明出来てしまうのだ。その視点は普通の人とは明らかに違う。そういう視点があるからこそ彼女が怖いのだ。
「前例があるならば分析と議論が進められる。それらが進めば愚者の
「……たしかに」
「だからこそ彼との話し合いは有意義だったのですよ」
思わず彼女の話に聞き入ってしまった。今の会話でルカが彼女に忠誠を誓う理由を痛感する。彼女は純粋に能力が高いのだ。妙なカリスマ性があり、彼女に委ねれば上手くいくような錯覚に陥る。そうするだけの力があるし、事実としてそうなるだろう。彼女は支配者として誰よりも優れている。
「これで緊張はほぐれましたか?」
「今のって……」
「軽いアイスブレイクですよ。これで私のことがよく分かったでしょう?」
話しながら静かに珈琲を口に運ぶ。その瞬間に一瞬だけ不快そうな表情を見せた。
「……珈琲より紅茶の方が美味しいですね」
「もしかして苦いの苦手ですか?」
「はい。初めて飲んだのですが、私の口には合いませんでした」
それだけ言うとカップを優しく机に置く。
彼女は俺を観察するように赤い瞳を向ける。その赤い瞳は綺麗であると同時にどこか気味の悪さすら覚えた。なにせ瞳には感情というものが一切現れていないのだ。まるで蝿の目でも見てるかのようだ。
「今度はカオリの話を聞かせてください」
「俺の話?」
「はい。私のことをカオリが知らないように、私もカオリのことを知りません。私は貴方のことがもっと知りたいのです」
ロマンチックな台詞ですら先程の話を聞いた後だと策略めいたものを感じてしまう。はたして俺は彼女と1ヶ月もの間、上手いことやれるのだろうか。そんな不安を少し覚えつつ俺は自分の話をメイ第二王女様に聞かせた。
彼女は話を聞くのが異常なまでに上手く、前回と同じように気づけば話す予定のないところまで全て吐かされていた。
「なるほど。つまり今は純粋な戦闘力を強化したいというわけですか」
「ああ」
気づけば敬語も消え、彼女と友人のように接するようになっていた。もちろん不敬だと思わないこともない。しかし彼女の能力を考えれば、そうなるように無意識を誘導されたのだろう。本当に恐ろしい存在だとつくづく思わされる。
「それでしたら1つだけ私のお願いを聞いてくれませんか?」
「お願い?」
「アイアンラビットを狩ってきてほしいのです」
「いいけど……それがどう繋がるんだ?」
「そのうちわかりますよ」
そうして俺はアイアンラビットを狩ることになった。またメイは自分で調べるのも勉強の一環と言い、アイアンラビットについて一切のことを教えてくれなかった。だから俺は近所の肉屋や飲食店の人を捕まえてアイアンラビットとはなんなのか聞いて回ることにした。
「アイアンラビットねぇ。1匹で金貨10枚はくだらない高級食材だろ?」
「そもそも最後に出回ったのなんて半年前くらいだっただろ」
「運良く一度食べる機会があったのだけど、すっごく美味しいの! それこそ今まで食べたものの中で一番美味しかったわ!」
「たしかここから馬車で1時間のところにある自然公園に生息してるって話だが……まぁ見たやつはいねぇしデマだな! がははっ!」
しかし調べても多くのことはわからなかった。俺は途方に暮れながら、手ぶらで帰宅する。そして帰宅してきた俺を見てメイ第二王女様もといメイは小馬鹿にしたように笑った。
「つまるところ一日かけて成果無しというわけですか」
「調べるという行為の大変さを痛感したところだ」
日本にいた頃は調べ物なんてスマホだけで完結した。しかしスマホがないとなるとひたすら聞いて回るしかない。しかも誰が知ってるのかすら分からない中での総当たり。知識としては知ってはいたが、経験としては知らなかった。だから非常に良い勉強となった。
「情報が武器というのはこういうことです。アイアンラビットを倒すという目的があって、それがなんなのか知らなければ動くことも出来ない。もし知っていれば今日という日を無駄にすることはなかった」
「ああ」
「1日程度ならまだマシ。もし2週間経っても情報が得られなかったらどれだけ遅延しますか?」
「……考えるだけでぞっとするな」
「異端審問官を目指すならばそういう感覚も身につけていきましょうね」
「はい」
「まぁ情報収集は本題ではありませんし、今回は省略してしまいましょう。明日は少し人を紹介しますので、その人を経由してアイアンラビットを狩ってみてください」
◆
翌日、俺はメイに指定された宿駅へと向かった。そこは早朝にも関わらず少しだけ混雑していた。俺はその光景を見て、少しだけ胸がざわつく。なにせメイからはそこに行けと言われただけで、相手の容姿とか目印とか聞いてるわけではない。それ故にきちんと待ち合わせ出来るかどうかの不安が募っていく。
「カオリ様。お久しぶりです」
だが心配は
「あなたは!?」
直接会話をしたことがあるわけでもない。だが彼女の姿は俺の中で強く印象に残ってる。ヤミ国では珍しい黒い髪を束ね、恐ろしいほどに気配を感じない、メイド服に身を包んだ女性。彼女は……
「
汚れ一つないメイド服を着た彼女は丁寧にお辞儀をする。異端審問官ではルカ以外の唯一の女性だったこともあり、彼女のことは強く印象に残っていた。誰が来るのかと思っていたが、まさか異端審問官が来るとは考えもしていなかった。
「……よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしますね」
「これからどうするのですか?」
「とりあえずアイアンラビットの生息する自然公園に向かいましょうか」
それから彼女と適当な馬車をレンタルし、自然公園へと走らせた。それにしてもアリシアさんは怖いくらいに無表情だ。先ほどから表情筋が一切動いていない。それこそまるでロボットとでも話してるようだ。
「アリシア先輩」
「どうしました?」
「なんで異端審問官になりたいと思ったのですか?」
「私の目的に一番都合が良かったからです」
「目的……?」
「少なくともカオリ様が思い描くような狂信者は異端審問官にはいないかと。それどころか大半は信仰が薄いものばかりですよ」
絶妙にはぐらかされた気がする。まぁ詮索してほしくないようだし、これ以上掘り下げることもないだろう。彼女がどんな理由で異端審問官になってようが俺には関係ないことだ。もっとも気にならないといえば嘘になるが、無理して聞くようなことではあるまい。
「着きましたね」
「自然公園というけど森ですね」
「そうですね。では行きましょうか」
そのまま森の奥へと歩みを進める。森の中には鹿や猪といった地球でも見かけた動物ばかりであり、異世界独特の生物というものは見当たらない。
「ここでの無許可の狩猟は異端行為と見なされますので気をつけてください」
「異端?」
「この国では法に背く行為は犯罪とは言わず、異端と呼ぶのですよ。だから違法行為も異端行為と言います」
「なるほど」
ちなみにここでの狩猟が禁止されてる理由は自然が神聖なものとかそういう理由ではない。単純に都市部の近くであり、国の管理が行き届くからだ。そのため木材や動物といった資源を国の方で管理したい。ようするに国が管理してバランスを取ってる場を勝手に荒らされると迷惑。だから自然公園に認定しており、この場での狩猟は禁止された。
「もっとも私達は事前にメイ第二王女様から許可をもらっているので、関係ないですけどね」
「ここでアイアンラビットを狩るんですよね?」
「はい。とりあえず私が1匹狩ってきますので、見学しておいてください」
「はい」
俺はアリシア先輩を直視する。直視していたはずだった。
――それなのに俺はアリシア先輩を完全に見失った。
「アリシア先輩?」
間抜けな声を漏らす。俺は不安に駆られる。目の前で人が消えた。神隠しかなにかにでもあったのではないか。得体の知れないなにかが近くにいるのではないか。しかしそんな不安は一瞬で消える。
「お待たせしました」
目の前に
「え?」
「もしかして見失いましたか?」
「いや見失ったもなにも……」
完全に消えていた。透明化とかそういう次元ではない。最初からそこにいなかった。そうとしか思えないほどに彼女の気配も痕跡も消えていた。
「実は言い忘れていましたが私は気配を消すのが人より少し上手いんですよ」
「え?」
再び彼女が視界から消える。そして数秒後に目元が誰かの手によって隠される。それに思わず腰を抜かす。
「うわあああ!」
「といった感じです」
「それ。なんらかのスキルじゃなくて?」
「私のスキルは
技術だけで視界から消え、気づくことすらできなくする。それを技量だけで可能にしている。明らかに人の域を超えた技だ。その技術が彼女を異端審問官足らしめている。目の前にいるはずなのに認知ができなくなるほどの気配遮断。俺はこの技が欲しい。
「アイアンラビットは非常に臆病であり、気配を隠さなければ見つけることすら叶わない。それ故に狩ることが難しい獣の代表格に名を連ねます」
「なるほど」
既に俺の興味はアイアンラビットから逸れていた。俺も彼女と同じことが出来るようになりたい。そんな考えで頭が支配されていた。それほどまでに俺は彼女の技に惹かれていた。
「……どうやったら貴方の技が出来るようになりますか?」
「基礎は脱力です。まずは上手く力を抜けるようになりましょう」
「脱力?」
「はい。自然と一体化するようなイメージです」
* * *
私、アリシアはカオリに気配隠しのやり方を教えていた。
「こうか?」
「はい。そうです」
はっきりと言う。カオリは明らかにおかしい。わずか3時間教えただけだった。それだけで私が6年もの血を吐く思いで練り上げた技術の基礎をたった3時間で簡単に身につけた。
このペースの学習速度は明らかに常軌を逸している。それこそ努力を積み重ねてきた者にとって、彼の姿は理不尽の権化としか見えないだろう。
「つまりアイアンラビットは近づくと透明になるのです」
一通りの技を覚えたカオリに獲物の生態について教える。彼と話すにつれてルカやメイ第二王女様が興味を持つ理由がなんとなく理解出来てしまった。こんな逸材を放っておくわけがない。
これほどのことをスキル抜きで生まれつきの才覚だけで行える。それこそ努力を積み重ねてきた者を嘲笑うかのような成長速度。存在が凡人殺しの理不尽。人の心を折る天才。もし彼が隣にいたら自分が無価値だと思いこんでしまうだろう。それほどの能力が彼にはあった。
「なるほどねぇ……それなら雨の日とかは狩りやすいだろうな」
「どうしてそう思うのです?」
「だって透明ってことは弾かれる雨粒で位置がわかるだろ」
戦闘もとい殺し合いは遊びじゃない。努力した人が偉いわけでもないし、努力すれば勝てるわけでもない。そんなことは私が一番身に沁みて理解している。強者の世界になればなるほど努力なんて意味を持たなくなる。
才能という理不尽だけが全てを凌駕し、それが絶対の正解になる世界。努力を誇ったり、優劣をつけるようなことすら許されない。誰もどういう過程を経て強くなったのかなど気にしない。その強さが才能であろうが、努力であろうが殺すことには変わりない。それ故に気にする必要などない。
――そもそも死体は言い訳もできない。
ただ純粋に結果を残せば偉く、それ以外はカス。その過程など一切の評価がされない。それが殺し合いの世界。一度のミスが死に直結する世界での不変のルールだ。
だからこそカオリは向いている。殺戮の世界は彼のような人の感覚で計れるものを嘲笑う理不尽だけが立つことを許される。そういう世界なのだ。
「それが出来るのは極少数です」
「異端審問官になるなら、そのくらい出来なきゃ話になんねぇだろ。少なくともルカには届かない」
彼は異端審問官を高く見積もりすぎだ。異端審問官でも本物の理不尽といえばルカだけであり、それ以外は人の域を出ない。少なくとも弾かれる雨粒で透明の敵の位置を知覚なんて真似は出来ない。そこまで人間を辞めてなくても異端審問官にはなれる。
もし今のカオリと戦えば勝つのは私達、異端審問官の方だろう。しかし勝てるのは経験の差や小手先の技術があるからに過ぎない。あと2ヶ月程度の時間を彼に与えるだけで、ルカ以外の異端審問官が全員総出でもカオリに負ける。カオリの能力はそういう理不尽の域にある。
「さて。最低限のことは教えましたし、実戦といきましょうか」
「はい!」
話を逸らして逃げる。彼の言葉に返す言葉が見つからなかった。彼は本気でルカと肩を並べようとしている。あの人の域を逸脱し、理解すら出来ない怪物と同じになれると思ってる。私は既にあれと同じ土俵に勝てると思っていない。そんな夢を見れるほどの才覚はない。ルカと同じになれると思えるだけの才覚が心底羨ましいし、彼が妬ましい。
「……あそこにいるな」
私たちはアイアンラビットを見つける。透明化は自動で発動するようなスキルではない。だからこそ私達に気づくまではアイアンラビットは透明にはならない。今のカオリの気配遮断ならば200メートルまでは視認することができるだろう。ただそれ以上は今のカオリでは厳しい。もしここから一歩でも動けば、あれは消える。
「いけるか?」
彼は灰色の体毛に青い瞳をした兎を睨む。その手に握るのはどこにでもある平凡な鋼の剣。そして構えたまま、静かに一歩踏み出した。その瞬間に兎は私達の視界から消えた。
「逃すか!」
兎が消えると同時にカオリが駆け出した。”ドンッ”という爆発に近い音が鼓膜を揺らす。それと同時に胸の内側に圧が突き刺さるような感覚が走った。彼は人とは思えない速度で兎と距離を詰めていく。だがアイアンラビットは透明になるだけではない。その毛皮は名前の通り、鉄と同等の硬さを誇る。並大抵の剣では傷すら付けることすら叶わないだろう。だからこそ狩るのは困難を極める。戦闘力こそ皆無ではあるが、その特性故に狩れる人など一握りであり……
「音撃一閃《おとげきいっせん》ッ!」
その瞬間だった。弧を描くような一太刀が兎の首を斬った。胴体から血が一気に溢れ出し、草木を赤く染めていく。私は思わず呆然と立ち尽くした。あそこから距離を詰め、剣を振るのに1秒も要していない。
いくら身体能力強化のスキルを使ったとはいえ、あまりに彼の動きは人外だ。先ほど見せた成長速度といい、本当に人間なのか疑いたくなる。
身体能力も技量も全てが度肝を抜く。しかし一番イカれてるのは兎の殺し方だ。彼は見事に兎の首を斬った。斬り落とすわけではなく、首を斬ったのだ。そうするだけの余力が彼にはあったのだ。
「それ狙ってやったのですか?」
「もちろん。そうしないと血抜きが手間ですから」
たしかに血抜きの観点から考えるならば首は落とすよりも、斬るに留める方が良い。だがそこまで気を回す余裕があるというのがおかしいのだ。どうしてあのような状況でそこまで考えられる?
他にもまだ異常な点はある。思い返せば今の動きは私の動きだ。私は気になって彼に問いかける。
「そういえばカオリ様。最後の一撃は……」
「はい! 察しの通りアリシア先輩の動きを参考にしました。まぁそうはいっても間合いを詰める時の足の使い方だけですけどね」
彼は私が言い切る前に言いたいことを察して、口を動かす。察した通り私の動きを模倣していた。本当に彼はなんなのだ。あまりになんでも出来すぎて、見ていて気持ちが悪い。
「まさか見ただけで?」
「見取り稽古のやり方はルカから学んだので得意なんです」
「そうですか……」
私はあまりに規格外っぷりに乾いた笑いしか出なかった。
* * *
「しかしルカ条約無視して密入国とかよーやるもんやと思うで」
銀髪のエルフの女性が呆れながら軽口を叩く。彼女の名前はルイス・ラスティア。この世界で名を知らぬ者はいないほどの有名人にして世界一の大富豪。そして聖女本人である。そんな彼女と話すのはヤミ国が誇る最強の戦力の一角であるルカ・エリアス。両国の要人2名は護衛をつけることなく優雅に談笑していた。
「どうせ私だって誰も気づかないよ」
「……この高身長は目立つやろ」
「私が高身長って情報も出回ってないでしょ。それこそ出回ってる情報は雑な人相書きと桃色の髪ってことくらいじゃない?」
ルカ条約。それはヤミ国とエルフの間で聖女ルイスを仲介人として交わされた軍事条約である。内容はいたってシンプルであり、許可なくルカ・エリアスがエルフの土地に足を踏み入れることを禁ずるというもの。もしも彼女が無許可で足を踏み入れるようなことがあれば、即座に宣戦布告行為と認定するというものである。
本来ならば彼女は入国出来ないはずであり、もし入国しようものならば聖女ルイスの手によってヤミ国に経済制裁が行われる。その手筈となっていたはずだった。
「まぁうちはどうでもええし、うちらが見なかったことにしとるからどうにかなっとることも忘れへんでおいてな」
ただ聖女ルイスは基本的に政治に無関心である。それこそ愛国心が大きく欠けている。だからこそ目の前で条約が破られようが気にしない。それを分かっているからこそルカも彼女の前に顔を出している。
「それで今回は魔王の件について聞きたいってことでええんか?」
「そうそう。もう貴方のことだし大体の調べはついてるんでしょ?」
「うちも大したことは知らへんよ。魔王の名前すら分からへんくらいや」
「ふーん。もしもこっちがグループ国の勇者召喚事件の詳細について話すっていったら口は軽くなるのかな?」
「ならへんな。そこまで興味もあらへん」
「でも私と会ってくれたってことはそれなりに思惑があるんでしょ?」
「ただの退屈凌ぎ以外の理由はあらへんよ。うちのジョーカーが優秀やから仕事がなくて退屈しとることの方が多いんよ」
聖女ルイスは果実酒を口に運び、ルカに試すような視線を向ける。それにルカは少しだけムスッとしたような表情で返す。
「そもそも異世界から無差別に誰かを呼びつけたところで大した人材は呼べへんやろ。それこそ勇者と呼べるような人材が引っかかるとは思えへんけどな」
「まぁ5人いて良さそうなのが1人くらいだったしね」
「へぇ。1人はおったんか」
「うん。
「でも所詮はちょっと優秀止まり。それ以上にはならないと思うで」
「どうだろうね。意外とカオリ君は優秀だし、もしかしたら……」
カオリ。その名前で少しだけ聖女ルイスの表情が変わる。ルカの話を彼女の言葉が遮る。
「男でカオリって名前なん?」
「そうだけど……」
「少し気が変わったで。そのカオリの話を聞かせてくれるんやったら、ルカの欲しい情報教えたるよ」
「おっ」
「それとグループ国の国王陛下の身柄も言い値で奴隷として買ったるから――よこせや」
その日。初めて聖女はカオリを認知した。聖女はカオリに大きく興味を持ったのだ。