悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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66話 運命換装

 

 アレックスとの戦闘以来、うちの四肢はずっと痺れている。もちろん痺れと言っても日常生活に支障が出るような深刻なものではない。それこそ手を思いっきり叩いた時に残るような軽い痺れに近いものがずっと纏わりついている程度だ。戦闘に大きな支障が出るわけではないが、万全の実力を発揮できないのも事実。

 

 これは原因不明の奇病でも呪いにかかってるわけでもない。この痺れは精神侵犯を使用した反動。あの短時間の展開ですら今も引きずるほどの反動があるのだ。

 痺れは本来ならば半年もすれば完全に治る。永遠に残る後遺症のようなものじゃない。しかし痺れが残った状態での精神侵犯を行使すればどうなるか分からない。それはまだ怖くて一度も試していない。

 

 ――だからこそ精神侵犯の使用を躊躇わせる。

 

 この状況は間違いなく精神侵犯を使って速攻で片付け、カオリの加勢に向かうべきなのは自分でも理解している。今のカオリにアリスの相手を任せるのはあまりに荷が重すぎる。いつ殺されてもおかしくない。しかし精神侵犯を使用し、痺れが悪化した状態でアリスとどこまで戦えるだろうか。ただ死体を1つ増やすだけになるかもしれない。

 

「名乗れ。娘」

 

 アリスに召喚された老夫が声を出す。老人のくせに手足は太く、背筋も伸びている。そして多くの修羅場を潜り抜けてきたような覇気が残っている。一言で言うならば老兵。

 

 全身が今すぐ逃げろと警告を出している。実力だけならばアリスよりも格段に上。だからこそうちが真っ先に動いた。こいつを野放しにしてたら全滅する。なによりもカオリを庇いながら、こいつの相手をするのは荷が重いと判断したから。

 しかし幸いにも不老不死ではない。殺せば死ぬ類の敵だ。それならば大喰(ベルゼブブ)を使える。これは大喰(ベルゼブブ)を当てられるかどうかの勝負。もしも外せば、彼に対しての決定打を失ってしまう。

 

「ルイス。そういうあんたは?」

 

 きっとこの戦いでうちは大怪我をするだろう。むしろ大怪我で済めば安いものだ。こいつに無傷で圧勝なんていうことは絶対にありえない。うちがこいつを殺さなければ全員が死ぬ。アリスのことは一旦頭の片隅に置き、目の前の敵に専念する。

 カオリには悪いがアリスは1人でどうにかしてもらうしかない。

 

 今はこいつを殺すことだけを考えろ。例え全ての切り札を切ったとしても。

 

 * * *

 

 吾輩は吸血鬼の王ドラキュラである。スキルで蘇らされた身である。まさかそのようなスキルがあるなど思いもしなかった。

 

 しかし蘇って気分が良い。なにせ目の前にいるのは絶世の美少女。宝石のように美しい銀髪に黄金の瞳。そんな彼女の血はどれほど甘いのだろう。このような馳走を食せるだけで蘇った価値があるというもの。吾輩を蘇らせたやつは相当気が利く。

 

「吾輩は王であるぞ。貴様のような女が吾輩に命令していいと思ったか?」

 

 ルイスと名乗った娘。その態度も表情も全てが唆られる。今でこそ強気だが、それが死に怯え、命を乞うのが相応しい態度に変貌する様を想像するだけで勃起する。この表情を早く歪ませたい。彼女の泣く姿が見たい。ひたすらに暴行し、身体を犯し、死の恐怖と絶望を植え付けたい。吾輩に従順な下僕にし、本来の彼女ならばしないであろうことを強制したい。

 

「……たかが蝙蝠程度がうちを見下してええと思っとるん?」

 

 冷めた声で女が口を開いた。この高貴なる吸血鬼を蝙蝠呼ばわりした。それだけで吾輩の怒りを逆撫でするには充分過ぎた。このような屈辱は生まれて初めてだ。強気なのも許そう。身の程を弁えないのも受け入れよう。

 

 だが侮辱はいただけない。見た目が良いだけに非常に残念で不愉快。ここまで中身が腐っているなど食えたものではない。これは()()が必要だ。

 

「そもそも蝙蝠なんて空飛ぶ病原菌が人の言葉話すなんてありえへんやろ。身の程弁えた方が良いんちゃう?」

「血雨」

 

 吾輩のスキルは『血液操作』。それにより自身の血液を固めたり、操作することで武器として扱うことが出来る。そのスキルで吾輩の血を鋭利な刃に形状を変化させ、刃の雨を降らせる。あくまで小手調べの攻撃。相手はどこまでいこうが女。この一撃で確実に致命傷。もう息をするのもやっとだろ……

 

「遅い」

「な!?」

 

 気付けば女が吾輩の間合いにいた。その一瞬の動きに反応が追いつかない。頭の中で疑問符ばかりが浮かぶ。なにが起きたのか理解すら追いつかない。

 

 息をする暇もなく吾輩の心臓に銀の杭を叩きつけられる。脳が沸騰しそうなほどの痛みが全身を貫く。痛い。痛い。痛い。

 

「あぁぁぁああああ!!」

 

 今の動きはなんだ。あんな動きは勇者カミーラですら不可能。この時代にあれを超える存在がいる。たかが女が勇者を超える。そんなことなどあっていいはずがない!

 

「思ったより弱いな」

「……ほざくな!!」

 

 堪忍袋の緒が切れた。血の剣を生成し、叩きつける。今のは油断しただけだ。油断した吾輩に一撃叩きつけただけで良い気になるな。吾輩がその気ならば貴様程度数秒もあれば殺せる。その現実を叩きつけてやる。

 

「豚に真珠ならぬ蝙蝠に剣。まぁそこそこ腕は立つみたいやけど……うちには届かへんと思うで」

 

 女はどこからともなく剣を取り出し、吾輩の剣を受け止めた。

 

 ――ありえない。

 

 こいつはなんなのだ。女は明らかに手ぶらだった。先程の杭は懐から出したにしても、その剣はなんなのだ。いったいどこから取り出したというのだ。

 

「なんのスキルだ! 小癪な!」

「手札を素直に教えるわけあらへんやろ。頭も足らへんの?」

 

 恐らく女は剣士だ。剣の腕が達人の域に到達している。動きに一切の無駄がなく、効率を最適化した動き。その動きに至るまで血の滲むような努力をしたのが容易に想像がつく。剣ならば吾輩に勝ち目はない。だが吾輩は剣士ではない。剣士だと思ったことが運の尽き。

 剣から手を放し、血で槍を作成して心臓を一刺しで……

 

「すまへん。うちも剣士じゃあらへんのよ」

「……は?」

 

 どこからともなく現れた槍が吾輩の心臓を再び貫いた。

 あの槍の動き。吾輩ですら目で追えないほどの槍捌き。これほどまでの槍使いに吾輩は生涯会ったことがない。なぜ剣術だけでなく槍術まで……

 

「武器ならなんでもある程度は扱えるんよ。剣に槍に弓から鎌、鞭、鈎爪……大体思いつくもん全部いけるで」

 

 身体が震えだす。吾輩の目の前にいるのは規格外の怪物。吾輩はなぜか戦乙女ルカと相対した時のことを思い出していた。ただの小娘。しかしルカのような得体の知れなさがある。あれは餌などではない。むしろ吾輩の方が餌。

 その事実に気づいて全身から冷や汗が吹き出す。自分が狩られる側に回るという恐怖。彼女の姿がルカと重なる。あの絶対的な暴力に敵意を向けられた時のことを鮮明に思い出す。

 

「貴様のような存在を認められるか!」

 

 認められるはずがない。あんなルカみたいな化物が何人もいて溜まるものか。あんなものは歴史上に1人でいい。あれが2人もいれば世界の理が崩れてしまおう。魔王ウシカゲならばまだ許そう。あんなものは所詮は強欲の力頼みの小物。能力が本体であって中身はどうでもいいのだ。だからこそ認められる。

 

 しかしルカは話が別だ。ルカは器も中身も完成された正真正銘の化物。誰一人として匹敵するものがいない生物としての極地。そんな極地に到達した存在が2人もいるだと?

 

 冗談ではない!!

 

「ようやく現実が見えたみたいやね」

 

 吾輩の腕が落とされる。いつの間にか握られていた短剣から繰り出された飛ぶ斬撃。呼吸するように飛ばしてくる斬撃。そのせいで間合いが意味を成さない。しかし彼女はルカに届きうるだけでルカではないのだ。あれはルカとは違うはずだ。ならば腹をぶち抜いてなお動き続けるようなフィジカルは持たないはずだ!

 

「あんたの見立ては正解や。うちはルカじゃあらへん」

 

 その指摘に心臓が掴まれたような恐怖が吾輩に走る。なぜここでルカの名前が出てくる。それに吾輩の見立てという言葉……まさか心が読めるとでもいうのか!?

 しかしルカじゃないという言葉は大きな収穫。もしも攻撃を当てさえすれば……

 

「顔に出すぎてあんた程度の思考は読めるんよ。その剣技がフェイント混ざってるのもお見通しや」

 

 間合いを詰めるが剣が当たらない。狙ったのは彼女の言う通りのフェイントを絡めた剣撃。だがそれすらも見切られた。しかし問題ない。次は足払いだ。意識が武器に向かってるならば、そういう小細工の方が……

 

「足払い。それが通用しなきゃ今度は血で作成した細剣での突きで合っとるよな?」

 

 吾輩の行動が全て読まれている。まるで未来予知。攻撃という攻撃が全て避けられる。ルカが防御型の化物とするならば目の前のそれは回避型の化物。方向性が違うルカ。そう評価するしかない。もしも相手がルカならば選べる手は一つしかない。

 

「やっぱりあんたはそう動くやろうな」

 

 ルカと会った際の最適解は逃げに徹することだ。それ以外に手などあるわけがない。なにせあれは四天王全員が相手でも数分で片付ける化物。純血の鬼であるアグリロータですら手も足も出なかった。ウシカゲさえいなければ魔王になると評されたアグリロータですら赤子の相手でもするかのようにあっさりと殺された。

 

「ただ背中を向けるのはありえへんと思うで」

 

 銀の刀が吾輩の翼を貫く。完璧な投擲が吾輩を貫いたのだ。そのままバランスが崩れ、地面に落下していく。その落下の中で今までの記憶が走馬灯のように思い出される。

 

 吾輩は吸血鬼の王として生まれた。生まれた時からなんでも与えられた。そして女を辱めるのが最高の喜びだった。一国の姫を攫い、その姫を犯して立場を分からせ、舌で便所掃除を強制する。その時の表情に勝るものはない。高貴な女が自ら汚れていく瞬間は最高に興奮する。

 

 しかし吾輩のそれは狂気とされた。挙句の果てに妹のソフィアですら吾輩を軽蔑し、追放しようとした。吾輩には理解出来なかった。下等生物で自分の欲を満たすことの何が悪い!

 

 それにソフィアだってうす汚い人の子供を拾い、自身の血を与えた上で()()()()と名付け、育てた異端者。なぜ彼女は許され、吾輩は許されないのだ。あれが許され、吾輩が許されぬなど納得のいくものか! だから国を魔王に売った! ソフィアを魔王に献上し、魔王と共に彼女を弄んだ。そのなにが悪い! 吾輩は悪いことをしてないのにどうして悪のような扱いを受けるのだ!

 

「認められるか! 貴様のような存在を認めてたまるものか!」

「……」

 

 吾輩は悪いことをしていない。吸血鬼として普通のことをしているだけだ。こんな理不尽に襲われていいはずがない。なぜ神は吾輩を救わない! 吾輩のような良いこともしなければ悪いこともしていない普通の吸血鬼に試練を与えるのだ! どうして吾輩がこんな惨めな想いをしなければならない!

 許せない許せない許せない許せない!

 

「クソがぁあああああああああ!!」

 

 その時だった。強烈な全能感が吾輩を満たした。不思議と女の動きが全て遅く見える。なんとなく払った手が女の頬に当たり、吹き飛ばす。

 

「ふっはっはっはっ! そうだ! 私は悪いことをしていない! 神は私を見捨てるはずがないのだ!」

 

 この全能感の正体は朧げに理解出来ている。天啓の亜種だ。

 天啓の極地は2つあると言われている。1つは精神侵犯と呼ばれる固有結界のようなものを展開する技。そしてもう1つは"身体侵食(しんたいしんしょく)"といい、全身に天啓を巡らせて自分の可能性の極地に至る技。精神侵犯と纏いは性質が真逆。それ故に身体侵食を行うものは精神侵犯が出来ず、精神侵犯が出来るものは身体侵食をすることは不可能。

 

 吾輩は戦いの中で覚醒し、武の極みである身体侵食に目覚めた。この身体侵食さえあれば勇者カミーラ程度に後れを取ることもなかった。今の吾輩は無敵。全知全能の神にも等しい存在!

 

「どうだ小娘! 絶望の味を理解できたかな?」

 

 起き上がった女は既に臨戦態勢に入っており、吾輩の技を阻止しようと攻撃を仕掛けるが、もう遅い。今の吾輩は誰にも止められぬ。背丈は以前の倍。手足は幹のように太く、牙は獣のように鋭く、爪は刃物。まさしく魔人と呼ぶに相応しい殺戮の化身。

 

「遅いわ! ボケ!」

 

 女の顔を引き裂く。さぞかし顔には自信があったのだろう! それがズタボロにされるのはどんな気持ちだろうか。それを想像するだけで激しく興奮してくる。もっとだ。もっとこの女の大切なものを踏みにじりたい。はやくこの女の泣く顔が見たい。

 

「泣けよ。女」

 

 しかし女は吾輩が望む反応を見せなかった。顔の傷に悲しむこともなければ痛みに怯むこともない。ただ冷静に状況を分析するように吾輩に視線を向ける。痛みに騒がず、顔の傷に興味すら示さない。その態度が吾輩の神経を逆撫でする。

 

「泣けと言ってるだろ!」

「……うちも切り札切らへんとな」

「は?」

 

 表情すら変えない腐れ女が取り出したのは黄金色の小さな短剣だった。その小さな刀身に不思議と視線が奪われる。その短剣は静かに振るわれた。女が一言だけ技名のように言葉を零した。

 

「裁雷」

 

 その瞬間に引き起こされたのは高出力の放電。視界に入った時には既に遅く、身体はピクリとも動かない。そして稲妻が吾輩の身体を貫き、焼き焦がす。

 

「ぎゃああああああああああ!!」

 

 痛い。痛い。痛い。

 全身が焼き焦がされるような痛み。もはや肉体の強度もなにも関係ない。熱による純粋な暴力。それ故に防ぐことなど不可能。吾輩は焼け焦げた身で地面にのたうち回る。しかしなぜだ。吾輩はたしかに反応できていた! 本来ならば避けれたのだ! それなのになぜ身体が硬直した!

 

「吸血鬼言うても生き物なら身体を動かすのは脳からの電気信号や。せやから高出力の電圧で強引に電磁パルスを起こして神経回路をショート。その際に発生した磁場を利用した大規模放電……と説明したところにあんたには分からへんよな。アホそうやし」

 

 あまりに理不尽な攻撃。だが所詮は雷でしかない。この程度で吾輩に致命傷になると思ったのが運の尽きだ! 今の吾輩は無敵! この程度で負けるはずがない!

 

「舐める……なよ。女風情がぁぁぁああああああ!!」

「やっぱり火力が足りへ……」

 

 少し時間が空けば身体は動く。そもそも再生能力に優れた吸血鬼を物理攻撃で倒せると思い上がったのが運の尽き。たしかに強さは認めよう。もしこれが他の生物ならば確実に目の前の女が勝っていた。だが相手が悪い。なにせ吾輩は誇り高き吸血鬼! このような攻撃で殺せるような存在ではないのだ!

 

「ぬるい!」

 

 女を殴り飛ばす。最高に気分がいい。どんなに優れた武術や戦闘の才があろうが純粋なフィジカルの前には無力! 吾輩の天啓は戦闘に特化した肉体に自身を変貌させた。それ故に盛られるのはフィジカル。もはや目の前の存在など敵ではないわ!

 

「別に恥じることはないぞ。女」

「……ぁ……ぁ」

 

 頭から血を流し、こちらを睨むことしか出来ない女。たしかにルカに匹敵するような化物ではあった。しかし所詮は女だ。殴ればダメージとなり、思考すら満足にできなくなるような貧弱な身体。もしも彼女がルカのような肉体ならば話は違っただろう。だが彼女の肉体は凡だった。それ故に吾輩に負けるのだ!あれはルカにはなれない出来損ない。本当の理不尽を知らない哀れな女でしかない。

 

「服を剥ぎ、群衆の前に貴様を晒す。ああ。今からとても楽しみだ」

 

 もはや虫の息なのは明白。抵抗する気力も残っていないだろう。あとは吾輩のものだ。だが辱めるよりも先にこれまでの不敬を痛みで払わせるべきか。まずは生意気な舌を焼き……

 

「……計算違いやった。思ったより装着に時間を……要した……」

「貴様の奥義すら効かぬ。今の貴様になにが出来るというのか?」

 

 女がふらふらとした足取りで立ち上がる。驚くことに先ほどと少しだけ衣装が違う。服の上から黒と朱色の軽鎧(けいがい)が取り付けられている。しかし軽鎧というが、身を守るためというよりはなにかを取り付けるためのフレームのようにも思える。そんな中でも特徴的なのは背中から生えた骨のような枝。それこそ肉のついていない羽。もっと言うならば枯れ枝という表現が適切だろう。しかしいつそんなものを……

 

「こんなに……はやく動けるようになるとも……思っとらんかった」

「言い訳か?」

 

 どう言おうが女の負けは変わらない。吾輩は既に勝ちを確信していた。なにせ女の攻撃は魔神と化した吾輩には届かない。当たらなければどんな攻撃も意味が……

 

「まぁええか……勝つのはうちや」

「強がりを言うな。もう身体は限界で……」

「――運命換装」

 

 その瞬間に背中の枯れ枝から光の翼が展開される。彼女の右手には見たこともないような光の剣が握られている。それが吾輩の見た最後の記憶だった。

 

 気づけば吾輩は空を見ていた。厚い雲が覆い、星すら見えない夜の空。どこまでも黒い空が視界に広がっていた。

 

「あ」

 

 頭に硬いなにかがぶつかり、転がるように世界が回転して初めて気づく。自分は首を落とされたのだ。目にも留まらぬ速さ……否、斬られたことにすら気づかれないほどの速度で吾輩の首を斬った。ありえない。そんな理不尽などあっていいはずがない! 身体侵食も会得した吾輩がこんなにあっさりと負けるはずがない! そうだ。これは夢だ。なんかしらの幻惑で……

 

「これで終いや」

 

 生首だけとなった吾輩を女が見下すような視線を向ける。その瞬間に自分の運命を察してしまう。死の匂いが背後に迫っている。避けようのない運命が吾輩に向かってきている。嫌だ。死にたくない。こんなのはおかしい。吾輩は悪いことなどなにもしていない!!

 

「もう避けられへんな」

「や、やだ! やめろ!!」

 

 女が大筒をどこからともなく取り出し、向ける。その大筒からは世界でもっとも嫌な匂いがした。当たってはならないと本能が理解してしまう。しかし避けることは出来ない。手足を動かそうとするが、生首だけとなった体ではそれすらも不可能。必死に再生に余力を回しているが、間に合わない!

 

「死にたくない!」

『存在固定開始。生命力観測終了。因果律干渉完了。概念昇華確認。仮想弾丸充填』

「やめろやめろやめろやめろ!」

『システム。オールクリア。対象に照準を定め、魂を"否定"してください』

「ここがあんたの終着点や」

「た、たのむ……命だけは……」

大喰(ベルゼブブ)

 

 凄まじい痛みと熱。それだけが吾輩が最後に感じたものだった。

 

* * *

 

 息を切らしながら地面に座り込み、血を吐く。殴られた一撃が重いし、痛い。

 今回の勝負は勝てたが正直かなりギリギリだった。

 

 かなり昔に対峙させられた黒龍と比べたらマシだが、間違いなく歴代で五本指に入るレベルでしんどい戦闘だった。今回はたまたま読み合いに全て勝ちきり、煽りとブラフで誤魔化して常に有利を演出したからこそ焦りを誘えた。うちは何度か敵の攻撃が繰り出される前に行動を口に出した。それは全て確信があったわけじゃない。ただの賭けだった。もし一度でも外してたら、確実にお陀仏だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 実力はうちの方が大きく劣っていた。それを悟らせないようにするために全力を尽くした。自分を遥か格上だと思わせることで彼のペースを乱した。精神侵犯を使わずに勝てたのが奇跡のようなもの。もし彼が少しでも賢ければ負けていたのはうちの方だった。

 

 ――あんな化物と正直二度とやり合いたくない。

 

「あ……」

 

 そのまま地面に倒れ込む。身体が全く言うことを聞かない。運命換装はあの吸血鬼ですら反応出来ない速度を得るが、身体への負担も大きい。それこそ装着と同時に自分に薬物を投与して感覚を誤魔化して行うくらいだ。

 

 とてもじゃないが……こんな状態でアリスの攻撃を捌き切れるとは思えない。だからこそ運命換装の使用は最後まで躊躇した。運命換装ほどの手札を切らなければ倒せない相手だった。あれはアリスに温存したい一手だった。

 

 大喰(ベルゼブブ)。メイと共同開発した魂そのものを侵食し、破壊する兵装。その装填にかかる時間は約8秒。その8秒の間はうちは一切の身動きが出来なくなる。それ故にアリスとの戦いでは常に8秒稼ぐことを考えていた。あれはアリスにも届く一撃だったから。

 

 しかし唯一のアリスへの決定打であった大喰(ベルゼブブ)は使い切ってしまった。あれは1発の使い切りだ。この場では使えない。そのことに強い罪悪感を覚える。

 

 うちはルカやモモ……そしてカオリのような戦闘の化物にはなれない。どこまでいこうが所詮は人。鬼の血が通った美柑の身体ならば話は違うのだろうが、この身体では彼らと張り合うことなんて出来やしない。せいぜい上手く立ち回って自分を大きく見せ、余計な戦闘を避けるのがやっと。正直言って戦闘は期待しないでほしい。

 

「……誰……や」

 

 足音が響く。霞む視界を無視して、火事場の馬鹿力で立ち上がろうとする。しかし上手く力が入らず、立ち上がることを許さない。

 うちを見下ろすように一人の女がいた。白い修道服に身を包んだ金髪の女。それを前にして死を覚悟する。今のうちには抵抗する気力も残っていない。

 

「わ、わ、私は……聖女……リアル……です」

 

 びくびくした態度で女が喋る。腰が引けており、おどおどした態度は見てるこちらが不安になっていく。

 そんな彼女は、この場においてあまりに浮いていた。そのような態度なのに恐怖を感じてる様子はない。当然ながら怯える素振りすら見せていない。内面と態度があまりに矛盾している。

 

「……わ、私は貴方を聖女……から……ひ、引きずり下ろします……」

 

 この女はどこか普通じゃない。間違いなく異常寄りだ。発言も物騒だ。なんとなくこの事件の片鱗が見えてきた。この事件の主犯はアリスじゃない。目の前にいるリアルと名乗った女。うちの目の前にいるのは黒幕だ。

 

「だ、だ、だ、だから……見て……てください……ね?」

 

 どうにかしなければならない。この女を止めなければならない。そんなことは理解している。しかしうちは体力の限界だった。全身から力が抜けていく。敵を前にして意識が落ちていく。ああ。うちはここで死ぬのだろうか……

 

 目の前の存在はうちを聖女から引きずり下ろすと言った。標的は間違いなくうちだ。そんな絶好の機会を見逃すはずがない。

 

「……ど、どうか……安らかに……」

 

 うちはどこで選択を間違えたのだろうか……

 まさかこんなところで終わるとは……

 

 ああ。やっとモモと会えてこれからやったんやけどな……

 

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