「本日の東京都第四復興特区における核融合炉第三号機の稼働開始について、経済産業省より発表がありました。これにより、関東圏全域における電力の完全自給が達成されます。担当記者の──」
テレビから音がする。俺はそれをぼんやりと眺める。東京に核が落とされてどのくらいの月日が経っただろうか。少なくとも核が落とされたのは相当昔にすら思える。もっとも10年は経っていないはずだが
「すごいよねー。もう東京が完全復旧だってねー」
「やっぱり核融合炉ってそんな凄いのか?」
「そりゃもう凄いなんてもんじゃないよ。人類は無限のリソースを獲得したと言っても過言じゃないかもね」
こうやってテレビを眺めることにすら目新しさを覚える。自分のタイミングで自由にテレビを見ることが出来る。その幸せを静かに噛みしめていく。ただのニュース番組ですら俺には大きすぎる娯楽だった。
「稼働から僅か18ヶ月。東京の復興速度について、MITの■■教授は『人類史上、前例のない速度だ。通常、核による都市壊滅からの復興には最低でも数十年を要する。これは物理的に説明がつかない』とコメントしています。なお、復興の原動力となった核融合炉の基礎理論については、出所が現在も不明の────」
モモにテレビのリモコンが取られ、そのまま電源を消される。モモは頬を膨らませて、自分の相手をしろと言わんばかりに見てくる。
あれから……モモの親殺しから既に半月が経とうとしていた。
当然ながら俺達が罪に問われることもなかった。警察も俺達を被害者として扱い、両親は行方不明扱いで終わった。そもそも殺人すら疑われなかった。なんかの事件に巻き込まれて帰ってこない。その可能性を警察は考えたのだろう。
「ねぇお兄ちゃん。どっか遊園地とか行ってみたい!」
「遊園地なぁ……俺はゲームがしたい」
「やだやだー! 私は外で遊びたいのー!」
モモが手足をバタバタさせて駄々を捏ねる。こうしてみるとモモは年相応の妹にしか見えない。しかし忘れてはいけない。俺達がこうして自由に振る舞えているのはモモのおかげなのだ。
俺達は両親が死んでも意外と自由になれなかった。失踪届が受理されると同時に俺達は児相に保護される運びとなった。
そのため俺達は一時保護所に入れられた。そこは息苦しい場所だった。まず当然ながら外出には制限がかかる。それでいて余計な私語も禁止で消灯時間や起床時間も決められてる。勉強が強制されるわけでもないし、今までの生活よりはマシになった。しかし俺は両親が死んで好きに映画館も行けると思ったし、寝る時間を気にすることなくゲームだって出来ると思ってた。もちろん一時保護所の人は悪い人ではないが、ルールはあまりに窮屈でいただけない。
――一度獲得した自由が奪われたみたいで不愉快だった。
しかし最初にキレたのはモモの方だった。気づけば一時保護所は原因不明の火災で全焼。それから俺はモモの手に引かれて混乱に乗じて、書き置きだけ残して一時保護所を抜け出した。そして今の生活に至るというわけである。
「……まぁでも保護者すらいない今の状況は少しまずいよね」
「ああ」
「うーん。どっかに良い里親でも転がってないかなぁ……それもいい加減に探さないとなぁ……」
ピンポン。
そんな時に呼び鈴が鳴った。当然ながらネット注文をした記憶もなければ、なにかデリバリーを頼んだ記憶もない。俺はモモと2人で顔を見合わせる。
ガチャリ。勝手に扉が開く。その音が俺達の恐怖を煽り、2人で抱きつき合う。腐ってもここは地上から23階の超高層マンションの一室。セキュリティもしっかりしているし、勝手に人が入れるような安い作りにはなっていない。
「怖い怖い怖い怖い!」
モモがわざとらしく怯えた素振りを見せる。そもそも親を殺し、保護施設も全焼させ、数日で数億円を稼いでタワマンの一室を借りるようなやつがいまさらなにを言っているのだ。絶対に怖いなんて一切思ってないだろというツッコミを心の中で入れておく。
足音が俺達に近づいてくる。それと同時にモモが俺に抱きつく力が強くなる。
俺は恐る恐る顔をあげる。そこにいたのは女子高生だった。髪はインナーカラーをピンク色に染めたボブカット。なにより非常に顔が整っており、まさしく文字通りの美少女。きっと学校でも相当チヤホヤされてきたのだろう。そんなことを考えてしまう。
「あんたら里親探しとるんやろ。うちがなってもええよ」
その女子高生が口を開く。挨拶でもなければ謝罪でもない。ただ単刀直入に本題へとズバッと切り込んできた。あまりの意味の分からなさに頭が混乱する。素性すら分からない女子高生がいきなり乗り込んできて、俺達の考えてることを見透かしたように里親の提案をする。情報として整理は出来るのに、なにが起きてるのか一切の理解ができない。
「……誰?」
モモが警戒しながら口を開く。 色々な疑念が尽きないが、全て見透かしたように先回りして動いてくるのが気持ち悪い。それこそまるで全部自分の手のひらですよと言わんばかりの態度が気持ち悪い
「桜ヶ崎美柑。あんたらの従姉に当たる存在や」
そんな彼女が名乗ったのは俺達と同じ苗字だった。俺は耳を疑った。それと同時に母親が口癖のように言っていた台詞を思い出す。『どうして美柑みたいに出来ない』という台詞。あれは恐らく目の前にいる彼女と比べていたものだったのだろう。
「つまるところあんたらと同じ鬼の血縁者。まぁ遺言もあるし、あんたらの面倒を見るんやったらうちが妥当やろ」
「鬼?」
「お兄ちゃんは気にしなくていいからね。ただこの言い方的に私達の事情も把握してるってことでいいのかな?」
「ええよ。あんたの親殺しも把握しとるものと思ってもらったかまへんよ」
「――!」
その言葉に思わずゾッとする。目の前の存在はモモの異常性を把握してる上で接している。殺人鬼を前にして恐怖という感情を一切表に出さない――否、そもそも恐怖を覚えていない。
「……何者?」
「だから従姉やって言うとるやろ」
俺を置いてけぼりにして話が進んでいく。あまりに得体のしれない存在。しかしここまでの存在ならもっと早くに俺達の元に顔を出しても良かったはずだ。それこそモモが両親を殺す前に介入しても良かったはずだ。
一番助けてほしい時に顔を見せず、全てが終わってから味方ですという面をされても信用など出来るわけがない。
「……あんたらの両親が死んだからきたんよ。うちは基本的に人の家庭に口出しする趣味はあらへんよ。基本的になにが起ころうが不干渉を貫かせてもらうで」
美柑は俺の思考を見透かしたように言う。恐らく彼女もモモと同じ世界の人だ。どんなに努力しても届かない天才側の存在だ。
「なら今まで通り不干渉にすればいいじゃん」
「さすがに未成年2人をそのままにするわけにはいかへんやろ。それはうちの責任問題になるやろ?」
「……まぁいいや。ていうか私達のことをどこ掴んだわけ?」
「自分の血縁者のことくらい把握しとるに決まっとるやろ」
「ふーん」
俺達は警戒を緩めない。そもそもあの魔物との血縁者というだけで警戒するには充分過ぎるものだった。美柑は俺達のことを知っているのかも知れない。しかし俺達は美柑のことをなにも知らないのだ。彼女の価値観を知らない。だからこそ信用が出来ない。
「それにうちがあんたらを引き取るのは遺言に沿ったからや」
「……遺言ってことはあいつらと関係があるのか? それなら私の敵だけど?」
「あんたらの両親の遺言やない。うちの親友からの遺言や」
「親友からの遺言?」
「別にあんたらを直接名指ししとったわけやないで。ただ”家族を大切に”と言い残して、逝ったんよ」
「ふーん。それならまぁいいや」
「せやから従姉という血縁関係のあるあんたら兄妹を引き取ることに決めたんよ。血が繋がっとるうちは面倒みたる」
ただ俺達は生活に困ってるわけではない。彼女の提案を受け入れるメリットがない。俺達がほしいのは名前だけ。生活の支援を求めてるわけでもなければ、親になってくれる人を探してるわけでもない。俺達は一切の干渉を望まない。
「それ。私達にメリットがある?」
「血縁関係がある以上は下手な人を里親にするより面倒事は避けれるやろ」
「そうだけど……」
「それにモモ。あんたならその気になればうちの目を掻い潜って家出くらい出来るんちゃうか?」
「……」
「気に入らへんかったら勝手に家を出たらええやろ。いつでも抜けられる以上は大きなデメリットもあらへんと思うで」
俺はモモの顔を見る。それこそモモに判断を委ねるように。目の前の存在は手離して信用することは出来ない。しかし彼女の言う通りデメリットがないのも事実。けれども美柑は俺では理解できない天才だ。俺達が気づいていないだけで、なにか企てがあるのかもしれない。
「まぁ渡りに船だし……養子になってあげるよ。
「そんじゃこれからよろしく頼むで」
そうして俺達は美柑……美柑姉に引き取られることになった。美柑姉は俺達を養子に迎えると同時に真っ先に家に招いた。つまるところ彼女の檻の中に入れられるわけである。
「うわ! でっか!! こんなのもう城じゃん!!」
「すご!! こんな屋敷が日本にあるのかよ!!」
俺達が案内されたのは屋敷であった。まるでおとぎ話の世界に出てくるような大きな家にサッカーすら出来そうなくらい広い芝生の庭。その光景に俺達は年甲斐もなく興奮していた。まるで遊園地にでも来たような気分になっていた。
「まぁ見学したいんやったら好きにしてええよ。なんか聞きたいことあるんやったら適当なところにいる使用人に聞いてな」
それから俺達は2人で家を見てまわる。敷地内には5棟もの建物。どこかの銭湯かと言いたくなるような大浴場に数えるのもバカバカしくなるほどに多い客室。さらに当然のようにシアター室にトレーニングルームも完備されていた。それこそ娯楽と言われて思い浮かぶものは一通り存在している。
先ほどまでの警戒心はどこにやらで俺達はこれからの生活に胸を躍らせる。こんな屋敷で贅沢三昧な生活。なにも不自由を感じることのない貴族生活。
「もし不満があったら言ってな。適当に増築するから」
「ないない! 全然ない! むしろこんなところに住まわせてもらってもいいのかなぁという抵抗が……」
「この程度で大げさ過ぎるやろ。それとあんたにお小遣いも出しとくで」
「お小遣いっていくらくらい……」
「面倒やしクレジットカードでええやろ。限度額もあらへんし、好きに使ってな」
それだけ言うとあっさりとブラックカードが投げ渡される。軽いはずのカードが異様なまでに重く感じた。文字通りのなんでも買えてしまうカードだ。
「……本当にいくらでも使っていいの?」
「ええよ。どうせ使い切れへんしな」
美柑姉を見て俺達は思う。この人はなにからなにまで規格が違うと。俺達の理解を超えた範疇にいる存在。
この施しで――資産という暴力で俺達は心を開いていた。もはや俺達は美柑姉に対する警戒はなかった。それこそ靴でも舐めますと言わんばかりに心酔していた。
「なぁ美柑姉……俺達はなにを求める?」
「ん? 家族なんやし、なんか求めるもんもあらへんよ」
「え?」
「損得で拾ったわけやないし……まぁやりたいようにやってくれてかまへん。うちは遺言に沿ってあんたらが不自由せえへんように面倒見るだけやしな」
そうして美柑姉との生活が始まった。彼女と過ごすほど彼女の異様性を理解させられる。全てにおいて規格外な存在。俺に出来ることは全て出来るし、モモに出来ることも全て出来てしまう。美柑姉はモモという存在を理解するどころか、モモよりも先に行く存在だった。
「なぁモモから見て美柑姉ってどんな存在?」
俺は興味本位でモモに問いかける。少し過ごしただけだが美柑姉はモモ以上に理不尽な存在であると叩きつけられた。美柑姉の総資産は公になっていないが100兆に迫る勢いだと聞いた。
しかもそれらは両親から与えられたものではない。全て美柑姉が独力で稼いだものとも聞いている。美柑姉は一代でここまでの権力を築き上げた。本来ならば俺達のような存在がお目にかかれるような存在ではない。それが美柑姉という存在なのだ。そんな怪物だからこそ当然ながら親御さんも美柑姉のすることには口を出すことはなく、放任されている。
俺はそんな美柑姉を――同じ天才であるモモがどう評するのか気になった。
「一言で言うなら私の上位互換かな」
「モモより頭が良いの!?」
「うん。少なくとも科学の分野じゃ絶対に勝てないし……他でも完敗かな。まさか私よりも凄い人がいるなんて思わなかった。世界って広いね」
美柑姉に対してはモモですら白旗をあげる。
基本的に美柑姉は俺達のすることに口を出すことはなかった。何時に外出しようが口を出すこともない。口うるさく勉強しろとも言わない。ただ生活習慣をきちんとしろと言うくらいで他にはなにも求めない。
俺達はそれに甘えるように遊んだ。限度額のないクレジットカードで思いつく限りの遊びをした。今までやりたかったことは全部やった。なにをするにも制限がかかることはなかった。
この時は確かに幸せだった。
だけど俺だけは美柑姉の本当の意味でなにも知らない。
俺達は既に触れてはいけないパンドラの箱に触れていることに。