悪女は"正解"を咀嚼する   作:ギャン吠えチワワ

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73話 戦乙女殺し

 

 戦乙女殺し(デストロイヤー)。それは間違いなくアリスが作り出した魔物だ。数多の生物の死体を掛け合わせ、そこにワンダーで集めた怨念を入れることで完成させた最悪な魔物。名前をそのまま受け取るならば、その存在意義は私を殺すことだろう。

 2つの細長い尾は音速よりも速く振られ、掠るだけで建物が倒壊する威力がある。肉体は硬い鱗に覆われ、衝撃や斬撃には滅法強い。それに加えて俊敏性(しゅんびんせい)は私と同等以上であり、再生能力まで併せ持つ。まさしく最悪の魔物。

 

「――ぅ」

 

 鞭のように振るわれた尾が私の肉を引き裂く。先ほどカオリを庇うために無理して駆け出した。その時に足を痛めたせいで思うように動けない。普段ならば捌ける攻撃が捌ききれない。その事実に内心で苛つく。何度も攻撃を叩き込むチャンスは見えている。そのチャンスを私は拾えない。だから今も戦闘が継続している。

 

 「……きっついな」

 

 暴食のハルバード。それは経年劣化したミョルニルをメイが自身の血肉を織り交ぜて、再構築したもの。普段は携帯性を考慮して指輪となっているが、ハルバードに変形した際の重さはロストベリーの数倍に匹敵する。

 しかし暴食のハルバードはロストベリーと違い、持ち手を選ばない。その武器の真価はそれほどまでの質量を持ちながら主には一切の重さを感じさせない点にある。メイの血肉が物理法則を捻じ曲げ、そのような現象を引き起こした。それ故に幼女となった私でも問題なく扱える。

 

 それほどの重さを持ってしても戦乙女殺し(デストロイヤー)の鱗は砕けない。いくら威力が高い武器と言えど、手足も短ければ、勢いも上手く乗せられない幼女の肉体のせいで武器を最大限活かしきれない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が上がりだす。幼女の肉体は肺活量も体力を大きく落としている。本来ならば幼女が大人と正面からやり合うなどありえない。それほどまでに幼女という肉体は大きな枷だ。

 

「……化物だね」

 

 その評価が嬉しいのか戦乙女殺し(デストロイヤー)が不敵に笑った気がした。しかし私が漏らした言葉は目の前の敵に向けられて言い放たれた言葉じゃない。こいつは私に多くの枷をつけなければ、私と対等に渡り合えない雑魚だ。

 右足の怪我、私をガンメタした生態構造、幼女の肉体……そしてカオリとルイスの方にこいつがいかないように気を遣った立ち回り。そんなハンデをいくつも抱えさせられた上でようやく互角。既に底が見えている雑魚。化物には遠く及ばない。

 

 私が化物だと思ったのは魔王モモのことだ。降臨祭の開会式で魔王モモの視線を感じた。その時の私は本気で挑んでも五分五分だと判断した。幼女になってないのに五分五分だと思った。

 

 そんな魔王モモならば目の前の敵くらい簡単に倒せるだろう。その上で正真正銘の幼女。メイのような不老不死で好き好んで幼女の肉体を使ってるわけでもない。紛うことなき純粋な8歳児なのだ。それにも関わらず政治をこなし、挙句の果てに私すら戦闘で並びうる。幼女になった今だからこそ理解してしまう。魔王モモという存在はおかしい。幼女の肉体でそこまで強いのがおかしい。それほどまでに幼女という枷は重い。私は魔王モモのことを考えたからこそ化物という言葉を漏らした。

 

 しかし魔王モモの存在が私を奮い立たせていく。幼女の肉体は負ける言い訳にはならない。

 魔王モモが出来るのだから私にも出来るはずだ。

 

「ねぇ。その程度で私に勝ったつもり?」

 

 私の言葉が癪に触ったのか音速を超える速度で尾が振るわれる。その尾を手で掴んで、そのまま地面に叩きつける。

 足を痛めて動きづらいならば動かなければいい。リーチが足らないならばこちらから攻めなければいい。体力が足りないならば動きは最低限にすればいい。工夫次第でどうとでもなる。

 

「貴方は硬いだけ。私を殺すなんてどう考えても不可能でしょ。脳が詰まってないわけ?」

 

 その瞬間に雷が落ちるような轟音(ごうおん)が響いた。それと同時に雲が吹き飛び、人の影が空へと飛んでいく。

 

 ああ。これでハンデが1つ消えた。カオリがアリスを倒したのだ。もうカオリに気を遣う必要もない。それに敵が残っていないなら出し惜しみする必要もない。つまりようやく攻めに転じられる。

 

「さてと。それじゃあ全部出そっか?」

 

 戦乙女殺し(デストロイヤー)が怯えた表情を見せる。

 私はそっと指を折り曲げる。この技は私にとって賭けだ。しかし賭けをしないで勝てるほど甘い相手ではないというのは一番身に沁みて理解する。だからこそ全ベットする。幼女の肉体でも自分の十八番が問題なく使える方に全てを賭けた。

 

「煌!」

 

 技を叫ぶと同時に指を弾く。その瞬間に衝撃波が街を包み込み、瞬く間に半壊させた。幼女という器では私の最高出力に耐えきれない。その上で威力戦乙女殺し(デストロイヤー)も殺せないほどに落とされている。本来の煌ならば戦乙女殺し(デストロイヤー)を木っ端微塵に粉砕出来ていた。しかし今では硬い皮膚がひび割れる程度であり、余裕が全く消えていない。しかし私も一撃で勝負が決まるなんて甘い考えは持っていない。これで終わらないのは計算のうちだ!

 

「煌! 煌!」

 

 躊躇うことなく煌を連打して追撃をかけていく。一撃放つ度に骨と肉がズタボロになっていく。指は当然のように青紫色に腫れ上がる。指が使い物にならなくなった瞬間に別の指へと変えて煌を撃つ。もちろん痛い。しかし私は痛みには慣れている。痛みは快楽だ。痛みだけが私を罰してくれる。この痛みがただ心地良い。煌で指がぐちゃぐちゃになる度に心が踊る。私のような女に罰を与えてくれる世界を心の底から嬉しく思う。

 

「これで終わり!」

 

 指は全部使い潰した。そうなれば次に狙うのは割れた皮膚のヒビ。今までの煌の連打は一点に集中させ、硬い皮膚を砕くのが狙いだ。そのひび割れた皮膚に全力の一撃を叩き込むことで仕留める。それを私は狙っていた。

 戦乙女殺し(デストロイヤー)と距離を詰め、そのまま暴食のハルバードを振り上げる。食らわせるのは私が現状で放てる最大火力の攻撃。それによって肉体がどうなろうが構わない!

 

「天撃!」

 

 その瞬間に"やらかした"と思った。

 天撃は確かに怪物の頭蓋骨を割る。しかし致命傷には届かなかった。幼女の肉体では威力が足りていなかった。もしも追撃を仕掛けられるならば確実に勝てていた。しかし幼女という枷がそれを許さない。

 目の前で戦乙女殺し(デストロイヤー)は再生していく。戦乙女殺し(デストロイヤー)が不敵に笑う。ここまでの攻防を嘲笑うかのように。勝利を確信した気色悪い笑みだ。

 

 怪物が迫ってくる。死が迫ってきている。

 

 私は別に生に執着してるわけじゃない。しかし私は罪人である。それ故に死んで逃げるなんて許されるわけがない。そんな使命感が私を今も生かし続ける。私は道具として世界平和に貢献しなければならない。だからこそメイに道具として使われる道を選んだ。

 

「はぁ……」

 

 そんな日々に私はどこか苦しさを覚えていた。私は戦争で多くの人を殺した。煌で罪なき人々を虫けらのように殺し回った。その罪の意識が私の心を今も蝕んでいる。だけど私は膝を折ることはしない。そんなことは許されない。この苦しさは罰として受け入れなければならないもの。私に弱音を吐く権利はない。

 

 しかし目の前の死に安堵を覚えてしまった。私は結局のところ死にたかったのだ。どんなに平和になってもカミーラもリーチェもいない世界で私が幸せを感じることはない。2人が生きている地獄の方がずっとマシだ。

 

「……本当に嫌になる」

 

 怪物の尾が私に振り下ろされる。

 しかし尾は私の皮膚を傷つけることはない。尾は私の肌を前にしてピタリと止まる。まるで私の腕と鍔迫り合いするかのように。

 

 その尾はあまりに遅かった。それこそ私が見切れるほどには遅い尾だった。欠伸が出そうなほどに退屈な攻撃だった。

 

「ねぇ。この程度で私に勝てたつもり?」

 

 私はこれでも何度も修羅場を潜り抜けてきた。この程度のピンチは幾度となく繰り返してきた。その度に私が乗り越えてきたのは覚醒を繰り返したからだ。死に直面した際に人の感覚は大きく研ぎ澄まされる。その活かし方は身体が覚えてる。私は死にかけという絶好のチャンスを絶対に逃さない。

 だから今も生きている。もしもこの程度で死ぬならば今日という日まで生きていない。

 

 私を殺したいならば私が覚醒しても届かないほどに上回る理不尽を見せるべきだった。私が覚醒する前提で戦略を組むべきだ。私に枷をかけてようやく互角のこいつじゃ私を殺すなんて一億年かけようが不可能だった。

 

「――流星拳」

 

 拳を戦乙女殺し(デストロイヤー)の頭に叩きつける。その瞬間に白い星が舞った。私は狙って天啓を使うことは出来なかった。死を目前とした危機的な状況が私の本能を呼び起こした。その本能が無意識で天啓を発動させる。

 

 私の一撃で戦乙女殺し(デストロイヤー)の頭蓋骨が粉砕された。その肉体が力無く地面に横たわる。もはや再生する気配もない。ぴくりとも動き出すこともない。完全に息絶えていた。

 私は物言わぬ死体を静かに見下ろす。

 

「貴方も私を殺してくれないんだね。まぁ期待はしていなかったけど」

 

 私を殺すには少し弱すぎる。いくら幼女になったといえど、私はこの程度にやられるほど弱くない。

 本音を言えばここで死んでしまいたかった。だから私は心のどこかで殺してくれるのではないかと期待していた。しかし期待は裏切られた。私を追い詰めることは出来ても殺すまでは遠く及ばない。こいつは私を相手にするには少し実力不足だ。

 

「あそこから逆転するとは流石だな。戦乙女」

 

 拍手が響く。顔を上げるとそこには男女のペアがいた。この地獄を目の当たりにして恐怖で怯えるわけでもなければ、怒りを剥き出しにするわけでもない。まるで品定めするかのように静かに眺めているだけ。それがあまりに浮いていた。

 

「……す、す、凄いです! 感心しました!」

 

 女がおどおどした口調で私を称賛する。

 灰色の修道服に身を包んだ金髪の女。彼女は優しく微笑んで、私に近づく。そこに一切の敵意がない。それがあまりに気味が悪かった。なにせ意図が全く読めない。私はその2人に最大限の警戒をする。

 

「そ、そ、それと……わ、私達のアリスが……ご迷惑をかけて……すみません」

 

 私は自分の正気を疑った。この女は"私達"のアリスと言ったのだ。アリスが自分の仲間だとはっきりと断言した。その言葉で私は躊躇うことなく、飛び掛かる。

ここまでの戦闘で身体は既に限界を超えている。しかし目の前に敵がいる。それならばここで殺さなければならない! 疲労は戦わない言い訳にはならない!

 

「実力差も理解できないとは戦乙女も落ちたものだな」

 

 しかし攻撃は届かない。女の隣にいる男の剣によって阻まれた。この一瞬の攻防で理解してしまう。この男は相当強い部類だ。恐らく幼女になる前の私とほぼ互角。私達が生かされているのはこの男の気まぐれだ。

 

「あ、貴方じゃ……勝てません……よ。だから……やめてください」

「……っ!」

「幼女の貴方に勝てるほど……ジークは弱くないです」

 

 この女は今回の事件の黒幕だ。この事件は全てリアルと名乗った女が仕組んだものだ。こいつを倒さなければなにも終わらない。この場で戦えるのは私だけだ。私がこの2人をどうにかしなければならない。勝てないから逃げるなんて真似は許されない。勝てずとも殺すしかない。それしか道はない。

 

「――は?」

 

 ジークと呼ばれた男を蹴り飛ばす。強いけど所詮は人の域を出ない。アリスのような不老不死でもなければ、戦乙女殺し(デストロイヤー)のような硬さも持ち合わせていない。殴れば殺せる敵だ。

 

「で? 誰が勝てないって?」

 

 リアルの表情が歪む。まるで想定外のことが起きたかのような表情を見せる。この女はジークという人間だけで私を止められると考えていたらしい。あまりに想定が甘すぎる。私を舐めすぎだ。

 

「はぁーー! 幼女になった上で疲労困憊の状態でこれとは本当に怪物だな!」

 

 声のする方を見る。そこには横たわるカオリがいた。カオリはアリスとの戦闘で気を失っている。そんな彼にジークが首元に剣を突き立てる。まるで動けば殺すと言わんばかりに。

 

「前言撤回だ。俺はお前には勝てねぇ。断言する」

「ふーん。実力差くらいはわかるんだ」

「しかしこいつを殺すくらいの余裕はあるぜ。そのくらいの実力があるってことはお前も分かってるだろ?」

「カオリを殺した瞬間に貴方を守る盾も消えるってこと。分かってる?」

 

 さて。どうしたものか。

 人質を取られている以上はこちらも不利だ。しかし幸いにも殺意の類は感じられない。私が大人しくしてる分にはカオリが殺されることもないだろう。それにジークは私に勝てないと自分を評してるが……正直言って戦闘がどう転ぶか分からない。それほどの相手だ。

 なにせ先ほどから隙が見えない。私が殺すつもりで放った蹴りを安々と受けた。私の攻撃を武器で受けきった。幼女になってるとはいえ、私の動きについていけるだけの動体視力がある。全てが高水準。一方的に蹂躙するビジョンが思い描けない。

 

 少なくともアリスよりは確実に強い。それだけは断言できる。

 

「あ、あ、あの……」

 

 女が私に声をかける。それに私は睨みで返す。女は怯えた表情を見せ、私の機嫌を(うかが)うかのように言葉を続けた。

 

「ち、治療……しますので……武器を収めてください」

「は?」

 

 私は耳を疑った。意味が分からない。そもそも今回の事件を企てたのは、恐らくこいつらだ。こいつらのせいでこのような惨劇になっている。こいつらがいなければ私達が怪我をすることもなかった。そのくせに治療する。いったいなにを言ってるのだ。

 

 そもそもこいつらはなにがしたいのだ。

 

「そ、そういえば……名乗ってませんでしたね……」

 

 女が静かに口を開く。私はその言葉に唖然とした。この女が名乗った肩書きは異常なものだった。

 

「わ、私は聖女リアル……です……どうかお見知り置きを」

 

 この女はあろうことか聖女を名乗った。

 この世界における聖女は後にも先にもルイスだけだ。つまるところ聖女を名乗ることは自分がルイスだと言うに等しい行為。

 彼女はルイスと自分は同じだと言い切ったのだ。ルイスと同じ事の出来る存在だと断言したのだ。

 

 聖女を自称するという行為は自分はルイスに並べると宣言することを意味するのだから。

 

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