意識が覚醒する。まるで眠りから覚めたかのようだった。痛みは麻痺し、寒さも和らいでいく。それこそ自分の身体が自分のものではない。そんな奇妙な感覚の中にいる。
「……火事場の馬鹿力ってやつ? なんて面倒♡」
俺は今まで勝ちたいという気持ちに共感できなかった。それこそ学生が部活動とかで盛り上がる気持ちが分からなかった。なんでこんなに頑張れるのか不思議だった。
たかが部活だ。勝ってもプロになるわけじゃない。そこまで身を削ったところで、見合ったものが得られるわけじゃない。それなのにどうして頑張れるのだろうか。心の中でそんな風に思い、どこか冷笑していた。
だけど今なら共感できる。強い衝動が自分の中で渦巻いてる。自分がここにいると叫びたい。自分の存在を証明したい。自分の積み上げてきたものを認めてほしい。自分が自分を肯定するために勝ちたい。身を焼きそうなほどに強い熱。その熱を発散するために勝ちたい。きっと彼らもそんな気持ちだったのだろう。
「アリス!」
距離を詰めて、彼女の体を蹴り飛ばす。死にかけだったのが嘘のように体が動く。その上でアリスの動きを完全に見切ることが出来る。恐らくこれが本来の俺のスペックなのだろう。瀕死というトリガーが俺が無意識でかけていたリミッターを解除させた。
「――っ♡」
アリスの提案は到底受け入れられるわけがない。それは俺のなりたい英雄じゃない。その提案じゃ俺の熱は消えない。与えられた英雄の座じゃ俺は俺自身を肯定出来ない。誰かに与えられたものを振り回すだけじゃ、あの時となにも変わらない。
俺は魔王になりたいわけじゃない。勇者になりたいわけでもない。
――モモと同じ理不尽になりたいのだ。
あの提案では
走馬灯は俺の中で蠢いていた死の恐怖をかき消した。俺の記憶が教えてくれた。なりたい自分を見せてくれた。俺はアリスの甘言には乗らない。それはなりたい俺じゃない。アリスのような外道に屈したら俺はなにも変われない。そうなるくらいなら死んだほうがマシだ。その覚悟がようやく定まった。
「……まるで別人ね♡ 思ったよりも強くてゾクゾクしちゃう♡」
時間稼ぎなんていう思考が舐めていた。それは負けを認めているようなものだ。あんな思考をしていたら負けるに決まってる。俺自身がアリスを倒せると考えていなかったのだから勝てるわけがない。少なくとも俺の憧れ――モモはそんなことを考えない。
俺は、ここでアリスを倒し切ると言わなければならなかった。そんなことも言えないやつが何者かになれるわけがない。
『お兄ちゃん。アリスをよーく見て』
唐突にモモの声がする。もちろんこの場にモモがいるわけではない。これはイマジナリーモモの声だ。思い返せば俺の中にはずっとモモがいた。デュラハンの精神侵犯を受けた時もゲイジュの攻略に詰まった時も俺の中のモモが……モモのイメージが常にアドバイスをくれた。無意識でモモならばこうするという思考が俺を勝利に導いてきた。それがモモの姿を借りて俺に語りかける。
『アリスは強いね。なんで強いのかな?』
モモならば分析から入る。その上で勝ち筋を探す。モモは最強だ。それ故にモモの思考や行動をなぞれば自ずと最強に近づく。
「不老不死だから強いってことはないよね。それだけじゃ説明がつかない』
アリスの生態が分析されていく。ゲイジュの時も同じだ。俺が思い描く最強は分析から入った。ゲイジュのスキルの分析を語った。これが俺の思い描く最強のイメージ。相手を分析し、もっとも効率良く崩していく。俺にとって最強の形というのはそれなのだ。
俺はルカのように圧倒的な理不尽で全てを押し付けるスタイルよりも的確に嫌がることをして、相手を潰していくスタイルの方が勝利のイメージとしては近い。俺にとって最強のイメージはルカではなく、モモなのだから。
『一番の武器は戦闘センスの高さ。言葉による誘導や相手の分析――そして臨機応変な対応。シンプル故に対策が立てづらいね』
方針が定まった。この戦いにおいて必要なものを理解する。俺がするべきことが明白になっていく。正面から戦わされるからアリスに勝てない。
『でもフィジカルは確実にお兄ちゃんの方が上。戦闘センスが通用しない土俵に持ち込めたら――勝てるんじゃないかな?』
勝利への道が開ける。純粋なフィジカル勝負に持ち込む。糸も体術も通用しないくらいの理不尽の世界にアリスを誘う。そのための盤面を作れ。
だけど足りない。アリスを少し上回る程度のフィジカルでは足らない。圧倒的に上回るフィジカルが必要だ。そのためのきっかけを掴め。
「なぁアリス」
「どうしたの?」
「……なんのために戦ってるんだろうな」
「は?」
俺はアリスに問いかける。アリスのしたことは許せないことだ。街を壊した。住民を弄んだ。挙句の果てにフウガを傷つけた。許していいはずがない。しかしそれは道徳的な話だ。俺自身は感情としてアリスに激昂出来ているのだろうか。こいつだけは許せないという憎悪を抱けているのだろうか。
きっと俺はそういうものが麻痺している。モモの親殺しに美柑姉の核落とし。それらによって道徳感が壊れている。だから共感が出来ない。他人の痛みを自分のもののように感じることが出来ない。それ故に心のどこかで仕方ないと思えてしまう。そういうものだと割り切れてしまう。
――だから勝てない。
俺にはアリスと戦う動機がないのだ。少なくとも命を賭けるほどの熱を持てない。全てに変えてもと思えない。それ故に俺のブレーキが完全に壊れない。もっと強い衝動が必要だ。自分がどうなろうとも殺すという執着。それがなければアリスを倒すためのフィジカルが獲得できない。
「どうも俺は戦う動機がないらしい」
思い返せば生の執着がそこまで強いわけでもない。生きたいとは思うけれどもなにに代えても生きなければとも思えない。それ故に死にたくないは戦う理由として不足している。
「私を許せないんじゃないの?」
「もちろんお前の存在は不愉快だ。殺したいとも思う……けど強度が足らない」
「面白ーい♡ 戦わなきゃ死ぬのにそんなこと考えてるんだ」
「そうだよ。死ぬと分かってるし倒さなきゃとは思う。しかし倒したいとは思えない」
「――まさか同情?」
「それはない。ただ正直言って逃がしても最悪はいいかなと思うし……まぁ死んでも別にいいかって感じなんだよ。義務感でやってるのであって本能で動けていない」
「……だから互いに退こうって言いたいわけ?」
「ありえねぇだろ。俺はともかくこの状況でお前に退く理由がない。仮にそこまで追い詰めたら俺が退かせる理由もない。どっちか死ぬまで終わらねぇだろ。この戦いは」
俺はこの戦いの中でアリスと戦う動機を見つけなければならない。勝ちに執着する理由を見つける必要がある。そうでなければ俺は死ぬ。アリスに勝つことなど不可能だ。
『お兄ちゃん。こんなのに負けてたら――私と同じなんて夢のまた夢だね。私はアリス程度なら絶対に負けないから』
熱が生まれる。俺の中のモモが教えてくれる。たしかに勝ちたい理由はない。しかし負けたくない理由がある。負けたら俺の憧れから遠ざかる。俺のなりたい自分を捨てることになる。だから俺は負けてはならない。勝たなければならない。
悪を倒すために戦うなんていうのは俺には似合わない。そんなもので俺の執着は生まれない。そんな自分の魂に合わない動機では自分の力を充分に発揮できるわけがない。
俺は俺のために戦わなければならなかった。自分の在り方を決めるためという動機の方が魂に合う。その方が俺に執着が生まれる。俺は今まで縛られすぎていた。もっと自由でいい。もっと自分に正直でいい。その在り方は誰も笑わない。
正しさを自分ではなく道徳や一般論に委ね、それを無意識で正解としてきた。だから俺はアリスを許してはいけないと思った。倒さなければならないと思った。それが間違っていた。自分で決めなければならなかったのだ。
「ああ。そうだ……お前を倒さなければというのが間違いだった」
「なにを考えてるのかな♡」
アリスは馬鹿みたいに俺の会話に付き合う。ここで仕掛けないのは余裕の表れなのだろうか。まぁどうでもいい。そのおかげで自分が定まっていくのだから。
アリスに対して執着を持とうとしたのが間違いなのだ。勝負そのものに執着を抱けばいい。敵は憎まなければならないという正解を咀嚼し、自分の中で再構築していく。そうして生まれた正解が俺のブレーキを壊す。
「……誰であろうが勝たなければならなかった。それに貪欲になるべきだった」
「へぇー。まだ勝てると思ってるんだ?」
その一言でアリスが動き出す。彼女の動きのキレが上がる。今までよりも動きは格段に速く、気づけば俺の目の前にいた。
「ただお喋りに付き合ってたと思った?」
迫るアリスの拳を左腕で弾く。今の俺の動体視力ならばアリスの攻撃に対応できる。一方的にやられるだけではなく、食らいついていける。
「その出血量。時間をかければかけるほど不利になるのはカオリ君の方だよ?」
アリスの蹴りが炸裂する。左腕は防御に使ったため迎撃に回すことが出来ない。それ故に腹に力を入れて、正面から受ける。相変わらず重い攻撃で吐きそうになる。しかしこの攻撃は受けるしかない。
「悠長にすればするほど血は失っていく。それに伴ってカオリ君の身体能力も落ちていく。私とお喋りしてる時間なんてなかったんだよ♡ お馬鹿さん♡」
「いいや。あれは必要だった」
「それは勘違いだよ♡ あのまま攻撃を仕掛ければ私を倒せる可能性があった。カオリ君はそれを捨てたんだよ♡」
これはブラフだ。この戦いの中でアリスのことは掴めてきた。アリスは人の心を利用する。後悔や疑念というノイズを俺の中に増やそうとしているのだ。そのノイズを増やす材料になると判断したから会話に付き合った。この口撃を仕掛けることも含めて、動いていた。アリスは常に数手先まで考えて盤面を構築している。
ここで疑心暗鬼になるのはアリスの思う壺だ。これに乗ってはいけない。
「私の言葉に思考リソース割きすぎ♡ ばーか♡」
追撃の蹴りが俺に襲いかかる。アリスの方が一枚上手だった。俺がアリスの言葉を分析することまでも勘定に含めていた。
右腕の欠損とロストベリーの紛失が重くのしかかる。右腕がないせいで手数が半減している。ロストベリーがないので攻撃のリーチが足らない。そのハンデのせいで戦闘が有利に進まない。少しフィジカルで上回った程度では覆らない。
今の俺にはなにが足らない?
ブレーキを壊し、純粋なフィジカルだけならアリスに対抗できるようになった。しかし結果として現れていない。未だに防戦一方だ。この程度のハンデでモモやルイス姉ならば負けない。
俺には彼女達と同じ血が流れている。本来の俺のポテンシャルならば2人に届きうるのが普通だ。今までの俺は桜ヶ崎家の者として弱すぎた。あの2人の血縁者で俺だけが普通なわけがない。本来の俺ならばこのようなハンデを抱えてもアリスに届くはずなのだ。それなのにどうして届かない。
悔しさに下唇を噛む。アリスの攻撃を受けながら答えを模索していく。執着だけではアリスには届かない。それが今の現実だ。もう1つ別のピースが必要だ。
「はやく屈しないと死んじゃうよ?」
打撃による攻撃が苛烈を極めていく。そんな中で唐突に思う。モモやルイス姉ならば勝ち負けなど考えるだろうか。それこそ勝って当然であり、負けるという考えが存在していない。不思議とそんな気がした。
「もしかして……」
打撃の雨の中で言葉が漏れる。もしかして今の俺に足りないのは自己肯定ではないか。自分を肯定しない。どこか自分を卑下していた。それが俺の可能性を封じていた。俺自身が俺の可能性を殺していた。
俺の知る最強は自分の能力を疑うことはなかったはずだ。だからただ自分を信じてやるだけでいい。自分なら出来ると盲信するだけでいい。それだけで世界は変えられる。
そのことを意識すると世界がひっくり返ったように変わった。これがモモやルイス姉の見ていた世界。世界を変えてしまうほどの全能の力。桜ヶ崎として……鬼としての正しい力。
「雷拳」
アリスの腹を稲妻のような拳で撃ち抜く。桜色の稲妻はアリスの肉体を的確に崩す。アリスの攻撃は今の俺には届かない。今になってようやく気づいた。答えは既に自分の中にあったのだ。今まで俺は一度も自分を肯定しなかった。だからルイス姉やモモと同じになれなかった。2人と俺の差は自己肯定感だ。その自己肯定感と執着の2つを掛け合わせる。
それが怪物の世界に足を踏み入れるには必要だった。
「な、なん……」
アリスが膝をついて、こちらを睨む。
恐らく天啓は僅かに属性が乗せられる。それこそルイス姉の天啓の黒い炎ならば実際に物を燃やすことも出来るだろう。そんな推論が頭を掠めた。だから天啓の属性を意識して行使した。その結果として俺の拳は電気を纏い、アリスの神経を焼き焦がした。
「ようやくダメージらしいダメージになったな。アリス」
「――ムカつく♡」
降臨祭の日。メイに変化のカラクリについて興味本位で聞いたことがある。その時にメイはゲームのキャラクターを動かすようなイメージと言っていた。その理屈で言うならば回路があるはずなのだ。キャラクターが右入力されたら右に動く。それと同じように入力を処理し、肉体に動かす回路は確実に存在している。
俺の天啓――電気で肉体の回路を焼き切れば一時的に行動を阻害することは可能だ。
「……もう私も本気出しちゃう!!」
アリスの肉体が爆ぜると同時に再生する。使い物にならなくなった回路を壊して再構築。本当に戦闘IQというものが高い。しかし大体分かった。アリスの攻撃は主に3つ。まずは糸による斬撃だ。それは範囲こそ広いが動きが遅いため怖くない。しかし同時にアリスに隙が生まれるようなものでもないため、シャブ感覚で扱われる。そのくせに切断も可能であり、掠るだけで感情をかき乱す。避けるのは容易だが常に注意しなければならない。
その次に糸弾。弾丸のように飛ばす糸の弾。これは主に牽制に使われる技で他の糸よりも速いので少し注意が必要。
そして最後に純粋な格闘術。正直言ってそれが一番怖い。殴りの威力が天啓も乗ってるせいで純粋に高い。本気になれば恐らく全速力のトラックと同等以上と見ていい。今まで手加減されたから生かされたに過ぎず、直撃すれば間違いなく死ぬ。
「
「まじか……」
その言葉に耳を疑った。今まで立てた戦略が全て音を立てて崩れていく。
あの技はアリスも使える。そのことを考慮すべきだった。内心で舌打ちしながら塗り替わっていく世界を見物する。
景観が深い森へと染まっていく。陽気な音楽が流れる緑と紫の2色で構成された森。木々は大きく、自分が小さくなったかのような錯覚すら覚える。この景色の塗り替えは戦闘に大きな意味はない。水中になろうが呼吸ができなくなるようなものでもない。あくまで視覚だけのものだ。深く捉える必要はない。
「
天啓は基本的に万能の力だ。感情という対価で空想を現実にする力。過集中状態に入ることで世界とパスを繋ぎ、その状態で感情を世界に送る。それに対して世界は感情の対価として強大なエネルギーを返還する。それが天啓の理論だ。アリスもそのことを当然のように理解しているはずだ。
精神侵犯は天啓というエネルギーで世界の在り方を変える。理論上はありとあらゆることが可能となる。そのため精神侵犯を展開した瞬間に自分以外は即死ということも理論上は不可能ではない。しかし誰もやらない。それは純粋に誰も天啓のエネルギーを使いこなせないから。
そもそも天啓は人が使いこなせるものではない。俺どころかルイス姉にだって不可能だろう。それこそ落雷で家電を使わず望んだ現象を引き起こすに等しい神業。
大抵の精神侵犯はエネルギーを無加工で垂れ流すだけだ。そのため即死のような直接的な現象にならず、自分の心象世界が表側に現れる程度に留まる。間違いなくアリスの精神侵犯も例外ではない。必ずなにかしらのルールがある。
「自己肯定感。それだけであっち側にいけると思ったら大間違い♡ 本当の理不尽っていうものを教えてあげる♡」
再び世界が塗り替わる。足元に大穴が開いて俺の身体が落ちていく。落ちていく中で上空には巨大なアリスがいた。まるで空から巨人が降ってくるかのようだった。
「私の精神侵犯は地形に干渉し、私の思い描いた通りに世界の形を変えるわ♡」
壁から矢が噴射される。それが俺の脇腹を貫く。辛うじて致命傷は避けたが重症の大怪我。血を腹から流しながら思考を回す。このままだと確実に負ける。ただでさえアリスの攻撃は重い。それを質量まで加わった巨体で繰り出されたら確実に死ぬ。なんとしても避けなければならない。
「説明とは随分と優しいな!」
「ええ。私はカオリ君みたいに意地悪じゃないもの♡」
絶体絶命の中でモモの言葉が蘇る。『失敗してもいいんだよ。また挑戦すればいいんだからさ』というモモの言葉だ。
「さよなら!!」
……精神侵犯の話を聞いた時から思っていたことがあった。
あれは天啓で世界を自分色に書き換える技だ。それならば天啓を世界という外側ではなく内側に向けたらどうなるのか。天啓で自分を書き換える。つまるところ自分という肉体を自分の理想に置換する。理論上は出来るはずなのだ。
「……ここで終われるか!」
今までは怖気づいて出来なかった。失敗することをどこか恐れていた。しかしモモの言葉が俺に勇気をくれる。だから俺は挑戦する。新しい自分の可能性に挑む。
左腕を振るい、桜色の稲妻を散らす。それを内側に向けて肉体の在り方を変えていく。それと同時に不思議と四文字の単語が浮かんだ。きっとこの現象を示す技なのだろう。俺は反射で叫ぶ。
「身体侵食」
「は?? え???」
「――自由雷帝」
身体が稲妻へと変貌する。それを見てアリスが糸を振るった。しかし糸は俺の身体をすり抜ける。俺の全身が稲妻だ。こんな糸の攻撃など効くわけがない。今の俺は無敵そのものだ。それこそゴムで殴られない限りはダメージになることはない。
「迅雷撃墜」
俺の肉体は物理法則を無視して上に昇った。それこそまるで逆方向の雷のようだった。雷となった肉体はアリスを貫き、そのまま天まで突き上がる。その瞬間に精神侵犯が音を立てて崩れる。アリスがロストベリーの精神侵犯を砕いたのと同じ理屈だ。強い天啓をぶつけてアリスの精神侵犯を破壊した。
しかし代償として俺の身体侵食も解かれ、人の肉体へと戻っていく。それと同時に失った手は再生し、脇腹の傷も塞がる。身体侵食と同時に肉体を作り変えた。それこそ砂や水が自然と元の形に戻るのと同じ要領で身体を元の正しい形に戻した。そういうことすらも可能にするのが天啓という技術なのだ。
「アリス!! これで終わりだ!!」
俺は声を荒げる。不老不死に攻略の糸口は既に見えている。迅雷撃墜でアリスの全身を痺れさせた。数分は爆ぜることすらも満足にできない。もうアリスは逃げられない。身体が重い。初めて身体侵食を行った負荷や強引に身体を戻した反動。それらの無茶のせいで身体が限界を迎えている。
もうこれ以上は戦えない。ここが正念場であり、ラストチャンス。ここでの失敗は許されない。
「逆雷」
右足でアリスを蹴り上げる。そのままアリスの肉体が彼女の貼った結界にぶつかる。その叩きつけられた威力で結界に大きなヒビが入る。
俺はそのままアリスに追撃するように跳躍する。宙を蹴って空を舞う。何度も空を駆けるルカを見てきた。飛行の要領は完全に理解している。それ故に出来ないということは一切考えなかった。
「う、嘘……私がカオリ如きに負けるなんてありえない!!」
俺はこの世界に来て良かった。
この世界でモモとルイス姉にすら届きうる怪物を見た。俺の身内以外で初めて2人と並んだ存在を見た。それがメイとルカだ。
ルカは俺に哲学を教えてくれた。その哲学は血肉として生きている。メイはモモと違った角度から俺を成長に導いてくれた。その挑戦が俺を個として強固にしてくれた。あの怪物の世界への道は既に切り開けている。
メイとルカの存在が俺には強烈なインプットだった。だから俺は怪物の世界に入ることが出来た。ここまでの経験が俺の血肉となった。俺の枷を壊してくれた。
「これは夢よ! こんなの現実じゃない!!」
俺は指を折り曲げ、攻撃の構えを取る。
直接見たのは数えるくらいしかない技。俺は理不尽になると決めた。ルカと俺のスキルは同じ身体能力強化。俺はここでやると決めた。失敗してもいい。また挑戦すればいいだけだ。だから気を張る必要もない。自分のやりたいようにやれ。
「私はまだ――」
「煌」
宙で指を弾く。その衝撃は結界を粉砕し、アリスの身体を吹き飛ばす。ルカの十八番である技。戦争の在り方を変えた大技にして最強のシャブ。その技がアリスに直撃した。アリスの肉体が空へと吹き飛び、点となっていく。
ルカが言っていた。不老不死ならば大気圏外に吹き飛ばせば勝ちだと。だから俺もそうさせてもらうことにした。それが俺の勝ち筋だった。
「俺の勝ちだ!!」
勝利の叫びを挙げる。それと同時に安堵と疲労から全身の力が抜けていく。無茶を続けた肉体は限界へと到達した。限界を超えて動き続けた代償はあまりに重い。もはや手足がピクリとも動かない。
そのまま俺は地面へと落下していく。この程度の落下ならば致命傷にはならないだろう。俺は薄れゆく意識の中で勝利を噛み締めた。
俺はようやく桜ヶ崎カオリへと至れたのだ。